マラソンこぼれ話T


女子国際標準記録突破を狙って

一生のうちに本気になって事に向かうっていうのは、そう何度もないような気がする。今、私はその時に立っている。ランナーではない人から見れば、何て奇妙で滑稽で不可解かもしれない。けれど、多分これは大学受験以来の正念場かもしれない。いや、それ以上。自分が、ちょうど40年生きてきて初めて、ここまで夢中になれるもの、「走る」というものに出会えた。そして、20002年10月29日午前10時から、わずか90分の間に、結果を出す事を余儀なくされている。その限られた時空で。というか、そういう状況を敢えて自分で作り上げてきた。どう説明すればよいのか、上手く言葉が見つからないが。その状況に自分を置かなければならない必要性は何もないのだが、その道を自ら選択した。とにかく、今まで最大限の時間と体力を費やし、さらに家族の生活を犠牲にして走る事に集中してきたのだから、悔いが残らないように走り抜きたい。そして、いつでも挑戦する者でありたい。(2002年9月27日)

デカパン競争でゴキブリ走法、大活躍

小学校の大運動会。PTA種目・デカパン競争に参加するハメに。(9/13の日記参照)大衆の面前でデカパンなんてと羞恥心もかなりあった。が、私のために作ってくれたような種目だと判明すると、持ち前のB型精神でノリノリに。左手でデカパンがズリ落ちないように押さえ(ゆうに2人分は入る)、右手はお玉を握りしめ、中のピンポン玉が落ちないように全神経を集中させる。お父さん&お母さん4名ずつ(各100m)の町内対抗リレー。競技開始前に30mダッシュを5〜6本繰り返す気合いの入れ方。走り出す時に、急加速するとピンポン玉が落ちる。何回か繰り返すうちに、お玉は進行方向に約30°の傾斜をつける必要性を発見。第1走者スタート。私は第4走者で2位で引き継ぐ。左前に人がいれば本能的に抜くしかない!我が町内のテント前、どこかのお父さんを一気に抜き去る。私のランニングフォームは極端なピッチ走法。しかも、跳ねない。名付けて『ゴキブリ走法』。ピンポン玉を静止させながら走るには打ってつけ。というわけで、1位の栄冠に〜♪この日のために1年間トレーニングに励んだ甲斐があった〜!と自己陶酔のデカパン競争であった。(2002年9月16日)

myランニングシューズの変遷&考察

@足目:エアスカイロン(NIKE)
初めて買ったランニング専用シューズ。地元のスポーツ店にあったmyサイズ23.0cmはこれ一足。選択の余地なし。シューズの寿命も知らず、これ一足を一年間履いた。カカト最後部から擦り減っている。
A足目:レディーエアペガサス2000(NIKE)
初マラソン用に購入。クッション性・安定性の高いシューズ。`6〜7分用。いくら走っても故障しそうにない。重い。一時期流行った厚底サンダルを彷彿とさせる。初マラソンをサブフォーで完走したら、あっさり見切りをつけた。カカトではなく一番幅広の部分が擦り減るようになってきた。特に右外側。走りグセがあるらしい。現在は,、LSD、山道、雨の日専用。
B足目:ライトレーサーV(asics)
とにかく軽い。クッション性が高い。速く走りたい気持ちに応えてくれた。どんどん、記録が伸びた。やっぱり、シューズ如何だと実感した。が、価格が手頃ゆえアウトソールの消耗も激しく3ヶ月でサヨナラ。
C足目:ターサーIGS(asics)
最第一印象「硬い!」反発性が高い。しっかり蹴ってあげないと負けてしまう。ある程度、脚力が必要かもしれない。そのうち慣れた。脚力がついたってこと??Cを履いて、たまにBを履くと、底がフワフワと感じるほどだ。そのターサーも月間走行距離450kmとなると、アウトソールが擦り減り始めた。
D足目:エアズームカタナ(NIKE)
軽い。反発性も有る。安定性がやや落ちるため、蹴りのクセが出てしまう。10km、ハーフまでのレースには好適。フルになると後半やや不安あり。足首のホールディング性(そんなのある?)がやや弱い。
★結論、ターサーで練習して、レースはカタナで勝負!なんと言っても、ネーミングが◎!!切れ味の鋭い走りができそう。(すぐにノセられる)それにしても古いシューズは捨てるに捨てられない。古シューズ3足下取りで、newシューズ1足半額っていうショップがあれば儲かるのになぁ・・・(2002年8月10日)

