18日午前6時、車は成田に向かう。
成田までどうやって行こうか、今回はパンテーラ同伴ゆえ、鉄道利用はパスしてバスで行こうとしたのだが、バス会社に問い合わせしたら、「折りたためない車いすはバスで運べません」なんて、すげない返事であった。
「こんなタイプだけどだめなの?」と実物を見せようと思ったが、結局時間がなかった。
その結果、ええい、めんどうだ、車で行ってしまえ、ということになったのである。
車はターミナルまで行けばその場で預けられるし、帰りはターミナルまで持ってきてくれるので、便利なのだ。
それに、NEX往復より安価ですむ。
湾岸から東関東を抜けて、酒々井PAに8時過ぎ到着、ここでパーキング屋さんに連絡を入れておく。
第2ターミナル到着が9時前、荷物を下ろし、車はそのままパーキング屋さんに預ける。
集合地点はAカウンター、ここで行きの搭乗券や帰りの航空券をもらい、チェックインできるのかと思ったら、Wカウンターに案内される。
そして「この書類を書いてください」と渡されたペーパーは英語。
う〜む、今回はデスクの人に「パンテーラ持っていくよん」と言ってあったのだけど、なぜ?
「診断書はありますか?」とか「身体障害者手帳はありますか」とも聞かれたので、パンテーラに乗ったSisiyさんの顔が次第にひきつっていく。
書類が必要なら、事前に送ってもらってもよかったんじゃないかって思う。
帰りの空港でも同じことの繰り返しがあって、そこでは「コピーをもらっておいてくださればよかったんですが」と言われたが、そんなこと、成田じゃ教えてくれなかった。
「搭乗口までどうしますか?」と聞かれたが、「自分たちでだいじょうぶ」と断る。
ともあれ、スーツケースを預け、エスカレータで2階にあがる。
そうしたら、ANAのおねーさんがとんできたが、「だいじょうぶ、慣れているから」とお引取り願った。
2階では出発前の一杯。
今度はEVで下に下りて、手荷物検査。パンテーラはそのまま通ったあと、Sisiyさんは「さわっていいですか」と聞かれたうえで、ボディチェック。
そして、出国手続き。
それほど長い列ではなかったが、順番が来たところでブースの審査官が「車いすはあっちで・・」と言うので、それはないんじゃないの、順番が来る前に言ってよ、ほかの係員がフロアでうろうろしているのにと思い、「このまま入れます」と突破する。
カウンターの前で右折、すぐに左折するクランクは、パンテーラならではだと思うが、さすがに壁を伝いながらじゃないと進めなかったようだ。
搭乗ゲートはサテライトにあるため、シャトルに乗らなければならない。
シャトルに乗るためには、フロアを下に下りなければならない。
エスカレータでそのまま下りようとしたら、うしろからガードマンが「エレベーターがあっちにあります」と飛んできた。
「だいじょうぶ」と、制止をふりきって下に下りる。
この時点でSisiyさんは「ほっておいてよ!」オーラを放出していたのであった。
そうそう、空港で円をEURに両替したのだが、1EURはこの日のレートでは144.67円だったので、以後のEUR表記はこのレートで換算してみてください。
登場口は95番、11時5分登場開始のところを「10時50分くらいには来てください」と言われていたので、15分くらい前に登場口に到着した。
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搭乗を待つパンテーラ |
パンテーラはそのまま機内に持ち込むことはできないので、入口で降りて預けることになる。
「機内にしまっとくのですか?」と聞いたら、「いいえ、貨物室にしまっておきます」とのことだった。
座席は、26J、K、ちょうど主翼の上後方になるが、下界を見ることは可能である。
席まで歩いていくと、外から航空会社のおね−さんが追いかけてきて、「あの車いすは折りたためないのですか」と聞いてきた。
もう一度入口までいって、たたみ方を伝授するが、結局ブレーキをかけたままの姿で運ぶことにしたようだ。
やがて、他のお客さんが入ってくる。
日本人アテンダントのおねーさん(OSのおねーさんたちは真っ赤なスーツである)がいたので、「今日の込み具合はどうですか?、体をとのばせる余裕があるといいんだけど」と聞いてみたら、「オーディオが使えない席なら空いています」とのことで、Sisiyさんは20JKを独り占めすることができた。
よって私は、26JKを独り占め。
OS52便は定刻よりちょっと遅れて、11時50分に出発した。
維納到着は現地時間の午後4時の予定、時差は8時間なので、12時間あまりの飛行である。
