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白田から波勝崎までを紹介します。
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富戸〜白田 |
【3日目・2003年12月27日】 日帰りで2日歩いたが今日からは年末の休みを利用して3泊4日で臨む。買ったばかりのノートパソコンを夜中過ぎまでセットアップしていて、ちょっと遅めの目覚めになった。カーテンの隙間から日が差し込む。天気予報どおり晴れのようだ、と思いながらカーテンを開けると地面が白い。霜だろうか、いや雪だ。私は目を疑った。そして東海道五十三次の箱根越えで雪上を歩いたときのことを思い出した。 進行方向左の海側に向かって座る伊豆急に乗って富戸駅に着いたのは12時25分。半日でどこまで行けるだろうか。 前回入手したウォーキングマップ掲載のピクニカルコースと古道めぐりと銘打った海岸沿いのウォーキングコースにコンビニなどありそうにない。早いところ食料を調達したいところだが、ウォーキングマップを見るとコースの右折地点に酒店の表示。その酒店でパンを購入。今日はついているぞ。 この辺りはまったく雪が降った形跡がないので店のおじさんに「こっちは雪降りませんでしたか?」と聞くと、「ここは降らなかったけど山のほうは降ったみたいね」と言う。雪上の城ヶ崎海岸を歩いてみたかったので残念。 コースは細い道を海に向かってぐんぐん下る。そろそろ三島神社があるはずなので注意して歩くと右側に道祖神のような石仏。マップには賽の神と書いてある。賽の神まで来ては行き過ぎだ。振り返ると右後方に三島神社の鳥居。賽の神のおかげで神社に通じる曲がり角に気がついた。 この三島神社は頼朝と八重姫の間に生まれた千鶴丸にまつわる話がある。殺され海に流された千鶴丸が流れ着いたのが富戸の海岸。そのとき両手に握り締めていた橘の枝を神社の脇に挿したところ大木になったと言う。マップには「その何代目かが今も残っています。」と書いてあるが、現地の説明板には枯死したので別のものを植えたとなっていた。 旅の安全を祈願して本殿にお参りする。なぜか太鼓がおいてあり、「お参りが済んだら太鼓を叩きましょう」と貼り紙してある。ばちのようなものがないので手の甲で叩いたらかなりいい音がした。 三島神社を出てさらに海のほうへ下り、拾い上げた千鶴丸を寝かせたと言われる産毛石を見てから城ヶ崎方面へ進んだ。 伊東ではトイレも観光ポイントになってしまう。城ヶ崎海岸の案内板とともにトイレの説明が書かれていた。変わったネーミングでトイレのあり方を変えた、と書かれている。例えば、「半四郎の落し処」。近くの岩場につけられた呼び名「半四郎落し」を文字ったものだ。 案内板のすぐ先に富戸漁港。ここには「払(ハレー)スイセン86」と言うトイレがあった。払とはここの地名、86はハレー彗星が帰ってきた年だ。もしかするとこのトイレは86年にできたのかもしれない。 払(ハレー)スイセン86のすぐ目の前の道路脇には、2艘の船に湯を張って浸かっているダイバー達がいた。船にはそれぞれ第一温泉丸、第二温泉丸と書かれている。温泉地らしい発想だ。海沿いに30分ほど歩くとつり橋や灯台がある観光スポットだが、ここはダイビングスポットらしい。 つり橋や灯台は何回も行ったことがあるので、海沿いへは行かず伊豆急城ヶ崎海岸駅へ向かった。駅に着いたのは1時45分、ここでもいくつかウォーキングコースマップを入手した。 伊豆急伊豆高原駅へは分譲地を抜けていった。城ヶ崎海岸駅周辺は企業の別荘が多かったが、ここは新築の一般住宅が目立つ。一般住宅といっても庭が広かったり、バルコニーにベンチがあったりしてやや別荘寄りだ。 