年号
できごと
先生の年齢
トミーの年齢
時期を特定する記述
出典

大洪水

何千年前

秘密の湖

地球から月が離れた

2〜3000年前

月から帰る

1-2

841か2年頃

カカブーチ王の義理のおかあさんが無人島に来る

1000年前

郵便局

1-7

1492年

カケスの先祖、反乱にあったクリストファー・コロンブスや反乱水夫の上を飛び反乱をやめさせバハマに導く

郵便局

2-4

1639年

江戸幕府、鎖国令

1642年

イギリス清教徒革命

1644年

ポリネシア生まれる

ポリネシアは1834年にアフリカに着いた3〜4年前の1831〜2年頃に182歳か183歳であるといっているが、187歳か188歳の間違いと思われることから、1644年とした。

アフリカゆき

3

1649年

ポリネシアがアフリカを出る

チャールズ1世を見たと言っていること(1-2)から、チャールズ1世処刑された1649年までにはアフリカを出ているため、1649年とした。

アフリカゆき

5

チャールズ1世処刑

1660年

イギリス王政復古

1770年代

イギリス産業革命

1776年

アメリカ合衆国独立

1780〜1785年

先生生まれる

0〜0

月から帰った1850年代にも研究を重ねていたこと、1809年には北極に行っていることから、1780〜1785年頃の生まれと推定

1792年

フランス第1共和制

7〜12

1799年

フェルジナンド・フィップス(お坊さんの長男)が銀行破りをした事件の巡回裁判がパドルビーで行われる

14〜19

航海記

2-5

1802年

ジップ、モーランドと会う

17〜22

郵便局

3-6

1805〜1810年

ダーハム大学医学部卒業

20〜25

1780〜1790年頃の生まれとして、1805〜1810年とした。

サーカス

4-1

1805年

トラファルガー海戦

20〜25

1808年

先生の地図、エディンバラで発行

23〜28

航海記

2-11

1809年4月

先生、北極点に到達

24〜29

1809年4月

航海記

2-11

1814年4月

スチブンソン蒸気機関車を試運転

25〜34

1815年

ワーテルローの戦い

30〜35

1821年

メキシコ独立

36〜41

1824年

世捨て人のルカ、メキシコで金を掘り当てるが人を殺してしまう

39〜44

航海記

2-3

1825年

ロシアでデカブリストの反乱

40〜45

1828年

ジップ、先生と暮らし始める

42〜47

世捨て人のルカがいなくなった時、先生は「今まで11年間、こんなことはなかった」と言ったことから推定

今まで11年間

航海記

2-2

1820年代後半〜1830年代はじめ

ピピネラ生まれる

カナリアオペラが1835年頃であること、工場法の制定が1833年であることから、1820年代後半〜1830年代はじめと推定した

緑のカナリア

1-1

ピピネラ、七海亭に買われる

緑のカナリア

1-1

ヘンリー公爵に買われる

緑のカナリア

1-2

労働者のストライキ、城が襲われる

緑のカナリア

1-4

フュージリア連隊の兵隊に助けられる

緑のカナリア

1-4

1828年〜1829年

第1次バルカン戦争

43〜48

1829年

トミー生まれる

44〜49
0

先生がトミーの家で笛を吹いた1839年には9歳以上であったことから1829年とした。

ポリネシアから鳥語を教わる

アフリカに出発したのを1833年とし、その前にサラが嫁にいったこと、金持ちになった2〜3年前に動物語を習ったことから、1829年とした。

アフリカゆき

2

百姓馬のめがねをつくる

ポリネシアから動物語を習った時期で1829年とした。

アフリカゆき

2

1831〜2年頃

金持ちになる、ポリネシア182歳か183歳

46〜52
2〜3

動物語を習って2〜3年後のため、1831〜2年頃とした。
1849年にチャールズ1世を見たと言っていること(1-2)、1839年に5年ぶりにパドルビーに戻ったこと(2-1-5)から187歳か188歳の間違いと思われる

