diary


バンドをめぐるできごとや、考えたことを、つれづれなるままに書いています。
ちんたらした活動のため、そんなに沢山書くこともないので、不定期に更新しています。

Written by Matsuo ( BASS & VOCAL )


2009.5 復活の日

ドラマーHacker脱退から2ヵ月。

新ドラマー加入です!
その名はYo-ske。

年齢はなんと28歳。
他のメンバーとはひとまわり以上違う若手なのです。

初練習はというと・・・
おおお何だ!彼に引っ張られている。

オヤジ化が著しいpermanentsを
若いパワーと今風のセンスとテクニックで引っ張る。

他メンバーのプレイも、心なしか溌剌としている。
どうやらいい刺激になりそうです。




2009.3 存続の危機 Part3

なんとこのダイアリー4年半ぶりの更新。
そこに記されることは・・・・

Hacker脱退!

音楽性の違いをめぐっての口論の末。
というのは嘘です。
理由は「転勤」。

サラリーマンバンドの宿命とはいえ、
ドラマーが抜けるのはPermanentsの伝統となりました。
そんな伝統はいらん!

さて・・・どうしたものか。




2004.9 ウォーミングアップ曲

Hackerが加入して3回目の練習。
だいぶブランクは埋まってきたかな。

Hackerの希望により、
ウォーミングアップ曲として
(本人にとってはリハビリ曲として)
キンクスの「All Day And All Of The Night」を
練習の1曲目にやることにした。

シンプルな曲で、技術的には難しくないけれど、
リズムの疾走感や一体感を出すのが非常に難しい。
ラフなようでいて、実は微妙。
というか、ラフを計算して弾かなければならない。
そういう曲なのである。

そういう曲をカッコ良く演奏できるバンドが
良いロックバンドなのだといえる。
そんなわけで、リハビリ&ウォーミングアップには最適。

技術的に難しい曲をやりたがるバンドは多いけれど、
こういう曲をみっちり練習すると、一気にレベルアップするよ。




2004.7 新ドラマー決定!

早速ですが決定しました。
その名は「Hacker」。

Shogoの結婚披露宴ライブにて、
ドラムの代わりにギターケースとビール瓶を叩いて、
ウケを取っていた、あのHackerさんである。

Hackerといっても、コンピュータに侵入して
データを盗んだりする人ではない。
そういう苗字なのだ。

彼は滋賀県在住だったのだが、
O-Mori脱退直後の頃、転勤で横浜へ。
こりゃ神様が「加入させよ」と言ってるに違いない。
Shogo加入の経緯と酷似しているね。

というわけで、新橋で焼酎を飲みながら勧誘。
おじさんバンドらしいシチュエーションですな。

そして7/10(土)、初の練習となりました。
シャープなドラミングは健在なれど、
20年ぶりというブランクは仕方ないとこで。

本人としても不本意だったらしく、
練習後、そのまま楽器店に行って、
ペダルと練習用パッドを購入するという
やる気まんまんの様を見せてくれました。

そんなふうで今後にご期待あれ。

※プロフィールは「members」を参照下さい。



2004.4 O-Mori脱退!

そうなのだ。
非常に残念なことである。

音楽性の相違とか、そういう話ではない。
転勤である。
サラリーマンバンドの宿命だね。

ドラマー不在で活動停止状態だったバンドが、
活動を再開することになったきっかけは、
O-Moriが「バンドやりたい」と声をかけてきたこと。
彼がいなかったら、おそらく存続していないだろう。

1995年から、約10年。
実はPERMANENTSの最長在籍ドラマーである。
もちろん、PERMANENTSの音に多大な貢献をした。
感謝してもし尽くせない。


さて、長らく活動をサボっていたPERMANENTSであるが、
実は、この3月から活動を再開していた。
そんな矢先の出来事で、さてどうしようか。

今日のところは、とりあえず、
リズムマシンに合わせてやってみた。
しかし、しょせんは機械。
正確だが情緒と熱気に欠ける。
シンプルな曲はかなりツライものがある。

まあ、これはこれで、
アレンジを工夫していけば何とかなるとは思うが、
でもやっぱり、ドラムは生の方が気持ち良い。

さて、どうしようか...




2002.11 Shogo Bridal Live

ギタリストShogoがついに結婚!
このニュースは日本のロック界をかけめぐった。
ファンの女性たちは泣き崩れ、
自殺を図った人も少なくはなかった(嘘)。

そんなハッピーShogoをさらにハッピーにするべく、
結婚披露宴にてブライダル・ライブを敢行。
列席の方々は別に聴きたくないかもしれぬが、
いいんだよ俺達のキモチだから。
披露宴の余興ってそんなもんでしょ。

しかし、
やることが決まったのが2週間前
曲が決まったのが10日前
全員に連絡が行き渡ったのが1週間前
練習は当日に2時間だけ
という、超突貫工事でありました。

そんなわけで、とてもズッコケライブとなった次第。
詳しくは「Live Report」で。




2001.3 新曲ラッシュ

1ヶ月ぶりのスタジオ入りだが、
O−moriは熱があって欠席。
Shogoは車が渋滞にハマって遅刻。
Tachiyukiは休日出勤で会社に行く途中に
「あ、今日は練習だ!」と気付いたということで遅刻。