ロナウドの強さの秘密

 サッカーのブラジル代表チームのロナウド選手。私が強烈な印象を受けた選手である。とにかく、フットワークの迅速さはピカイチ。私も「走り屋」のはしくれなので、よけい興味のある部分なのだが。サッカーは、45分ハーフ、合計90分の試合時間を、緩急織り交ぜながら走り抜かなければならない。ある時は100mダッシュのトップスピードで。センターラインからゴール前まで、ロナウドは5秒しかかからない。(センターラインからゴールまでの距離が何mあるかは知らないが)動物で言えば、チータのような俊足さである。と同時に、試合開始90分後でさえもそのトップスピードを出せるだけのスタミナを持ち合わせていなければならない。まさに、ハーフマラソン。AT(無酸素性査証閾値)とは、つまり「乳酸が筋肉に蓄積されはじめる時点」をいい、有酸素・無酸素運動の境界である。さらに、このATを越えて血中乳酸値4mMまでは、走行中も除去できる事が明らかにされている(OBLA)。ブラジルチームはこのOBLAでの持続走を練習に取り入れていたのだ。心拍数計を装着し、1200m走った後、心拍数とタイム、指先から血液を採取し乳酸値を測定。その測定結果によって、再度、走る速度が算出され、選手たちはそのプログラムに従って走っていた。世界のトップ選手のトレーニング法が、私の目指していたものと同じだったことに、驚きと喜びを感じた。(2002年7月17日)

おばさんのおヘソ、見せても良いかしら?

 前々から一度挑戦してみたいと思っていたヘソだしウェアを、今日、とうとう購入してしまった。ナイキのセパレート。上はレスリングのユニフォームみたいに背中がバッテンになっていて、下は膝上25cm程のハーフパンツ。素材は伸縮性のポリエステルなので、ちょうど水着のよう。早速、着てみる。等身大の鏡の前で。ん〜・・・、コメントは控えよう。もし、これをお読みになっているあなたに、どこかのレースで遭遇する機会があれば、ご披露できるかもしれない。が、やっぱり、ん〜・・・である。懸念していたのは、走っているうちにトップがズリズリと上がってきてしまわないかという事。が、私でも!大丈夫そう。
 実は今日は、いわゆるランパン&ランシャツを購入するため(1枚も持っていない)に、すっかりお得意様になっているB&D水戸店へ出向いたのだ。ランP&Sというのは機能性には優れるのかもしれないが、あまりオシャレではない気がする。で、ランP&Sで走ってる本格的ランナーさんとはちょっと違う所を表現したくて、「ヘソ出し」に決定。鏡を見ながら、やはり視線はおヘソにクギ付け。「あれぇ?ちょっとデベソかなぁ・・・?」(2002年7月3日)

