童話作家・北村正裕の部屋 <メルヘンの部屋 <何もない遊園地 <
5 終わらない物語の部屋
サフィを背中に乗せた木馬のミオは、砂漠の砂の上を滑るように進んで行った。サフィもミオも、消えてしまった悲しみの精アスカの事が忘れられなかったが、今は、ただ、アスカに言われた通りに、この、月夜の国の砂漠を、闇の十字星の方角へ進んで行くよりほかに仕方がなかった。
「ねえ、サフィ、おなかすいてない?」
ミオが、背中のサフィに、心の声で、話し掛けた。そう言われてみると、サフィは、確かに、おなかがすいて、それに、のども乾いている事に気が付いた。
「そう言えば、そうだなあ」
「そうでしょう? いくら、砂漠の空の時が止まっているからと言っても、もう、ずいぶん、長旅をしているわ。私は、木馬だから平気だけれど、あなたは、きっと、疲れて、おなかもすいているはずだわ」
「でも、食べ物は無いし、休む所だって、・・・」
と、サフィが言いかけた時、驚いた事に、どうした事か、まったく突然に、彼らの目の前に、一軒の、粗末で、小さな小屋が現れたのだった。
「な、何だ、これ?」
サフィは、目を疑った。もちろん、ミオも驚いた。
「でも、悪い物じゃあないんじゃない?」
ミオが言った。そう言えば、小屋は、一応、月の光に照らされて、清楚な様子に見えたし、また、もちろん、お菓子の家でもなかった。
「はいってみましょうよ」
ミオは言った。サフィも、うなずいて、小屋の扉を開けると、ミオと一緒に、中へはいって行った。
中へはいってみると、質素な感じではあるものの、一応、ちゃんとしたソファーがあって、それに、ひとりのおばあさんが、少し眠そうな様子ですわっていた。
「こんばんは」
サフィが、声を掛けると、おばあさんは、まるで、居眠りから醒めたばかり、といった様子で、ちょっと驚いたように、サフィとミオの方に顔を向け、それでいて、また、落ち着き払った風に、
「おやまあ、あんたたちか、さあ、おはいり」
と、声を掛けた。
初めてやって来たのに、「あんたたちか」と言われて、サフィたちがとまどっていると、おばあさんは、彼らの心を読んでいるかのように、
「サフィ君とミオさんじゃあないか。何も改まる事はないよ」
と、言ったのだ。
「どうして、僕たちの名前を?」
サフィが驚いて尋ねると、おばあさんは、微笑みながら、答えた。
「なあに、すぐにわかるさ。なにしろ、あたしは、こう見えても、一流の魔法使いなんだからね」
サフィとミオは驚いた。そして、部屋の中を見回してみると、小さなテーブルの上の、水晶玉のような光を放つ石といい、壁に立てかけられた竹のほうきといい、そう言われてみれば、確かに、魔法使いの部屋らしく見えるのだった。だいいち、この小屋の突然の出現そのものが、魔法使いの魔法の証し以外の何物でもなかった。おまけに、おばあさんが、杖で、ちょこんとテーブルに触れると、どうだろう。テーブルの上は、あっと言う間に、あふれんばかりのごちそうでいっぱいになってしまったではないか。
「さあ、サフィ、遠慮なくお食べ! おなかがすいているんだろう?」
「・・・・・・」
「サフィ、ごちそうになったら?」
サフィは、あっけにとられて、しばし、ぽかんとしていたが、やがて、ミオにもうながされて、がつがつと、そのテーブルの上のごちそうを食べ始めた。そして、あっと言う間に、ごちそうをたいらげてしまった。
「飲み物もあるよ」
おばあさんは、再び、魔法の杖を使って、今度は、コップにいっぱいのジュースを出して見せ、サフィは、それも、あっと言う間に、飲み干してしまった。
「ああ、おいしかった!」
