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| 1) 予防接種の個人接種化(1987年市議会) |
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私がはじめて議会で取り組んだのは、子供の健康に関するテーマです。当時の厚木市は、予防接種は保健センターで決められた日時に一律に行なわれていました。小さな兄弟姉妹を連れて午後に設定された予防接種に出かけるのも大変ですし、子供の様子に心配があっても、かかりつけのお医者さんではないで相談しにくく、不安です。近隣の自治体では病院での個人接種が実施されていたので、子供の健康第一に考えるべきだと提案しました。
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| 2) 藤野町産業廃棄物処理場反対(1987年市議会) |
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県民の水がめである相模湖上流に位置する藤野町が産業廃棄物の処理場建設の候補地となっていました。安全な水を確保するために反対しました。
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| 3) 学校給食食器(先割れスプーン、トレー)廃止(1987年市議会) |
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小学校給食の場で使われていた先割れスプーンとトレー食器は、子供たちの犬食いの原因となるし、食文化としてふさわしくないと考え、市民からアンケートを取り、95%以上の人が不快に感じているデータを手にして議会で廃止を提案しました。市民の声がデータとして届いた成果でした。
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| 4) インフルエンザ予防接種中止(1987年市議会) |
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接種率が年々下がっており、集団防衛の意味が薄れてきていました。副作用によって厚木市でも死亡事故があったので実態調査および対策を提案しました。93年度から個別接種実施。同じく副作用の多かった3種混合ワクチンの中止を要望し続け、93年に厚生省が当面中止を打ち出しました。
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| 5) 合併浄化槽導入(1988年市議会) |
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水洗トイレ化、といえば公共下水道という時代でした。公共下水道は、住宅密集地域では効果が高いのですが、人口密度の薄い地区では巨大な工事費で財政を圧迫しすぎます。また、都市の中心から整備するため、周辺部に行き渡るには長―い年月がかかり、その間、排水は垂れ流し状態です。河川の汚濁を防ぐために、短期間で安い費用で簡単に整備できる合併浄化槽を導入することを提案しました。今では厚木市は、県内でもっとも合併浄化槽が多く整備されています。
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| 6) 河川の水質データの公開(1988年市議会) |
| 7) 東名高速を通過する核燃料車両の安全確保(1988年市議会) |
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横須賀の核燃料施設から東名高速道を通って、原子力発電所に核燃料が届けられていますが、いつ通るのか、国は自治体に公表していませんでした。しかし、一旦交通事故があったら、高速道路のインターチェンジがある自治体の消防が事故処理に駆けつけます。それが核を積んでいるかどうかは行ってみないとわかりません。せめて国は、核燃料車が通る日時は自治体に知らせるべきであるし、自治体はそれを要求すべきである事を提案しました。他の自治体からの要求もあり、国は事前報告をする事になりました。
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| 8) 夏休み中の学校プールの一般開放(1988年市議会) |
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夏休み小学校のプールは、子供会に委託して地区別の日程を組んで親の引率で開放していました。地区別のため、子供がプールにいける日は10日以下、しかも親の引率のため、小さな弟妹はプールに入れないのに連れて行かなくてはなりません。学校プールに行けない日、子供たちは遠くの市営プールに行くため、危険でした。議会に提案するとともに、学校ごとに子供会とPTAと教師に集まってもらい、1校づつ夏休みの自由解放を進めました。
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| 9) 消費生活展に消費者団体参加(1988年市議会) |
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神奈川県消費生活展開催協議会による消費生活展が、県内各地で行われています。厚木市だけが生協をはじめとする自発的な消費者団体の参加を認めていなかったので、市民発の文化を取り入れるよう提案し、その年から実現しました。
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| 10) 農薬空中散布の中止(1988年市議会) |
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ヘリコプターにより市内の農地に農薬散布が行なわれ、当日は、洗濯物は外に出さない、子供たちも外で遊ばないよう回覧が回っていました。ダイオキシンなどの環境問題がまだ大きな不安になっていなかったため、中止を提案しましたが、なかなか聞き入れられませんでした。90年中止。
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