”ちょい切り”じゃダメなんだよ

女子1万m日本新記録30分48秒89を出した、渋井陽子選手の言葉。今、私は21.1km(ハーフ)のtime trial真最中。彼女の言葉が頭をよぎる。
 2月8日、ソルトレイクシティーOP開幕日にHP開設。3日後に初マラソン。完走できれば、死んでもいいと思った。3時間34分。最初で最後のフルマラソンのはずなのに、走り終わった時には次を考えていた。いっちゃんというランナーに出会う。「陸連登録して国際レース出場を目指しなさい」神のお告げに聞こえた。HPで知り合った仲間たちに、「できるから」と暖かい言葉を掛けて頂き、「豚もおだてりゃ木に登る」。でも本人が一番、自分の実力を知っているだけに、私なんかが国際レース出場を狙っていると公言してしまって良いのだろうか?標準記録突破を狙うレースが決定しても自信がない。ペース走予定の昨日の練習。調子が良いのでTTに変更。走りながらHPの仲間たちの顔が、言葉が浮かんでくる。胸がいっぱいになる。1時間30分切れるかもしれない。切りたい!切るぞ!切れたっ!ほっと安堵の気持ちが押し寄せてきた。(2002年6月28日)

雨音は、ショパンの調べ

 そう思えば、梅雨時もロマンチック・・・小雨なら逆にメリットも。冬場の乾燥には、雨の湿り気は恵みとなる。呼吸がかなり楽に感じる。また、人間は本能的に雨をよける性質があるに違いない。雨から逃れたくて速度が速まる。練習も早目に切り上げようとすると、スピード練習に変更される。
 6月18日土砂降り。何を着ようか?人並みに濡れないことを考えたのが大失敗。ウインドブレーカー上下(撥水性)を暑さを懸念して、下着の上に直接着たのが輪をかけ大失敗。ナイロンのキャップにランニング用ゴーグルをつけて走り出す。いくら撥水性とは言え、土砂降りをはじくわけがない。体にびっしょりのナイロンが張り付いた状態。最悪な事に色が白。すけすけ。かなり危ないシルエット。幸いグランドには人影はなく、体育館から女子中学生数名が遠目に見ているだけだったのでかろうじてセーフ。その教訓から、雨の日も通常通りの格好で走る事にした。R誌8月号表紙のモデルが着ているナイキのハーフパンツを愛用しているのだが、これが紺色のものはスクール水着の海パンにソックリ。いっそ、雨の日は水着で走っちゃえ!(2002年6月28日)

40歳の挑戦!

 東京国際女子マラソン・・・国内外のトップランナーが競う、日本の女子マラソンレースの最高峰。300名の女性ランナーが思い思いのウェアに身を包み、美しく、そして力強く、しなやかに走る。カッコイイ!今年のレースにはパリ世界選手権選考をかけて高橋尚子選手が出場すると噂を聞きつければ、私も走りたい!Qちゃんと一緒に。が、出場するためには、私にはかなりハードルの高い、ハーフ1時間30分、フル3時間15分という標準記録を突破しなければならない。しかも9月20日までに。その参加資格を取るためのレースを検討した結果、8月25日ほのぼのマラソン遠野大会(ハーフ)に決定!真夏の暑いレース、ちょっとローカル、そんな事を気にしているどころではない。これしかない。家族会議の結果、今年の夏の家族旅行は岩手県遠野市へ。娘@曰く:「家族を巻き添えにして行くんだからそれなりの記録を出さないと」私:「もし出なかったら?」娘@&A:「やっぱ、走るのやめるしかないでしょ」私:「えっ!」娘@:「冗談だから大丈夫」娘A:「7割本気だった」相変わらず母の精神力強化に協力的な娘たちであった。8月2日に40歳の誕生日を迎える。数字的にもひとつの節目。夢で終わってしまうかもしれないが、できる限りの挑戦をしてみようと、降り止まない梅雨空を眺めながら決心した。(2002年6月23日)