サフィは、すっかり満足して、心から、そう言った。
「おいしいはずだよ。なにしろ、一流の魔法使いのごちそうなんだからねえ」
魔法使いのおばあさんも、満足げに、そう言って、また、ソファーに腰を降ろした。
「さあ、ゆっくりと、休んでおいき。ミオも疲れているんだろう? そこに、毛布もあるからね、遠慮せずに、使っておくれ」
「ねえ、ミオ。ミオは、おなかすかないの?」
サフィが、ミオに尋ねた。
「ええ。だって、私、木馬ですもの」
「そうか・・・」
サフィは、残念そうに、つぶやいた。サフィは、ミオにも、自分と同じように、おなかをすかせて欲しいと思った。自分と一緒にごちそうを食べ、一緒に疲れて、一緒に休み、一緒に苦しみ、一緒に悲しみ、そして、一緒に笑いたいと思った。
「私、サフィがおいしそうに食べているのを見ているだけでも、とっても、楽しいわ。それに、今までだって、サフィと一緒に苦しみ、一緒に悲しんだわ。アスカさんが消えてしまった時には、あなたと一緒に、涙を流したじゃない。それに、今だって、一緒に疲れて、一緒に休んでいるわ」
ミオは、サフィの心を読んだように、そう言った。
「ああ、そうだったね」
ミオに言われて、サフィも、なるほどと思い、安心して微笑んだ。
「ところで、おばあさん」
と、ミオが、魔法使いのおばあさんに話し掛けた。
「おばあさんは、ほうきに乗って、空を飛ぶ事が出来るの?」
「あっ、そうそう、僕も聞こうと思っていたんだ」
サフィも、壁に立てかけてある竹のほうきを見て、言った。
「ああ、これかい?」
魔法使いのおばあさんは、目を細めて、話し始めた。
「ええ、若い頃はねえ」
「今は、飛べないの?」
サフィが、遠慮もせずに、尋ねた。
「最近はねえ、どうもねえ、腰の調子がねえ・・・。若い頃のようにはねえ・・・。でも、若い頃は、ほうきで空を飛ぶ事ぐらい、あさめしまえだったねえ。なにしろ、あたしは、一流の魔法使いだからねえ」
おばあさんの目は、話しながら、だんだん輝いて来た。
「いつだったかしらねえ? あんまり高く飛び過ぎて、お月様に勢いよくぶつかってしまった事があったよ」
「ええ? 本当?」
「本当だとも」
「けがしなかった?」
「あたしは、だいじょうぶさ。なにしろ、あたしは、一流の魔法使いだからねえ」
「へえ、よかったわねえ」
「ところが、そうでもなかったのさ。あたしは、大丈夫だったんだけど、お月様がねえ」
「お月様がどうしたの?」
「あたしが、あんまり勢いよくぶつかったもんだから、お月様が、空から落っこちてしまったんだよ」
「ええ? 本当?」
「本当だとも」
「で、それから、どうなったの?」
「それから、地面に落ちてしまったお月様が、腰を打って、痛い痛いと、泣き出すもんだから、あたしは、お月様を、お医者さんの所に、連れて行ってあげたのさ」
「で、それから、どうなったの?」
「お月様は、腰が痛い、と言うので、お医者さんは、腰を取ってしまいましょう、と言って、大きな釘抜きで、お月様の腰を、えいっ、と、引っこ抜いてしまったんだよ」
「あははは・・・」
「ははは・・・、で、それから、どうなったの?」
「痛い腰を取ってしまったので、痛いのは治ったんだけどねえ、腰を引っこ抜かれたもんで、お月様は、腰が抜けて、動けなくなってしまったのさ」
「ははは・・・」
「ああ、ははは・・・、で、それから、どうなったの?」
「なにしろ、お月様は、腰が抜けて、動けなくなってしまって、とても、自分では、空に戻れそうになかったもんだから、しかたなく、あたしが、お月様を、このほうきに乗せて、空まで、運んであげたのさ。なにしろ、あたしは、一流の魔法使いだからねえ」
