|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
大洪水 |
何千年前 |
秘密の湖 |
|||||
|
地球から月が離れた |
2〜3000年前 |
月から帰る |
1-2 |
||||
|
|
カカブーチ王の義理のおかあさんが無人島に来る |
1000年前 |
郵便局 |
1-7 |
|||
|
1492年 |
カケスの先祖、反乱にあったクリストファー・コロンブスや反乱水夫の上を飛び反乱をやめさせバハマに導く |
郵便局 |
2-4 |
||||
|
1639年 |
江戸幕府、鎖国令 |
||||||
|
1642年 |
イギリス清教徒革命 |
||||||
|
1644年 |
ポリネシア生まれる |
ポリネシアは1834年にアフリカに着いた3〜4年前の1831〜2年頃に182歳か183歳であるといっているが、187歳か188歳の間違いと思われることから、1644年とした。 |
|
3 |
|||
|
1649年 |
ポリネシアがアフリカを出る |
チャールズ1世を見たと言っていること(1-2)から、チャールズ1世処刑された1649年までにはアフリカを出ているため、1649年とした。 |
アフリカゆき |
5 |
|||
|
チャールズ1世処刑 |
|||||||
|
1660年 |
イギリス王政復古 |
||||||
|
1770年代 |
イギリス産業革命 |
||||||
|
1776年 |
アメリカ合衆国独立 |
||||||
|
1780〜1785年 |
先生生まれる |
|
月から帰った1850年代にも研究を重ねていたこと、1809年には北極に行っていることから、1780〜1785年頃の生まれと推定 |
||||
|
1792年 |
フランス第1共和制 |
|
|||||
|
1799年 |
フェルジナンド・フィップス(お坊さんの長男)が銀行破りをした事件の巡回裁判がパドルビーで行われる |
|
航海記 |
2-5 |
|||
|
1802年 |
ジップ、モーランドと会う |
|
郵便局 |
3-6 |
|||
|
1805〜1810年 |
ダーハム大学医学部卒業 |
|
1780〜1790年頃の生まれとして、1805〜1810年とした。 |
サーカス |
4-1 |
||
|
1805年 |
トラファルガー海戦 |
|
|||||
|
1808年 |
先生の地図、エディンバラで発行 |
|
航海記 |
|
|||
|
1809年4月 |
先生、北極点に到達 |
|
1809年4月 |
航海記 |
2-11 |
||
|
1814年4月 |
スチブンソン蒸気機関車を試運転 |
|
|||||
|
1815年 |
ワーテルローの戦い |
|
|||||
|
1821年 |
メキシコ独立 |
|
|||||
|
1824年 |
世捨て人のルカ、メキシコで金を掘り当てるが人を殺してしまう |
|
航海記 |
2-3 |
|||
|
1825年 |
ロシアでデカブリストの反乱 |
|
|||||
|
1828年 |
ジップ、先生と暮らし始める |
|
世捨て人のルカがいなくなった時、先生は「今まで11年間、こんなことはなかった」と言ったことから推定 |
今まで11年間 |
航海記 |
2-2 |
|
|
1820年代後半〜1830年代はじめ |
ピピネラ生まれる |
カナリアオペラが1835年頃であること、工場法の制定が1833年であることから、1820年代後半〜1830年代はじめと推定した |
緑のカナリア |
1-1 |
|||
|
ピピネラ、七海亭に買われる |
緑のカナリア |
1-1 |
|||||
|
ヘンリー公爵に買われる |
緑のカナリア |
1-2 |
|||||
|
労働者のストライキ、城が襲われる |
緑のカナリア |
1-4 |
|||||
|
フュージリア連隊の兵隊に助けられる |
緑のカナリア |
1-4 |
|||||
|
1828年〜1829年 |
第1次バルカン戦争 |
|
|||||
|
1829年 |
トミー生まれる |
|
|
先生がトミーの家で笛を吹いた1839年には9歳以上であったことから1829年とした。 |
|||
|
ポリネシアから鳥語を教わる |
アフリカに出発したのを1833年とし、その前にサラが嫁にいったこと、金持ちになった2〜3年前に動物語を習ったことから、1829年とした。 |
アフリカゆき |
2 |
||||
|
百姓馬のめがねをつくる |
ポリネシアから動物語を習った時期で1829年とした。 |
アフリカゆき |
2 |
||||
|
1831〜2年頃 |
金持ちになる、ポリネシア182歳か183歳 |