娘のお説教

 娘@曰く:「まったく、高橋尚子が金メダルを獲ったばっかりに、お母さん走り始めちゃってさ。あの時、シモンに抜かれてりゃ、私たちはlこんな目に遭わなかったのにね。」私:(もう既に、言葉を失っている)「でもさ、お母さんが、東京国際女子マラソンとかに出られたら素敵だと思わない?」娘@:「それはお母さんの自己満足に過ぎないんだからね。だって、賞金がもらえるとか、そういう訳じゃないでしょう?」(注:娘の言葉そのままを、掲載いたしております)母:(ちょっと、説得力ないとわかりながらも)「でも、バスタオルもらえるらしいよ。」娘@:「バスタオルなら、○○銀行で景品にくれるよ。オリンピックで、メダル獲ると賞金がもらえるらしいよね。ま、それは、お母さんにはやるだけ無駄だからやめた方がいいけど。なんで、フルマラソンになっちゃったんだろうね。10kmで我慢してりゃいいのに。わざわざ、北海道だの東北地方だのまで走りに行かなくて、いいでしょ。せめて、関東地方内ぐらいに止めといてくれない?でも、診療サボッて行くっていうのは絶対ダメだからね。」負けた・・・10年そこそこしか生きていないのに、これだけ自分の考えを持つようになった長女は、育て方、うまくいったのか、まずかったのか・・・自分の夢を追いかけようとしていた私は、現実に引き戻された。しかし、そこであきらめる母ではない・・・続く(2002年6月)

谷川真理さんからのメール

メールありがとうございました。
トラックでフルですかあ
それはすごいですね、しかも3時間半を切ってとは恐れ入りました。
おめでとうございます。もう少しトレ−ニングして是非、東京国際女子マラソンにも挑戦して下さい。ちなみにどこかの大会で3時間15分以内の公認記録を出すと出場できます。
理恵ちゃんもその資格を取る為に本当に今がんばっています。
                                    
@ 谷川真理

まゆみ談:アミノバイタル・谷川真理さんの公式サイトからプレゼントの応募をしました。その時に、真理さんにメッセージを書かせていただいたら、こんなお返事をメールでいただきました。たぶん、その時は「トラック・ひとりフル」の話はしてないはずなので、すかさず自分のHPのURLを書いておいたのが効を奏し、私のサイトをご覧いただけたっていうことでしょうか?感激です!

悪魔色のペディキュア

 これから暑くなってくると、素足の季節になる。しかし今年の夏、私は素足になれない理由ができてしまった。サンダル履きなんてもう一生ないかもしれない。というのは・・・裸足になって、自分の足の指を眺める。指が10本。
ここまでは、なんら問題はないのだが。ランナーの皆さんは、レースやロング走の練習をして、足の爪の内側が内出血した経験をお持ちの方がたぶんいらっしゃるかと思う。私も例外ではなく、昨年の9月以降30km走を練習に取り入れるようになってから、足の指1本ずつ、暗赤紫色に変色し、その部分は爪が浮き上がってしまい、爪の形状をとどめてはいない。なんとそれが現在は10本の指のうち7本まで変色しており、健康な色をかろうじて保っているのはわずか3本のみ。それも時間の問題。恐らく今年の夏中には全滅するだろう。最初はシューズが合わないのかと思い、いろいろ試してみたが、今ではこれもランナーの勲章と、いつ、暗赤紫色に勢揃いするか、半ば楽しみでさえある。遠目に見れば、「悪魔色のペディキュア」でちょっとおしゃれかも・・・(2002年5月)

バスの運転手さんは、お友達

 私が3時間LSDに取り組めるのは唯一、木曜日。午前の診療を速やかに切り上げ、小2の娘が帰宅するまでの12時30分から3時30分限定。この日も自宅前をスタートし、幹線道路を水戸方面に向かう。片道15kmの折り返しコース。日焼けしないようキャップを目深にかぶり、この日は考え事があったので、俯きながら視線はアスファルトの上。突然、大型車の耳をつんざくようなクラクションを鳴らされた。「轢かれる!」咄嗟に我に返る。見上げると、路線バスの運転手さんがにこやかに手を振っている。知り合いでもないのに、私も手を振り返さざるを得ないほどのニコニコ顔。「先週も走ってたの見たよ!」って言っているような身振りで。同じ時間に同じ場所ですれ違えるのは、私って路線バスの運転手さんと同じ生活なんだと思ったら可笑しくなった。そして、運転席側の乗客が皆、私に手を振っていたのがもっと恥ずかしかった。こんなのどかな環境で走れる幸せを実感した。(2002年5月)