機材は、エアバスA340−300。
離陸後1時間ほどで、新潟の北部あたりから日本海上空に出る。
巡航高度になって飲み物が配られて、すぐにごはんとなる。
ビールは「Ottakringer」という、これから行く国の銘柄品。
ごはんには、蕎麦がついていた。
なぜかワゴンを席の近くに置いたままにして、おねーさんがどこかに行ってしまったので、ワゴンの上に載っていたジョニ赤ミニチュア瓶を失敬した人がいた。
おねーさんたちの動きが落ち着いたところで、「Eins
Bier,bitte」と言いながらフライトレコードカードの記入をお願いする。
下界はすでに沿海州に入っていて、山並みにところどころ白い雪が見える。
テレビでは映画の上映が始まり、何とかいう今は知事となったシュワちゃんの映画だとか、白雪姫、そして「ターミナル」というトム・ハンクス主演の映画をやっている。
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シベリア上空 |
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シベリア上空になると、白の世界。
川が黒く蛇行しているのが見える。
維納もこのまま白い世界になっているのかと想像する。
やがて、フライトレコードカードが帰ってきた。
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フライトレコードカード |
書いてある内容を見ると、コクピットには機長と副操縦士が2人、キャビンには12人、うち日本人が2人のクルー体制であった。
下界は、飛行時間から計算するとウラル上空で雲海になってしまう。
ところが、維納が近づくにつれて雲は切れてしまい、雲の下は予想していた白銀の世界ではなかった。
OS52便は維納空港(SCHWECHT AIRPORT)に着陸するが、周囲には雪のかけらもない。
一般客たちが降りるのを待って、おもむろにA340-300の出口へ。
OSのおねーちゃんたちとは、「Danke schön,Auf Wiedersehen」とお別れである。
A340-300を降りたところで、パンテーラが待っていた。
押してくれるのは、半そで姿のおにーちゃん。
Sisiyさんがパンテーラに乗ると、おにーちゃんはぐいぐい押していく。
私は早足でついていくのがやっと、空港内を観察している暇もない。
エレベータで下に降ると、入国審査のブースがある。
おにーちゃんは「パスポートと航空券を貸して」と言って、2人分を預かってしまい、他の人が並んでいるのを無視して入国審査の係官に提示する。
係官は私たちの方を見て、パスポートにはんこを押し、おにーちゃんに返した。
おにーちゃんは、私たちに返してくれる。
私たちは、おにーちゃんが鍵をあけてくれた入国審査ブース横のドアから入国するのであった。
しばらく歩いて(私は走って)手荷物受け取りのところで、おにーちゃんとは「Danke schön」と、握手してお別れである。
ターンテーブルの前でスーツケースが出てくるのを待っていたら、すぐ横でOSの赤スーツの日本人おねーさんがSisiyさんの名前が書かれた紙を持ってポーターの人と何やら話をしていた。
「あ、私たちです」とおねーさんに告げたら、「あら、ようこそいらっしゃいました、荷物はまだですか、ポーターが預かります」。
やがて出てきたスーツケースはポーターさんが預かって運んでいく。
私は、パンテーラを押して歩く。
税関から外に出たところで、おねーさんは、空港からホテルまで案内してくれることになっているガイドさん(Kさん)に引き合わせてくれた。
Kさんと「よろしくお願いします」とご挨拶し、Kさんに案内されてさらに下に下りて駐車場に行くと、おベンツが待っていた。
後ろのトランクにスーツケースを納め、さて、パンテーラをどうしよう。
車輪をとりはずしたら、車輪もフレームもみごとにトランクに収まってしまった。
おベンツがでかいのか、パンテーラが小さいのか。
車は空港からAutobahnに乗って、維納まで走る。
空港周辺には何もないが、工場と思しき地帯を抜けていくと、だんだんヨーロッパの街らしくなってくる。
そして夕暮れを過ぎて、あたりはどんどん暗くなる。
市内に入ると一方通行の道をくねくねと行くので、どこらへんにいるのか全くわからない。
空港から20分ほどで、INTER CONTINENTALに到着。
チェックインはKさんがやってくれて、案内された部屋に入ってみたら、おやおや、バスタブがない。