2〜3年後

アフリカゆき

3

サラ、嫁に行く

その後

アフリカゆき

3

貧乏になる

アフリカゆき

3

1832年頃

フュージリア連隊、労働者たちに負ける

47〜52
3

緑のカナリア

1833年

イギリス一般工場法

48〜53
4

炭鉱夫がくじであてる

緑のカナリア

1-6

炭鉱にもぐる

緑のカナリア

1-7

ロージー小母さんに買われる

緑のカナリア

1-7

アフリカに向かう

1834年にアフリカに衝突した6週間前の冬にアフリカに出発したことから、1833年とした。

その年の冬

アフリカゆき

4

1834年

嵐のなかアフリカに衝突、ポリネシアがアフリカを出て169年目

49〜54
5

1849年にチャールズ1世を見たと言っていること(1-2)、1839年に5年ぶりにパドルビーに戻ったこと(2-1-5)から185年目の間違いと思われる

6週間後

アフリカゆき

5

ジョリギンキの王様にとらえられるがポリネシアによって逃げることができる

アフリカゆき

6

白人で始めてサルの橋を見る

アフリカゆき

7

サルの治療

3日3晩

アフリカゆき

8

オシツオサレツが贈られる

アフリカゆき

9

先生が食事をした記念の石が置かれる

アフリカゆき

10

ジョリギンキの王様にとらえられる

アフリカゆき

11

バンポ王子の顔を白くして逃がしてもらう

アフリカゆき

12

ガンビア・グーグに寄る。

ジョリギンキ王国から逃げる途中

楽しい家

(6)

アフリカを出発

先生がトミーと会ったとき、アフリカから帰って5年と言っているので、先生がトミーの家で笛を吹いた1839年の5年前で1834年とした。

アフリカゆき

12

ツバメにひっぱってもらってバーバリの海賊船から逃げる

アフリカゆき

13

カナリア島で休息

アフリカゆき

14

黒ネズミに船が沈むと告げられる

アフリカゆき

14

サメの力を借りて海賊をやっつける

アフリカゆき

15

「粋なサリーさん」の船長を助ける

アフリカゆき

20

漁師町の町長から先生はダイヤモンドがちりばめられた時計を、ジップは純金の首輪を贈られる

アフリカゆき

20

故国に帰る

6月

アフリカゆき

21

オシツオサレツを見せてお金持ちになる

アフリカゆき

21

1837年

ビクトリア女王即位
大塩平八郎の乱

52〜57
8

1839年

航海に出る2〜3年前、イギリスではローランド・ヒルの1ペニー郵税で郵便制度がはじまる

54〜59
10

郵便局

1-4

1840年

アヘン戦争

55〜60
11

ファンティポで郵便制度始まるが、蒐集用切手を売りはじめていいかげんとなる

郵便局

1-4

1841か2年

ふたたびアフリカに向かって船出

56〜61
12〜3

アフリカに行く2〜3年前の1839年に郵便制度が始まったことからこの年代と推定できるが、『サーカス』でソフィーが「北極マンスリー」を読んでいたこと、スティヴン岬の灯台の灯が消えているのを知らせたカモメが登場することなどから、アフリカ行きの後、サーカスまでの間のできごとである。ただし航海記でトミーの家で先生が笛を吹いたのが1839年とあることとは矛盾が生じる。