孤独の400m×105.5周

 400mトラックを105周半、42.2km走をした。いきさつは・・・北海道Mに出場したくて、今年の夏休みは家族で北海道旅行と思いきや、娘(10歳)が反対。彼女曰く「わざわざ北海道まで走りに行かなくたって、山吹のグラウンドをグルグル回ってれば、どこ走っても同じでしょう?」「やってやるー!」とヤケクソ9割、好奇心1割で決行の日を迎えた。
 課題はキロ5分を維持する事。心拍数135以下、走り出しの調子良好。20km、高校陸上部女子監督というおじさんが現れる。6kmのおしゃべり併走のお陰で、ペースをキープ。最後まで付き合って欲しかったのに、帰っちゃった。35kmを過ぎた途端に、止めどもなくペースダウン。「35」という数字に自分が負けてる。この割合で減速したら止まる・・・
 給水を手渡してくれる人も、ジェイソンさんも、梅干しを山盛りにして待っててくれるおばあちゃんも、「あと8キロ!」って叫んでくれるおじさんも、颯爽と抜いて行ってくれる女性ランナーもいない、たった一人のフルマラソン。42.195kmという距離は、皆に支えられるから走れる距離だということを身にしみて感じた。(2002年5月)

あと8キロ!

 ランニングの練習中は、様々な事を考えながら走っている。考え事の時間と言ってもいいぐらいに。悩み事について考えを巡らせたり、哲学的になってみたり、瞑想に耽ってみたり。42kmという長丁場だから、かなり色々な事を考えながら走らなければいけないかと思い、前日に解けなかった娘の算数の問題(図形の角度を求める問題)でも考えてみようかと思っていた。が、レース中は思いの他、頭が働いていなかった。思考能力の限界を超えたスピードではしっていたという事なのだろうか? 
 距離表示は5km毎。私の頭の中も42を5飛びで数えるぐらい大雑把になっていた。35km手前で、沿道の応援のおじさんがひときをを大きな声で叫ぶ。「あと残り8キロ!もう10キロ切ったよ!」あと800mと言われても長く感じるほどヘロヘロなのに。そんなに元気よく8キロって叫ばないでくれぇー!全然応援になってないョー!残り8kmを想像した途端、気が遠くなった。(2002年2月)

給水

 テレビでマラソンを見ていると、選手たちが給水をとる場面を目にする。旗やリボンの目印をつけたスペシャルドリンクを手にし、飲み干した後、沿道に向かって勢いよく放り投げる。カッコイイ!自分でも一度やってみたかった。10kmレースでは、あいにく給水がない。フルに出るしかない。
 11km地点、最初の給水。コップを差し出す高校生。一番カッコイイ男の子にねらいを定めて取りに行く。走りながら飲もうとすると、コップから水が踊り出た。まるで顔を洗った後のように、顔中水だらけ。しょうがないので手袋で拭く。そのせいで、手の甲のラップは消えた。鼻にも水が入った。むせた。ウェアも濡れた。最悪・・・
 中間点過ぎ。まだまだ、リズミカルな呼吸で走れる。さあ給水。息を止めてゴクゴクと一気に飲み干したから、た、大変!と思うやいなや、呼吸困難に陥ってしまったのは大誤算。それ以降の給水は、自主的に取りやめることにした・・・誰か、上手な給水のとり方、教えてぇー!(2002年2月)