締まらないのは今に始まったことじゃなし。

Matsuoは、ひとりでベースを弾いても仕方ないので、
スタジオのピアノを弾いてひまつぶし。

結局、O−moriがいないので、普通の練習は無理。
新曲の音合わせとアレンジ会議になった。

今日の時点で、
Tachiyukiの新曲が4曲、Matsuoが3曲。
バンドはやっぱり新曲を作り上げる過程が一番面白いな。

最近、Tachiyukiに曲調の変化がみられる。
リフ主体になり、ちょっとハードでブルージーな感じ。
Shogoのギターもトレブルを目一杯きかせた
ギンギンの音質に変わってきたし、
21世紀バージョンのpermanentsはちと違うぜ。



2001.2 久しぶり!

5月のライブからなんと9ヶ月。
久しぶりのスタジオ練習である。

なぜこんなに期間があいてしまったのか?
いや、特に理由はない。
毎回、ライブの後は期間があいてしまうのだが、
今回はなぜか妙に長かっただけだ。

その間、tachiyukiもmatsuoも曲を貯めていて、
今日は2人とも2曲ずつ初披露。
まだ他にもあるようなので、
次回のライブはもしかしたら全部新曲になっているかも。
21世紀バージョンのpermanentsにご期待あれ。

tachiyukiの新曲のなかに、
ちょっとわかりにくい部分があって全然合わない。
みんな首をかしげながら、おそるおそる演奏している。

matsuoが「そうか、4分の2拍子が1小節入っているんだね」
と気が付いたところ、
tachiyukiは「えっ?」と驚いていた。

作為的なアレンジではなくて自然に出てきたものなので、
変拍子であることにすら気が付いていなかった様子。
なぁんかナチュラルだなあ。



2000.6 子連れロッカー

ライブの日の、心暖まるエピソードをひとつ。

本番前に軽く練習をしておこうとスタジオ入り。
O−Moriが娘(4〜5歳)と一緒に現れた。

「ぱぱといっしょにいくぅ」と言ってきかないので
仕方なく連れて来たとのこと。かわいいねぇ。

ドラムを叩くぱぱの勇姿をにこにこしながら見る娘。
大遅刻を責める気も失せるってもんだ。

こんな彼を「ロックじゃない」とする向きもあろうが、
OASISのリアム・ギャラガーや、
XTCのアンディ・パートリッジなどは
自分の子供のことを歌にしているし、
ジョン・レノンにいたっては、
子育てのために音楽活動を3年間も休止している。
子煩悩なロッカーというのもアリなのだ。

しかし、スタジオでの練習はまだしも、
ライブハウスの大音響は幼児にはキツかったようで、
すっかりご機嫌を損ねてしまい、
本番を観ずに、ままと一緒に帰ってしまった。
ぱぱO−Moriがっかりの巻である。



2000.4 ライブを控えて気合いも入る(?)

今日は超久しぶりの練習。
ライブを前にして、そろそろ固めに入らねば。

それなのに、ああそれなのに、
大幅に遅刻したヤツがいる。
本人の名誉のために実名報道は控えるけどね。

彼は練習のあと仕事だということで、
スーツを着て現れた。
サラリーマン・バンドは何かと大変だよ。
革靴ではバスドラを叩きにくそうだった。
(あ、しまった。誰だかバレバレ。)

そして今日はShogoのギブソンお披露目。
黒のレスポールスタンダードってのもカッコイイねえ。
Shogo曰く、
「社会人バンドの特徴は、技術に比例せず楽器が豪華なことだ。」

演奏面ではそれほど大きな問題もなく、
だいぶ固まってきたかなとは思うが、
どうも体力的に問題ありとみた。
Matsuoなんか、1曲歌っただけで喉がかれてるし。

ライブまであと1ヶ月ちょっと。
気合いを入れていくぞ。
おー!



2000.4 ステージ衣装について考察する

ライブの予定も決定し、
「衣装はどうしようかな」なんて考える今日この頃。

Tachiyukiは毎回同じステージ衣装を着ている。
とはいっても普段着に毛の生えたようなもので、
黒のTシャツと黒のボトムに、
鮮やかなグリーンのシャツを羽織るというスタイル。
この服はステージ以外では着ていないということなので、
ステージ衣装といっても良いだろう。

他の3人はカンペキに普段着である。
それも、ジーンズメイトやユニクロで売っていそうな
まるっきり普通の服である。
それでも一応は個性を出そうとしていて、
Shogoはスポーティなカンジだし、
Matsuoはブンガクかアートの雰囲気を意識している。

問題なのはO−moriである。
彼にはステージ衣装という概念がないようだ。
着てきた服で演奏して、その服でそのまま帰る。
「どうせドラマーなんて誰も見てないし」という
彼の姿は少し寂しげだ。

ちなみにMatsuoのこだわりは「靴」である。
オシャレな靴を履くという意味ではない。
底の柔らかいスニーカーなどだと、
足元がふわふわしてリズムが安定しない気がするので、
底の固いエンジニアブーツを愛用している。
ただ、今回のライブは5月の終わり頃なので、
ブーツは季節的にツライかな、と悩んでいる。

アマチュアバンドのステージ衣装というものはいかにあるべきか?

