「F1観戦記2002−第1章−」


時は満ちた。あとは心を満たすのみ
F1ファンになって今年で3年目。
これまでの3年で、私と三重県鈴鹿の距離は確実に縮まっていった。
そして今年、ついに私と鈴鹿の間には精神的距離がなくなったのである。
しかし物理的距離はある。ただそれをモノともしない精神を身につけたのだ。

旅行の計画を立てない性格は天から授かった。そんな私とは対照的に
ティモーヌには旅行の計画を立てる才能がある。だから同行する予定
だったティモーヌがやむを得ぬ理由で行けなくなったと聞いて、私は
いささか面食らった。さらに同行する可能性をまだ残していたポンシ
ーノも仕事が忙しくなり、離脱。一人で行くことが決定した。

だがこれにめげないF1魂が育っていたのは前述の通り。むしろ1人で行
くことに対してワクワク感が芽生えてきた。

10月11日金曜日、高田馬場駅みどりの窓口で私は困った。あてにして
いた名古屋行き深夜バス、「ドリーム名古屋号」が満席だったからだ。
しばし呆然としたが(俺のドリームだって満席だ!)と思いなおし、
大垣行き深夜列車、「ムーンライトながら」に心の乗り換えをした。
この決心をした時点である程度の地獄旅を覚悟した。
(くそう、新幹線に乗る金さえありゃあ)

「ムーンライトながら」通路地獄!!
東京ー小田原間は全席指定の「ムーンライトながら」。もちろん指定
は売りきれ。小田原から発生する自由席を狙うしか手はない。といっ
ても自由席とは名ばかり。全席売りきれている「ながら」に残されて
いるのは通路とデッキだけだ。

私は小田原まで小田急線で行き、目の前の行列に戦慄しながらも午前
1時6分発の「ながら」を待つ、来た、乗った。
通路とデッキは人で埋まり、私は通路の人と化した。ドアが閉まる。
プシュー。発車しまーす。
おいおいなんだよこの車掌の呑気な声は。一駅や二駅じゃないんだぞ。
名古屋駅までだぞ。なんとかしろ。
私と周りの立ちんぼ客達はそう叫びたかったが、戦後の人になったつ
りで、辛抱。でも立ちんぼはヤなので、その場にしゃがんだ。

午前6時、辛抱の甲斐あって名古屋に着いた。まるで自分一人の力で
名古屋に来た感じがしたが、実際は電力のおかげだ。

気付けばそこにシューマッハ
名古屋から伊勢鉄道直通の電車に乗る。いや電車じゃなかった、ディ
ーゼル車だった。八高線以来だ、ディーゼルなんて。これまたすし詰
め列車だ。でももう鈴鹿は目の前。そんなのは気にならないのだ。車
内はF1ファンが99%占めていていやがうえにも気分は盛り上がる。
窓にうつる自分の顔がにやけているのに気付いた。

「鈴鹿サーキット稲生駅」に着いた。稲生はいのうと読む。ここから
サーキットまで1.5キロほどである。「ながら」で関節を痛めなが
らも体育すわりで睡眠を取ったおかげで疲れはなく、足取りも軽い。
歩くうちにテキ屋、ダフ屋、フランスパンを売るいかにもなフランス
人、パチモンのグッズを売る黒人(ほとんどフェラーリグッズ、何故
かサッカーグッズもある)、慣れない調子で車を呼び込む駐車場管理
人の老夫婦など、様々な人間ドラマを見る。

やっとこさサーキットの入口に着くと半ヘルを被り、赤い服を着た男
が原付に乗って関係者ゲートに向かってブイーンと走ってきた。ミハ
エルシューマッハだった。あまりに一般人づらして入ってくるので、
サーキット入り待ちをしていたファン達も私も2秒くらい気付かなかっ
た。でもそれは間違いなくワールドチャンピョンで、年収何百億の男
(何十だったかな?)。次に同じドイツ人ドライバー、ニック・ハイ
ドフェルドが入ってくる。彼も原付で、ホンダのDioだった。F1
ドライバーなんだからもっとすっごいの乗って来てよ。

F1は自動車じゃなかった、地を這うジェット機だった。
そんな入り待ちも楽しかったが、初心者の私はサーキット内のことを
歩いて知らねばならないという変な焦りから、中に入っていった。今
考えると時間はいっぱいあったんだし、もっと入り待ちしとけば良か
った。9時から始まるフリー走行に備えてとりあえず130Rという
場所に陣取った。なんとお粗末な自由席だろう。それは席というより
は斜面といった方が正しい。斜面に段々をつけて、申し訳程度に草が
生えている。私はそこに腰掛けた。気分はハッピーだ。メルセデス売
店で、メルセデス帽子も買ったし。(普段は帽子なんて被らないくせ
に)

9時になった途端、遠くの方からエンジンの音が聞こえた。われらが
さとうたくまだ。鈴鹿サーキットは一周6キロぐらいあるのだが、F1
のエンジン音はサーキット中に響き渡る。その音は他の車やフォー
ミュラカー(F1以外の)とは段違いにでかかった。音が高くなったり
低くなったりしてアクセル踏んだり戻したりしているのがわかる。シ
フトアップもダウンも音で分かる。たくまの黄色いマシンが目の前を
通りすぎた。続いてマレーシア人アレックス・ユーン。いままでその
ヘタレな走りを散々バカにしたユーンだけれどもこのときばかりはバ
カに出来なかった。こんな化け物マシン、乗れるだけですごいよ!

