今月の証

キリスト教がヨーロッパ文化の
歴史的課題に於ける源流
大西 菊雄

悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。-マタイ伝 5章4節-


 イエスは階級や貧富の差をこえた広い愛を説き、父なる神を信ずる者は皆等しく救われて神の国に入ることができると主張した。イエスに従う者は、彼を神が遣わしたメシヤ即ちキリストとして崇めた。しかし選民主義を否定する枯れの新しい教えは、その頃形式だけにとらわれて堕落していたユダヤ教を激しく攻撃するものであったため、彼を憎んだユダヤ人は、ローマに反逆を企てるものとして訴え、その結果イエスは十字架の刑に処せられた。
キリスト福音は、ペテロやパウロなどの使徒によって次第にローマ国内に広まっていき、各地に信者の団体が生まれた。彼らは神と神の子であるキリストだけを礼拝し、現世の利益を求めるギリシャ、ローマの伝統的な多神教や皇帝崇拝を認めなかったので、ローマ皇帝はこれを危険な宗教としてしばしば迫害して多くの殉教者をだした。
 それしも拘らずキリスト教は、この世の幸福を望めない下層市民や奴隷の間に広まっていき、次第に上層階級にも及び各地に教会がつくられて大きな勢力となった。そのためローマ皇帝も彼等を敵としては帝国の統一が不可能なことを知り、コンスタンティヌス帝は313年、ミラノに於いて勅令を出し、初めてキリスト教を公認した。
 その後一時圧迫されたこともあったが、392年、テオドシウス大帝はついに正統のキリスト教を国教として他のあらゆる宗教を厳禁し、キリストの最後の勝利を得た。
 更に皇帝によって宗教会議を開き、325年、コンスタンティヌス帝が召集したニケーヤ宗教会議が重要で、アタナシウスが確立した三位一体説が正統とされ、アメウスの説が異端とされた。
 また、イエスの使徒の言行をまとめた新約聖書が旧約聖書と共にキリスト教の経典とされ、後世の思想・文芸に絶大な影響を与えた。
  こうしてキリスト教の思想は、ギリシャ思想と共にヨーロッパ文化の二大源流となったのである。