浅 山 皎 月 臨 |
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| 年 代 | 後 漢(185) |
| 筆 者 | 不 詳 |
| 形 態 | 碑は立て80p×横82p(縦272p×横95pという資料もあります)。 碑文は20行/1行45字。字径は4p位。 12世紀末、陝西(せんせい)省コウ陽県で出土し、現在陝西省博物館(西安碑 林)蔵。 |
| 内容・特徴 | 典型的な八分(はっぷん)隷で、変化に富んだ秀麗な趣をもつ完成した隷法です。 碑主の曹全は、漢人豪族の末裔です。学を好み孝心に篤く、官吏として有能な上、 武将としても機略に富んだ人物でした。黄巾(こうきん)の乱(184)の時、動乱 の収拾に努め民治に尽力しました。その功績を頌(たた)え、生存中に建碑がはか られましたが、中央政界の党争により曹全は失脚しました。 碑陰には、57人の関係者の名前と寄付した金額が明記してありますが、それらの 人達に累の及ぶことを恐れ、建碑することなく埋められました。 明代に出土、碑は完全な形で残っています。 <解説 浅山皎月> |