Puddleby-on-the-Marsh

ドリトル先生の家がある、沼のほとりのパドルビー

 ドリトル先生の家は、イギリスのスロップ州(Slopshire)にある「沼のほとりのパドルビー」という小さな町のはずれ、オクスンソープ通り(Oxenthorpe Road)にあります。
 「沼のほとりのパドルビー」のことは、「航海記」のなかでトミー・スタビンズが次のように記しています。

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 私が九歳か十歳のころのことでしたが、そのころ、パドルビーは、ものしずかな小さい町でした。町のまんなかを、ひとすじの川が流れておりました。その川には、王者橋という、たいへん古めかしい石橋がかかっていて、橋のたもとに市場がありました。橋をわたった川むこうは、墓地になっておりました。
 たくさんの帆かけ船が、海からその川をさかのぼってきて、この橋のそばに、錨をおろしました。
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UK

沼のほとりのパドルビーはどこにある?

てがかり

 スロップ州(Slopshire)も「沼のほとりのパドルビー」も実在はしませんが、手がかりはドリトル先生シリーズの中のあちこちに出てきます。
 トミーが「航海記」のなかで「たくさんの帆かけ船が、海からその川をさかのぼってきて、この橋のそばに、錨をおろしました。」と紹介していること、「航海記」の最後で、帰ってきたドリトル先生たちが海岸に上陸したあと、ダブダブの待つドリトル先生の家まで沼地を通りぬけて歩いて帰ること(同様の記述は「動物園」の冒頭にも出てきます。)から、パドルビーは海から近いことがわかります。
 また、「航海記」のはじまりで、シギ丸に密航したマシュー・マグたちをペンザンス((Penzance)イギリス南西部、イギリス海峡とブリストル海峡との間に突き出ているコーンウォール半島の先端部に実在します。)で降ろすことにしたとき、先生が「ペンザンスからブリストルまでは、汽車でゆける。そこから先は、おまえも知っておるように、パドルビーまではたいして遠くない。」とマシューに言ったことから、ブリストルに近いところにあるはずだと考えられます。
 トミーがひとりで月から戻ったところはソルズベリーの平原(Salisbury Plain)で、「ソルズベリー寺院の、とがった塔だけは絵で見おぼえがありました。」と「月へゆく」で言っていますが、ソルズベリー大聖堂(Salisbury Cathedral)にはイギリスで最も高い尖塔があるので、月から帰ってくるときには格好の目印になったのでしょう。
 こうしたことから、ブリストルからたいして遠くない海岸から歩いていけるところに、パドルビーの町はあるはずです。

スロップ州(Slopshire)

 「郵便局」でドリトル先生がマシュー・マグに出した手紙の宛名が「イギリス、スロップ州、沼のほとりのパドルビー町、ネコ肉商、マシュー・マグ殿」であるように、パドルビーはスロップ州(Slopshire)にあるとされています。
 イギリスには、スロップ州(Slopshire)によく似た地名で「シュロップシャー」(Shropshire)という地方がが実在します。
 「シュロップシャー」(Shropshire)は、グレート・ブリテン島の西部、バーミンガムの北西、リヴァプールの南の方にあって、ウエールズに接していて、シュルーズベリー(Shrewsbury)を中心にしている地域ですが、海岸はなく、シュロップシャー南部とブリストルまでは100キロ程度隔たっているので、とても海岸から歩いてゆけるところではありません。
 南條竹則氏は「ドリトル先生の英国」のなかで「作者は舞台をシュロップシャーに持って来た。」とし、「第一次世界大戦の頃、イギリスでもアメリカでも『シュロップシャーの若人』という詩集がベストセラーになっていた。・・・その本に描かれているシュロップシャーは、都会に出た人間が郷愁とともに思いかえす古い田舎である。ロフティングもきっとこの地方に対して、似たようなイメージをもっていたことだろう。」と書いています。
 そして「ちなみに、英国の地図を見ると、シュロップシャー南部ラドロウの町−『シュロップシャーの若人』の舞台−の付近に「マーシュブルック Marshbrook」(訳せば「沼の小川」)という町がある。」ともあるので、イギリスの地図を調べてみると、確かにラドロウ(Ludlow)の北、シュールズベリーの南にマーシュブルックという町があり、東に約50km行くとバーミンガムに至ります。

コッツウォルズ(Cotswolds)