ヘビメタやパンクの人は典型的なスタイルがあるけれど、
そんな類型化された服装をするというのも抵抗があるし、
だいいちpermanentsの音楽には似合わない。
普段着に毛が生えた程度の服装が一番似合うような気がする。
日常をテーマにした曲や、自分を表現した曲が多いので、
非日常なスタイルで演奏するのはコンセプトに合わないだろう。

「現代ロックの基礎知識」によると、
様々な変遷はあれど、ロックなファッションというものはずっとあった。
それが普段着でステージに上がるようになったのは、
80年代のインディー〜90年代のグランジの流れだとのこと。
なるほど、permanentsが最もリアルタイムで影響を受けた時代だ。

まあ、アマチュアのくせにあまり派手に
ロックスターになりきったスタイルだと、
けっこう恥ずかしいと思う。

そんなだからpermanentsは地味だっていわれるんだよな。



2000.3 マイルド化現象

1曲を長期間続けていると、
明確におかしいところは何もないのに
なんだか演奏が締まらない状態になることがある。
他の曲はきちんと演奏できるのに、
その曲だけ何故か音が薄くなり、グルーブがなくなる。
これを「マイルド化現象」と呼ぶ。

とはいっても、一般的な音楽用語ではない。
Matsuoが勝手にそう呼んでいるだけである。
以前「Born to be wild」という曲がこの状態に陥ったときの、
「全然ワイルドじゃない。マイルドじゃないか」という
ダジャレがその語源である。

原因はいろいろ考えられるが、
「その曲に飽きた」
「当初のノリを忘れた」
「凝りすぎて煮詰まった」といったとこだろう。

そしてこの状態に陥った曲は、
かつてのノリを取り戻すことはまずないといって良い。
アレンジを大幅に変えるか、捨てるしかない。

現在、「この街の空の下」と「月夜のリズム」が、
どうもマイルド化しているようだ。
延命策としてリズムアレンジの変更を提唱したが、
どうもうまくいかず却下。

最初からやっている曲なので思い入れはあるが、
もはや寿命なのであろうか。
寂しいことである。



2000.2 作曲スタイル

今日の練習で、Tachiyukiが久々の新曲を披露した。
結婚したのでシアワセのカタマリのような曲を書くかと思ってたら、
意外に重いマイナー調の曲である。

彼の特徴は、「未完成段階でとりあえず聴かせる」こと。
1番しか出来ていない状態がほとんどで、
歌詞も1/3程度しかできていなかったりする。
「構成は?」と聞くと「決めてない」、
「アレンジの希望は?」と聞くと「ない」とくる。
こんなふうなので、
結局完成しないままお蔵入りすることも多い。

対して、Matsuoは最後まで作り上げてから披露する。
アレンジも大まかに決めてくる。

曲調で共通する点は
コード進行に一癖ある という点だが、
Matsuoはノーマルな流れを崩すための
アクセント的に使うのに対し、
Tachiyukiは変わったコードも含めて
ひとつの流れになっていることが多い。

同じバンド内でもいろいろ違うものだ。



1999.12 バトルトーク in 博多

正月休みで帰省するMatsuoは、途中、博多に立ち寄った。
旧メンバーであるKita&Fuchigamiと飲むためだ。

最初は思い出話などで平和に盛り上がっていたが、
途中から激しいバトルトークに移行。

きっかけは、Matsuoの
「何故おまえたちはバンドをやらないのだ」という発言。
(わざと挑発したんだけどね。)

思い出話も楽しいけれど、
今の彼らの音楽論を聞きたかった。
今の彼らのプレイを観たかった。
音楽に熱中した日々を、
若気の至りにされたくはなかった。

仕事や家庭もあるので、音楽一筋って訳にはいかない。
現メンバーは上手く折り合いをつけようと頑張っている。
(特にO-moriには頭が下がる思いだ。)
そのエネルギーとなっているものは何か?
楽器を弾きたい、歌を歌いたいという気持ちに他ならない。

彼らにも、その気持ちがあるはずだし、
彼らならできるはずだ。
以前のpermanentsとも、今のpermanentsとも違う、
彼らの新しい音を聴かせてくれることを願っている。

大きなお世話か?



