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マラソンこぼれ話U |

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第52回勝田全国マラソン大会前記者会見 |
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1週間前に発熱と嘔吐に見舞われ、レース前の練習量は一番少ない。東京国際からの期間が短かったので、当初からペース走中心(40km・3回、35・1回、30・2回、25・1回、15or16・6回、ハーフレース1本)に練習してきた。幸い大局においては順調に流れたと思う。東京前にはできなかった5km単位の`4分走も消化できた。お陰様で、不安は残るもののレースを走れる状況にまで体調も上向きになった。胃の不快感と右腰の張りを除けばまずまずかな?残念ながら、いつものように「ぜっこーちょー!」とは行かないが、またそれも慎重な走りができるのではないかと思っている。 |
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東京国際女子マラソンに臨む |
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いよいよ泣いても笑っても、16日12時10分になったら走り出さなければならない。近づく程に緊張感は増してくる。今回は、つくばや名古屋前とはちょっと違った心境。それは・・・今までのレースは何の不安もなく、前日記者会見では「絶好調!」って言えたけど。現在は、椅子から立ち上がる時、片足スクワットをした時に右腰に痛みを感じる。一日に何度も祈る気持ちでチェックしてしまうが、やっぱり取れなぁ〜い。。。の毎日。今頃は、絶望に打ちひしがれていても仕方ないような状況なのだが・・・「レース本番は、腰の痛みも一緒に走りましょう♪」いつも、Aコーチのお言葉に助けられる。で、決心。スタートしてからゴールするまで、何が起こってもそれさえも楽しむ気持ちでいよう!!痛みも、疲れも、雨も、風も、暑さも・・・今回は練習も順調にばかりは進まなかった。9月はロングが走れなかった。10月には、10000mを5000mで訳もなく止めてしまった。悩みながら練習してきたからこそ、本番は慎重に、大切に走りたい。昨日、腰を懸念してちょっと早目の刺激走をやってみた。2000m自己ベスト。自分で思ってるより走れるよ!元気出して♪って、最後の最後になって自分のタイムに勇気づけられた。次のレースは白紙。東京に全てを尽くしたいから。いつも、応援して下さる皆様ありがとうございます。今できる精一杯をぶつけて、走って来ます。どうぞ、見守っていて下さい。(2003年11月14日) |
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途絶えたラップ |
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筑波大競技会10000mに出場し5000mで途中棄権した。400m×25回刻むはずのラップは、13回で途絶えた。レース直後から、冷ややかなまゆみAと弱気なまゆみBが押し問答を繰り返す。どうして走るの止めたの?暑かった。(29℃)もっと暑くても(34℃)8月の筑波大ナイター10000mやタートル走れたでしょ?向かい風が強かった。押し戻されそうな名古屋の強風にも立ち向かって行ったでしょ?エントリー1人だったし。前回の筑波大10000mだってひとりで走り切れたでしょ?風邪っぽかったし。守谷は発熱翌日でホントは微熱なのに平熱って言い張ってちゃんと走れたじゃない?足の筋肉に疲れが残ってて。バンテリンとサロメチールとタイガーバームのブレンドをスタート直前まで塗りたくって走ったトラックはベスト出たじゃない!そうだ・・・昨日は何も途中で止める理由なんてなかった。自分との戦いに入る前に止めてしまった。どうして?走る気力が薄れたからラップが落ちてきたのか、ラップが落ちてきたから止めたいと思ったのかほぼ同時かな・・・でも、走り続けようと思えばできたよね?`4分を越えた時点で放棄してしまった。`5分でも6分でも10分まで落ちても走り続ける勇気がなかった。悪い記録が残ることを恐れた。どんな記録も現在のありのままの自分だと受け止める勇気がなかった。東京国際女子マラソンを一ヶ月後に控えて、大きなおっきなプレッシャーに押し潰されそうになっている自分がいる。でも、もう失うものは何もないよ♪どんなタイムでも計測してくれる限り走ろうよ!まだ、自分の気持ちをどう切り替えれば良いかわからずにいるけれど、今がどん底だから、きっと這いあがれると思う。一ヵ月後の東京国際女子マラソンだけを見つめて。それ以降のレースは、一切エントリーをしていない・・・(2003年11月14日) |
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ランナーまゆみ(41才)の体力測定結果 |
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*筋力 |
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決心!! |
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迷いに迷った東京国際女子マラソン出場の件、やっと結論がた。東京、走ります!!たかが、かけっこ。されど、かけっこ。その選択は結果的には誤りかもしれないけれど、東京で勝負っ!!決心させた一番の理由は、掲示板にも書いていただいたように、走る仲間たちから頂いたたくさんの言葉。「走ろー」「応援に行きます」「東京でお待ちしてます(←これが一番の殺し文句だったかな?)」。昨年は、先着300名に間に合わず涙を飲んだ。あんなに走りたかった大会なんだモン。今年は記録順300名という厳しい条件。でも1年間で、堂々と胸を張って出場できるだけの記録を作ったじゃない!もう走るって決めたから何があっても全力を尽くすだけ。陸連が決定した今回の実施内容には憤りを感じるけれど、ここが一番記録が出やすいと思って選んだ大会だって悪天候に泣くことだってある。だから、どんな状況が待っていようと前へ進むだけ。レース後半でおじさんランナーに脚をひっかけられようとも、当日押し戻されそうな突風が吹こうとも。全てを受け入れようと決心した。 |