|
|
動物語を習って2〜3年後のため、1831〜2年頃とした。 |
2〜3年後 |
アフリカゆき |
3 |
|
サラ、嫁に行く |
その後 |
アフリカゆき |
3 |
||||
|
貧乏になる |
アフリカゆき |
3 |
|||||
|
1832年頃 |
フュージリア連隊、労働者たちに負ける |
|
|
緑のカナリア |
|||
|
1833年 |
イギリス一般工場法 |
|
|
||||
|
炭鉱夫がくじであてる |
緑のカナリア |
1-6 |
|||||
|
炭鉱にもぐる |
緑のカナリア |
1-7 |
|||||
|
ロージー小母さんに買われる |
緑のカナリア |
1-7 |
|||||
|
アフリカに向かう |
1834年にアフリカに衝突した6週間前の冬にアフリカに出発したことから、1833年とした。 |
その年の冬 |
アフリカゆき |
4 |
|||
|
1834年 |
嵐のなかアフリカに衝突、ポリネシアがアフリカを出て169年目 |
|
|
1849年にチャールズ1世を見たと言っていること(1-2)、1839年に5年ぶりにパドルビーに戻ったこと(2-1-5)から185年目の間違いと思われる |
6週間後 |
アフリカゆき |
5 |
|
ジョリギンキの王様にとらえられるがポリネシアによって逃げることができる |
アフリカゆき |
6 |
|||||
|
白人で始めてサルの橋を見る |
アフリカゆき |
7 |
|||||
|
サルの治療 |
3日3晩 |
アフリカゆき |
8 |
||||
|
オシツオサレツが贈られる |
アフリカゆき |
9 |
|||||
|
先生が食事をした記念の石が置かれる |
アフリカゆき |
10 |
|||||
|
ジョリギンキの王様にとらえられる |
アフリカゆき |
11 |
|||||
|
バンポ王子の顔を白くして逃がしてもらう |
アフリカゆき |
12 |
|||||
|
ガンビア・グーグに寄る。 |
ジョリギンキ王国から逃げる途中 |
楽しい家 |
(6) |
||||
|
アフリカを出発 |
先生がトミーと会ったとき、アフリカから帰って5年と言っているので、先生がトミーの家で笛を吹いた1839年の5年前で1834年とした。 |
アフリカゆき |
12 |
||||
|
ツバメにひっぱってもらってバーバリの海賊船から逃げる |
アフリカゆき |
13 |
|||||
|
カナリア島で休息 |
アフリカゆき |
14 |
|||||
|
黒ネズミに船が沈むと告げられる |
アフリカゆき |
14 |
|||||
|
サメの力を借りて海賊をやっつける |
アフリカゆき |
15 |
|||||
|
「粋なサリーさん」の船長を助ける |
アフリカゆき |
20 |
|||||
|
漁師町の町長から先生はダイヤモンドがちりばめられた時計を、ジップは純金の首輪を贈られる |
アフリカゆき |
20 |
|||||
|
故国に帰る |
6月 |
アフリカゆき |
21 |
||||
|
オシツオサレツを見せてお金持ちになる |
アフリカゆき |
21 |
|||||
|
1837年 |
ビクトリア女王即位 |
|
|
||||
|
1839年 |
航海に出る2〜3年前、イギリスではローランド・ヒルの1ペニー郵税で郵便制度がはじまる |
|
|
郵便局 |
1-4 |
||
|
1840年 |
アヘン戦争 |
|
|
||||
|
ファンティポで郵便制度始まるが、蒐集用切手を売りはじめていいかげんとなる |
郵便局 |
1-4 |
|||||
|
1841か2年 |
ふたたびアフリカに向かって船出 |
|
|
アフリカに行く2〜3年前の1839年に郵便制度が始まったことからこの年代と推定できるが、『サーカス』でソフィーが「北極マンスリー」を読んでいたこと、スティヴン岬の灯台の灯が消えているのを知らせたカモメが登場することなどから、アフリカ行きの後、サーカスまでの間のできごとである。ただし航海記でトミーの家で先生が笛を吹いたのが1839年とあることとは矛盾が生じる。 |
12月 |
郵便局 |
前 |
|
韋駄天のスキマー、ズザナの乗った丸木舟をみつける |
郵便局 |
1-1 |
|||||
|
H.M.S.ヴァイオレット号を見つけるが、H.M.S.ヴァイオレット号は先生の船にぶつかり、先生はつかまる |
郵便局 |
1-2 |
|||||
|
ツバメがボーンズの人買い船を見つける |
翌日 |
郵便局 |
1-2 |
||||
|
スキマーがねらい、先生が大砲を撃ち、奴隷船に命中させる |
郵便局 |
1-3 |
|||||
|
ココ王、先生に郵便制度の改良をたのむ |
