フランス人船乗りの眠るオランダ墓

名護市運天原の「オランダ墓」にフランス大統領夫妻を案内して交流を温めようという計画が行われている。
1800年代寄港中に病死したフランス人乗船員を葬った名護市運天原の「オランダ墓」にシラク仏大統領夫妻を招き、交流を温めようと来年7月に開催される、沖縄サミットに向けて名護市が取り組みを開始した。
1846年6月、フランスの三隻の艦隊が琉球大国との交易交渉のため、今帰仁村の運天港に停泊。約1ヶ月間停泊中に二人の乗船員が病死。艦隊は長崎に向けて出港するため、屋我地島・運天原の住民に二人の埋葬を依頼して出港した。
しばらくはフランスから墓の管理費が送られたがいつしか途絶えてしまい、今は運天原の住民が管理・供養している。
墓名は当時沖縄人は、フランスを通称「オランダ」と呼んだことから、その名前が残っている。
参照:琉球新報10月5日(火)朝刊