12月

郵便局

韋駄天のスキマー、ズザナの乗った丸木舟をみつける

郵便局

1-1

H.M.S.ヴァイオレット号を見つけるが、H.M.S.ヴァイオレット号は先生の船にぶつかり、先生はつかまる

郵便局

1-2

ツバメがボーンズの人買い船を見つける

翌日

郵便局

1-2

スキマーがねらい、先生が大砲を撃ち、奴隷船に命中させる

郵便局

1-3

ココ王、先生に郵便制度の改良をたのむ

郵便局

1-4

国内郵便を片付ける

10日後

郵便局

1-5

無人島に行き竜に助けられる

郵便局

1-6

無人島で4〜5週間(スキマーは先生が5日前に島に行って帰らないと耳にする)暮らす

郵便局

1-7

ファンテイポに戻る

郵便局

1-8

水上郵便局をココ王に提案、ツバメ郵便をはじめる

郵便局

1-8

マシュー・マグに手紙を書き、チープサイド宛の手紙を託す

1週間後

郵便局

2-1

水上郵便局、気象予報をはじめる

郵便局

2-6

動物のための「北極マンスリー」発行

郵便局

3

真珠によりニャムニャム繁盛する

郵便局

4-5

エレブブのエミル王、ニャムニャムを攻めて先生を捕らえる

郵便局

4-5

先生牢屋から出てニャムニャム酋長たちと帰る

14日後

郵便局

4-5

ドロンコから手紙を受け取る

郵便局

4-7

ジュンガニーカ湖に行きドロンコと会う

郵便局

4-7

ドロンコの島をつくる

郵便局

4-7

郵便局を閉鎖、パドルビーに帰る

郵便局

3-11

1834年

マシュー・マグ、アフリカから帰った先生をたずねる

49〜54
5

先生がトミーと会ったとき、アフリカから帰って5年と言っているので、先生がトミーの家で笛を吹いた1839年の5年前で1834年とした。

サーカス

1-1

グリムブルドンにマシュー・マグと先生サーカスをたずねる

翌日

サーカス

1-2

ブロッサム・サーカスに入る

その夜

サーカス

1-3

アッシュビーに入る

水曜日の夜9時

サーカス

1-5

サーカス興行

つぎの朝

サーカス

1-5

トートー、ブリストルに飛ぶ

その夜

サーカス

1-7

トートー、ブリストルから戻る

あけがた(金曜)

サーカス

1-7

カモメが来てスラッシーのことを伝える

木曜

サーカス

1-7

アオサギに道を聞く

逃げ出して2日目の昼

サーカス

3-2

ホッブスの製粉所

夕方

サーカス

3-2

ひとねむり

あけがた

サーカス

3-2

ブリストル海峡を見下ろす港町でソフィー海に帰る

次の日のゆうがた

サーカス

3-2

先生、沿岸警備隊員につかまる

サーカス

3-3

ウイリアム・ピーボディ卿と会い自由になる

サーカス

3-3

先生とベッポー、ニーノのかわりに舞台に立つ

サーカス

4-5

「隠居した辻馬車、荷馬車馬の会」をつくる

サーカス

4-8

ベラミー氏と会う

サーカス

5-1

パドルビーのだんまり芝居をつくる

サーカス

5-2

マンチェスターでだんまり芝居を上演する

サーカス

5-3

ブロッサム、失踪する

サーカス

5-5

ドリトル・サーカスをみんなの協同の仕事としてはじめる

サーカス

4-6

七海亭に泊まる

緑のカナリア

1-1

ピピネラ、窓ふき屋にゆずられるが、ある日窓吹き屋は帰ってこない

窓拭き職人が15ヶ月後にロージー小母さんに現れることから1834年とした。

緑のカナリア

1-9

嵐で自由になる

エボニー島にわたる

緑のカナリア

2-2

嵐の中船に助けられる

緑のカナリア

2-4

難破船の窓吹き屋が助けられ、再会する

緑のカナリア

2-5

風車小屋に戻るが、ピピネラが浮浪者にさらわれる

緑のカナリア

2-7

動物屋に売られる

緑のカナリア

2-7

動物屋でピピネラを買う

キャラバン

1-1

ジェーコブ・スタビンズ、先生に長靴をつくる

4年前に

航海記

1-5

1835年

ピピネラの身の上話を聞く

50〜55
6

ブロッサムが失踪して1年後

緑のカナリア

1-1

ロンドンでカナリア・オペラを出し物にすることにする

キャラバン

1-9

サーカス、ロンドンに行く

キャラバン

1-10

ツインクみつかる

キャラバン

1-14

ツインクみつかる

緑のカナリア

3-1

カンムリサケビドリの話を聞く

カナリアオペラ準備中

楽しい家

(5)

ロンドン公園から迷子の子がついてくる

カナリアオペラ準備中

楽しい家

(8)