郵便局 |
1-4 |
|||||
|
国内郵便を片付ける |
10日後 |
郵便局 |
1-5 |
||||
|
無人島に行き竜に助けられる |
郵便局 |
1-6 |
|||||
|
無人島で4〜5週間(スキマーは先生が5日前に島に行って帰らないと耳にする)暮らす |
郵便局 |
1-7 |
|||||
|
ファンテイポに戻る |
郵便局 |
1-8 |
|||||
|
水上郵便局をココ王に提案、ツバメ郵便をはじめる |
郵便局 |
1-8 |
|||||
|
マシュー・マグに手紙を書き、チープサイド宛の手紙を託す |
1週間後 |
郵便局 |
2-1 |
||||
|
水上郵便局、気象予報をはじめる |
郵便局 |
2-6 |
|||||
|
動物のための「北極マンスリー」発行 |
郵便局 |
3 |
|||||
|
真珠によりニャムニャム繁盛する |
郵便局 |
4-5 |
|||||
|
エレブブのエミル王、ニャムニャムを攻めて先生を捕らえる |
郵便局 |
4-5 |
|||||
|
先生牢屋から出てニャムニャム酋長たちと帰る |
14日後 |
郵便局 |
4-5 |
||||
|
ドロンコから手紙を受け取る |
郵便局 |
4-7 |
|||||
|
ジュンガニーカ湖に行きドロンコと会う |
郵便局 |
4-7 |
|||||
|
ドロンコの島をつくる |
郵便局 |
4-7 |
|||||
|
郵便局を閉鎖、パドルビーに帰る |
郵便局 |
3-11 |
|||||
|
1834年 |
マシュー・マグ、アフリカから帰った先生をたずねる |
|
|
先生がトミーと会ったとき、アフリカから帰って5年と言っているので、先生がトミーの家で笛を吹いた1839年の5年前で1834年とした。 |
サーカス |
1-1 |
|
|
グリムブルドンにマシュー・マグと先生サーカスをたずねる |
翌日 |
サーカス |
1-2 |
||||
|
ブロッサム・サーカスに入る |
その夜 |
サーカス |
1-3 |
||||
|
アッシュビーに入る |
水曜日の夜9時 |
サーカス |
1-5 |
||||
|
サーカス興行 |
つぎの朝 |
サーカス |
1-5 |
||||
|
トートー、ブリストルに飛ぶ |
その夜 |
サーカス |
1-7 |
||||
|
トートー、ブリストルから戻る |
あけがた(金曜) |
サーカス |
1-7 |
||||
|
カモメが来てスラッシーのことを伝える |
木曜 |
サーカス |
1-7 |
||||
|
アオサギに道を聞く |
逃げ出して2日目の昼 |
サーカス |
3-2 |
||||
|
ホッブスの製粉所 |
夕方 |
サーカス |
3-2 |
||||
|
ひとねむり |
あけがた |
サーカス |
3-2 |
||||
|
ブリストル海峡を見下ろす港町でソフィー海に帰る |
次の日のゆうがた |
サーカス |
3-2 |
||||
|
先生、沿岸警備隊員につかまる |
サーカス |
3-3 |
|||||
|
ウイリアム・ピーボディ卿と会い自由になる |
サーカス |
3-3 |
|||||
|
先生とベッポー、ニーノのかわりに舞台に立つ |
サーカス |
4-5 |
|||||
|
「隠居した辻馬車、荷馬車馬の会」をつくる |
サーカス |
4-8 |
|||||
|
ベラミー氏と会う |
サーカス |
5-1 |
|||||
|
パドルビーのだんまり芝居をつくる |
サーカス |
5-2 |
|||||
|
マンチェスターでだんまり芝居を上演する |
サーカス |
5-3 |
|||||
|
ブロッサム、失踪する |
サーカス |
5-5 |
|||||
|
ドリトル・サーカスをみんなの協同の仕事としてはじめる |
サーカス |
4-6 |
|||||
|
七海亭に泊まる |
緑のカナリア |
1-1 |
|||||
|
ピピネラ、窓ふき屋にゆずられるが、ある日窓吹き屋は帰ってこない |
窓拭き職人が15ヶ月後にロージー小母さんに現れることから1834年とした。 |
緑のカナリア |
1-9 |
||||
|
嵐で自由になる |
|||||||
|
エボニー島にわたる |
緑のカナリア |
2-2 |
|||||
|
嵐の中船に助けられる |
緑のカナリア |
2-4 |
|||||
|
難破船の窓吹き屋が助けられ、再会する |
緑のカナリア |
2-5 |
|||||
|
風車小屋に戻るが、ピピネラが浮浪者にさらわれる |
緑のカナリア |
2-7 |
|||||
|
動物屋に売られる |
緑のカナリア |
2-7 |
|||||
|
動物屋でピピネラを買う |