1999.10 アレンジを練る

本日は練習日。
が、
Tachiyuki:欠席
O-mori:1時間遅刻
Matsuo:30分遅刻
締まらないねえ。

というわけで、今日は通常の練習は無理なので、
「Big Bang」のドラムパターンを練ることにした。

Permanentsのアレンジは
「自分のパートは自分で考える」を基本としている
(別に取り決めしたわけでもないけれど)。
作曲者が考えていた当初のイメージと違った形になることもあるが、
各自の個性を出せるので、面白いものができる可能性もある。

だけれど、この曲については、
作曲者であるMatsuoとD:O-moriの意識のずれが顕著で、
とりとめのない演奏になっていたので、
ポイント合わせをしたわけだ。

アレンジについてディスカッションするのは難しい。
数学じゃないので正解が決まっているわけじゃないし、
意見が衝突して気まずくなることもある。
(今日は何もトラブルはなかった と思う....)
「個性を生かす」というのは口で言うほど簡単じゃないね。

今日はもうひとつ、
「月夜のリズム」のアレンジ変更を提案した。
リズムをハウス風にしてみてはどうか? という案だ。
やってみたら結構良かったと思うのだけれど、
最終的な決定権は作曲者にあるので、
Tachiyukiの意見を聞いてみなくては。



1999.9 活動再開後即充電期間

メッチャ久しぶりの更新だあ。やっとネタができたぜ。

4月より活動を一時休止していたが、本日久しぶりにスタジオ入り。
さすがに半年近くもブランクがあると、
構成は忘れているわ、
リズムは狂うわ、
声は出ないわで。

定番になっている曲はそんなに悪くもないけれど、
生かすか没にするかの線上にある曲や、
休止前に途中まで仕上げていた新曲などは悲惨な出来。
まあ、今日はリハビリが目的だからね。

練習後、ラーメンなど食べながら、
今後の活動について話し合ったのだけれど、
Tachiyukiの海外挙式(inわいはー)があったり、
O-moriの転勤・引越しがあったりで、
どうも年内は満足に活動できないようだ。
とりあえず10月にもう一回スタジオ入りすることにしたけれど、
その後はまた3ヶ月ほど活動停止状態になる。

※O-moriの転勤は東京→埼玉なので、若干遠くはなるけれど
 活動は続けます。
 ファンの方(いるのか?)、ご安心下さい。

早くライブやレコーディングをしたいとは思うけれど、
もう少し我慢して、作曲したり、アイデアを練ったり、
いろんな曲を聴いたりして、
よりグレードアップした形で活動再開できるようにしておこう。
いわゆる「充電期間」ってやつだね。
(物は言いようデアル)



1999.8 歴史的名演のこと

「history」のページに
1986.12 サークル主催のLIVEにて歴史的名演」と書いた。
この「歴史的名演」というフレーズに対する反響が大きい。

あえてオーバーな表現を使った冗談フレーズだと思われがちだが、
誇張でも自惚れでもなく、
実は本気で「歴史的名演」だったと思うのだ。

このライブは、所属していた軽音楽部の年1回の定例ライブで、
毎年3年生がメインアクトになる。
3年生はこのライブをもって部の活動から引退し、
多くの場合、そのまま解散となる。
つまり、3年生バンドのラストライブだ。
長い時間をかけて準備し、練習を重ね、
ハンパじゃないキアイをもって臨んだ、
3年間の総決算ライブだ。
素晴らしくない筈がないではないか!

そのまま解散していれば、
良い思い出になったことだろう。

しかし、終わらなかった。
引退しても部室に入り浸り、
ずるずると活動を続けてしまった。
その結果、
良い思い出になる筈のライブが、
乗り越えるべき大きな壁になった。

あれから12年。
壁はいまだ目の前にある。

今のメンバーが当時より劣っているなんてことは決してない。
当時とは環境が違うだけだ。
それぞれが忙しい仕事を持ち、
それぞれの生活を持っている。
音楽にすべてを捧げることができた、
暇な学生時代とは違うのだ。

なんだか言い訳っぽくなってきたな...

若い頃と同じ事をやろうとしても無理なこと。
練習不足は経験でカバーし、
体力の低下は表現力でカバーする。
そして、いつの日か、
1986年のライブとは違った形での、
歴史的名演を残そうと思う。
それが、壁を乗り越える唯一の方法なのだろう。

「21歳の自分に負けたままでは終われない」
これが、いつまでもバンドを続けている理由の一つでもある。



1999.7 Happy Wedding

4月以来、活動を停止している。
といっても、別にトラブルがあったという訳ではない。

Vo&G:Tachiyukiが結婚したのだな。

で、何かと忙しいということで、ちょっとバンドはお休み。
ネタがないので、このHPも更新頻度が減って、
アクセス数も激減の今日この頃。

permanentsはアイドルでもビジュアル系でもないので、
メンバーの結婚が観客動員数に響くということもなかろう。
もともと観客は少ないしね(涙)。
ぴちぴちの(?)独身者もまだ2名いるし大丈夫。

楽しみなのは、
「結婚したことで、Tachiyukiの詞がどう変わるか」ということ。
もともと前向きな詞が多かったので、
幸せのカタマリみたいな詞を書くようになるのではないか?

今後の彼の作風に注目されたし!



