『関さんの森』とは....


緑が減っていく松戸市

 東京に隣接しているために,急激な開発が進んできた松戸市。森・水田・畑が次々と姿を消し,住宅や工場へと変わっていきました。
 たとえば千駄堀も,危険な状態でした。経済力のない私たちが,声を大きくして「守れ守れ」と叫んだところで,他人の土地ではどうしようもありません。市が買い上げたものの,基本的な考え方の違いもあって,私たちの願いとは異なる公園になってしまいました(・21世紀の森と広場)。残念なことです。



背景には相続税の問題もある

 そもそも急激な開発が進んできた背景には,大都市近郊ゆえに住宅地や工場用地の需要が増加したこと,そして地価が上昇したことがあげられます。
 地主の人たちが,たとえ先祖から受け継いできた土地を守りたくても,世代が代わって相続税がかかってきた時,手放さざるを得ない状況なのです。



屋敷林を埼玉県生態系保護協会に寄付

 そんな中でも,先祖から受け継いでき森を大切に守り,将来にわたって残そうとしている人がいます。
 松戸市幸谷の関さん姉妹は,屋敷林を大切にしていたお父様の遺志を受け,何とかこのまま残す方法はないかと考えました。そして,かねてより『こどもの森』として親しまれていた森 1.1ヘクタール を, (財)埼玉県生態系保護協会に寄付しました。ここへの寄付だと“特定公益増進法人”ということで,寄付した相続財産分は課税対象から除外されます。もちろん所有者ではなくなりますが,これで自然のままの状態で永遠に残ることになりました。
 「なぜ、埼玉県なんだ?」とよく質問されますが、残念ながら千葉県や松戸市には、森のまま残す条件で寄付を受けてくれる“特定公益増進法人”がなかったのです。現在の地主は埼玉県の団体ですが、森は今までのまま市民のためのものです。
 
(財)埼玉県生態系保護協会について知りたい方はこちら


『関さんの森を育む会』が発足

 コナラやシラカシなどが育つ屋敷林には,湧き水もあり,多くの昆虫や野鳥たちが生息しています。タヌキやフクロウもいます。
 ただ森は,何も手をつけずにしておくと,しだいに荒れていきます。このままの環境を保つためには,草刈りや枝打ちなど,手入れもかかせません。
 ……というわけで,私たちはこの森を『関さんの森』と名付け、手入れをしながら守っていくための組織として『関さんの森を育む会』が,1996年4月に発足しました。その後、自然観察会・池の掃除・雑木林の手入れ・タケノコ堀り……など、多彩な活動を計画しています。 地域の自然を守るための『関さんの森を育む会』への参加をお待ちしています。



『関さんの森』から地域の自然を守る活動へ

 育む会が発足した当時は、フクロウが営巣していました。しかし、今はいません。フクロウがいなくなった理由は、関さんの森の周辺がどんどん開発されて、フクロウが子育てをするのに必要な餌場が無くなったためです。
 「関さんの森だけを維持管理するだけではダメだ」 私たちはそう考えるようになりました。
 育む会では、その後、関家の庭、梅林、農園なども管理するようになり、あらためてこれら全体を『関さんの森』と呼ぶようにしました。また、少し離れた関家所有の「溜ノ上の森」の維持管理もおこなうことにしました。さらに、幸谷字観音下の宅地開発の時は、開発区域内にできる公園を「ビオトープ公園」として整備するよう運動し、実現しました。
 このように、関さんの森を育む会は、幸谷地区全体の自然を守る活動へと発展していきました。


3・3・7号線問題とエコミュージアム

 幸谷地域の自然環境を、私たちの子孫にもそのまま残したい・・・
 しかし今、深刻な問題が起きています。都市計画道路3・3・7号線の工事が迫ってきています。3・3・7号線は、1.1haの屋敷林本体は通りませんが、グランド、関家の庭、梅林などを通り、これら緑のかたまりを分断する計画です。これが開通すると、今までのような静かな環境が破壊されてしまいます。
 一方、今、関さんの森には、周辺の小学生を中心に、年間のべ数千人の児童・生徒・学生が、自然体験や環境学習の場として利用しています。もちろん、地域の人たちにとっても憩の場です。
 私たちは3・3・7号線の計画の見直しを訴えています。利便性や経済性を優先してきた今までの都市計画は見直し、関さんの森(屋敷林・関家の庭・梅林・グランド等)をエコミュージアムとして整備し、自然体験や環境学習ができる場として残すことを目指しています。



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