| |
麻酔を取り巻く貧弱な環境下、麻酔の事故により亡くなったり、重篤な後遺障害を負ったりする被害者が後を絶たない。
1998年度 FNSドキュメンタリー大賞で佳作を受賞した「麻酔 医療被害者たちの叫び」 (制作: 石川テレビ) で悪性高熱症による死亡事故が取り上げられた。
この事故に関する訴訟が、1999年 3月 原告実質勝訴の内容で和解に達した。 本講演では、この訴訟を基に、麻酔事故に関して考察する。
1. 悪性高熱症とは
- 発症条件: 遺伝的素因がある患者が、揮発性吸入麻酔薬、スキサメトニウム
(サクシニールコリン) などの筋弛緩薬などを用いた通常の全身麻酔を受けたとき
- 特徴的な症状: 筋肉の硬直、頻脈・不整脈、血圧不安定、呼気の二酸化炭素ガス圧上昇、急激な体温上昇
(40℃以上)、心停止
- 定義: 体温の上昇率が15分当たり0.5℃以上、あるいは体温が40℃を示し、上に示した種々の症状を呈するもの
- 治療方法: 誘因薬物の投与中止、ダントロレン (特効薬)
の静注、全身冷却に代表される対症療法
2. 悪性高熱症による死亡事故例
- 患者
- 男性、当時 28歳、体重 56kg
- 執刀医
- 当時 41歳、N総合病院外科部長
- 麻酔科医
- 当時 44歳、S国際病院麻酔科医長 (週 1回 N総合病院へ出張)
- 手術式
- 熱症瘢痕 (両上肢、胸、右大腿) 除去術 & 分層植皮術
| 1994年 4月
20日 |
| 13:38
|
麻酔開始 (ラボナール、サクシン、セボフルラン等)
|
| 16:00
|
体温: 37.3℃ 血圧再上昇。 頻脈傾向。
呼気炭酸ガス分圧: 50と異常値 (通常: 40)。 |
| 16:10
|
体温: 37.7℃ 動脈血炭酸ガス分圧:
54.7
麻酔科医は、悪性高熱症を疑い、速やかに手術を終えるように指示。 |
| 16:20
|
体温: 38.2℃ 悪性高熱症と断定 (16:10
〜 16:20 の 10分間に体温が 0.5℃上昇、頻脈、呼吸状態、呼気炭酸ガス分圧 63)。
麻酔ガスを切り、ソーダライム交換、純酸素投与、冷蔵輸液に変更、体を冷却。
ダントロレンナトリウム (製品名: ダントリウム) を S国際病院から取り寄せ依頼。 |
| 17:05
|
体温: 43.5℃ 心停止 (17:00頃から出血)
|
| 17:16
|
体温: 44.0℃ (最高) |
| 17:36
|
体温: 43.0℃ ダントロレン 60mg
、17:42 20mg 投与 徐々に体温低下 |
| 18:15
|
体温: 40.0℃ (18:00頃 DIC発症)
|
| 19:00
|
体温: 36.1℃ (以後、心停止・呼吸停止を何度か繰り返す)
|
| 22:25
|
麻酔終了 |
| 21日 |
| 5:41
|
死亡 |
3. 本件訴訟経過
| 1995年
5月 11日 |
提訴 (逸失利益: 約 6,672万円、慰藉料等:
1,220万円; 計 7,892万円) |
| 1997年 3月
24日 |
第11回 口頭弁論 麻酔科医証人尋問 (1)
|
| 1997年 6月
16日 |
第12回 口頭弁論 麻酔科医証人尋問 (2)
|
| 1999年
3月 15日 |
和解調書 和解金 5,000万円、ダントロレン常備を確約
|
3.1 MH発症予見性について
- 原告
- 麻酔を実施する前に患者を注意深く問診すべきだった。
急ぐ手術ではなく、問診等を行なう時間的余裕はあった。 麻酔科医証言によると、当日午前は別の手術の麻酔を担当しており、患者を問診していない。
術前にカルテをチェックしたのみで、執刀医からの申し送りもしていない。
3.2 MH発症後の処置
- 原告
- MH のトリガーとなるすべての麻酔薬の投与を中止すべきであるに拘わらず、16:15
セボフルランをイソフルランに変更している。 セボフルランもイソフルランも MH 発症の危険性が高いので、これは誤りである。
- 15:40ころ MH を疑っていながら、ダントロレンを投与できたのが
17:36 と、2時間もの長時間を要している。