1999.5 メンバーのキャラクターを分析する

諸般の事情によって、GWに予定していたレコーディングが延期になり、
5連休が暇暇暇暇暇。

暇なので、メンバーのキャラクター分析などしてみた。

まずは「members」の写真をクリックして、
メンバー紹介をご覧いただきたいのだけれど、
各自の「楽器・車・煙草」を紹介している。
これは、ある人が「楽器と車と煙草には、その人のキャラクターが出る」と
いう説を唱えているからで、なるほどと思う。
でも、どちらかというと「その人が、こうなりたいと思う願望」の方が近いかも。
以下「楽器・車・煙草」からメンバー個々に分析してみよう。

G&Vo Tachiyuki
 楽器:テレキャス、車:サーフ、煙草:マイルドセブン
 「ワイルド」なイメージかな? 少し弱いけど。
 でも本人は全然ワイルドなんかじゃなくて、
 どちらかというとへなちょこなタイプだ。
 そういう願望があるのかい?

G&Cho Shogo
 楽器:ストラト、車:アウディ、煙草:セイラムライト
 以前乗っていたバイクはべスパ。
 「都会派」ってカンジ?
 これはわかる気がする。
 北九州出身の田舎者だけどね。
 Tachiyukiは「テニスサークルの人みたいな組み合わせだ」と言っていた。

Drs O-mori
 楽器:ドラム、煙草:ピース
 以前乗っていた車はローレル。
 うーん「男らしい」なあ。
 彼の場合は本当に男らしいところがあって、
 バンド内で唯一硬派で体育会系的な雰囲気を漂わせている。

B&Vo Matsuo
 楽器:セミアコベース、車:ミニ、バイク:モンキー、煙草:クール
 単に「マニアック」なだけとも言えるけど、
 「優しげな外見だが芯が太い」という共通点がある。
 これも願望だなあ。
 本人には芯なんてまるでないもの。

皆さんも身近な人を分析してみましょう。結構当たると思うよ。



1999.4 スバラシイ曲が生まれるとき

さっき曲ができた。
すばらしい曲だ。
とてもポップでキャッチーで、
展開も意表をついていて、
自分で作ったとは信じられないほど。

風呂に入っていて、
鼻歌みたいに歌っていたら、
自然に曲が出来上がっていた。
わずか15分ていどの間にだ。

不思議なことに、
「作曲するぞ」と意気込んで、
ギターを持ってみても、
そういう時は逆に大した曲はできない。
むしろ、風呂やトイレや電車の中などで
油断している時に曲は生まれる。
それも突然に。

ジョン・レノンは、曲が生まれる瞬間を
「曲が降りてくる」と表現した。
あまりにも突然、自然に生まれてくるので
自分が曲を作っているとは思えなかったそうだ。
全く同感。

問題がひとつある。
まだ歌詞ができていない。
いい曲なので完成させたいとは思うのだけれど、
いい曲だけに出来の悪い詞はつけたくないし。

でも、詞はなかなか降りてはくれないのだな。



1999.4 久々の練習再開

2月のライブ以来、約2ヶ月間練習が中断していた。
土日に何かと用事があったのが理由なのだけど、
「何故帰る?!」のところで書いたように、
少々ブルーになっていたのも原因ではある。

でも、そんなこといってても仕方ないし、
こうしてHPもできたことなので、
活動しないわけにはいかないなあ と、
メンバーに召集をかけたわけだ。

練習は日曜日の12時から。
家からスタジオまで1時間10分。
で、目が覚めたのが11時だった。

Tachiyukiからも「遅れる」と連絡が入った。
「俺もだよ」と言うと、Tachiyukiはほっとしていた。
いやいや、ほっとしてはいけないと思うぞ。

今回の練習は、Matsuoの新曲「BIG BANG」が中心。
最初はぐちゃぐちゃだった演奏が、
段々イメージ通りに仕上がっていく。
これがバンドの醍醐味だなあ。

練習後のミーティングで、
GWにレコーディングをしようという話が出た。
俄然やる気が湧いてきたぞ。



1999.3 バンド「NO'WHERE」について

NO'WHEREというバンドがある。
俳優の柏原崇が、ギタリストである弟と組んだバンドだ。
別に俳優がバンドをやろうと文句はない。
でもね、

声の出し方・歌うときのポーズが
OASISのリアム・ギャラガーの物まねではないか!

 ちなみに、OASISを知らない方のために豆知識。
  イギリスのバンドで、ノエルとリアムのギャラガー兄弟が中心。
  今イギリスで一番売れているロックバンドと言っても過言ではない。
  98年の来日時のチケットはダフ屋で20万円の値がついたとか。

アーティストを気取るのであれば、自分の持ち味で勝負するべきだ。
リアムが好きで、リアムになりたくてバンドをやるのであれば、
それを認めればまだ可愛げもあるのだけれど、
「影響を受けたアーティストは?」とのインタビューに
「弟です」なんて答えているし。

もちろん、ミュージシャンの誰もが、誰かの影響を受けている。
ロックの歴史は模倣の歴史でもあるし、それを否定するつもりはない。
OASISだってBEATLESになりたくてバンドを組んだらしいし。
でも「影響を受ける」と「真似する」は全く次元が違う。
音楽に誠実に向き合っているアーティストは、誰かの影響を認めた上で、
そこから脱却しようと必死にもがいているのだから、
安易な物まねバンドでアーティストを気取るのは失礼だよ。