伊豆高原駅は今までの伊豆急の駅からは創造できないくらい大きくてきれいで華やかだ。小さなショッピングモールもある。消費者は観光客だけではなさそうだ。駅周辺は道路拡張工事が行われていたりして、これから注目の地域かもしれない。 伊豆高原駅からは対島川沿いを下り再び海へ向かう。まだ訪れたことのないもう一つのつり橋があるからだ。川沿いの道はウォーキング用に整備されていて心地よい。ところどころに城ヶ崎海岸の観光スポットが写真入りで紹介されている。 伊豆高原駅から15分、橋立つり橋に到着。長さは60メートルでもう1つのつり橋より長いが、高さがこちらのほうが低いためか観光人気は負けている。橋から下を覗き込むと柱上の岩をロッククライミングしているではないか、こちらは見るポイントではなくやるポイントのようだ。 つり橋を渡ったあともしばらく海岸沿いを歩く。城ヶ崎自然研究路と言うコースだけあって、急な上り下りが多くてきつい。ウォーキングというよりハイキングに近い感じだ。 突然墓地が現れ、何でこんなところにと思ったら集落に出た。集落に入ってすぐに賽の神発見。目の前には八幡野漁港。ただの港町だと思ったらダイバーの姿が目立つ。ダイバー客目当ての民宿も何軒かあった。ここも伊東市、伊東は温泉だけでなくいろんな顔を持つ観光地だった。 再び現れた賽の神を通り過ぎるとすぐ集落は終わり畑、そして山。賽の神に囲まれた集落は昔と広さが変わっていないようだ。 伊豆急と国道を横切り旧下田街道へ合流。この街道はかなり古くからあったようで、道沿いに曽我物語り発祥の地と記された説明板があった。曽我物語とは曽我兄弟あだ討ちの話である。 このまま旧道を歩いていたいが、3時30分になりそろそろ宿探しの時間になった。『赤沢海岸左折』の看板があったので海沿いを走る国道へ向かうことにした。かなりの急坂を海まで下る。海に出るとそこは8つ目の温泉、赤沢温泉。民宿が何軒かあるが泊まるにはまだ早い。 赤沢温泉から10分、東伊豆町に入り、主要都市までの距離表示ならぬ温泉地までの距離表示標識があった。1キロ先から11キロ先までに6つの温泉地。選り取り見取りだ。1キロ先の大川温泉だとちょっと近すぎるから2キロ先の北川(ほっかわ)温泉に決めた。 9つ目の温泉、大川温泉を通過し10個目の温泉北川に到着。波打ち際の温泉は混浴で路上から丸見え。まさか女性はいないだろうと思ったが半分は女性だった。2時間弱待って6時になれば女性専用時間帯になるが待てない理由があるのだろう。 混浴温泉の受付で宿泊案内所がないか尋ねると、北川温泉観光協会の電話番号を教えてくれた。早速掛けたがどこも満室で、2駅先の白田(しらた)温泉まで行かないと空きはないと言う。白田温泉はさっきの標識ではあと6キロだった。とても無理だ。まだ時間があるので自力で探すことにした。 ホテルの送迎バスの運転手に空きがないか聞くと、6畳間でよければあると言う。観光協会で全宿泊所を抑えているはずがないので、やっぱり空いていたかと思った。値段を聞くと「いち・ごー」だと言う。15000円は高すぎるので断ったが希望は見えた。 空室ありの看板が出ているホテルがあった。「泊まれますか」と聞くと、「高いよ、この先に安いところあるから」とあっさり断られた。そうこうしているうちに温泉街を抜けてしまった。さっき電話した観光協会は5時で閉まる、あと30分弱あるのでここから2キロ先の熱川(あたがわ)温泉まで行ってから考えよう。 坂を登り国道方面に向かうと北川駅に着いた。駅員さんに熱川へ行く道を尋ねると、国道に出るためには戻らないと行けないと言われてしまう。 「熱川に行きたいんですけど」 と言うと、 「旧道だったらそんなに戻らなくてもいいけど、うーんどっちのほうが早いかな」 と迷っている。