さて一通り各マシンの走りを見た。感動で始終にやけていたが、眠く
なってきた。私は場所を130Rからヘアピンカーブに変え、そこで
その日2回目のフリー走行の音を聞きつつ、昼寝をした。なんて満ち
足りた気分だろうか。世界一うるさい車が走る中、安らかな眠りであ
った。起きるとたくまがフリー走行で8番手のタイムを出したとの知
らせがあり、予選にむけて期待は膨らんだ。

すごいよ!さとうさん!
予選はどこで見よう。馬鹿でかいサーキットを疲れも知らず歩きまわ
った結果、S字カーブの広い範囲が見渡せる良い場所を見つけた。い
つもはテレビで見ている予選。各マシンコースに出るラップ、アタッ
クラップ、ピットに入るラップと一回のアタックに計3周する。

まず出てきたのが白いマシンのジャック・ビルヌーブ。わー本当に3
周してるー。いつもテレビで見ているものが目の前に現れると意味も
なく喜んじゃうのは何故?予選が始まってから40分が経って、トヨ
タのアラン・マクニッシュが大クラッシュ。F1マシンはちょっとや
そっとじゃ死なない様にできている。大クラッシュして砂煙の中から
ドライバーがケロリとした様子で現れることがしばしば。マクニッシ
ュも大丈夫だった。(翌日の決勝は大事をみてドクターストップがか
かったが)。このクラッシュの影響で1時間30分の赤旗中断。いい
場所だったので立ちっぱなしで見ていた私にも、休息の時間が訪れる。

再開してもM.シューマッハの暫定ポールポジションを破るものは出
ず、つまらない予選かと思われた終盤、さとうたくまがなんと自己ベ
ストの7番グリッドを獲得。これは本当にすごいことなのである。こ
こ数年はフェラーリ、マクラーレン、ウィリアムズの3強チームが1
〜6番手を占拠してしまうことがほとんど。だから他のチームにとっ
て7番手とはポールポジションに等しいのだ。これまで予選で遅れを
とっていた新人たくまはドイツでの12番手が最高。それを5つも上
回ったのだ。すごいよ!

公式予選結果
順位 No. ドライバー チーム ベストタイム 周回 平均速度(km/h)
1 1 M.シューマッハ フェラーリ 1'31.317 9 229.481
2 2 R.バリチェッロ フェラーリ 1'31.749 12 228.401
3 3 D.クルサード マクラーレン・メルセデス 1'32.088 12 227.560
4 4 K.ライッコネン マクラーレン・メルセデス 1'32.197 10 227.291
5 5 R.シューマッハ ウイリアムズ・BMW 1'32.444 10 226.684
6 6 J-P.モントーヤ ウイリアムズ・BMW 1'32.507 10 226.529
7 10 佐藤琢磨 ジョーダン・ホンダ 1'33.090 12 225.111
8 9 G.フィジケラ ジョーダン・ホンダ 1'33.276 12 224.662
9 11 J.ビルヌーブ BAR・ホンダ 1'33.349 11 224.486
10 15 J.バトン ルノー 1'33.429 12 224.294
11 14 J.トゥルーリ ルノー 1'33.547 8 224.011
12 7 N.ハイドフェルト ザウバー・ペトロナス 1'33.553 12 223.997
13 24 M.サロ トヨタ・レーシング 1'33.742 11 223.545
14 16 E.アーバイン ジャガー 1'33.915 8 223.133
15 8 F.マッサ ザウバー・ペトロナス 1'33.979 11 222.981
16 12 O.パニス BAR・ホンダ 1'34.192 10 222.477
17 17 P.デ・ラ・ロサ ジャガー 1'34.227 12 222.394
18 25 A.マクニッシュ トヨタ・レーシング 1'35.191 5 220.142
19 23 M.ウェーバー ミナルディ 1'35.958 11 218.383
20 22 A.ユーン ミナルディ 1'36.267 12 217.682


ふっかふかの布団にありついた
予選が終わり、少しぶらぶらしてからサーキットを後にした。刈谷市
の伯母の家に泊めてもらうことになっている。私の親戚は愛知県に集
中しているのだが、なかでも刈谷の伯母(母の姉)の家は一番でかい。
と書くとなんだかでかい家の伯母のところを選んだ自分がいかにも強
欲な人に見えるが…。母の指示に従っただけだから、強欲じゃない。
うん。いやーでもでかい家っていいなーと思った。伯母夫婦はとても
良くしてくれたし。泊まった記念撮影までしてくれた。

「F1観戦記2002−最終章ー」に続く