兄弟バンドということから「じゃ日本のOASISってのはどう?」みたいな、
安易な企画のような気もする。

このバンドは、イギリス人には聴かれたくないな。
「日本の音楽は物まねの域を出ていない」とか言われるだろうな。
ヒットしないことを祈る。



1999.3 Permanents Homepage "Matsuo Version" Upload

つまりこのHPです。
同僚のU16氏が撮ってくれたライブの写真を見た時、Matsuoは思った。
「この写真を使えばカッコイイHPができる!」
以前からHPを作りたいとは思いながらも考えがまとまらなかったのだけど、
この写真のおかげで方向性が見えた。
スキャナーも買った。

G:Shogoが作っているHPは、モノクロで渋く、音を聴かせることを重視した作り。
Matsuoバージョンは、反対に「写真」「文章」「カラフル」を基本姿勢にした。

このHPを読んでライブに来てくれる人が増えるといいなあ。



1999.2 TVがすべてじゃないぞ

「何故帰る」に関連して、自称音楽好きの人々のことを考えてみた。

知らない音楽への探求心や興味がない人々でも、音楽は聴いている。
自分から好きな音楽を探そうとしなくても、勝手に情報が入ってくるから。
そして、その中から「あ、これいい」と思った曲のCDシングルを買う。
いや、きっと「レンタル屋で借りる」のほうが多いのだろうな。

情報源はどこか?
たぶんTVでしょう。
それもCMやドラマの主題歌として。

今、手元に「1998年ベストヒット100曲」という歌本がある。
雑誌の付録についていたものだ。
この100曲のなかで、TVドラマ・CM・映画とのタイアップ曲が89曲。9割近い。
タイアップではない曲でも、その曲のCMが大量に流されていたりする。
TVで大量に流さないとヒットしない状況。
これは異常な事態ではないか?

しかし、本当にその曲がいいと思っているのか?
何度も何度も、繰り返し聴かされて、耳に残っているだけではないのか?
本当に、自分の感性でその曲を選んだ自信はあるか?

以前「知っている曲をやってほしい」といわれたことがある。
初めて聴く曲じゃ良くわからないので楽しめないのだそうだ。
こういう人が多いから、TVで繰り返し流れる曲がヒットするのだな。

こういうリスナーにとって、アマチュアバンドの存在意義はない。
哀しいことであるなあ。



1999.2 何故帰る?!

このところ観客の少ないライブが続いていて少々ブルーになっている。
たしかに自分達が観客を呼べていないのが原因ではあるのだけれど、
やっぱりバンドとしては、自分の身内だけでなく、
知らない人にも聴いてほしいと思う。

だいたいアマチュアバンドのライブというのは、
3〜4バンドが出演するものなので、
他のバンドが呼んだ客もいる。
が、この人達の多くは、目当てのバンドが出る時間に来場して、
そのバンドが終ったら帰るのだ。
他の出演バンドも聴いてみようという気持ちはないらしい。

1曲聴いてみて、好きな音楽じゃないから帰る のであればわかるが、
次のバンドが始まる前に帰るのだ。
セッティングが終って客席を見ると誰もいない というのは結構ショックだ。

きっと音楽が好きで音楽を聴きに来ているのではなく、
友人から頼まれて仕方なく観に来ているのだろうな。
義理を果たせばそれでいい ということか。

音楽が大好きな自分としては、こういう人達の気持ちがわからない。
知らないバンドの曲も聴いてみようという探求心というか興味というか、
そういうものはないのだろうか?
音楽が好きだったら、あるはずだと思うのだけど。
音楽が嫌いなのか?
でもきっと履歴書には「趣味:音楽鑑賞」とか書くんだよな。

自分の出番が終ったら、さっさと帰るバンドもいる。
こいつらの方がもっとわかんないや。
他のバンドを聴いて勉強しようという意識はないのかなあ?



1999.2 ライブ4回目

またもや客がいない。
演奏はまあ手堅く可もなく不可もなく。
機材のせいか、楽器のせいか、ケーブルのせいか、ミキサーのせいか不明だが、
ステージ上のベースの音量が大きくなったり小さくなったりするのが気になって、
演奏に集中できなかったこともあってか、あまり自分の気持ちが盛り上がらなかったなあ。

このライブを見に来た同僚のU16氏が、カッコ良い写真を沢山撮ってくれました。
このHPのトップページとmembersの写真、historyのこの日の写真は彼が撮ったものです。
大感謝。



1999.1 エピフォン入院

2月のライブを控えて、12月のライブ以来弾いていなかったベースを弾こうと、
エピフォンをケースから出して愕然とした。
ネックがべきっと折れているではないか。
そういえば博多駅のホームで倒したことを思い出す。
あれぐらいで折れるとは....。
きっとヘッドに角度がついているから折れやすいのだろう。
このベースは、ギブソン系の特徴でセットネックなので、
ネックの交換もできない。
 注:セットネック・・・ボディにネックをはめ込んで接着してある。
フェンダー系はネジで止めてあるので簡単に交換できるのになあ。
楽器店に問い合わせると、折れた部分を接着するとのこと。
費用は20,000円也。