どっちにしろもう5時前に熱川へ行くことは不可能だ。日が暮れると国道はとっても危険だ。歩道はないし、トンネルはある。その上、道に不慣れな観光客の運転とくれば危険極まりない。そう思い、 「旧道でいいです」 と言って旧道への道を教えてもらった。 その道を進み、5時まであと10分になったのでさっきの観光協会へ電話し白田温泉の宿を取ることにした。観光協会の人と話しながら歩いていると、旧道だけでなく国道へも通じる道が見えた。電話中だったからか、楽したい気持ちが強かったからか、自然と足は国道へ向かっていた。 電話口で「予約できました」と言う。続いて 「まだ北川ですか?」と質問された。 「そうです」 「そこから2駅で片瀬白田駅です」 「歩いていきます」 と言うと 「無理です」 と言われた。 「3キロぐらいですよね」 「危険です。やめてください。」 と今度は強い口調で言われた。国道に立っている自分に気づき、確かに危険だと思ったがもう北川駅には戻れない。 「もう熱川に向かっています。熱川から乗ります。」 「そしたら熱川から海のほうに降りて、海沿いをずっと来てください。片瀬白田駅にでます。」 よし、がんばって片瀬白田まで歩くことにしよう。 想像どおり暗くなった国道はとても怖く、前を向いて歩けない。車が近づいているかどうか、振り向いて絶えず後ろを気にしなければならない。トンネルでは完全に半身になって歩いた。怖いからペースが自然と速くなる。そのせいで両足、腰が痛み出す。2つのトンネルを抜けて11個目の温泉地、熱川到着。そこから海へ下りる石段。痛みは増すばかり。 海岸まで下りると左は海、右はホテル郡。痛みをこらえながら真っ暗な道を進む。ホテルが途絶え波音しか聞こえなくなる。知っている道だからよいが、知らなければすごく不安になるだろう。 再び右にホテル郡。南熱川温泉と表示してあるホテルもあるが、ここは12個目の温泉、片瀬温泉だ。川を渡ると片瀬白田駅。川を境にこちら側は白田温泉。13個目だ。泊まるホテルは海に面した真っ暗な場所。東から昇るオリオン座がとてもきれいだ。ちょっと星を眺めているとPHSが鳴った。心配したホテルの女性からだった。 「今どんな感じですか?」 「ホテルの前まで来ました」 と言って中に入ると、ご主人が出迎えてくれた。 「心配して迎えに行こうかと話していたんですよ」 とご主人。夫婦で経営している家庭的な雰囲気のホテルのようだ。 12月27日(土) 白田(しらた) |
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白田〜石廊崎 |
【5日目・2003年12月29日】 10時にホテルを発つ。今日も晴れているが風が強い。これから伊豆半島の先端に向かうので風に悩まされる1日になりそうだ。特に石廊崎は1年中風が強いところだ。今日は突風かもしれない。 下田駅周辺は見所いっぱいだ。昨日、下田駅でいろんな資料を入手したが一番使えるのが『下田歴史の散歩道絵図』。散歩ルートとクイズ形式の史跡解説があり、これだけあれば充分散策できる。とは言っても、所要時間はゆっくり歩いて2時間なので端折って散策することにした。 まずは見事な阿弥陀如来があるという稲田寺(とうでんじ)に数分で到着。山門をくぐると6人ぐらいのグループがガイドさんに案内されて墓地のほうへ行った。いっしょに紛れ込んで説明を聞く。今度は別のガイドさんに引きつられたグループが阿弥陀如来のほうへ行く。これらガイドさんは下田ボランティアガイド協会の方々だ。無料でガイドしてくれる。 この阿弥陀如来は1つの木を彫って作られるのではなく、別々に彫ったものを合体させる寄木作りで、像高が208センチあり南伊豆では例を見ない大きさだそうだ。ここまでは門前の解説板にも書かれているが、地元のガイドさんならではの情報を付け加える。