丸南本店

昭和10年代の店舗の一階の様子

この店舗は第2次世界大戦のため、わずか10年しか稼動しなかった。戦後は国道5号線の若松町22番地20号に移転し、経営は再建された。

昭和10年5月に新築の店舗
上の大正時代の旧店舗は昭和9年の函館大火で焼失したため新たに建築された。この店舗は防空法による疎開命令発令(昭和19年1月)により終戦直前の昭和20年5月に取り壊されている。

大正2年8月に新築の3階建ての店舗。明治期の建物は大正2年5月の大火で焼失した。函館では珍しい3階建ての店舗となっている。

「当時としては先進地函館でも珍しい和風三階建の木造建築が人目を奪った。これは蕎麦屋丸南本店で、日本切っての花見の名所、当時東京市飛鳥山の料理屋・三階建の『扇屋』を模したと言われる。奥地から呑吐する停車場広場を行く馬車鉄道(馬鉄)の窓からもよく見えた。」(高橋昭夫「瓦斯燈函館停車場前」タウン誌『街』No.501より引用)。

松風町にあった丸南大山光造の店舗
壁面に「西洋御料理生蕎麦」と書かれている

     

丸南の暖簾分け

丸南では明治・大正・昭和をつうじて函館市内に14店の暖簾分けをしており、現在は4店が営業しております。(☆印が現在の営業店)

●明治・大正期
     丸南 遠藤                 弁天町
     丸南 浅野三治郎 明治39年創業        末広町(後に栄町)
     丸南 亀谷                 蓬莱町
     丸南 内藤安太郎              海岸町
     丸南 小野粂之               東川町
     丸南 大山光造               松風町
 (下の写真参照)
●昭和期(戦前)
     丸南 畠中要太郎       昭和6年創業   新川町
        
(現在は若松町「はし膳」として営業)
    ☆丸南 熊谷三治郎(→誠) 昭和7年創業   海岸町17-18
     丸南 瀧澤忠吉                 松風町
     丸南 南スギ                千代台町
     丸南 南喜一                新川町(後に若松町)
●昭和期(戦後)
    ☆丸南 池田定吉(→光雄) 昭和25年創業   豊川町20-10
    ☆丸南 池田一(→雄一)  昭和30年創業   亀田町20-14
    ☆丸南 佐々木芳蔵     昭和41年創業   美原町1-17
        

HISTORY(2)  丸南の暖簾分けなど

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