年度別index

 
1999年度 シンポジウム インデックス
事故からみえる日本医療の現実 医療被害の予防と救済
  1. プログラム
  2. シンポジウム 講演・テーマディスカッション
    1. 医療事故と患者の権利 (弁護士 鈴木 利廣)
    2. 医学情報や保険取扱いと医師の行動 (弁護士 安原 幸彦)
    3. 麻酔 悪性高熱症による死亡事故 (メディオスタッフ 阿部 康一)
    4. 麻酔事故の背景 (麻酔科医師 浅山 健)
  3. シンポジウム 資料 (症例研究会サマリ)
    1. SIDSに関する判例報告 (弁護士 石井 麦生)
    2. 最近の医療過誤判例の動向 (弁護士 目々澤 富子)
    3. 内視鏡事故について (弁護士 堀 康司)
    4. 「ケアレスミス」による医療事故 (日本大学医学部法医学教室 教授 押田 茂實)
  4. 医療過誤訴訟 統計データ
    1. 医療過誤訴訟事件の処理状況
    2. 全国の地裁・簡栽での医療過誤訴訟原告勝訴率の推移
  5. アルバム
SIDSに関する判例報告
弁護士 石井 麦生
 


1 はじめに

    平成10年9月7日開催の症例報告研究会において、乳幼児突然死症候群(SIDS)に関する判例の動向などを報告した。
    SIDSが争点となった医療過誤訴訟においては患者側敗訴が続いていたが、平成8年、平成10年と相次いで患者側勝訴判決が出されたため、このテーマを取り上げた。

2 乳幼児突然死症候群とは…

    「それまでの健康状態および既往症からその死が予想できず、しかも死亡状況及び剖検によってもその原因が不詳である」 乳幼児に突然の死をもたらした症候群を言う(94年度厚生省研究班報告書)。

3 平成7年までのSIDSに関する判例の動向

    乳幼児突然死に関する医療(保育)過誤事件は多く、昭和51年以降でも、20ケースを超える。 その多くにおいて、病院(保育所)側から「死亡原因はSIDSであった」との主張が出されている。 そして、正面から死因がSIDSか否かが争われ、患者側が勝訴した例は、千葉地裁松戸支部昭和63年12月2日判決以外にない。 しかも、この判決は高裁で覆り、今年最高裁で患者側敗訴が確定している。

4 敗訴の原因

    「死亡原因がSIDSである」 との主張は、 「予測不可能であった」 「回避不可能であった」 との主張に連なり、病院(保育所)側の免責ストーリーとして利用されてきた。
    これに対し、裁判所は患者側に対し、死因の特定を要求し、患者側がその立証に失敗すると、 「死因は不明であり、SIDSの可能性は否定できない」 とし、患者側を敗訴させてきたのである。
    この背景には、SIDSの概念がもともと死因不明のものを含むため、 「SIDSではないこと(他の死因)」 の立証が困難であるという事情があった。

5 二つの勝訴判決

    そんな中で、病院側からSIDSの主張があり、その点が主要な争点となった事案でありながら、静岡地裁沼津支部平成8年7月31日判決、東京地裁平成10年3月23日判決と、相次いで患者側勝訴判決が出されるに至った。
    そこで、この二つの医療過誤事件の概要を報告し、判決の判断プロセスを分析した。

6 両判決の特徴

    両判決は共に 「死因が不明だからといってSIDSとはならない」 という考え方を根底に置き、窒息死を疑わせる事情とSIDSを疑わせる事情とを比較し、いずれも 「死因は窒息死であった」 と認定している。
    言い換えれば、従来の下級審が患者側に課した「他の死因の立証」というハードルが、SIDSという概念に引きずられて、高くなりすぎていたのであり、両判決はこれを通常の立証レベルの位置までハードルを戻したものと評価できる。
    なお、静岡地裁沼津支部判決には押田茂實医師の鑑定書の影響が強く出ている。

7 その後

    前述したとおり、本年、SIDSに関して、最高裁判決が出され、患者側敗訴が確定した。 ただ、SIDSに関する争いは「死因が何か」というもっぱら事実認定に関するものであり、必ずしも両地裁判決が否定されたわけではない。
    また、報告後、平成7年以降の医療過誤判例を調べる機会を与えられたが、その中で、報告の際に見落としていた乳幼児突然死に関する判決にいくつか出会った。
    機会があればまたご報告したい。

以上