1999年台湾地震
平成11年9月21日午前1時45分に台湾中部の南東県で発生したマグニチュード7.6の地震は死者2,400人という大きな被害をもたらしました。また、200校あまりの学校が被災し、7,200教室は被害で使用不能となっており、もし地震の発生が学業時間帯であったなら多くの学童の被害者を出たことでしょう。
台湾中南部の政令指定都市である嘉義市は、嘉義地震密集地帯に位置し、付近を梅山断層、大尖山―觸口断層という2つの大きな活断層が走っており、30年に1度大地震に見舞われるといいます。そして最後の大地震から36年が経過していることから、来るべき地震に備えるため日本の阪神淡路大震災の経験を学ぼうと、専門家を招いて「阪神震災の災害救援および再建経験発表会」が開催されました。
ところが、私たちの台北到着の2時間前に、嘉義市近郊でマグニチュード6.4の地震が発生し、嘉義市は停電で連絡が取れないため、9.21地震の最大の被災地である東勢県を視察しただけで、他の視察を中止して嘉義市に向かいました。
嘉義市の地震では死者こそ出なかったものの、負傷者257人、家屋の倒壊50棟を数えました。民雄高級農工職業学校では授業中の校舎が崩れ、他の3棟の校舎も使用不能となりました。また蘭潭と呼ばれる水道用の貯水池では堤防に亀裂が入り、崩壊の危険も考えられました。九華山地蔵庵は7階建ての6階の支柱に大きな損傷が見られ、また強い余震があったら倒壊する危険が指摘されました。
私は嘉義市主催の阪神震災の災害救援および再建経験発表会において、基調講演で「被災者と救助専門家の心のケア」について話をさせていただき、続く分科会では「災害ストレスと学童の心のケア」についてお話をしました。また、翌日には、嘉義市消防局研修会において「レスキュー・消防士のストレス処理」について話をさせていただくとともに、嘉義市庁舎幹部交流会では「防災としての心理的支援計画」について話させていただきました。
今回の講演会は、来るべき地震に備えての講演会でしたが、直前に実際に地震が起きたために当初予定されていた講堂が天井板や照明の落下の危険が大きく、急遽野外に変更になるなど、開催者にはご苦労様でしたが、臨場感あふれる、タイムリーな会となりました。
私にとっても、日本赤十字社の心理的支援プログラムを紹介できたことと共に、国際救援における災害時の心理的支援の可能性を探るいい機会であったと確信します。また、日赤の台湾地震に対する今後の救援計画に心理的支援プログラムを付加することも可能であることが再確認できました。
今回の講演会を主催して下さった嘉義市の職員の方々や、支援して下さったボーイスカウト,ライオンズクラブや九華山地蔵庵の方々の熱心さと歓迎の気持ちに感動いたしました。またA.D.I災害救助研究所の若いボランティアの方々には身の回りの世話から講演の通訳までしていただき、ボランティアの力を再確認すると共に、とかく避難される今時の若者も捨てたものではないと見直しました。