「参拝を終えたら扉を閉めてください。猿がお供え物を狙って中に入るから。」 金剛杖を柱に立てかけて写真を撮っていたら、風に飛ばされ金剛杖が石段の下へ落ちてしまう。帰り際に拾ってお寺を後にしたが、気づいたら上下逆に杖を突いていた。お大師様に怒られなければいいが、ちょっと不吉だ。今日は取り分け事故に気をつけて歩こう。 次はお吉の墓で有名な宝福寺。私はお吉を知らないので通り過ぎるつもりだったが、ここでもボランティアガイドさんが説明していたのでちゃっかり説明を聞く。ガイドさんが「お吉を知っている人?」と尋ねたが、子供からお年寄りまでの家族グループには知っている人はいなかった。すかさずお吉の生い立ちから全国に知れ渡るきっかけになったお吉物語の話をしてくれる。 あとは下田に来たらここは外せない2か所へ向かう。途中にいくつもの史跡案内標識や案内地図があり歩きやすい。それだけでなくちょっとした解説や地名の由来などが書かれていて実に楽しい。 国指定史跡になっている了仙寺に寄る。言わずと知れた下田条約締結の場所だ。本堂の写真を撮っているとバスガイドが年配の団体さん相手に説明を始める。時間を気にしているのかすごいスピードで一方的に喋っておしまい。ボランティアガイドとの違いがはっきり表れた。 川沿いの石畳道ペリーロードを歩いてペリーの碑方面へ。柳が植わっていて倉敷美観地区を思い出させる。道の片隅には大砲。その先はもうペリーの碑だ。学生10人ぐらいが記念撮影している。スカートを手で押さえるぐらい風が強いが、入り江になっていて波は穏やかだ。だからここに上陸したんだなと感じた。ここから外海は見えず山ばかり、その一つが下田富士。二等辺三角形の山だが富士と言うにはとんがり過ぎている。 1時間ほど散策して下田の街を出た。お寺、ペリー、お吉、伊豆の踊り子、なまこ壁など観光資源に事欠かさないうえに観光努力を怠っていない街だった。2004年は開港150周年。来年はさらに活気付くだろう。 国道136号線に合流し西に進む。この辺りは歩道があるし、トンネルは車用と自転車・歩行者用で分けられているので安心して歩ける。30分ほど進んで左に曲がり県道に入る。 海水浴場が近いので民宿があちらこちらにあり、なんと素泊まり3000円以下のところもざらにある。 珍しいお地蔵さんに出会った。説明板には車に乗ったお地蔵さんと書いてある。お地蔵さんを見る前に説明板を読んだので、自動車の上にお地蔵さんが置かれているのかと勘違いしてしまった。実際には六角形の台座の一部を削り、直径15センチほどのドーナツ状の石をはめ、真ん中に鉄心を通して石が回るようになっている。その石のことを輪禍車と言うそうだ。その石の車が転じて今では交通安全のお地蔵さんになっている。 このお地蔵さん、かわいそうに道路拡張工事などの理由で2度も引越しをさせられた。交通安全のお地蔵さんなら拡張された交通量の多い道路わきに置いてあげたほうがいいと思う。 パンをかじりながら歩いていると海が見えてきた。あまりにも風光明媚な海岸に思わず立ち止まり声を上げる。すると風が吹き砂が舞い上がる。慌ててパンを口に押し込む。ここは吉佐美大浜海水浴場。 白い砂浜に、浸食された岩が点在する。日本海ならばありそうな景色だが伊豆半島にもこんな景色があるとは知らなかった。いろんな角度から写真を撮りまくる。 いくつめのトンネルだろうか、トンネルの向こうからキャッキャッと子供の声。トンネルを抜けると右に『サンドスキー場』の看板。しかしそれらしきものは見えない。するとまた左のほうから子供の声。左には海岸へ下りて行きそうな階段。数段下りると子供連れの家族が階段の途中から下のほうを見ている。その視線の先には扇状に広がる急斜面の砂浜と大勢の学生たち。