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グリム童話と落語「死神」1

-99年9月までに掲載したメッセージ-

 

(1999. 7. 9 記)グリム童話KHM44「死神の名づけ親」は、グリム童話の中でも、僕の気に入っている作品のひとつです。冒頭の、死神を名づけ親に選ぶ論理が、おもしろいと思います。ところが、この作品と、ほとんど同じ内容の古典落語が存在する事を、最近、知りました。三遊亭円朝の「死神」というのがそれで、グリム童話版の冒頭の一番おもしろいところはカットされていますが、「古典落語大系 第二巻」(三一書房 1969年)の152ページに載っています。そして、同書にある、矢野誠一氏の解説には、永井啓夫「三遊亭円朝」からの引用として、「今村信夫氏の考証によれば、この話はイタリアの歌劇「靴直クリピスノ」を円朝が翻案したものだというが、「グリム童話集」の「死神の名づけ親」も全く同様のはなしである」と書かれています。そこで、この「靴直クリピスノ」なるオペラとは何物なのか調べようとしたのですが、音楽之友社の「名曲解説全集」にも載っていません。また、今村氏の説の根拠についても検証したいのですが、いまのところ、てがかりがつかめません。どなたか、何か、情報をお持ちでしたら、是非、教えて下さい。

(1999. 7.16記)いくつかの情報をいただきました(ありがとうございます)。それによりますと、落語「死神」の土台となったと言われているオペラは、リッチ兄弟が1850年に作曲した「クリスピーノと死神」(台本:ピアーヴェ)という作品のようです。また、原作者は、S.Fabbrichesiであるという情報も寄せられています。そうなると、その、S.Fabbrichesiの原作について調べたくなります。何か、情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非、教えて下さい。もっとも関心があるのは、この原作というのが、グリム童話を土台としたものなのか、それとも、おおもとの民話から、グリムを経ずに、別経路で文章化されたのか、という事です。グリム童話集の初版本の出版は、1812年(第二版は1819年、最終第七版は1857年)ですので、年代を見る限りでは、グリムがもとになっている可能性が高いとおもわれますが、まだ、断言は出来ません。

(1999. 7.18記)音楽之友社発行の「オペラ名曲百科 上巻」に、オペラ「クリスピーノと死神」が載っていることを確認しました。これには、このオペラが、落語「死神」のもとになっているという記述がありますが、その論拠はしめされておらず、また、原作や、グリム童話との関係にも、全くふれていません。

(1999. 7.19記)音楽之友社の「オペラ辞典」(1993年)に、オペラ「クリスピーノと死神」が載っていることを確認しました。「ファッブリケージ S.fabbrichesi の原作、ピアーヴェのイタリア語台本による」とありますが、原作のタイトル、書名などの記載はありません。また、あらすじ(概要)が書かれていますが、それを読むと、ハッピーエンドに改作されているなど、グリムや、落語「死神」とは、かなり、隔たりがあります。これを見る限りでは、このオペラを落語「死神」のルーツと考えることには無理があるように思います。落語「死神」は、「クリスピーノ」よりも、ずっと、グリムに近いようです。まだ、これから、色々と調べなくてはなりませんが、現時点では、オペラ「クリスピーノと死神」も、落語「死神」も、ともに、グリムをルーツに持つものの、グリムから両者にいたる経路は、別々ではないかという印象を持っています。ちなみに、後者のルーツは、グリムの第二版以降の版(恐らく第七版決定版)であるのに対して、前者のルーツは、初版本である可能性があります(少なくとも、決定版という可能性は、年代的にあり得ません)。これは、物語の結末を比較しての印象です(初版本では、結末が書かれていません)。それから、「クリスピーノ」に関して、色々な情報をいただいて感じたのですが、グリムの「死神の名づけ親」を読んでいない人が多いようです。グリム童話は非常に有名ですが、考えてみれば、全巻読んだ人は、かなり少ないのではないでしょうか。そうなると、グリムを知らずに、落語「死神」とオペラ「クリスピーノ」を比べた人が、「死神」のルーツは「クリスピーノ」であると言い出して、それが定着してしまったという可能性は、充分考えられます。

(99. 7.24記)新潮文庫の「赤い鳥傑作集」(坪田譲治編)に収録されている「蝋燭をつぐ話」(大木篤夫作)を読みました。これも、明らかに、グリムの「死神の名づけ親」か、これの元になった民話をルーツにもつ物語ですが、グリムの翻案というよりは、グリムの素材を使った創作といったほうがよいかもしれません(同書の解説によると、この作品は、「赤い鳥」の大正一五年七月号に掲載されたもの)。こういう作品を読むと、落語「死神」が、いかに、グリムに近いかという事が、よくわかります。それから、グリムと落語では、死神は男ですが、大木作品とオペラ「クリスピーノ」では、死神は女です。