梅干

始めて走るフルマラソンに勝田全国マラソン(茨城・2月開催)を選んだ。理由は簡単。一番近い大会だから。わざわざホノルルまで行って、時差ボケに悩まされる必要はない・・・っていうのは負け惜しみ。でも、走ってみて驚かされたことは、私設エイドステーションの数!どれが大会側設置の給水・スポンジテーブルかわからないほど、たくさんの人たちが善意で用意してくれる。飲み物の他、チョコレート・あめ・バナナ・オレンジ・コールドスプレーまで至れり尽くせり。北風の吹きつける中、小さな子供からお年寄りまで「村は総出のお祭り」という感じ。
 30km過ぎ、お年寄りたちが長テーブルを並べていた。テーブルの上にはお茶と山盛りの梅干。ごめんね、おばあちゃん。今日はちょっと急ぐから、ゆっくりお茶飲んで行けなくて。サブフォー狙いで、後半はロスを気にして給水もとらなかった私は、山盛りの梅干に胸がいっぱいになった。

二色の脚

 紫外線が強くなる季節がめぐってきた。今頃から6月にかけての紫外線量は、真夏よりも多いらしい。毎日1時間ずつ紫外線を浴びている私は、すでにこんがりと日焼けしている。腕時計の跡がくっきりとついて。それだけなら、まだ我慢できるのだが・・・事件は、去年のGWに起こった。ランニング時の服装は、冬場を除いて膝上丈のハーフ・パンツ。ホームグラウンドは公園なので、高校生ならともかく、おばさんが、あまり露出して走って環境破壊してしまってもと思い、ハーフ・パンツで思いとどまる。それが間違い・・・気が付いた時には、脚が二色だった。膝下はチョコレート色、膝上が肌色。しかも、はっきり、くっきり、線を引いたように分かれている。その後短パンに変えても、5月についた日焼けの跡は一年間消えずに。恥かしいのは、ちょっとミニ目のスカートをはく時。二色がばればれ・・・今年はもう少し上のラインで二色に染めよーっと!女性ランナーの皆様、くれぐれもお気をつけて。(2002年4月)

月間走行距離300kmの報復!

 ジーンズを買いに行った。走り始めて一年半、下半身も随分と引き締まってきた。ワンサイズ小さくても大丈夫かなと、ワクワク気分で試着室に入る。早速、はいてみる。ところが、あれっ???試着室の鏡に写った私の姿は・・・?宮崎美子になっちゃった!昔ミノルタ(だったと思う)のCMで「♪今の君はピカピカに光ってー」と、ビキニ姿でジーンズを途中まで下ろした宮崎美子の映像を思い出して欲しい。あの有名なCM。思い出していただけました?そうなんです。ジーンズが太もも(大腿部と言うべき?)のところでストップしてしまい、そこから上には上がりません。嗚呼、無情!今はいているのは伸びきっていただけのこと。結局、今よりワンサイズ大きいものを買うハメに。それさえ見栄で。太ももはパンパン。というわけで、次の歯科医師会の会合にはジャージで行くしかないみたい・・・ぐすっ。(2002年3月)

好記録の立役者

 フルマラソン3時間34分49秒という記録達成の陰には、「この方を語らずにはいられない」というひとりの人物がいる。
 30km過ぎ、給水にも目もくれす、歩いているランナーに声をかける余裕すらなくなってきた頃、後方から「はあ、はあぁ」というかなり大きな物音がする。よそ見をする気力さえなかったが、あまりの大きな物音に振り返った。だんだん近づいているその音は、ひとりのランナーの荒い息使いであった。心臓発作でも起こしてしまいそうな、すぐにでも救急車を呼んでさしあげた方がよさそうなその息使い。聞いているだけで、ドーッと疲労感が倍増。その息使いから逃れたくてペースを速める。良かった。とホッとしている間もなく、またジェイソンに追いかけられているような息使い。とうとうゴールまで10kmも併走してしまった。ゴール直後、「頑張りましたね」と声をかけられ振り向くと、そのジェイソンの方であった。ビックリしたのは言うまでもない・・・(2002年2月)

Light the fire within!