- 普及しているダントロレンを常備していなかった
(錠剤 25mg x 100錠 3,000円、注射用 20mg x 5ヴァイアル 5万円)
- 被告病院の近辺には、大病院、大学病院が多数あり、薬品卸から
30分以内にダントロレンを取り寄せることも可能だった。 にも拘わらず、中野から交通渋滞の激しい都心を通って築地までダントロレンを取りに行っている。
- ダントロレンは、最大 7 〜 10 mg /
kg まで使用可能である。 本件では 最大 392mg 〜 560mg まで使用可能なのに、80mg しか投与しなかった。
- 被告
- 麻酔科医が S国際病院からダントロレンを取り寄せることにしたのは、現存していることを知っていたのと、何ら手続き的なトラブルなしに早急に取り寄せができることから、最も確実で早いと判断したためである。
- ダントロレンを相互に融通するネットワークは、近畿地方に
1996年 9月できた (が、東京にはない)。
4. 考察
N総合病院 (総病床数 299床; 小児・外科・整形・形成・産婦・眼科・耳咽・皮膚・泌尿・放射線)
は、年間の手術件数が 1,000回以上という大病院。 そこがなぜ、ダントロレンを置いていなかったのか。 麻酔科医であれば、MHのリスクを知っているはず。
総合・救急病院でありながら麻酔科がなく、出張麻酔に頼っていた病院のリスク管理の不備が事故原因だったのではないか。
本訴訟の結果、病院は 和解金 5,000万円とダントロレン常備を認めた。
この結果は、全国の病院にダントロレンの常備を促す動機になるであろう。
4.1 MH事故予防
- 麻酔科医からのアプローチ
- ダントロレン相互援助ネットワーク
悪性高熱症の特効薬である静注用ダントロレンは高価であり、使用頻度がそれほど高くないため、小さな病院・医院で常備している所は少ない。
万が一悪性高熱症が発症した場合、短時間でダントロレンを静注することが必要であり、近畿麻酔科医会ではダントロレンの相互援助ネットワークを作り上げ、このシステムにより貸し借りが容易になった。
しかし、近畿地方以外では、山形県薬剤師会において相互援助システム有りとの情報があるのみで、他地域への広がりは期待できそうにない。 また、一刻を争うダントロレンの投与において、この相互援助ネットワークが効果を発揮するのか疑問である。
- 悪性高熱研究会
1977年発足し、1997年 11月 22日 第21回研究会が開催された。 MH事故予防のための症例報告が活発になされている。 しかし、MHの学術的な研究が頭打ち状態になったのか、低体温療法が脚光を浴びているためか、「体温管理全般」に活動の間口を広げる兆しがある。
4.2 MH事故予防
- 患者からのアプローチ
- 悪性高熱症友の会
1995年 悪性高熱研究会の世話人会が中心となり発足。 患者・家族 50名 (1997年時点) が参加。 識別用ブレスレットの作成・提供、患者データベースの構築計画等、患者の側からの事故予防策を展開している。
- 患者ひとりひとりが実践できる方法
まず、麻酔科医が常駐している病院を選ぶ。 次に、手術を担当する麻酔科医を紹介してもらい、その麻酔科医に 「ダントロレンを常備していますか?
分量は十分ですか?」 と質問する。 常備していなかったり、分量が不十分な病院で手術を受けるのはやめ、条件に合う病院と医師を紹介してもらう。
参考資料
- 広島大学医学部 麻酔・蘇生学 http://mh.med.hiroshima-u.ac.jp/Documentation/Mh.html
- 東邦大学医学部 悪性高熱症ホームページ http://www.med.toho-u.ac.jp/anesth1/MH-Index.html
- 第21回 悪性高熱研究会抄録集 (麻酔と蘇生 1998年
9月号 p.181 〜 185)
- 喘息様症状で発症した亜型悪性高熱症の 1例 (麻酔と蘇生
1998年 9月号 p.161 〜 163)
- 「麻酔関連偶発症例調査 1997」について (麻酔
1999年 3月号 p.309 〜 322)
以上
|
|