自分で木工用ボンドでくっつけようかとも思ったけれど、
不器用だし、とり返しのつかないことになるかもしれないので、
仕方なく楽器店に持っていきました。
お大事に。はやくよくなるんだよ。

2月のライブは、以前使っていたフェンダー・ジャズベースを使いました。
ネックの長さや太さが全然違うので、感覚を取り戻すのに苦労したよ。

ギブソン系の楽器を使っている皆さん。倒さないよう注意しましょう。



1998.12 ぶっつけ本番ライブin博多の顛末

それは酒の席から始まった。
98年8月、仕事で博多に出張したMatsuoは、
旧メンバーであるFuchigami・Kitaと焼き鳥屋で飲んでいた。
3人とも相当出来上がっている。

 F「大学の時のメンバーでまたライブをやりたいなあ。」
 M「おまえ、飲むといつもそれだね。」
 K「実現したためしがないよな。」
 F「いや違う!今回は違うよ!マジよマジ。」
 M「俺はやってもいいけど。」
 K「俺もいいよ。」
 M「おまえまだドラムたたけるの?体力的に。」
 K「・・・」
 F「いや!やるよ。Tachiyukiにも電話するぞお。」
 −携帯電話にて東京のTachiyukiにTEL−
 F「ライブやるよ!ライブ!」
 T「やればぁ。」←酔っ払いが相手で不機嫌。
 F「おまえ、そおゆうことゆうなよ。俺は悲しいよ。」
 T「うんうんわかったやるやる。」←面倒臭くなっている。
 F「じゃ、俺がセッティングするから。」

そして11月中頃、FuchigamiからMatsuoにTEL。
ライブハウスにブッキングしたという。マジだったのかとびっくり。
年末、帰省する途中に博多に寄ってライブをやることになってしまった。
が、メンバーは東京と福岡に分かれており、当然練習などできない。
各自自主トレに励み、ぶっつけ本番ということになった。
しかし12年ぶりの再結成である。
無謀だ。

結果としては、まあ、なんとかなったかな という感じ。
完璧にはほど遠いし、ぼろぼろの曲もあったけど、イキオイのある演奏はできたと思う。
10年に1回ぐらい集まってライブをやる というのもロックおやぢ的でいいかな。
でも、練習なしのライブなんて、観客に対して失礼だったなあ と反省してます。





1998.9 久々のライブ

客がいない!
このライブハウスは客席に段があって、
1階席・2階席みたいになっているのだけれど、
1階席に客が一人もいない。
2階席に数人いるだけ。
ここまで客がいないライブは初めてだ。
演奏していてもどんどん気持ちが暗くなっていく。

3曲目を演奏中に数名の客が入ってきて1階席に座ってくれた。
もお泣きたいくらいうれしかったよ。みんなありがとう。

この日のステージ衣装は、LEEのブーツカット・ジーンズに、
Dr.Martenのサイドゴア・ブーツを合わせた。
我ながら結構カッコ良かったので、その後このパターンが定番になっている。

Tachiyukiのギターのケーブルが死んでいたので、
ショボい音になってしまったというトラブルはあったけれど、
演奏は結構良かったと思う。リズムに安定感が出てきたかな。





1998.8 Permanents Homepage 開設

G:Shogoがホームページを開設。
当時Matsuoはパソコンを持っていなかったので、友人宅で見せてもらう。
それまでパソコンにもインターネットにも興味はなかったのだけれど、
これを見て急にパソコンを欲しくなってしまった。
そして今に至るわけです。



1998.6 Brand New Bass!

ずっと気になっていたベースをとうとう購入。
エピフォンのリボリというセミアコタイプだ。
なんといっても見た目が良い。クラシックでジェントルなイメージ。
Beatlesマニアとしてはエピフォンというブランドもポイントが高い。
これがカール・ヘフナーやリッケンバッカーだと、
あまりにもストレートすぎるからね。

が、弾いてみると結構弾きにくい。
・重量バランスが悪く、ストラップをかけた状態で手をはなすとすーっと傾いていく。
・ボディのかどに腕が当たってうまく右手が置けない。
・高い位置に持つとボディが肋骨に当たって痛い。
・低い位置に持つと太腿に当たって安定しない。
・ソフトケースに入れて持つと、空洞ボディのくせに結構重い。
・右手の指を置くところがない(フィンガーレストを買って取り付けた)。
などなど、欠点が沢山あることがわかった。

以前使っていたフェンダー・ジャズベースはすごい楽器だったのだなあと実感。
バランスは良いし、ネックが薄くて弾きやすいし、軽いし、音質の幅が広いし。
大昔からある楽器とは思えないほどの完成度の高さに改めて感心した次第。