キャラバン |
1-1 |
|||||
|
ジェーコブ・スタビンズ、先生に長靴をつくる |
4年前に |
航海記 |
1-5 |
||||
|
1835年 |
ピピネラの身の上話を聞く |
|
|
ブロッサムが失踪して1年後 |
緑のカナリア |
1-1 |
|
|
ロンドンでカナリア・オペラを出し物にすることにする |
キャラバン |
1-9 |
|||||
|
サーカス、ロンドンに行く |
キャラバン |
1-10 |
|||||
|
ツインクみつかる |
キャラバン |
1-14 |
|||||
|
ツインクみつかる |
緑のカナリア |
3-1 |
|||||
|
カンムリサケビドリの話を聞く |
カナリアオペラ準備中 |
楽しい家 |
(5) |
||||
|
ロンドン公園から迷子の子がついてくる |
カナリアオペラ準備中 |
楽しい家 |
(8) |
||||
|
カナリア・オペラ開演 |
キャラバン |
2-7 |
|||||
|
動物広告 |
2週間目 |
キャラバン |
2-10 |
||||
|
お祝いの宴会 |
100日目 |
キャラバン |
3-5 |
||||
|
動物貯金をする |
次の日 |
キャラバン |
3-5 |
||||
|
動物銀行 |
キャラバン |
3-7 |
|||||
|
サーカス、解散する |
キャラバン |
3-10 |
|||||
|
窓ふき屋をさがすことにする |
緑のカナリア |
3-1 |
|||||
|
窓ふき屋、ロージー小母さんを訪ねる |
窓拭き職人が去って15ヶ月後 |
緑のカナリア |
3-2 |
||||
|
窓ふき屋が記憶喪失で入院しているのが見つかる |
緑のカナリア |
3-4 |
|||||
|
1836年 |
パドルビーに戻る |
|
|
ブロッサムが失踪して1年後にピピネラの話を聞き、さらに100日以上経ってサーカスを解散したことから1836年とした。 |
タチアオイが咲き乱れる頃 |
アフリカゆき |
21 |
|
1837年 |
ビクトリア女王即位 |
|
|
||||
|
バンポ、オックスフォードに入学 |
航海記 |
1-5 |
|||||
|
トミー、ドリトル先生を知る |
春の日、トミー9歳6月 |
航海記 |
1-2 |
||||
|
トミー、ドリトル先生と会う |
4月終わり |
航海記 |
1-3 |
||||
|
ポリネシア、かえってくる |
アフリカから帰って5年後 |
航海記 |
1-5 |
||||
|
1839年 |
先生、トミーの家で笛を吹く |
|
|
1839年 |
航海記 |
1-6 |
|
|
トミー、ポリネシアから動物語を習う |
航海記 |
1-11 |
|||||
|
ぐあいが悪くなったマチルダ・ビーミッシュ夫人プードルの子を診る |
月から帰る |
2-10 |
|||||
|
チーチー、帰ってくる |
8月おわり |
航海記 |
1-13 |
||||
|
トミー、先生の助手となる |
航海記 |
1-15 |
|||||
|
世捨て人ルカの裁判 |
航海記 |
2-8 |
|||||
|
ロング・アローが行方不明となったのを知る |
航海記 |
2-10 |
|||||
|
ロング・アローが最後に姿を見せたクモサル島に行くことになる |
航海記 |
2-12 |
|||||
|
シギ丸にマシュー・マグ、ルカ、ルカのおかみさんが密航しているのを見つけ、ペンザンスでおろす |
出港した夜 |
航海記 |
3-3 |
||||
|
シギ丸にベン・ブッチャーが密航しているのを見つける |
出港して5日目 |
航海記 |
3-4 |
||||
|
カパ・ブランカ島に着く、3日間とどまる→作者の誤りか? |
出港して7日目、金曜日→作者の誤りか? |
航海記 |
3-6 |
||||
|
夕方、寝台屋で食事 |
2日目(土曜日) |
航海記 |
3-6 |
||||
|
エンリケと会い闘牛をすることになる |
あくる日:3日目(日曜日) |
航海記 |
3-7 |
||||
|
闘牛士ペピト・デ・マラガを負かす |
あくる日:4日目(日曜日) |
航海記 |
3-8 |
||||
|
シギ丸出発、ブラジルに向かう |
あくる日:4日目(日曜日) |
航海記 |
3-9 |
||||
|
順風をうけすすむ |
3週間の間 |
航海記 |
4-1 |
||||
|
風がなくなる |
10日間 |
航海記 |
4-3 |
||||
|
暴風雨がおそいかかる |
10日すぎ |
航海記 |
4-3 |
||||
|
クモサル島に着く、6週間ぶりに土をふむ |
難破して3日後、就航して6週間後 |
航海記 |
