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記:2004年7月26日
更新:2004年12月19日 2004年7月23日(金)、富士登山競争に参加してきました。
富士吉田市役所前から富士山山頂まで、標高差3000mを、制限時間4時間30分で駆け登る、日本一過酷な登山競争です。 木曜日夜、残業を言い渡され7時まで会社に残り、あわてて出発。10時に門限という都留のビジネスホテルに着いたのが夜9時30分。 朝、4時起き、5時前、ホテルを出発。都留インターは富士吉田方面には入れないので一般道で富士吉田へ。 朝早く、一般道は当然ガラガラなので、会場の富士吉田市役所には5時30分に着。市役所内に無理やりバイクを入れて停めてしまう。 7時15分にはすでにスタートラインは人だかり。ほぼ最後尾という後方に並ぶ。7時30分、スタート。後方は全然進まず、スタートラインを過ぎたのが約 2分後。天気は曇り。気温は高い。 まずは、登りのない道を数百mほど進み、そしてすぐに道は、ゆるやかな上り坂。試走では強い日差しに苦しめられた道も、今日は曇りなので助かる。暑い が、体は快調、少しずつ人を抜いていく。アスファルトには、人の汗の染みが点々と。 中ノ茶屋。41分53秒。水、うめぼし、塩を補給。快調だ。ここからさらに登りがきつくなる。歩きたくなるのをこらえる。完走のためには馬返までは絶対 に歩かない!と決心していたからだ。 馬返、1時間6分。ここの完走ぎりぎりの目標タイムが1時間6分だったので、この時点で「これはいけるかも」 と思う。 (あとで時計をみると、1時間10分2秒が記録されている。はて??) ここでも水、うめぼし、塩を補給。 あと持っていたパワージェルを補給。 馬返から登山道になる。道は4〜5mあるが、土砂流出防止の段ができており楽して登るには右左1名ずつしか通過できない。人を抜くには、真ん中の段を登 る。登山道が狭くなる。なかなか人を抜けなくなる。 5合目、関門時間は2時間30分だ。通過したタイムが2時間12分。ここの完走ぎりぎりの目標タイムが2時間15分だった。切っている!やった! あと は得意な登りだ。試走ではここから2時間5分で山頂まで行っているので、4時間30分の山頂関門まで、行けるぞ! この時点で「これはいける!」とおも う。水、うめぼし、塩、バナナを補給。快調だ。休むことなく出発。 五合目からのすぐに、急でひとりしか通れない場所になる。ここで渋滞。動かなくなる。なんてこったい!! 他の人が罵声をあげている。 やっと普通の登山道に出る。まわりのみんな、登る速度が遅い。ついついその速度に合わせてしまう。人を抜くには、歩きやすい部分をはずして、ジャリの歩 きにくい部分から抜くことになる。それを何回も繰り返して人を抜いていく。 7合目あたりで、私設と思われるエイドが氷砂糖と塩を配っている。氷砂糖と塩を補給してしまった。ここに水はなかった。。。。水を補給しないで塩をなめ たせいか、喉が乾く。 7合目あたりが、岩場が連続する場所だ。普通は1列になってなかなか人を抜けない。しかしこのような場所は得意なので、他の人が登らないような岩場を登 り人を抜いていく。 8合目あたり、8合目の関門が気になる。だが8合目関門の時間は忘れていた。係の人に8合目関門の場所、時間を聞くも、わからないという。隣を走ってい る人に、8合目関門を聞く。すると「8合目には関門はないよ。そのまま山頂に行けるよ」と言う。え? 関門ないの? それを聞いて、安心してしまう。小屋 の前を通ると、小屋の人が「つめたい飲み物どうですか」と誘惑する。喉の渇きから誘惑に負けて、500円払って、アクエリアスを買ってしまった。 この時点で、まだ山頂到達を確信していた。快調だ。が!登り続けると、上の方から拡声器の声が。「8合目関門、あと1分30秒です!」 え!!! なんてこったい!!! まだ50m以上の登りがある。あわててダッシュをかける。まわりの人はあいかわらずのんびりなので、どんどん人を抜いていく。そし て小屋に着くと、係の人が制止した。。。。「関門です」 8合目関門時間は4時間。約2分すぎていた。ここで終わった。。。。。 小屋に入り、コーラを飲む。 長い長い道を走って下山。5合目からバス。帰りの温泉に寄って、そして帰宅。 なんだか、完走できなかった自分が納得できないのでした。。。。 ![]() 参加賞のメダル
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