 ところで、落語「死神」にも、もちろん、グリムとの違いがあります。まず、グリムでは、死神は、主人公の名づけ親という設定になっているのですが、落語では、そのあたりの設定が、はっきりしていますせん(大木作品も同様)。それから、グリムでは、死神が病人のあたまの方に立っていたらたすかり、足の方に立っていたらたすからない、という設定なのに、落語では、これが、全く、逆です。で、先ほどの大木作品ではどうかというと、これは、落語の設定と同じです。もしかしたら、大木作品が、落語を土台にしているのかもしれませんが、断定はできません(大木作品では、「死神」という言葉をつかわずに「死」と呼んでいます)。では、オペラ「クリスピーノ」はどうかというと、これでは、頭と足の区別などなく、死神が病人のそばに立っていたらたすからず、そばにいなかったら助かるという設定であり、したがって、医者が、病人の頭と足の位置を変えさせるといったくだりは全くないのです(グリムとも、落語とも、かなりの隔たりがあります)。

 グリム兄弟が、「死神の名づけ親」の民話を、だれから教わったについては、鈴木晶氏の「グリム童話」(講談社現代新書、1991年)の120ページには、「ヴィルヘミーネ・フォン・シュヴェアトツェルから」「手紙によって、メルヘンを受け取っている」とありますが、吉原夫妻の訳による「初版 グリム童話集2」(白水社、1997年)の14ページにある注釈には、「マリー・エリーザベト・ヴィルトから1811年10月20日に聞く」とあります。また、吉原夫妻の訳書には、「第二版からは、フリードリヒ・グスタフ・シリングの本により、死神に命のろうそくをわざとひっくり返されて医者の命は尽きるという結末がつけられている」とあり、こうなると、シリングの本というのは何物なのかという新たな疑問が沸いてきます(図書館にある文学辞典では、見つけられませんでした)。ついでに、付け加えておきますと、グリム童話集には、「死神の名づけ親」とは別に、「名づけ親」というメルヘンもあり(KHM42)、「死神の名づけ親」と共通点があります。

(99. 8.21記)昨日、銀座ガス・ホールでの寄席に行ってきました。ここで、三遊亭楽太郎が、「死神」を演じました(もちろん、それが目当てで行ったのです)。今回の高座では、主人公が、ろうそくをつぐ事にひとまず成功して、「ああ、これで安心して眠れる」と言うのに対して、死神が「ああ、よく寝て、朝、起きたら、枕元を見な。おれがいるから」と言うという下げになっていました。また、話の骨格は、グリムと同じですが、「名づけ親」のナの字も出てきませんでした。恐らく、演じられるたびに、少しずつ変化しているのだと思います。

(99. 8.28記)イタリアのボンジョバンニレーベルから発売されている、オペラ「クリスピーノと死神」のCDを入手しました。台本の英訳もついているので、これから、少しずつ読んでみようと思います。

Crispino e la Comare (Bongiovanniレーベル GB 2095/96-2 )

(99. 9. 5記)7月18日に、音楽之友社の「オペラ名曲百科(上)」に、「クリスピーノ」が落語「死神」のもとになったという記述があると書きましたが、それは、現在流通している改訂版の方(218ページ)で、1980年刊の初版本には、その一文はありませんので、付け加えておきます。

(99. 9. 9記)最近、辞書を見て、やっと気づいたのですが、"Comare"というのは、「名づけ親」という意味だったのですね。ということは、例のオペラのタイトルは、直訳すれば、「クリスピーノと名づけ親」という事になります。今、台本の英訳文を読んでいるところなのですが、クリスピーノの前に謎の女が登場した際、「あなたを何と呼べばよいか?」と問うクリスピーノに、女が「あなたの名づけ親」と答え、登場人物名も「名づけ親」となっています。それが、実は、死神ということになるわけで(そこまでは、まだ、きちんと、読んでいませんが)、このオペラがグリム童話の「死神の名づけ親」から作られていると考えれば、納得できる設定です。なお、今、読んでいる英訳では、タイトルと人物名の"Comare"を"Fairy"と訳していますが、これは、あまり、適切な訳ではないと思います。というのは、"Comare"は、登場した際、「自分は、妖精ではない」と明言しているのです。

(99. 9.19記)オペラ「クリスピーノ」と落語「死神」が、ともに、グリム童話の「死神の名づけ親」を土台として作られていることはほとんど明白であり、、そして、落語「死神」がオペラ「クリスピーノ」から作られたという説は間違いで、グリムから両者へいたる経路は別々であることも、ほとんど、明白になったと言ってよいと思います。しかし、円朝が、いつ、どのように、グリム童話の物語を知ったのかは、依然、わかりません。ただ、永井啓夫著「新版 三遊亭円朝」(青蛙房)などを読んでみると、円朝は、外国文学に詳しい人達との交流があったようで、円朝自身に語学力がなくても、十分、情報収集ができる環境はもっていたようです。

 

 

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