『都市を愉しむ』漆原美代子/廣済堂

 ある街の価値をいうとき、職場へのアクセスの難易、家賃の相場、子供の学習環境、買い物のしやすさなどが中心に語られる。だが私の場合、家の外にどれだけ好きな風景をもてるか、がこれにつけ加わる。桜並木の落ち着きや大通りの夕日の沈み具合、どこまでも続く細い路地−などというとキザに聞こえるかもしれないが、要は貧乏人は自分では庭を持てないから、他人の土地や公共の景観を見て楽しもう、ということだ。しかしこうした考え方は、かつては一般的だったと思う。

今は月島あたりにささやかに残る下町の長屋の前には、庭がないことのかわりに軒下に植木鉢が沢山置かれている。かつてはこうした緑が、自分が楽しむだけでなく他人の目に触れることを前提として置かれていたはずだ。将棋をさし夕涼みするための縁台も。こうした自分のものでも国・地域のものでもない曖昧な公共空間は、60年代頃からか、我々のまわりから消滅していった。

 著名な建築家である著者は、人間と自然が共存する環境として都市空間をとらえ、「”自己のものとする自由”と”他人の自由”との接点で、互いに補い高めあう」公共の感覚の復権を唱えている。世界の都市から著者の個人的な好みの風景が幾枚もの写真で紹介されていて、楽しい。アパートの窓から見たマンハッタンの光景など。 (月刊宝石)