4-5 |
||||
|
ロング・アローを救出 |
その日 |
航海記 |
5-1 |
||||
|
ポプシペテル族に火を教える |
その日の夜 |
航海記 |
5-3 |
||||
|
クモサル島を北に向かってクジラに押してもらう |
翌日 |
航海記 |
5-4 |
||||
|
ポプシペテル族とバグ・ジャグデラグ族との戦争 |
帰る途中 |
航海記 |
5-5 |
||||
|
オウム講和条約を結ぶ |
あくる日、25時間の船旅の後 |
航海記 |
5-7 |
||||
|
ポプシペテルに着く |
あけがた |
航海記 |
5-8 |
||||
|
先生、酋長に選挙され、ジョング・シンカロットという名前となる |
お昼 |
航海記 |
5-9 |
||||
|
ジョング・シンカロット王が即位すると「かかり石」が落ちクモサル島が沈む |
お昼 |
航海記 |
5-10 |
||||
|
1840年 |
先生の誕生日 |
|
|
島に来て6ヵ月半 |
航海記 |
6-1 |
|
|
ロング・アローたずねてくる |
3月 |
航海記 |
6-2 |
||||
|
1842年 |
大ガラス海カタツムリが上陸 |
|
|
「動物園」で、パドルビーの浜辺に帰ったのは航海に出て3年後とあるので、少なくとも先生がトミーの家で笛を吹いた1839年の3年後のため、1842年とした。 |
夏 |
航海記 |
6-4 |
|
大ガラス海カタツムリの殻に入ってパドルビーに帰る |
6日目の午後 |
航海記 |
6-7 |
||||
|
パドルビーの浜辺に帰る |
航海に出て3年後とあるので、少なくとも先生がトミーの家で笛を吹いた1839年の3年後のため、1842年とした。 |
航海に出て3年後 |
動物園 |
1 |
|||
|
新しい動物園を計画する |
動物園 |
4 |
|||||
|
ウサギ・アパート、雑種権ホーム、ネズミ・クラブ、アナグマ宿屋、キツネ集会所、リス・ホテルがつくられる |
動物園 |
5 |
|||||
|
ムアスデン荘園が火事 |
動物園 |
25 |
|||||
|
雑種犬ホームでの船乗り犬の話 |
動物園時代 |
楽しい家 |
(1) |
||||
|
雑種犬ホームでのぶちの話 |
動物園時代 |
楽しい家 |
(2) |
||||
|
犬の救急車 |
バンポがいたので、バンポが去る前の動物園時代と考えられる。 |
バンポがいたとき |
楽しい家 |
(3) |
|||
|
オニユリ号事件 |
バンポがいたので、バンポが去る前の動物園時代と考えられる。 |
バンポがいたとき |
楽しい家 |
(4) |
|||
|
放浪する虫の話を聞く |
虫語の研究の話なので、ガに乗って月に行く前と想像。 |
パドルビーで平和な生活をしていた頃 |
楽しい家 |
(7) |
|||
|
1842年10月23日 |
旅行から帰って5ヶ月1週間3日目 |
月からの使い |
2-9 |
||||
|
1842年 |
月に向かう |
月からの使い |
4-4 |
||||
|
月に到着 |
月へゆく |
1 |
|||||
|
バンポ、オックスフォードに戻る |
月から帰る |
1-12 |
|||||
|
トミー、ソルズベリーの平原に戻る |
月へゆく |
25 |
|||||
|
サーカスでくらす |
1ヶ月 |
月へゆく |
25 |
||||
|
両親やマシュー・マグに会う |
月へゆく |
25 |
|||||
|
空想社会主義 |
|||||||
|
1843年 |
リヴィングストンのアフリカ探検 |
|
|
||||
|
月に行ってから1年後 |
1年後 |
月から帰る |
1-1 |
||||
|
動物園は荒れ果てている |
月から帰る |
1-2 |
|||||
|
1844年 |
夏になる |
|
|
夏 |
月から帰る |
1-3 |
|
|
月食の夜、月から煙があがる |
月から帰る |
1-4 |
|||||
|
月から帰る |
月から帰る |
1-9 |
|||||
|
ポリネシア180歳というが、アフリカゆき時代で180なので、誤り |
月から帰る |
2-2 |
|||||
|
先生、もとの大きさにもどる |
夏のおわり |
月から帰る |
2-6 |
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先生、牢屋に入ろうとする |
月から帰る |
2-10 |
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トミー、診療所をまかされる |
月から帰る |
2-15 |
