| 『古武術の発見』甲野善紀・養老孟司/光文社・七七〇円
言葉が身体の動きを定める、ということがあるように思う。関西弁を喋る人は、素人でも漫才師のような人懐こく強引な独特の身振りをする、という具合に。とすれば、登場人物が現代語で喋るような時代劇では、人々の動作も変わっているのではないか。
日頃そんなことが気に掛かっていたので、武術研究家・甲野善紀氏と解剖学者の養老孟司氏が身体の動かし方としての文化の形について討論した本書には、身体にかかわる疑問を氷解させる鍵があるように思えた。たとえば、百姓一揆で農民が猛スピード走っているのは誤り。昔の日本人は右足と右手、左足と左手を同時に動かす「ナンバ歩き」をしていたので、走れなかった。火事で逃げまどう場合には盆踊りのように手を両手を挙げておろおろした、という。現代人のように走れただけで忍者のようなものだったらしい。 ところが江戸時代の身体の運用法に結実した日本文化は、今では潰えてしまった。禅など「心」を優先する思想のせいで身体を心の道具のように考えるようになったからだ。それゆえ現代では身体も自分であると気づかせるためにシゴキが横行したりする、などの指摘が続く。そして披露されるのが、甲野氏の開発した「井桁崩しの理」。日常的な動きをいったん解体して、多方向・異速度・同時進行的に全身を動かすという武術の技法だ。ボクシングや空手など打撃系の現代格闘技との関連は不明だが、ともあれ武道から身体論を見直すという視点は、新鮮だ。 (月刊宝石) |