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かすみがうらマラソン10マイル前記者会見 |
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今回の見どころは、我妻選手にどこまでついていけるか!?って勝手に騒いでいるんだけど。ま、同じ歳だし、2ヶ月前の勝田10kmの時は19秒差で負けてるので、今回も騒がせてやって下さい。だけど、何にも目標がなくて走るより、そういう張り合いがあって走る方が楽しいよね♪我妻選手はフルマラソン2時間47分台の自己ベストを持つ方なので、8分も開きがあるんだけど。現在は、必ずしもベストコンディションではないかもしれないので、走らないうちから諦めないこと!スタートで離されても諦めないこと!途中、見失っても諦めないこと!ゴールの瞬間まで差が縮まると信じて走ります。スタート前に並んでる時にお話できたら嬉しいな。 |
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名古屋国際女子マラソン前記者会見 |
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3月9日国際マラソンデビュー。この日が来るのを待ち望んでいた。ここ2、3日は、今まで自分が走り続けて来た軌跡を走りながら振り返り、胸が一杯になる。シドニーオリンピックから走り初めて2年6ヶ月。練習しているのはひとりでも、いつも支えてくれる友人やネットの仲間たち、家族がいた。そんなことを考えたら涙が溢れた。 |
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勝田マラソン10kmレース前記者会見 |
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2月に入り左頬が腫れる奇妙な風邪をひいたが、現在は熱なし腫れなし痛みなし。強いて言えば、昨年末来の左膝違和感が軽度。それも30〜40km走でなければ支障なし。2月2日の守谷ハーフマラソ後は何ともなく、ハーフ以下の距離では全く無視!で、体調はほぼ◎ |
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健康診断結果&薬物・サプリメント摂取への警鐘 |
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【検査日:2002年11月12日】 |
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谷川真理さんからの3通目のメール(2002.12.6) |
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メールありがとうございます。 |
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谷川真理さんからの2通目のメール(2002.10.8) |
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メール有難うございました。 |
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ぎゃは、見出しデカすぎ! |
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11月25日付、読売新聞「いばらきスポーツ欄」より
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つくば前日記者会見 |
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「サブスリー宣言」に、たくさんの皆様から応援、激励、アドバイスをいただき、ありがとうございました。ホームページの開設以降記録を伸ばす事ができたのも、皆様のお陰です。心から感謝しております。 |
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サブスリー宣言♪ |
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2002年2月、初フルマラソン完走。2002年9月、初ハーフマラソンで国際標準記録突破。漫然とレースを走りたくなくて、次の目標を探す。サブスリー・・・フルマラソンで3時間を切ること。ランナーの憧れ。2000年のサブ3女性ランナーは177名。(現在では数字に変動はあるが)、178番目の女性サブ3ランナーを目指したい!どんなに頑張っても、何度挑戦しても不可能かもしれない。でも、敢えて宣言してから挑戦したい。簡単に成し遂げられる事ではない。少なくとも私には、「できたら良いなあ」と漠然と憧れを抱いているだけで成就できるレベルではない。だからこそ、挑戦するんだ!という確固たる気持ちを自分の中に持っていたい。2002年11月24日、サブ3を目指してつくばマラソンを走ります。無理かもしれない。自信なんてない。足元にも及ばないかも。だけど、やってみなくちゃわからない。神様にだってわからないかもしれない。だから、やってみる。ダメだったらもう一度挑戦すれば良い。挑戦者に失敗はない。そう、自分に言い聞かせて。筑波路が、私の東京国際女子マラソン!(2002年11月19日) |
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11月3日常陸太田市ロードレース大会(3km) |
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私は3回目の出場となるこの大会。いつも走っている山吹運動公園のトラックが、スタート・ゴールで、西山という丘陵地を走るアップ・ダウンコース。徳川光圀公の隠居所・西山莊は、この西山の裾野にある。 |