50人はいるだろう。 斜面の脇には斜度30度、長さ45メートルと書かれた看板。斜面の上に数本の棒を立て、先生の合図で6、7人が下から棒をめがけて駆け上がる。タイム競争をしているようで、途切れることなく繰り返される。速い人で20秒弱、平均30秒ぐらい。私も靴下を脱いで参加したいところだが、陸上部らしき高校生と大学生の合同合宿のようで邪魔はできない。斜面に日が当たっているせいもあるが、半そで短パン姿の人もいて熱気ムンムンだ。 サンドスキー場から数分、観光案内板があった。この辺りは田牛(とうじ)という地名で、サンドスキー場の説明もある。それによると幅100メートル、滑降の長さ30メートル、斜度45度となっている。先ほどの看板とは長さと斜度が逆になっているが、見た感じ斜度30度が正しいと思う。 また、こんな説明もあった。「長谷寺ご本尊の阿弥陀仏は大正8年に国宝に指定され、昭和20年代に国宝を解かれた。」国宝が解かれることがあるなんて知らなかった。解かれた原因を知りたい。 説明板の横の石段を下りると洞窟。洞窟の奥は三角形の穴が開いており外海に通じている。そのはるか先には神子元島にある日本最初の石造りの灯台が見える。 県道に戻り少し坂を下ると田牛海水浴場。小さな島がいくつも見えてミニ松島のようだ。海水浴場の先で車道は終点となり、あとは約4キロの遊歩道が弓ヶ浜まで続いている。 歩きやすい遊歩道ではあるが、アップダウンがあり、周りは椿の木に囲まれ風を遮っているので汗びっちょりだ。とても冬とは思えない。手元の温度計は15度だからきっと例年より暖かいのだろう。 遊歩道を歩いていると後ろからジャージ姿の団体が走ってくる。サンドスキー場にいた学生たちだ。きっと弓ヶ浜が宿舎なのだろう。そうなると弓ヶ浜での宿泊は難しいかな。 遊歩道は再び海岸へ。吉佐美大浜とも田牛とも違った岩場の風景に足を止め写真撮影。ちょうどそこにジョギングする学生たちの第3集団がやって来た。その光景は昔のドラマのようだ。遊歩道が終わると弓ヶ浜海水浴場。その名のとおり弓の形をした砂浜が広がる。砂が舞っているので早々に立ち去った。 時間は2時を過ぎたところ。寄り道しすぎてあまり歩けていない。9キロ先の伊豆最南端石廊崎が今日のゴール地点になりそうだ。しかし石廊崎が荒廃傾向であることを知っている。国民宿舎ははるか昔に閉鎖されているし、宿泊場所があるか気がかりだ。とにかく早めに行って宿を探そう。 そこに比べれば弓ヶ浜は宿だらけ。さっきの学生が泊まっていてもまだまだ空きはありそうだ。宿に温泉の文字はあるが、XX温泉とは書かれていない。下田の温泉なのかなと思いながら歩くと、弓ヶ浜温泉宿泊案内板が出てきた。ここも温泉地だった。これで18個目。 ここから石廊崎まで町らしい町はない。海沿いの道を黙々と歩くことになりそうだ。 何箇所か釣り客用の民宿街があったが石廊崎に期待して通過する。本当であれば、南伊豆観光協会に電話をして石廊崎の宿を確保したいが、公衆電話が見当たらないしPHSはずっと圏外だ。 3時50分、道の両側にやしの木がいっぱい見えてきた。そして石廊崎の標識。ここは南伊豆亜熱帯公園。向かい風と横風の中、ようやく石廊崎に来たと思ったが宿探しはこれから、安心するのはまだ早い。 5分後に分かれ道、伊豆西海岸は直進、石廊崎は左折0.8キロ。石廊崎灯台やジャングルパークへ行くには直進でいいと思うが、標識に従って左折する。 道は港に下りて行き、途中に民宿の看板。そのうちの1軒に直接行って泊まれるか聞いたが満室だと断られた。 PHSを見ると圏内になっていたので南伊豆観光協会に電話して宿を紹介してもらう。3軒の民宿を教えてもらったが、うち2件は来た道を15〜20分戻らないといけない。残った1軒に直接行くが鍵が掛かっていて扉が開かない。