台北帝国大学豫科ホームページ




台北帝国大学正門(昭和初期)
(現在、台湾大学正門)

                           
                        プロローグ
  旧制台北帝国大学は、昭和3年に創立され、昭和21年敗戦により台湾に移管され
 るまでの18年間、台湾教育界の指導とわが国文化の向上に貢献してきた。
  移管後は「国立台湾大学」と改称され、同国の文化の拠点として信望を集め、その
  威容は人々の心に限りない信頼と自信を与えた。 
  昭和16年には豫科が付設されたが、敗戦による学制改革で廃止されるまで5回の
 入学生を迎えただけの、短命なわが国最後の旧制高等学校となった。
  豫科は入学試験場を内地にもおいたため、志願者は全国津々浦々から多数が応募し、
 入試は未曾有の激戦となった(当時の新聞によると20数倍)。
   移管後の台湾大学は、旧台北帝大の残した伝統を忠実に守り、その力量を遺憾なく
 発揮して、幾多の優れた人材を輩出、台湾教育界の先頭に立っている。
  上に掲げた正門は、創立当時、およそ80年前の写真であるが、現在も原型まま
 台湾大学の正門として使用され、往時を忍ばせている。
  大学の敷地は、学問の進展と時代の変遷に伴って数倍に拡張され、向学心旺盛な
 台湾青年の憧れの的として、その揺るぎなき偉容は更に輝きを増している。


台北帝国大学理学部二号館(現在使用中)

白線三条の予科校章(胡蝶蘭)


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巻頭言

玉山天をきり
辰星南に低き華麗の島
草茂き士林原頭に
砦せし青雲のともよ幾百
碧落紫に澄み
    白蘭の香ただよいて這うがごとく
流離の愁い胸に迫れども
    傷つきの日はすでに遙かなり

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逍遙歌 高砂周遊の歌
南の海の色冴えて
燕は北へ還りけり
朱欒花咲く丘にきて
仰げば深き青空の
まほら流るる白雲に
遙けき旅を恋うるかな

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---- 生活の断面 ---- 



散策(台北市植物園)


ドイツ語会話(クロール先生)


新高堂書店



豫科終了式後の記念撮影




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編集委員  


        
ニュースと解説 

1〜10 の中から目的の項目をクリックしてください
それぞれの内容が表示されます。

 課   題 
1 台湾は共産化の防波堤
2 情報社会の陥穽
3 チベットの悲劇と台湾
4 地球温暖化は本当か
5 退廃する放送文化
6 論点、私はこう思う
7 地球は寒冷化する
8 血塗られた五輪
9 台湾併合の悪夢(櫻井よしこ論説より
10 編集委員会へ

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(1地球の年齢は46億年といわれますが、私ども現代人(ホモ・サピエンス)の
祖先である「猿人」がこの世に現れたのは、何年ぐらい前だと思いますか?
5億年   5000万年   500万年   50万年

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(2) 世界中の水のほとんどは海水です。飲料できる真水はどれくらいあると思い
ますか? 
 5% 0.5%  0.05% 0.005%

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(3) ウランも石油も遠からず枯渇すると考えられています。あなたは次のどの対策
を第一に推奨しますか。 



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(4) 人類が絶滅するときがあるとすれば、その原因は次のどれだと思いますか。



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                21世紀の文明と人類

     「生物の超技術、志村史夫著のエピローグ」より抜粋要約
 人類の文明史には大きな節目が少なくないが、科学史および科学技術史でいえば、十八
世紀半ばのイギリスで発生した「産業革命」は最大の節目であった。
 「産業革命」の起動力となった蒸気機関の発明以来、人類は主要なエネルギーを水力
から火力、原子力へと拡げ、幾多の科学的発見、技術的革新を土台に、高度の物質・機械
文明を築きあげてきた。
 その物質・機械文明を支えているのが材料の進歩である。
 石器時代からの人類の歴史を振り返ってみると、節目にはいつも、新しい材料と道具の
発見発明があった。
 "材料の歴史"が大きく一変したのは、十八世紀に入ってからであり、それは前記の
「産業革命」の時期と一致する。人類は石炭を発見、これを材料として、燃焼理論などの
進展とともに無数の化学製品を製造する化学工業を興した。二十世紀にはいり、石油が
これに加わって、化学工業は爆発的に発展した。
そして、二十世紀半ばには、半導体、電子材料が加わり、現在、物質・機械文明は、その
頂点に達したかに見える。
 「産業革命」と「材料革命」は、人間の生活水準を劇的に向上させただけでなく、その
価値観においても、大きな変革をもたらした。
 しかしながら、その変革は、必ずしも喜ぶべきことではなかった。
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