「これじゃ、困りますよね」とKさんはすぐに部屋替えをリクエストしてくれた。
決まった部屋はさっきの部屋よりも狭いが、バスタブがちゃんとある。
そして、さっきは1階(エントランスはE階、その上が忘れたけど何とか階で、その上が1階になるので、日本の感覚だと3階)だったのが、6階(日本だと8階)になったので、眺めがよいのである。
Kさんと書類などの最終チェック、そして「これを預かっています」と渡されたのが、ホテル・グランデにあるカフェのクーポン券。
「あれ、この券は断って、その分返金してもらってあるんですけど」と言ったが、「私が持っていても困ります、使ってください」と渡されてしまったので、ありがたく頂戴することにした。
その後Kさんと、観光客が来ないホイリゲの場所などの四方山話をしていたら、寅さんの話になり、なんとKさんてば「心の旅路」に出たんだと。
「Schönburunnのシーンに出ています」ということだったので、日本に帰ったらチェックしてみなければ。
これでKさんのお役目終了となり、いよいよ維納生活がはじまるのである。
今晩のごはんを何とかするために外に出る。
ホテルのちょうど目の前がStadtpark(シュタトパーク:市立公園)で、ホテル前の道路を渡るとU-Bahn(地下鉄)のStadtpark駅である。
券売機で24時間券を購入、5EUR。
改札口やStraßenbahn(市電)の中にある入鋏機に差し込んでパンチした時から、ウイーン市内の市電、バス、U-Bahn、S-Bahn(国鉄近郊電車)が24時間使いたい放題となる。
月曜日になったら、月曜日の午前9時から1週間使いたい放題の1週間定期(12.5EUR)を利用するつもりなので、今日明日はこの24時間券があればOK。
ちなみに、1回乗車は1.5EUR(1時間有効)なので、1週間定期は断然お得なのだ。
切符を買ったあと、少し歩いてRing(リンク:環状通り)に出る。
Ringは旧市街を取り囲んだ城壁があったところで、1857年にフランツ・ヨーゼフ1世(実のSisiyさんの夫)が城壁を取り壊して通りにし、その後市電が走るようになった。
市電で1週すると、約30分でモトの場所に戻ってくる。
車は時計回りだけの一方通行、市電は自動車の通りをはさんで両側を走り、時計回りが1番、反時計回りが2番である。
また、Ringは場所によってParkring(市立公園前)とかOperring(オペラ座前)とか、名称がある。
市立公園そばのWeihburggasse停留所で1番に乗り、15分ぐらい乗ったところで市電を降りる。
進行方向に向かって右側にBurgtheater(ブルク劇場)、Ringをはさんで左側にRathaus(市庁舎)が立ち、市庁舎前広場はクリスマスマーケットの屋台が並んでいる。
市庁舎はライトアップされ、広場にはクリスマスのイルミネーションが飾られ、たくさんの人が出てきている。
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市庁舎前広場 |
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屋台の列の中を少し歩いたあと、焼き芋を買う。
焼き栗も売っている。
焼き芋はスライスしてあるが、優に芋1個分はあって、1.5EUR。
そして、Glühwein、これはマグカップに入っていて5EURだが、カップを返すとカップ代が返金されてくるので、実質3EURである。
最初は表示されたお金を払ったら、「そうじゃない、あとでカップを返したらお金を返すから、カップ代もちょうだい」と言われて、わかった。
芋とGlühweinで体の中からほかほかとあったまったあとで、お腹のためにHOT
DOG(2.5EUR)を買う。
「HOT
DOG,bitte!」と屋台のにーちゃんに頼むと、フランスパンに穴があいているのを持って「ケチャップにするかマスタードにするか」と聞かれた。
「マスタードにして」と言ったら、穴からぶちゅーっとマスタードを入れたあと、焼いたソーセージを差し込んで、「はいよっ」と渡してくれる。
出口近くのパン屋の屋台に直径30センチはあろうかというチョコレートのかかったパンを3EURで売っていたので、ホテルに戻ったあとのお腹のたしになるだろうとお持ち帰りにした。
屋台は食べ物だけではなく、お菓子、はちみつ、ろうそく、何やら骨董らしきものが並んでいる。
日本人観光客も歩いている。
まだ午後7時すぎだが日本時間では午前3時、体の感覚は相当夜更かしをしていると警告してきたので、維納第1日はこれにてお開きにした。