 「内なる炎を燃やせ!」ソルトレイクシティ・オリンピックのテーマである。子供の、『巨人の星』を見すぎたせいか、スポ根ものが好きだ。
 スピードスケートの清水宏保選手は、惜しくも銀メダルだった。金とのタイム差は100分の3秒。なんて非情なのだろう。そのわずかの時間でさえも遅ければ涙をのまなければならない。計測の時計を細工して100分の3秒狂わせてしまいたい気持ちになる。オリンピックが始まる前に、彼が話していた。4年間のうち、たった2日間に照準を合わせることができなければ勝てない。だから、その2日間が90%のコンディションでも、勝てるだけの力をつけておかなければならない・・・と。周りの人たちが金メダルと同じ評価をしてくれたとしても、清水選手本人はやっぱり金へのこだわりを捨てきれないだろう。彼のインタビューを見ながら、ふとそう感じた。(2002年2月)

北西の風を感じて 42.195km

 スタート直前、シューズの紐をキュッと結ぶ瞬間の緊張感が好き。一年間に走った距離は延べ1,950kmに及ぶ。前夜は良く眠れなかったが、今までの練習量を信じてスタートラインに立つ。号砲と供に7,000名のランナーが一斉にスタート。2km地点、同級生のO君にバッタリ。元野球部の彼を軽く(?)抜いてしまってはオーバーペースかな?13km地点、最急勾配の上り坂。タッ、タッ、タッ。すぐ隣を走っているおじさんとピッチが同調し、そのままふたり仲良く坂を登りきった。ただそれだけの事で、見ず知らずの人と気持ちが通い合う。私がお礼を言うと片手を上げて行ってしまった。いつも、たったひとりで走っているので、そんな何気ない触れ合いが嬉しい。30km過ぎ、体が冷えてくる頃になると、周りで支えてくれる人たちの暖かさが身にしみてくる。給水所の陸上部高校生の元気な応援。おばちゃんの暖かいお茶。そんな応援に後押しされてゴール。3時間34分49秒!自分が一番驚いた。(2002年2月11日)

瓦礫の中の星条旗

 ソルトレイクシティー・オリンピックが開幕した。オリンピックが始まるとなぜか元気になるのは私だけだろうか?折りしも、勝田マラソンはオリンピック第三日目の種目と完全に勘違いしてしまっているおめでたい私である。開会式に登場した一枚のボロボロの星条旗。二箇所に大きな裂け目があり、50の州を表す星は12個がなくなっている。倒壊した世界貿易センタービルの瓦礫の中から出てきた星条旗である。これを開会式に参加させるにあたっては、「自国の問題をオリンピックの場に持ち込むべきではない」とする非難もあったらしい。見る人によっては、ただのボロキレにしか過ぎない。しかしアメリカ国民にとっては深い想いが込められているのである。それが、思想であり、宗教であり、哲学であり。人間とは、不思議である。
 あと12時間でフルマラソンの旅に出る。私も、見方によっては何の意味もなさない「お守り」を心の支えにして走ろう。(2002年2月10日)

2月11日 私は勝田の風になります

 2002年2月11日、50回勝田全国マラソン大会が茨城県ひたちなか市で開催される。生まれて初めて42.195kmという世界に足を踏み入れることになる。未知の世界。なぜそんな途方もない距離を走ってみようという気になったのだろうか?とにかく生きているうちに一度、その距離を体験してみたかった。ただそれだけの理由なのだが。
 走り始めたのは、忘れもしない2000年9月23日。シドニーオリンピック・女子マラソンで高橋尚子選手が金メダルを獲得した日。彼女が日本人であること、女性であること、その二つの共通点だけで私が走り出す理由には十分であった。なんて単純な思考回路!
 目標タイム、4時間。私の場合、かなり様々なことを考え巡らせながら走っている。また、それが楽しみでもある。誰にも邪魔されずに自分の世界に耽ることのできる時間と考えれば、至福の楽しみの4時間かな?と、思っていれば少しは気も紛れるだろう・・・(2002年2月8日)