廃業かお休みのようだ。同じ通りにあった民宿にも行ってみたが、老人が出てきて「みんな病人なんで休んでいるんです」と言われてしまう。これはやばいどうしよう。 電話帳を見れば宿情報を入手できるかも知れない、石廊崎より先のエリアも視野に入れ、そう思った。しかし公衆電話が見つからないまま港に到着。この先は石室神社、灯台に通じる道しかない。灯台方面に進めばジャングルパークにも行けるはずなので、そこで公衆電話を探すことにした。 予想どおりジャングルパークに着いたが閑散としていた。冬はこんなもんなんだろうか。売店が何軒か並ぶバス発着所に行ったが公衆電話がない。仕方なくこの辺りで宿を取るのはあきらめる。 そうなるとバスでどこへ行くかだ。下田と弓ヶ浜ならば空きがありそうなので、下田方面の時刻表を確認する。今は4時20分、最終は5時台前半。あと1時間遅かったら完全にアウトだった。 次のバスまでに15分あるので、再び南伊豆観光協会に電話し、弓ヶ浜の民宿の電話番号を5軒教えてもらう。1軒目は断られたが、2件目は朝食のみでよければ泊まれるとのこと。近くに食事できるところがないらしいが、そんなことは言っていられずここに決定。 2時間かけて歩いた距離をたったの15分で戻ってきた。当たり前だが速い。どんな宿か恐る恐る近づくとなまこ壁のきれいな建物。これは結構ラッキーだったかもしれない。チェックインの際、「すべてそろわないけど宜しかったら夕食を付けましょうか」と言ってくれる。最高についていた。 食事前にお風呂に行くと入口に温泉の効能書き。見ると湧出地は4キロ離れた下賀茂で、引き込み地が弓ヶ浜になっていた。今回は下賀茂には行かないので、弓ヶ浜温泉を温泉地の数に入れても問題ないだろう。 12月29日(月) 石廊崎 |
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石廊崎〜波勝崎 |
【6日目・2003年12月30日】 昨晩はぴゅうぴゅう音が鳴るほどの風で寝付けなかったが、朝を迎えると風は治まっていた。チェックアウトの際、バスの通過時間まで余裕があったのでお上さんとおしゃべりする。年のころは40代後半とお見受けするお上さんだが、最近ウォーキングに行ったそうで23キロを2時間30分で歩いたと言う。 「1日でどのくらい歩くのですか?」 と聞かれたので、 「歩いても30キロぐらいですよ。それだけの時間で23キロも歩くなんてすごいですね。」 と答える。私はカメラを首からぶら下げていたので、 「写真を撮りながらでしょ、そのときは一緒に行った人に付いていくのが必死で、景色など見れなかったわ。」 宿からバス停に向かう途中、そんなお上さんの言葉に感化され、「よーし、今日は最終日だし、足は痛くなるだろうがペース上げて歩くぞ。」と意気込んだ。しかし、後日冷静に計算したら2時間30分で23キロも歩けるはずはなかった。 バス停近くの商店でパンと水を購入。今日のコースは食料調達できそうなとこではない。過去に自転車旅行で苦しい思いをした場所だけに、これで一安心。 9時40分のバスに乗り、15分後石廊崎に到着。ジャングルパークの大駐車場に止まっている一般車はたったの10台前後。有料だったはずの大駐車場入口には係員がいなく『ジャングルパークは閉園しました』の看板。まさかと思ったのでバスの運転手に、 「ジャングルパークは夏場だけ営業しているのですか?」 と尋ねると、 「いや、もう閉園しました。」 石廊崎の地盤沈下もここまで来てしまったか。子供のころ、親に連れられ何度も来たとこだけに寂しい気持ちになった。バス停付近の郵便ポストが繁栄時代の名残のようだった。 西伊豆は鉄道がないので頼りはバスだけ。宿のお上さんから「バスの本数が少ないから必ずチェックしてから歩き出さないとだめよ」と忠告されている。