05年12月の日記
12月31日(土)
▼とにもかくにも大晦日。あわただしい雰囲気の中にも,帰省しないため自分自身は結構安閑としている。少なくとも,そうそれこそ一葉「大つごもり」の峰のような状況にはない。清貧であることは理想になろうが,それが困難故に理想となるのであって,実際その状況に陥ったときの身過ぎはやはり“こたえる”。だからこそ今の状況をよしとしよう。足るを知ることが肝要なんだ。
▼さて今年はどんな一年だったか?総括しようとは思わないが,よい意味での平々凡々なものであったかもしれない。現在の状況に漸く慣れてきて,且つ,それほど緊急のこともなく過ぎていった。
12月30日(金)
▼今年最後の宿直も28日に済ませて正月休みに入る。元日までの休みだけれど,これはこれで貴重な休みなのだ。で,パソコンのほうは昨日再び再インストールする羽目になる。腹が立つのでSP2は導入しないことにしたぞ。
▼今年も年末年始に帰郷できないため実家から荷物が届く。料理をすることはぜんぜん厭わないが流石に実家のような煮物を作ることはない。量が多いから。膾も作ることはないな。感謝して食することにしよう。
▼荷物を受け取ってから長谷川泉編「文壇史辞典」(至文堂)、荒畑寒村「平民社時代」(中公文庫)、「コールドウェル短篇集(一)」(新潮文庫)、井上ひさし選「児童文学名作全集1」(福武文庫)、岩波書店編「古典を讀もう」他5冊。「古典を讀もう」はいまの「読書のすすめ」と同じ頒布用の冊子。でも時代が古い。昭和30年3月1日発行だから丁度半世紀前になる。書いているメンバーも野間宏,亀井勝一郎,梅原龍三郎,吉田洋一,なかのしげはる,久保田万太郎,杉浦明平,河野與一…司会久野収で中野好夫,桑原武夫,清水幾太郎が座談会…すごいでしょ?久保田万太郎「無理かも…が…」が目を引く。「二十册に一册でもいゝ、三十册に一册でもいゝ、いやしくも明治から大正にかけての文學史に名まへをとゞめた作家たち…とくに、嘗ての時代々々に、ある程度、活躍し、一應、名聲をえたにかゝはらず、その後、何んらかの理由で、影がうすれたり、行方を消したり、あるひは若くして死んだりした、不幸な、不運な作家たちの仕事を、この文庫の中にとり上げてもらへないものだらうか?」と書き、具体的に(童話作家以前の)小川未明、(演劇学者以前の)小山内薫、水野葉舟、三島霜川、牧野信一、北田薄氷、柳川春葉、山崎紫紅といった名前を挙げている。現在のところ、彼の結局意にかなったのは牧野信一「ゼーロン・淡雪他十一篇」だけかもしれない。
12月25日(日)
▼大荒れの天候も漸く一息ついた。久しぶりの晴天は嬉しいけれど、気温の上昇とともに道路の雪も溶け出して轍がそこいらに出来ている。これはこれで危ないが,もっと怖いのがこの後に気温が下がって凍ってしまうこと。これは危ない。タイヤの宣伝は色々謳い文句があるけれど,あれは滑らないための宣伝文句なのであって,いったん滑ってしまったらもう完全になすがままになってしまうのだよ。
▼仕事はやっと山を越えた感じ。最大の懸案事項は上司その他諸々の力添えによってやっと収まりがついたか?予断は禁物だから、休日出勤してその関係の起案文書を決裁に回す。その後2時間ほど練習。今年最後かもしれない。
▼本は買っている。すでに本棚に収められているので覚えている範囲で。新刊では橋徹「月の輪書林それから」(晶文社),乙川優三郎「冬の標」・G・カロフィーリオ「無意識の証人」(文春文庫),白川道「十二月のひまわり」(講談社文庫),W・L・リプリー「夢なき街の殺人」(創元推理文庫)。古本では増田みず子「道化の季節」(集英社)・「妖春記」(講談社),アイリス・マードック「網のなか」(白水社)・「魅惑者から逃れて」(集英社文庫),中島みゆき編「日本の恋歌3」(作品社)、ソール・ベロー「犠牲者」・マラマッド「アシスタント」(新潮文庫),唐木順三「朴の木 人生を考える」(講談社学術文庫),国木田独歩「欺かざるの記抄」(講談社文芸文庫)といったところ。多分これらに加えもう10冊位買ってるような気がする。触れるのはまず増田みず子。これで小説は全部揃ったはず。残っているのは処女作の詩集「硬質のアプサラス」(現代文学会出版部)と「樋口一葉」(新典社)の2冊。詩集はヤフオクで,樋口一葉は神田東京堂で見かけたときがあったなあ。「日本の恋歌」もこれで全部。今考えてもこの全三巻はよく出来たシリーズだと思う。それも多感な時期に出会えたことは影響もそれだけ大きいということ。
12月24日(土)
▼夜勤明けのクリスマス・イブ…まあ関係ないかあ(爆)午後から2時間ほど練習。手の怪我が早く直ってよかった。一つ一つイメージを作りながら励んでみる。初心者にはありがちなことで不必要な力が入っているのがわかった。久しぶりに練習したおかげなのかもしれない。