カナリア・オペラ開演

キャラバン

2-7

動物広告

2週間目

キャラバン

2-10

お祝いの宴会

100日目

キャラバン

3-5

動物貯金をする

次の日

キャラバン

3-5

動物銀行

キャラバン

3-7

サーカス、解散する

キャラバン

3-10

窓ふき屋をさがすことにする

緑のカナリア

3-1

窓ふき屋、ロージー小母さんを訪ねる

窓拭き職人が去って15ヶ月後

緑のカナリア

3-2

窓ふき屋が記憶喪失で入院しているのが見つかる

緑のカナリア

3-4

1836年

パドルビーに戻る

51〜56
7

ブロッサムが失踪して1年後にピピネラの話を聞き、さらに100日以上経ってサーカスを解散したことから1836年とした。

タチアオイが咲き乱れる頃

アフリカゆき

21

1837年

ビクトリア女王即位
大塩平八郎の乱

52〜57
8

バンポ、オックスフォードに入学

航海記

1-5

トミー、ドリトル先生を知る

春の日、トミー9歳6月

航海記

1-2

トミー、ドリトル先生と会う

4月終わり

航海記

1-3

ポリネシア、かえってくる

アフリカから帰って5年後

航海記

1-5

1839年

先生、トミーの家で笛を吹く

54〜59
10

1839年

航海記

1-6

トミー、ポリネシアから動物語を習う

航海記

1-11

ぐあいが悪くなったマチルダ・ビーミッシュ夫人プードルの子を診る

月から帰る

2-10

チーチー、帰ってくる

8月おわり

航海記

1-13

トミー、先生の助手となる

航海記

1-15

世捨て人ルカの裁判

航海記

2-8

ロング・アローが行方不明となったのを知る

航海記

2-10

ロング・アローが最後に姿を見せたクモサル島に行くことになる

航海記

2-12

シギ丸にマシュー・マグ、ルカ、ルカのおかみさんが密航しているのを見つけ、ペンザンスでおろす

出港した夜

航海記

3-3

シギ丸にベン・ブッチャーが密航しているのを見つける

出港して5日目

航海記

3-4

カパ・ブランカ島に着く、3日間とどまる→作者の誤りか?

出港して7日目、金曜日→作者の誤りか?

航海記

3-6

夕方、寝台屋で食事

2日目(土曜日)

航海記

3-6

エンリケと会い闘牛をすることになる

あくる日:3日目(日曜日)

航海記

3-7

闘牛士ペピト・デ・マラガを負かす

あくる日:4日目(日曜日)

航海記

3-8

シギ丸出発、ブラジルに向かう

あくる日:4日目(日曜日)

航海記

3-9

順風をうけすすむ

3週間の間

航海記

4-1

風がなくなる

10日間

航海記

4-3

暴風雨がおそいかかる

10日すぎ

航海記

4-3

クモサル島に着く、6週間ぶりに土をふむ

難破して3日後、就航して6週間後

航海記

4-5

ロング・アローを救出

その日

航海記

5-1

ポプシペテル族に火を教える

その日の夜

航海記

5-3

クモサル島を北に向かってクジラに押してもらう

翌日

航海記

5-4

ポプシペテル族とバグ・ジャグデラグ族との戦争

帰る途中

航海記

5-5

オウム講和条約を結ぶ

あくる日、25時間の船旅の後

航海記

5-7

ポプシペテルに着く

あけがた

航海記

5-8

先生、酋長に選挙され、ジョング・シンカロットという名前となる

お昼

航海記

5-9

ジョング・シンカロット王が即位すると「かかり石」が落ちクモサル島が沈む

お昼

航海記

5-10

1840年

先生の誕生日

55〜60
11

島に来て6ヵ月半

航海記

6-1

ロング・アローたずねてくる

3月

航海記

6-2

1842年

大ガラス海カタツムリが上陸

57〜62
13

「動物園」で、パドルビーの浜辺に帰ったのは航海に出て3年後とあるので、少なくとも先生がトミーの家で笛を吹いた1839年の3年後のため、1842年とした。

航海記

6-4

大ガラス海カタツムリの殻に入ってパドルビーに帰る

6日目の午後

航海記

6-7

パドルビーの浜辺に帰る

航海に出て3年後とあるので、少なくとも先生がトミーの家で笛を吹いた1839年の3年後のため、1842年とした。

航海に出て3年後

動物園

1

新しい動物園を計画する

動物園

4

ウサギ・アパート、雑種権ホーム、ネズミ・クラブ、アナグマ宿屋、キツネ集会所、リス・ホテルがつくられる

動物園

5

ムアスデン荘園が火事

動物園

25

雑種犬ホームでの船乗り犬の話

動物園時代

楽しい家

(1)

雑種犬ホームでのぶちの話

動物園時代

楽しい家

(2)

犬の救急車

バンポがいたので、バンポが去る前の動物園時代と考えられる。

バンポがいたとき

楽しい家

(3)

オニユリ号事件

バンポがいたので、バンポが去る前の動物園時代と考えられる。

バンポがいたとき

楽しい家

(4)

放浪する虫の話を聞く

虫語の研究の話なので、ガに乗って月に行く前と想像。

パドルビーで平和な生活をしていた頃

楽しい家

(7)

