★進化論★
進化論で解明された事実には以下のことがあります。
1.生物の進化には系統樹が描けること、
2.したがって進化は累積的なものであること、
3.進化とはDNA(遺伝子)の進化であること、
4.したがって進化が発生するタイミングは次世代へ受け継がれる遺伝子が出来る胚発生のときであり、進化のしかたには制限がある、
ということです。
これらのことから、私は、以下のような考察をいたしました。
最初のDNAがどうだったかによっては、器官の進化が不完全に終わってしまうことも大いに考えられました。
たとえば、眼を通して外界を認識するには、透明な水晶体や焦点を絞る筋肉、虹彩の絞り、微細な色も含めて光を認識する一億の視細胞、三百万の神経節細胞などが必要不可欠です。
しかし、胚発生の制約を考えると、眼が進化してくる過程で、水晶体ができなかったとか、視細胞ができなかったとかいうことは、大いにあり得たことです。
累積淘汰の段階数を考えると、できなかった可能性のほうがずっと高かったでしょう。
たどりつかなかった可能性やぜんぜん関係ない方向にしか進化できなかった可能性が十分にあるからです。
それを考えると、眼がこれほどまでにすぐれた形に完成し、外界の光をとらえる機能にマッチしたことは奇跡に近いことであることがわかります。
また、繁殖器官についていえば、生殖器や子宮、あるいは卵(の孵化)とか乳房とか、さまざまな器官がそれぞれの機能を果たして初めて繁殖出来ることです。繁殖できないと進化自体出来ないことになるのです。
また、蝶の口を見てみますと、ストローのようになっています。一方、蝶がストローを使って吸うべき蜜が、ちゃんと蝶のストローの手の届くところにあります。
もちろん、ストローが蜜に届かなかった蝶は淘汰されてしまったでしょう。
でも、そのことよりも、蝶の口と花の蜜が両方とも現実に存在することに、私は驚嘆します。
アリクイに対してアリ、草食動物には草など、これら食物連鎖の主体と対象のみごとな調和。
それらは、みな、ひとつのDNAから、胚発生の制約をくぐりぬけて派生(進化)し、さらには、種の絶滅をのりきってきたものなのです。
最初のDNAにおいて、それらの派生の方向性が約束されていたわけでは決してないはずです。
では、いったい、なぜ、そこまで完璧な調和した形に進化することができたのでしょう?
すべての種の起源であるこの最初のDNA、私たちの関心をとりこにし、私たちを夢中にさせ、私たちに生きる喜びを限りなく与えることとなった、この最初のDNAの存在を、どう説明したらよいのでしょう?
大自然の調和をみごとに作り出した、夢のようなDNAの存在を。