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1848年 |
フランス第2共和制 |
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1850年 |
月の野菜で研究を続ける |
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月から戻ったのが1844年だとして、その数年後ということで1850年とした。 |
何年間後 |
秘密の湖 |
1-7 |
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ドロンコから最後のたより |
3月の何日 |
秘密の湖 |
1-11 |
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ドロンコのノートがなくなっていた |
3ヶ月後 |
秘密の湖 |
1-9 |
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アホウドリ号でアフリカに向かう |
秘密の湖 |
2-1 |
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ファンティポに到着 |
秘密の湖 |
2-5 |
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ジュンガニーカ湖に着く |
秘密の湖 |
2-13 |
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ドロンコを助ける |
秘密の湖 |
2-16 |
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1851年 |
第1回万国博覧会 |
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1859年 |
ダーゥイン「種の起源」 |
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1867年 |
オーストリア・ハンガリー二重帝国 |
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1868年 |
明治維新 |
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1886年1月14日 |
ロンドンからあまり遠くないバークシャー州メイドンヘッドでヒュー・ロフティング生まれる |
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1890年代 |
トミー、航海記を書く |
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1644年がポリネシアの生まれた年だとすると250年後は1890年代となる。 |
ポリネシア250歳くらい |
航海記 |
0 |
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1894年 |
寄宿学校に入る |
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1902年 |
アメリカにわたりマサチューセッツ工科大学に入る(〜1905年) |
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1906年 |
イギリスに戻りロンドン工科大学で勉強を終える(〜1907年) |
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1912年 |
フローラ・スモールと結婚してニューヨークに住む |
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1913年 |
娘エリザベス・メアリーが誕生 |
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1915年 |
息子コリン・マクマホンが誕生 |
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イギリス軍に従軍して近衛歩兵連隊の大尉となり、フランドルからフランス戦線に配属フランダースに出征 |
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1917年 |