早速松崎行きの時間を確認し、あせった。2時台が最終でその前が1時10分だった。 最低でも20数キロ先にある野猿で有名な波勝崎まで行く予定だが厳しくなった。波勝崎はバス通りから海側に数キロ入ったところにある。波勝崎に行って戻ってくる間に最終のバスが行ってしまえば、終わりだ。タクシーを呼べば来るよとお上さんは言っていたけど、PHSの圏内である可能性は低い。波勝崎にもバス停はあるが、そこの最終バスを期待するのは危険だ。考えている時間はない、とにかく歩き出そう。灯台には寄らず10時に大駐車場をあとにした。 駐車場そばの閉鎖されたガソリンスタンドを過ぎると、山奥のような斜度のきついアップダウンの道。20分ほど歩くと右側に遊歩道入口と案内図。約4.5キロの遊歩道で、距離は車道とそれほど変わりない。ただ、足場が悪く早歩きできないと困るので、車道を選択した。 車道はいきなり急な下り坂。足の裏に痛みを感じ足を止めた。右足の魚の目が昨日から内出血している。その部分が痛む。この先トンネルが2つ控えていることもあり、遊歩道にしようかなと気持ちが揺らぐ。10歩ほど戻り、遊歩道を覗き込むと人が出てきた。この時期でも歩く人がいるコースならば安心と思い、遊歩道に切り換えた。 さっき見えた人に近づくと、猟銃を持っていた。いのしし狩りだろうか、ちょっといやな予感がする。 木や背の高い草に囲まれた遊歩道に入ると登りが続く。10分ほどで視界が開け、休憩所。昨日までの透き通るような青空ではないが、晴れていて暖かい。 下りになってからが大変だった。急斜面が続き、滑りやすい。杖がなければ、半身になり片手を付いて下りるようなところだ。遊歩道と言うよりハイキングコースとか登山道と言ったほうが正しい。前にはカメラをぶら下げ、リュックにはパソコン、こんな状態で来るところではなかった。魚の目の痛みがさらに増す。 休憩所から約10分、いったん車道に合流するが遊歩道はまだ続く。もちろん車道を選択した。 11時ちょっと前、『妻良(めら)海岸 9キロ、松崎 30キロ』の標識が現れる。松崎まで行けばバスの本数は圧倒的に増え、最終もかなり遅くまであるだろう。すっごくがんばって松崎まで行ってしまおうかとちょっとだけ思う。 しばらく行くと斜度9%の標識が現れた。今日はずっとこのぐらいの坂道を歩いている。それにしても久しぶりの斜度表示だ。少なくとも下田に入ってからは初めてだろう。 下田と松崎を繋ぐ国道に合流した。今日初めて民家が並ぶ道を通る。そして初めての平坦地だ。しかし500メートルも歩かずに再び登り坂。 いくつものアップダウンを繰り返し、坂を下っていると右に海が見えてきてびっくり。相当入り組んだ地形のようだ。少し下ると説明板。『眼下の湾は妻良湾、対岸は小浦。帆船時代は東西航路の重要な風待港として栄えましたが、今は漁業と民宿を主体とする人情こまやかな集落です。』と書かれている。かなり昔にこの町を不況が襲ったことだろう。 つま先が痛くなるほどの下り坂の途中に遊歩道の入口とその案内。そこには『ハンターの皆様へ』と題し、遊歩道付近での注意を促していた。遊歩道には行かないほうがいいようだ。民家の軒先にはいのししがぶら下がっている。この辺の民宿に泊まればしし鍋をいただけるのかもしれない。 12時45分、妻良港に到着。観光案内マップが設置されているすぐ横に観光案内所。弓ヶ浜以降の観光情報を持っていないので収集したかったが閉鎖されている。再び観光案内マップの前に立っていると、缶ビール片手に酒臭いおじさんが話しかけてくる。宿を探していると勘違いしたのか、泊まれそうな民宿はこことここだと教えてくれる。 「今日は泊まらないんですよ。ところでここは温泉はないのですか。」 と尋ねる。 