▼日記の間隔が空いたのは相応の理由がある。XPのSP2による不具合のため。完全に立ち上がらなくなったので,再セットアップをしてウイルスバスターを入れOfficeを入れてSP2を入れたらまたハングアップ。仕方なくもう一度再セットアップして初めにSP2を入れたら何とかもっている。不精な性質なので一旦安住するとそれで良し,となってしまうのだな。
12月11日(日)
▼今日も午前中は休日出勤。細かな雑事と文書整理。幾つかの提出書類を仕上げる。これで火曜日のイベントのの一区切りが付いたかな?最後まで気を抜かないようにしよう。
▼予定には無かったけれど山形へ。某と茄子は出たけれど暇がない。尤も物欲は下降線の一途なのでインナーウェアとかこまごまとした被服と本くらいか。HDDレコーダを買おうと勢いづいては見るものの,どうも自分自身に動機付けが出来ない。で,新刊は来週(こそは)仙台に行くとき買うにして…アトウッドの新刊が出ていたのには食指が動いたけれど…「本の雑誌」12月号・「おすすめ文庫王国2005年度版」に留める。古本は日野啓三「あの夕日」(集英社文庫),林京子「祭りの場/ギヤマンビードロ」(講談社文芸文庫),V・ナボコフ「ナボコフの1ダース」(ちくま文庫),ジョルジュ・バタイユ「文学と悪」(ちくま学芸文庫),武田百合子「富士日記 中」・深沢七郎「言わなければよかったのに日記」(中公文庫)ほか5冊。全て100円。悪くないぞ。
12月10日(土)
▼午前中は休日出勤。しなくても良い業務を増やす神経がわからない。多分自己満足なのだろうな。嘗ては自分が持ちえていた感覚を,歳月と共に徐々に忘れていく愚を自分は犯したくないという教訓にしよう。
▼西の友人から名産品が届く。ビールのアテにピッタリだ。感謝感謝。
▼午後からは練習に赴く。13:30〜16:00。身体のバランスと使い方に難がある。理屈ではわかっていても,その通りは動かない身体を自分の意識下に置くために,オフシーズンである冬の期間を使ってトレーニングを重ねていこう。
▼その後某古本屋。赤坂憲雄「異人論序説」(ちくま文庫),小山清「落穂拾ひ・聖アンデルセン」(新潮文庫),小林信彦「回想の江戸川乱歩」(光文社文庫),エミール・ゾラ「製作上・下」(岩波文庫)。以上全て100円。そして「上林暁全集二巻」「八巻」(筑摩書房)も100円。2001年の決定版だが,800円位まで下がったら買おうかなと思っていけれど2000円からいきなり100円。これは買うしかないよなあ。
12月4日(日)
▼一面の雪。本格的に振り出した模様。そうさなあ30cmというところか?気温も氷点下まで下がるようになった。因みにいま住んでいるのは全部で15畳程度になる2Kなのだが暖房器具は1,800kcalの石油ストーブと炬燵のみ。それと電気敷毛布を眠る直前まで点けておく。少ないですか?
▼夜勤明けの仮眠後18:00過ぎに再び出勤し事務仕事。実は来週に一大イベントが予定されているため。おかげで今週は練習にいけないかもしれない(泣)何よりも悲しい。
12月2日(金)
▼降り続いた雨が夜になり雪に変わった。
▼今月最初の購入本は川本三郎「旅先でビール」(潮出版社)。川本三郎のエッセイが好きだ。映画評論(「今ひとたびの戦後日本映画」「映画の香り」中公文庫←洋画にそれほど親近感がないため自分にはこの選択になるのだな)や都市論(「雑踏の社会学」ちくま文庫・「東京の空の下,今日も町歩き」講談社),時評(「シングルデイズ」リクルート出版),はたまた「大正幻影」(ちくま文庫),まで結構持っているなあ。でも矢張り好きなのは「本のちょっとの話」(新書館)や「郊外の文学史」(新潮社)といった本に絡めたと前面に題されたモノであり,「旅先でビール」のような雑文集なんだな。「クレジットタイトルは最後まで」(中公文庫)の解説で片岡真由美が書いているが次から次へと繰り出される「玉手箱」は驚かされる。それが知識の収集された断片として提示されるのではなく,さりげなく体験談として出されるところに,その奥行きに深さをかんじる。川本三郎と位置づけが重なってくるのが関川夏央だと思うが関川の文章が切り捨て,と感じられることがあるのに対して川本のそれはもっと単調である。そこに関川と違う魅力があるのだ。「旅先でビール」は眠る前に少しずつ味わいながら読むのが一番相応しい読み方だと思うが…でも…すぐ読み切ってしまうのだろうな。
12月1日(木)
▼いよいよ今年も師走に突入する。釣瓶落としというか本当に早い。最後の1ヶ月をどのように過ごそうか?
▼ケース研究にせよ打ち合わせにせよ行事にせよ…参ったなあ…望外に仕事が忙しい(爆)そんなところに突発的事態が舞い込んできた。でもこの表現は正しくないな。そうなるのではないかな,という懸念はあったから。来たか…て感じ?仕事に対する認識を変化することに成功して暫らく経つ。業務に対する動機付けはなされているつもりだけれど,そこはそれ,自分の中に割り切る部分が出来た。かなり計算をしながら取り組んでいるが上手くいかないときはあるよな。
▼そうそう,10月の日記で触れた某氏の死去に伴って生じた欠員の補充がなされるらしい。こうやって淡々と時間は過ぎてゆくモノなのだ。