おばあさんは、壁のほうきを指差しながら、目を細めて、こう話した。ミオとサフィは、もう、おなかをかかえて、笑いころげながら、おばあさんの話を楽しんだ。
「で、それから、お月様のけがは治ったの?」
ミオが、笑いながら、尋ねた。
「それがねえ・・・」
と、魔法使いのおばあさんは、また、話し始めた。
「何とか動けるようにはなったんだけどねえ、地面に落ちた時に出来たあざが、残ってしまったんだよ。傷めた腰は取ってしまったんだけど、なぜか、あざだけは、残ってしまったんだよ」
「あははは・・・、で、どんなあざなの?」
「うん、それなんだけどねえ、地面にしりもちをついた時に出来たあざなので、ちょうど、うさぎがしりもちをついているようなあざだったのさ」
「ああ、はははははは・・・・・・」
ミオもサフィも、もう、大笑いだった。そして、当の魔法使いのおばあさんまで、サフィたちと一緒になって、笑ったのだった。
「ところで、おばあさん」
と、サフィが、言った。
「おばあさんの名前、何ていうの?」
「あたしの名前かい? 驚いちゃいけないよ。あたしの名前はねえ、サリーっていうんだよ」
「ふうん。魔法使いサリーおばあさんか・・・」
サフィは、何だか、どこかで聴いたような名前のような気がした。
「何だ。あんまり、驚かないねえ。これでも、昔は、有名だったんだけどねえ」
サリーおばあさんは、サフィが驚かないのが、ちょっぴり不満なようだった。
「ねえ、サリーおばあさん。私、もっと、おばあさんのお話が聞きたいわ」
ミオが、心の声で、ねだった。
「うん、僕も!」
サフィも、ミオと一緒になって、魔法使いサリーおばあさんに、お話をねだった。
「それじゃあ」
と、サリーおばあさんは、また、話し始めた。
「それじゃあ、この、一流の魔法使いの、とっておきのお話を聞かせてあげよう」
「わあい。わあい」
ミオとサフィは、大喜びで、サリーおばあさんの話に耳を傾けた。
「昔々の事です」
と、サリーおばあさんは話し始めた。
「王子様と王女様が恋に落ちた時の事です。王子様は、王女様を馬に乗せて、青い草原を駆けたいと思いました。ふたりが乗った馬のあとには、嵐のように静かに、いくつもの花が咲きました」
「今度は、まじめな話だな」
と、サフィは思った。ミオは、
「素敵なお話しね」
と、もう、うっとりしていた。
「王女様は・・・」
と、サリーおばあさんは続けた。
「王女様は、感激のあまり、涙をこぼし、そのしずくは、霧のように輝いて、夜空の星になりました。そして、王子様は、喜んで、そして、星たちに言いました。どうか、そのまま、私たちが新しい城にたどり着くまで、そこで輝いて、私たちの道を照らし続けていておくれと」
サリーおばあさんは、そこで、一息いれると、少し間をあけて、それから、こう、続けた。
「それで、今でも、星たちは、輝き続けているのです」
「という事は、ふたりは、まだ、お城にたどり着いていないって事? 新しいお城は、そんなに遠いの?」
ミオが、心の声で、尋ねた。
「いいえ、それは、わかりません。でも、とにかく、ふたりは、まだ、たどり着いていないのです」
「どうして?」
「それはねえ、だって、たどり着いてしまったら、お話は、終わってしまうじゃあありませんか。一流の魔法使いの、とっておきのお話ですもの。決して、終わってはいけないんですよ」
そこまで話すと、サリーおばあさんは、いかにも、今日は、これでおしまい、とでもいうように、
「さあさあ、ミオもサフィも、ゆっくりお休み。まだ、旅は、長いんだから」