 ロンドンを西に200キロ行った一帯に広がる丘陵地帯、そこがコッツウォルズ(Cotswolds)と呼ばれているイギリスを代表する観光地、カントリーサイドです。
 北にはシェイクスピアが生まれ育ち、晩年も過ごしたストラトフォード・アポン・エイヴォン(Stratford-upon-Avon)、西には温泉保養地でもあるチェルトナム(Cheltenham)、東にはジョリキンキの王子バンポが留学した(航海記)オックスフォード(Oxford)といった町があり、コッツウォルズ地方一帯には小さな村が点在しています。
 イギリスの観光といえばピーターラビットの湖水地方が人気ですが、このコッツウォルズ地方もロンドンから近く、「はちみつ色の家並み」の田舎として人気上昇中のようです。
 ブリストルやソルズベリーからコッツウォルズ地方までは数十キロ、こことて海岸から歩いてゆける場所ではありませんが、パドルビーはコッツウォルズ地方にもよく似合うと思います。
 サーカスでは、ドリトル先生たちが加わったサーカス団は、グリムブルドン(Grimbledon)、アッシュビー(Ashby)、ストーベリー(Stwbury)、ブリッジトン(Bridgeton)と移動していきます。
 そしてリトル・プリントン(Little Plimpton)からマンチェスター(Manchester)と興行を続け、最後にロンドン(London)まで行くのですが、最初のグリムブルドン(Grimbledon)はパドルビーから馬車で半日ぐらいのところにあるので、パドルビーがコッツウォルズ地方にあったと仮定して地図をたどっていくことができます。
 もっとも、マンチェスターとロンドン以外は、実在しているのかどうかはわかりませんが。
 また、「航海記」でのペンザンスの位置は、南アメリカのクモサル島をめざしてパドルビーを出発したシギ丸が海に出てまもなく、密航したマシュー・マグに対して「たぶんペンザンスは、このあたりの左手のほうにあるはずだ。」と先生が言っています。
 ペンザンスはコーンウォール半島の先端部のイギリス海峡側、つまりコーンウォール半島の南側にあることから、シギ丸はイギリス海峡を西に向かっていとは考えられず、コーンウォール半島の北側のブリストル海峡を西に向かっていたと考える方が自然です。
 このことも、パドルビーがコッツウォルズ地方にあったと考えられる理由のひとつと言えるでしょう。
 なお、コッツウォルズ地方の北部、チェルトナムの北北東約20キロのところにMoreton-in-Marshという町があります。

コッツウォルズ地方のバイブリーにて
ドリトル先生のお家は、こんなお家だったのでしょうね。

カッスル・クーム(Castle Combe)

 さて、コッツウォルズ地方の南西部、ブリストルから東に約25キロほどのところにカッスル・クーム(Castle Combe)という小さな村があります。
 この村こそ、沼のほとりのパドルビーのモデルとなったところなのです。
 1967年に、リチャード・フライシャー監督・レックス・ハリソン主演のアメリカのミュージカル映画「ドリトル先生不思議な旅」が公開されましたが、カッスル・クームはこの映画のロケ地となりました。
 「ドリトル先生不思議な旅」はDVD版は出ていないようで、ビデオもすでに絶版、レンタルか中古を探すしかないのですが、この映画の冒頭で船が川をのぼっていくシーンで現れてくる家並みがカッスル・クームでした。
 カッスルクームの中心にあるマーケットクロス(Market Cross)から道はバイブルック川(The Bybrook)に続いていて、写真で見る古い石づくりの橋が川にかかっている風景は、「町のまんなかを、ひとすじの川が流れておりました。その川には、王者橋という、たいへん古めかしい石橋がかかっていて、橋のたもとに市場がありました。」とトミーが描いたパドルビーの姿と重なります。
 ただし、パドルビーの町の挿し絵(航海記の、「私は石垣に腰をかけ、水野上にむけてたらした足をぶらぶらさせながら・・・・・・」とキャプションがついている挿し絵)の町並みの方が都会化しているようです。

カッスルクームにて

バイブルック川と、ウエーバーズ・コテージ

「The Street」の家並み

セントアンドリューズ教会

マーケット・クロス

メイドゥンヘッド(Maidenhead)

 ロンドンの西、バークシャー(Berkshire)の東部のテムズ川沿いにメイドゥンヘッド(Maidenhead)という町があります。
 位置としては、ウインザー(Windsor)のすぐ西になります。
 この町は、ドリトル先生シリーズの作者ヒュー・ロフティングが生まれた町です。
 ヒュー・ロフティングが生まれたのは1886年、今から120年ほど前のことですが、その頃の町並みが沼のほとりのパドルビーのイメージに繋がっているのかどうか、これはわかりませんが、もしかしたらテムズ川に浮かぶ船が「たくさんの帆かけ船が、海からその川をさかのぼってきて、この橋のそばに、錨をおろしました。」という風景をイメージしたのかもしれません。
 そしてトミーが「いつもそこに行って、船の荷をおろす水夫たちを、川岸の石垣の上からながめておりました。」のと同じように、ヒュー・ロフティングもまた川岸に腰かけてテムズ川を眺めていたのかもしれません。
 その後の少年時代は、ダービシャー(Derbyshire)のチェスターフィールドという町で過ごしていますが、ここからシュロップシャー(Shropshire)やコッツウォルズ地方(Cotswolds)とは、それほど遠い距離ではありません。