負傷してアイルランドに送還 |
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1919年 |
アメリカにわたる |
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1920年 |
アフリカゆき(The Story of Doctor Dolittle) |
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1922年 |
航海記(The Voyages of Doctor Dolittle) |
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1923年 |
航海記、ニューベリー賞受賞 |
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1923年 |
郵便局(Doctor Dolittle's Post Office) |
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1924年 |
サーカス(Doctor Dolittle's Circus) |
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1925年 |
動物園(Doctor Dolittle's Zoo) |
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1926年 |
キャラバン(Doctor Dolittle's Caravan) |
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1927年 |
妻フローラ・ロフティング、死去 |
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1928年 |
キャサリン・ハロワー・ピーターズと再婚するが、大流行した流感のため死去 |
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1929年 |
月から帰る(Doctor Dolittle's Return) |
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1935年 |
ジョセフィン・フリッカーと再婚し、一家はカリフォルニアに引っ越す。 |
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1936年 |
息子クリストファー・クレメントが誕生 |
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1947年9月20日 |
サンタ・モニカで亡くなる |
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1948年 |
秘密の湖(Doctor Dolittle and the Secret Lake) |
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1951年 |
緑のカナリア(Doctor Dolittle and the Green Canary)、ジョセフィンの妹オルガ・マイクルによって完成される |
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1952年 |
楽しい家(Doctor Dolittle's Puddleby Adventures)、ジョセフィンとジョセフィンの妹オルガ・マイクルによって完成される |
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1967年 |
アメリカのミュージカル映画「ドリトル先生不思議な旅」(レックス・ハリソン主演リチャード・フライシャー監督) |
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1998年 |
「ドクター・ドリトル」(エディ・マーフィー主演ベティ・トーマス監督) |
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2001年 |
「ドクター・ドリトル2」(エディ・マーフィー主演ベティ・トーマス監督)スティーブ・カー監督) |