「40年前にボーリングしたんだけどね、1100メートルで岩盤に当たっちゃって。俺が小学校5年のときだよ。」 「だめだったんですか」 「湧泉って言ったっけ、沸かして温泉にするやつね、あれなら出たんだけど。許可を得るのは取れるんだけどね。」 「それでもやっておけばよかったですね」 「持ち主がやんないわけ。妻良に提供しなかったんだ。それで妻良温泉ってのが成り立たなかったんだ。」 「今、結構各地では沸かしてやってますよね。そのときやっておけばね。」 「もう、1回だめだったから誰もやんないでしょ。場所がちょっと違えば出るんだけどね。」 「場所は山のほうだったんですか」 「トンネルのすぐ下の田んぼのところ」 と目の前のトンネルを指差した。 「残念でしたね」 と言って別れたが、今の話が本当であれば妻良にとってすごくもったいない話である。掘削能力が向上したおかげで温泉地でないところが突然温泉地になったり、沸かし温泉なのに集客力がある温泉地など、いくつも例はある。また再チャレンジしてもらいたいものだ。 ボーリングの跡地と思われる田んぼはススキが植わって荒れ放題だった。 国道をそれて小浦港に立ち寄った。今の集落の規模にしては立派過ぎる神社があり、昔繁栄した面影を感じた。もう1時15分なのでバスの時間を気にしながら山のほうを通っている国道まで一気に急坂を登っていく。 国道に合流しても急坂は続く。そこをバスが通過していく。最終の1つ前のバスだ、時間は1時45分。バス停を見つけては時間をチェックしてきたが、最終バスがこの辺りを通るのは2時30分ごろ。波勝崎まで4キロの表示はあったが、それが国道沿いの波勝崎入口を指すのか、野猿のいる地点を指すのか分からない。波勝崎はあきらめて、次のバスが来たら手を上げて乗り込もう。宿のお上さんが「バス停でなくても止まってくれるよ」と言った言葉を信じて。 地図には峠など1つもないが、いくつもの峠を越えてきた感覚だ。とても暑く、残った水もあとわずか。夏でもないのに脱水症状になりそうだ。少しぼうっとして、まっすぐ歩けていない気がする。残った食料は白田の宿でもらったみかんのみ。最終のバスが伊浜経由堂ヶ島行きなのが気になる。伊浜は数キロ先だが国道上ではない。最悪のときはバスの本数が増えそうな雲見温泉まで行くつもりでみかんを温存する。雲見までは15キロないだろう。 2時ごろ、伊浜海岸入口まで来る。バス停があり、最終は2時38分。このまま国道を進むべきか、伊浜海岸へ下りるべきか迷うが、この先国道沿いに売店を併設した夕日ヶ丘休憩所があるのでそちらを選んだ。 やがて夕日ヶ丘休憩所。自動販売機で水分補給し、バスの時間を確認する。最終は3時31分、あと1時間弱ある。15分ほど休憩して、1キロ先の波勝崎入口まで行くことにした。そこで終わりにしよう。 安心したためか、休憩して頭が働き始めたためか、魚の目が痛み出し、筋肉痛を感じ、一歩一歩がつらくなる。それでもあとわずかだ。みかんを食べつくし、3時ごろ波勝崎入口に着いた。バス停もあった。 バスの時間まであと30分。よせばいいのにまた歩き始めた。2、3分歩いて地図を見る。30分以内にバス停が現れそうにない。雲見までは7キロあるし、ここは無理せずさっきのバス停に戻ろう。 万歩計は約32000歩で22キロぐらい。早歩きしたつもりだったが時速4.4キロ。きびしい道だった。 3時32分のバスに乗り、松崎で下田行きのバスに乗り換えて、下田の手前の蓮台寺駅で電車に乗り換え岐路に着く。小田原へ帰るのに一番都合の悪い地点で旅を終えたようだ。もちろん続きをするにも一番都合の悪い場所になってしまった。 12月30日(火) 波勝崎入口 |
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