と言って、ミオとサフィに毛布を与え、あの、水晶玉のような石の光を小さくして、自分も、ソファーにすわったまま毛布を掛け、目を閉じて、眠ってしまった。
ミオとサフィは、サリーおばあさんの不思議な物語の余韻に浸りながら、毛布にくるまって、眠りについた。
いつか、サフィは、夢を見ていた。夢の中で、サフィは、大きなビルが建ち並ぶ灰色の街を歩いていた。
「ここは、太陽の国?」
サフィは、思わず、寒気を感じた。街には、ただ、冷たいだけの光だけが飛び交い、サフィは、そこから逃れようと、必死に、歩き続けた。すると、やがて、街から、冷たい光が消え、あたりは、やさしい月夜の国に変わった。サフィは、安心して、今度は、ゆっくりと、月夜の国の広野を歩いて行った。
「広野の向こうに、何かがある」
と、サフィは思った。と、思いがけず、地平線の向こうから、暖かい光が昇って来た。
「あっ! 太陽だ!」
サフィは、再び、身を固くした。だが、昇って来た太陽は、あの、太陽の国の光とは違っていた。その、暖かく、希望に満ちた光は、明らかに、月夜の国の物だった。いつのまにか、サフィは、暖かい草原の中にいた。草原には、やさしい色の、花々が、咲き乱れ、青空には、白い雲が、ひとつ、ふたつと浮かんで、船のように、流れて行った。草原は、また、ゆるやかな起伏を持ち、サフィは、丘を越えて、さらに、進んで行った。すると、サフィには、草原の向こうから、ひとりの少女が、こちらに向かってくるのが見えた。
「あ! あれは、ミオだ!」
サフィは、少女の方へ向かって、駆け出した。
「ミオ!」
「サフィ!」
「ミオ、ミオは木馬じゃあなかったの?」
「ううん。私、本当は、人間の女の子だったのよ」
「ああ、やっぱり、そうだったんだね。さあ、ミオ、ふたりで、この草原を歩いて行こう」
「ええ、そうしましょう」
こうして、サフィは、夢の中で、人間の女の子の姿のミオと一緒に、青空のもと、花の咲く草原の中を歩いて行った。
一方、同じ頃、木馬のミオも、毛布にくるまって、夢を見ていた。夢の中で、ミオは、木馬ではなく、人間の女の子になっていた。彼女は、月夜の砂漠の中を、ひとりぼっちで、歩いていた。
「私、どこへ返ればいいんだろう?」
ミオには、自分の家がどこにあるのか、まったく、わからなかったのだ。彼女は、当てもなく、ただ、歩き続けていた。すると、まもなく、彼女は、遠い地平線から、暖かい光が昇って来るのを見た。
「あっ! 太陽だ!」
ミオは、身を固くした。だが、昇って来た太陽は、あの、太陽の国の光とは違っていた。その、暖かく、希望に満ちた光は、明らかに、月夜の国の物だった。いつのまにか、ミオは、暖かい草原の中にいた。草原には、やさしい色の、花々が、咲き乱れ、青空には、白い雲が、ひとつ、ふたつと浮かんで、船のように、流れて行った。草原は、また、ゆるやかな起伏を持ち、ミオは、丘を越えて、時折、向きを変え、さらに、進んで行った。すると、ミオには、草原の向こうから、ひとりの少年が、こちらに向かってくるのが見えた。
「あ! サフィだ!」
ミオは、サフィの方へ向かって、駆け出した。サフィも、ミオを見つけたようすで、ミオの方へ、走って来るのが見えた。
「ミオ!」
サフィは、ミオに駆け寄って、呼び掛けた。
「サフィ!」
ミオも、サフィの名を呼んだ。
「ミオ、ミオは木馬じゃあなかったの?」
サフィが言った。
「ううん。私、本当は、人間の女の子だったのよ」
ミオは、夢の中で、こう、答えた。
「ああ、やっぱり、そうだったんだね。さあ、ミオ、ふたりで、この草原を歩いて行こう」
「ええ、そうしましょう」
こうして、ミオは、夢の中で、サフィと一緒に、青空のもと、花の咲く草原の中を歩いて行った。