金山巨石群と拝ヶ石


 巨石の周りでは不思議な事がときどき起こる。巨石がミステリアスなものとして扱われる話はとても面白い。石の遺跡は高度な文明の末裔や宇宙人が造ったものだと言う人もいるが、確かに意味ありげな大きな石を眺めているといろんな想像が膨らんでくる。

 岐阜県下呂市に金山巨石群というのがある。ここは日本では最も研究が進んでいる巨石サイトだ。地元の研究者達は巨石を天文学的視点で捉えて観察を続け、暦としての機能があることを解明した。ここでは巨石の神秘性や祭祀的な事柄などは一切語られていない。それでは面白くないぞと言われそうだが、余計なものを全て排除したおかげで落着いた物の見方をさせてくれるのが金山巨石群なのだ。

岩屋岩陰遺跡巨石群 線刻石のある巨石群

 金山巨石群では殆どの巨石が何らかの形で太陽の観察に関わっている。暦とすることが本来の目的だったかどうかはわからないが、分散して配置された巨石のそれぞれの場所で季節ごと、時間ごとの太陽の位置が確認できる。そしてこの巨石群を巡って、巨石人達はこのように太陽を観察しただろうという真似事をしているうちに自分が巨石人になっていくような気がしてくる。ここでは古代の高度な文明だとか超能力だとかを持ち出すこともなく、巨石人達が試行錯誤を重ねて巨石を配置し、ひたすらに太陽を観察し続けてきたことを実感することができる。

東の山巨石群
 それにしても金山の巨石人達の執拗なまでの太陽へのこだわりは一体何だったのだろう。あらゆる地点で季節毎に様々な形で太陽を観察できるようになっている造りを見ると、絶えず太陽を見ていなければ太陽は消えてしまうとでも考えていたのではなかろうかとさえ思ってしまう。現代の私達は、今日沈む太陽が明日も昇ってくる、来年も何百年先もそうだとわかっていて、周期的な変動があることも知っている。そういった科学知識が安心感を与え、環境の変化を恐れるということが少ない。

 ところで、この金山巨石群の年代について、天文学の視点からの仮説がある。名古屋にお住まいの樋口さんという方の説である。樋口さんはこの巨石サイトを観察するうちにひとつの巨石に注目された。それは「J石」と名付けられたサイト南側に位置する巨石である。この石は方位を示す石であり、北を指すその先には金山巨石群のメンヒルがあって、石の表面傾斜は北極星を指す。現地に子午線を引く役目の石である。樋口さんはこの石の北側のきれいにカットされたような断面の向きに何か意味があるかもしれないと思い、得意分野の天文学からアプローチされた。

 樋口さんは星の位置との関わりを推測し過去に遡って検証を試みた。その結果、この巨石の配置は約12,000年前の夜空、S42°Wに横たわる「天の川」の位置に一致したのである。そして樋口さんは他にもこの年代を示す証拠があるかもしれないと思い、既に金山巨石群調査委員会によって観測されていた、遺跡内部の特定部分を1年に2回だけ照らし出す太陽のその時間と光の入射角度に着目した。現在は約30分のずれがあるのだが、その2回の時間が過去に一致していた年代がこの遺跡が築造された時代ではないかと考えた。そして逆算して得られた結果は同じく約12,000年前であった。このような巨石の配置設計を行うためには1時間という単位を使わなければならず、それは1日が24時間ということの認識が前提であり、このような概念が歴史上現れるのは約5000年前のエジプトという定説を覆すことにもなる。また太陽観測から地球上の自分たちの位置を知り、世界地図の作成もできたはずだという。

 今から約12,000年前の巨石建造物築造、その背景にあったものは何か。樋口さんは当時の地球環境の劇的な変化が要因の一つと考える。その時代に大きな気候変動があったことは地質学的に明らかにされている。考古学では遺跡の年代は出土品によって決められるので、天体の位置変化からの年代判定にはアカデミズムは注目しないようだが、金山巨石群からは縄文時代早期(9,500〜6,100B.P.)の押型文土器片などが出土しており、その時代以前に既に巨石は組まれていたと考えられるのだ。

拝ヶ石西の巨石群 拝ヶ石東の巨石群

 さて、そして熊本の拝ヶ石である。ここは金山巨石群と比べてみると、類似点として、
拝ヶ石南のメンヒル
@二つの地点は夏至線上に並んでいる
A石組状の一群と環状の一群が一対になっている
B一対が並ぶ方向が同じ(約120°)
C一対間の距離が同じ(約55m)
D一対間の高低差が同じ(約10m 但し、高低は逆)
E石の配置が太陽の高度変化の節目に合う
F石の隙間から季節の節目に光が射し込む構造がある
G石の磁気の帯び方が不揃い(人為的配置を示唆)
 といったことがある。逆に相違点としては、
@拝ヶ石巨石群は見晴らしの良い山頂(現在は周りに木がある)にあるが、金山巨石群は谷あいにある。
A石の大きさ、形が違う(拝ヶ石の方が全体的に小さい)。
B拝ヶ石にはいわゆる「ペトログリフ」があるが、金山巨石群にはない。
などがある。

 この拝ヶ石を金山巨石群の観察視点で眺め直すと、何やら太陽と関係していると思われるものがいろいろと出てくる。金山巨石群と同様に暦としての機能があるかどうかはこれから何年もかけて調べればわかってくるだろう。700kmも離れた場所で同じような設計思想で造られた巨石群があるとすれば大変な発見なのだろうが、残念ながら年代を特定できるものや生活痕跡が何もなく考古学、民俗学などの対象にならない。天体の位置変化から年代を推測することはできるかもしれないが、天文考古学でも遺跡の年代は他の方法で決めるのが原則だ。おかげさまでというかこの分野は好事家のものとなって自由気ままに振舞えるのである。

 気ままといえば、拝ヶ石山頂の丸い石の上には、小石を並べたり何本も蝋燭を灯した跡、マッチの屑がしばしば見られる。こういった場所が何かの信仰の対象になるのは当然のことではある。石に対する人の想いは様々で、誰もそれを否定することはできない。でも、地元の人達がせっかくきれいにされているのだから、後片付けは最低限のマナーだ…と思ってはくれないだろうか。


【参考図】
  金山巨石群調査資料室作成の『主要観測ポイント』図に、拝ヶ石の測量図を方位・縮尺をそろえて並べたもの。




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