エッセイの小部屋

親子三代テンカラ記  餌(それ)では釣れない魚(やつ)もいる より                                                               

著作  浮浪 渓心
      「我こそは」が、やってくる

 何時ものように私は、心地よい揺れを楽しんでいる。 山の手を目指してハンドルを握っているからだろう
 か、通勤時間に程遠い国道筋には、長距離トラックの重い排気音が続いていた。
 緑が濃さを増し、外気温がほんの少し落ち始めた頃には・・・。 私の中にも、静けさが戻ってくるのだろう。
 今の時期、夜明けは早い。 何もなければ、夢の中の住人だろう。 私が出かけようとしたのに気付いたの だろうか、ヨークシャテリアのバロンが、鼻を鳴らして動き出す。 「こんな時間に、何処へ行くんだ。」と、そう 言いたげな眼差しを私に向け、玄関先で見上げていた。
 六月、初夏を迎えた渓流では、鮮やかな葉を揺らしながら木々の間を風が渡り、時折聞こえる小鳥達の囀 り、緑のトンネルには・・・フラボノイドの雨霰だ。 ストレスからも開放されて・・・本来の自分が覚醒する。
 流れの中に踊る毛鉤でさへ、着水音が聞こえる気がする。
 解禁の時期に比べて幅広になった渓魚達は、本来持ちえる力を遺憾なく発揮し、毛鉤に対してのアタックも 盛んに繰り返すようになるのだが・・・。 警戒心をも増している彼ら相手に、並みの仕掛けは太刀打ちでき ず、ロングラインを手にした戦いを挑む破目となる。
 しかし、今は静かなこの川面にも、後半月を待たずして彼らが現れる。「ヤァ〜、ヤァ〜、我こそは・・・。」と、 長槍翳して立ち尽くし、名乗りを上げて押し寄せる。 鮎師と呼ばれる集団が・・・・。
 解禁の当日ともなると、辺りは縄張り状態と化し、泊り込みでの場所取りが展開された後は、夜明けを合図 に戦場と変わる。
 彼等と一戦を交える積もりもは無いのだが・・・。 テンカラ師はその出現によって、更に上流に追いやられ  る破目となる。 別の言い方に置き換えれば、水温の上昇に伴った状況に変わると言う事であり、アマゴ等 の生息圏が、上 流域に移り始めたと言うだけだ。 「彼らが川を荒らして、釣りにならない。」と、そう話した のではない。
 例年この頃になると、尺上が釣れる時期となるのだが・・・如何せん、まだ出会えずにいた。
 そんな理由なので、悪く聞こえたならば御許し願いたい。
 などと言っては見たのだが、これも今になっての話であり、テンカラを始めた頃から数えて、10年の月日が 過ぎようとしていた。                   ( 事項 神秘の魚体へ続く )