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2001年6月号の茨歯会報「レディースコーナー」に掲載して頂いた頃には、30分走るのがやっとであった。一度でいいからフルマラソンを走ってみたい。そんな夢を追いかけて次第に走力を伸ばし、常陸太田の我が家から水戸往復(40km)ができるようになる。
そして・・・2002年2月11日、第50回勝田全国マラソン大会フルマラソンの部に出場した。
大会当日の朝、出場予定の友人からメールが入る。「今、会場に着きました。」「私は、今からお化粧です!」と返信。普段走る時はもちろん、診療時にもノーメイクの私が念入りにお化粧をする。やっぱり、女性は美しく走らなければ!20年前、松田千枝という選手が、当時珍しいハイレグのレオタード姿で東京国際女子マラソンを走っていた。その「力強い美しさ」が記憶に蘇ってきた。
午前11時。7,100名ものゴールを目指す同志と共にスタートを切る。髪型はリディア・シモン。気分は高橋尚子。手の甲には、マジックで5kmごとの目標ラップタイムが書かれている。どうしても完走したい!しかも、1秒でもいいから4時間を切りたい!
中間地点までは、距離を計測し間違えているか、心拍数計が壊れてしまったのかというほどの絶好調。
30km地点、「女の人、頑張れ!」という声援。私のこと?慌てて、手を振り声援に応える。私、カッコ良く走れてるかな?何か感じてもらえてるかな?
38km地点、脚はいつの間にか他人の脚で走っているような感覚。帽子を目深にかぶり、視線は10m先の路面に固定されたまま競走馬のように視界が狭い。沿道の声援だけが頭の中で反響する。悲壮な顔をして走っているのだろうか?それさえも、思い描くことができない。ただ、一歩一歩、脚を反射的に前に運ぶだけ。とにかく前に進まなければ!
最後は何も考えられず、真っ白の頭の中でゴール。3時間34分49秒。夢じゃないよね?オリンピックで金メダルを獲ったように嬉しかった。
マラソンを走って得た物は、目標を持って一歩ずつでも前に進めば必ず成就できるという自信。そこには、自分を支えてくれる多くの人がいるという感謝の気持ち。大会を運営する1,800名ものボランティアの皆さん、励ましのお言葉をかけて下さった支部の先生方、10kmレースに一緒に参加して下さった山口先生、浅香先生、木村先生、有難うございました。
(2002年3月 茨城県歯科医師会報より)
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