でも、エピフォン・リボリは結構気に入って使っています。
音は見た目からは意外なほど太く、輪郭がはっきりしていて、グルーブ感が出せそうだし、
それとやっぱり見た目。いつまでも眺めていたくなる美しさ。
欠点があっても、それもまた愛しく思えてしまう。

なんとなく、愛車「MINI」と似たところがあるなあ。





1997.12 2回目のライブ

観客の8割はMatsuoが呼んだ客ではないか。みんなちゃんと営業しようよお。

この時は6曲演奏したのだが、うち4曲は新曲である。
しかも皆忙しくてあまりスタジオ入りができなかったため絶対的に練習不足だ。
かなり不安、というより無謀ですね。

2度目のライブということで、前回よりは落ち着いている。
前回の教訓から、毎日スクワットと腹筋で体を鍛えての出演だ。
アクションも抑え目にして、いい演奏をしようと心がけた。
でも、その分イキオイが失われたかなあ とも思う。
演奏していてもイマイチ乗れなかったし。
観に来てくれた人達には悪いけど、あまり満足はいってない。





1997.5 Live In Kichijoji

現在のメンバーになって初のライブを敢行。
「さあ!いくぜ!」とキアイを漲らせて駅に向かうと、事故で電車が不通。
別の路線で遠回りして現地に到着。
これ以上遅れるとリハができなくなるところだった。
せっかくキアイ十分だったのに、この一件で妙に浮き足立ってしまった。

演奏の途中で足が疲れてがくがくになって困った。
元々ヒザでリズムをとる癖があるのだが、
長らくライブをやっていなかったことで、筋力が落ちているようだ。
翌日は筋肉痛バリバリ。
まずは体力作りだなあ。

眼鏡を外していたので手元が見えず困った。
これを機会にコンタクトレンズを買いました。



1997.4 レコーディング・セッション

レコーディングをやることになった。
とはいってもCDをリリースするわけではなく、デモテープレベルの話。
合宿形式で行うことになった。山梨県の山中湖の近くにある宿泊施設付きのスタジオだ。
山中湖と聞いて、釣りバカMatsuoは釣りの道具も持っていった。

レコーディング手順は、
 @全員でバッキングトラックを一発撮り
 Aリードボーカルを重ねる
 Bコーラスを重ねる
 Cリードギターを重ねる
という、デモテープの録音としては一般的な形。
無謀だったのは、1日で7曲を録音しようという計画だ。
いくらシンプルな録音手順とはいっても、普通は無理らしい。
時間がないので、多少のミスは目をつぶるということにした。
全員が満足いくまでやるとキリがなくなってしまう。ただでさえ凝り性なのだから。
プレイバックを聴いた時、それぞれが頭をかかえて「うわあ」などと叫んでいた。

O-moriはヒマそうだった。バッキングトラックを録り終えたら終りなのだ。
Matsuoはバッキングトラックと、ボーカル2曲、コーラス1曲でちょうど良い仕事量。
Tachiyukiはボーカルを録り終えて「おわったあ!」と叫んだ。緊張していたらしい。
Shogoが最後のリードギター録りをしている間、役目が終った他のメンバーは、
緊張が解けてだらけたり、酒の買い出しに出かけたりしていた。

出来映えはというと、少々心残りですねえ。
特にミックスはもう少し丁寧にやればよかったと思う。バランスと音質がイマイチ。
綺麗にまとまりすぎてワイルドさが薄まってしまった気がする。
次回のレコーディング(あるのか?)の時は、もう少し1曲に時間をかけて、
じっくりとやってみたいと思う。

 <曲目>
 ・この街の空の下
 ・Moonlight Mile
 ・真夏の太陽の下に
 ・Dancer
 ・あの娘のもとへ
 ・夏とモーターサイクル
 ・月夜のリズム

この時の録音の一部を、Shogoが開設しているHPで聴くことができます。
「songs」のページでリンクしていますのでどうぞ。

結局時間がとれなくて釣りはできませんでした。これも残念。



1995.7 活動再開だ!

ある日、Matsuoの自宅にO-moriから電話があった。
 O「Matsuoさぁん!バンドやりましょうよぉ!」
 M「いいねえ。やろうか。」
これが活動再開の瞬間である。

O-moriからの電話の後、MatsuoはTachiyukiに電話。
Tachiyukiも活動再開には同意するが、不安気である。

Tachiyukiの不安は「ギターをちゃんと弾けるか」であった。
3回ほどスタジオ練習をしたが、満足のいくギターが弾けていないようだ。
Tachiyukiがボーカルに専念できるよう、ギタリストが必要だ。

学校の先輩であるShogoを誘ってみようかと思う。
しかし、彼は当時小田原に住んでいて、距離的に難しいかな とも思う。
とりあえずダメモトで電話してみた。
「あなたのおかけになった電話番号は現在使われておりません。」
え?

数日後、理由が判明した。
「引越ししました」の葉書が来た。東京勤務になったのだという。
距離の問題が解決した。これは運命に違いない。で、誘ってみる。
快諾。さすがにノリがよろしい。

こうして始まったpermanents。
今後の活躍に乞うご期待。