童話作家・北村正裕のナンセンスの部屋 >白鳥の湖への旅 >

 

   「白鳥の湖」の基礎知識

 

<ストーリーの変遷>

 バレエのストーリーは、ムゼーウスのメルヘンのロシア語翻案を読んだ、作曲者のチャイコフスキー自身によって構想が練られ、ベギチェフとゲリツェルによって原台本がかかれ(1876年)、1877年にモスクワ・ボリショイ劇場で初演された(ライジンガー振付)。この台本では、白鳥の姿を手に入れた、妖精の娘オデットが、継母である魔女のロットバルトに命を狙われており、王子ジークフリートが、愛の力で彼女を救おうとするも、魔女の策略に屈指、最後は、オデットもろとも、魔女が起こした嵐の中、氾濫した湖の水に飲み込まれるという物語だった。作曲者の死後の1895年に、プティパ、イワノフ、それに、作曲者の弟のモデスト・チャイコフスキーによって改訂版(サンクトペテルブルク・マリインスキイ劇場)が上演された時、オデットは、悪魔ロットバルトによって白鳥にされてしまった人間の王女となり、王子は、愛の力で、その呪いを解こうとするが、悪魔の策に屈し、絶望した二人は、湖に身を投げ、永遠の世界で結ばれる(つまり、昇天する)という物語になり、これが、今日の「白鳥の湖」の基礎になっている。バレエ団によっては、王子が悪魔を倒すという、いわゆるハッピーエンド演出をとる事もあるが、これは、1937年のメッセレル版(ボリショイ劇場)以来、旧ソ連で広がったもので、原典版とは程遠い結末。また、今日では、様々な解釈、演出が存在する。 

 

<音楽的改編>

 作曲が完成したのは1876年、初演は、1877年であるが、初演時にも、原総譜通り演奏されたわけではなく、かなりカットされた演奏だったらしい。一方で、チャイコフスキー自身によって追加作曲された曲もあった(第3幕の、ロシアの踊りと、グラン・パ・ドゥ・ドゥ…今日の「黒鳥のパ・ドゥ・ドゥ」ではない)。音楽が、ドリゴによって大きく改定されたのは、1895年のプティパ・イワノフ版の時である。この時、本来、第1幕にあった王子と村娘とのパ・ドゥ・ドゥの曲が、第3幕に移され、今では有名な「黒鳥のパ・ドゥ・ドゥ」として使われた。この他、チャイコフスキーのピアノ曲が編曲されて挿入されたり、本来の「白鳥」の曲にも、手が加えられた。例えば、原総譜No.13の5番目の曲(アンダンテ)は、末尾が編曲処理され、ドリゴの終止として有名である(今日、この曲は、「グラン・アダージョ」の曲とよばれる事が多い)。この曲、組曲版では、チャイコフスキー自身によって、末尾が、やはり編曲処理されているが、ドリゴの終止とは別。

 なお、原総譜による全曲版のCDとしては、英国デッカ社から発売されている、ボニング指揮、ナショナルフィルハーモニック管弦楽団によるものがあり(DECCA425 413-2)、これには、初演時にチャイコフスキー自身によって追加作曲された曲(第3幕の、ロシアの踊りと、グラン・パ・ドゥ・ドゥ…今日の「黒鳥のパ・ドゥ・ドゥ」ではない)も収録されている。また、1895年版によるものとしては、ビクターから、フェドートフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団によるCDが発売されている(VICC40238-39)。

 

<参考書>

森田稔「永遠の白鳥の湖」(新書館)

ムゼーウス(市川明訳)「奪われたヴェール」(貞松・浜田バレエ団)

北村正裕「オデット姫とジークフリート王子のほんとうの物語」(北村正裕・私家版)  <著書紹介のページ参照>

 

 

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