1842年10月23日

旅行から帰って5ヶ月1週間3日目

月からの使い

2-9

1842年

月に向かう

月からの使い

4-4

月に到着

月へゆく

1

バンポ、オックスフォードに戻る

月から帰る

1-12

トミー、ソルズベリーの平原に戻る

月へゆく

25

サーカスでくらす

1ヶ月

月へゆく

25

両親やマシュー・マグに会う

月へゆく

25

空想社会主義

1843年

リヴィングストンのアフリカ探検

58〜63
14

月に行ってから1年後

1年後

月から帰る

1-1

動物園は荒れ果てている

月から帰る

1-2

1844年

夏になる

59〜64
15

月から帰る

1-3

月食の夜、月から煙があがる

月から帰る

1-4

月から帰る

月から帰る

1-9

ポリネシア180歳というが、アフリカゆき時代で180なので、誤り

月から帰る

2-2

先生、もとの大きさにもどる

夏のおわり

月から帰る

2-6

先生、牢屋に入ろうとする

月から帰る

2-10

トミー、診療所をまかされる

月から帰る

2-15

1848年

フランス第2共和制
オーストリア フランツ・ヨーゼフ1世

63〜68
19

1850年

月の野菜で研究を続ける

65〜70
21

月から戻ったのが1844年だとして、その数年後ということで1850年とした。

何年間後

秘密の湖

1-7

ドロンコから最後のたより

3月の何日

秘密の湖

1-11

ドロンコのノートがなくなっていた

3ヶ月後

秘密の湖

1-9

アホウドリ号でアフリカに向かう

秘密の湖

2-1

ファンティポに到着

秘密の湖

2-5

ジュンガニーカ湖に着く

秘密の湖

2-13

ドロンコを助ける

秘密の湖

2-16

1851年

第1回万国博覧会

66〜71
22

1859年

ダーゥイン「種の起源」

74〜79
30

1867年

オーストリア・ハンガリー二重帝国
マルクス「資本論」

82〜87
38

1868年

明治維新

83〜88
39

1886年1月14日

ロンドンからあまり遠くないバークシャー州メイドンヘッドでヒュー・ロフティング生まれる

57

1890年代

トミー、航海記を書く

61

1644年がポリネシアの生まれた年だとすると250年後は1890年代となる。

ポリネシア250歳くらい

航海記

0

1894年

寄宿学校に入る

65

1902年

アメリカにわたりマサチューセッツ工科大学に入る(〜1905年)

1906年

イギリスに戻りロンドン工科大学で勉強を終える(〜1907年)

1912年

フローラ・スモールと結婚してニューヨークに住む

1913年

娘エリザベス・メアリーが誕生

1915年

息子コリン・マクマホンが誕生

イギリス軍に従軍して近衛歩兵連隊の大尉となり、フランドルからフランス戦線に配属フランダースに出征

1917年

負傷してアイルランドに送還

1919年

アメリカにわたる

1920年

アフリカゆき(The Story of Doctor Dolittle)

1922年

航海記(The Voyages of Doctor Dolittle)

1923年

航海記、ニューベリー賞受賞

1923年

郵便局(Doctor Dolittle's Post Office)

1924年

サーカス(Doctor Dolittle's Circus)

1925年

動物園(Doctor Dolittle's Zoo)

1926年

キャラバン(Doctor Dolittle's Caravan)

1927年

妻フローラ・ロフティング、死去
月からの使い(Doctor Dolittle's Garden)

1928年

キャサリン・ハロワー・ピーターズと再婚するが、大流行した流感のため死去
月へ行く(Doctor Dolittle in the Moon)

1929年

月から帰る(Doctor Dolittle's Return)

1935年

ジョセフィン・フリッカーと再婚し、一家はカリフォルニアに引っ越す。

1936年

息子クリストファー・クレメントが誕生

1947年9月20日

サンタ・モニカで亡くなる

1948年

秘密の湖(Doctor Dolittle and the Secret Lake)

1951年

緑のカナリア(Doctor Dolittle and the Green Canary)、ジョセフィンの妹オルガ・マイクルによって完成される

1952年

楽しい家(Doctor Dolittle's Puddleby Adventures)、ジョセフィンとジョセフィンの妹オルガ・マイクルによって完成される

1967年

アメリカのミュージカル映画「ドリトル先生不思議な旅」(レックス・ハリソン主演リチャード・フライシャー監督)

1998年

「ドクター・ドリトル」(エディ・マーフィー主演ベティ・トーマス監督)

2001年

「ドクター・ドリトル2」(エディ・マーフィー主演ベティ・トーマス監督)スティーブ・カー監督)