福島県立大野病院事件に関するコメント
事件の概要
福島県大熊町の福島県立大野病院で2004年12月、帝王切開した20代の女性が死亡した医療事故で、富岡署は2006年2月18日、業務上過失致死と医師法(異状死体の届出義務)違反の疑いで執刀した医師(38)を逮捕した。診療行為に関する医師の逮捕はきわめて異例であり、他には2001年3月の東京女子医科大学
病院心臓手術死亡事故、2002年11月の東京慈恵会医科大学付属青戸病院前立腺がん腹腔鏡手術死亡事故の2件のみである。
メディオの見解
1)福島県は、医療事故報告を直属の県立病院以外の医療機関にも求める数少ない都道府県の1つである (他は静岡県と徳島県のみ。2004年メディオ調査による)
。医療事故後の対応は概ね適切であるが、十分ではない。
◇適切な事項
・事故後1ヶ月以内に医療事故調査委員会を設置した。
・事故3ヵ月後に遺族に対して医療事故調査結果を報告し、医療ミスを認め、謝罪した。
・調査結果を公表した。
◇不十分な事項
・事故の要因として「対応する医師の不足」を挙げ、今後の対策として「高リスク症例の手術に対する複数医師による対応ならびに十分な準備」を挙げているが 、事故後1年経過しているのに実行していない。
・被害者家族への対応として、「術中待機している家族に対し説明すべきであり、配慮が欠けていた」と反省しているにもかかわらず、対策を示していない。
2)医療事故被害者が事件を受け入れられるようになるには、「医療事故の真相究明」とともに、「医療機関側からの謝罪や再発防止策を通じて、被害者が加害者を許せるようになるプロセス」が必要である。本件については、医療事故調査を実施し、医療ミスを認め謝罪しているにも関わらず、事故原因である医療供給体制が改善されておらず、事故の再発を防げない状況
(つまり、尊い人命が失われた大事故が発生したのに、何も変わっていないということ) であり、遺族が和解に応じられる条件が揃っていない。
3)刑事訴訟は加害者個人の責任を問うシステムであり、これだけでは医療の安全を構築する動機にならない。逆に医療事故に光を当て、原因を分析し、再発防止するサイクルを断つきっかけになりはしないかと危惧する。ただし、医師逮捕をきっかけとして、医療政策に責任を持つ県や医師を供給する大学医局が、安全な医療を指向するように医療供給体制を見直すのであれば、医療安全に意味がある。しかし、ここで今一度、「出産事故によって失われた命」と「産科医師の逮捕」のどちらが重いか、ということを考えていただきたい。人の命より重いものがあるはずはないし、あってはいけない。本件で責められるべきは医師個人ではなく、「医療事故によって失われた命」を軽視し、安全な医療システムの構築(今回のケースでは、「一人医長を廃止し、産婦人科医師を集約するセンター化」)を怠った県の医療政策責任者と大学医局である。
4)医療界は今、一人の医師逮捕で署名運動やロビー活動などを盛んに行い、「医師不足による医療の安全確保を怠った医療政策」を批判している。しかし、妊産婦死亡事故は今に始まったわけではない。日本の妊産婦死亡率6.5(出生10万対、2001年)は、先進国の水準に遠く及ばない(スイスの1.8倍)。厚生省研究班の報告(1997年)によると、1991年〜92年の2年間に死亡した妊産婦230名のうち調査対象
197名中72名は、救命の可能性があったと判定されている。妊産婦死亡を回避するためには、医師個人の努力では限界があり、医療システムの改善が不可欠であることは、10年前からわかっていたことである。それなのに、医師が逮捕されてから活動するという医療界の「患者の命を軽視する姿勢」に憤りを感じざるを得ない。
以上
