61,アンヘレス

12月27日(日)
 Angelesアンヘレスはマニラから北にバスで1時間半くらい行ったところにある。
 朝センターポイントホテルをチェックアウトをしてから、近くのSwagman Hotelまで行く。Swagman Hotelからはツーリストバスがアンヘレスに出ている。ローカルのバスでももちろん行けるが、フィリピンはバスは民間経営だけのようで、たくさんのバス会社があって、しかもそれぞれの会社のバスターミナルが違う所にあるのでのでちょっと面倒くさい。それで便利なツーリストバスにしたが、たった1時間半くらいの道のりだけど300ペソ900円もした。バスはもちろん観光客だけだった。郊外に出ると道路はほとんど高速道路みたいな程度の良い道路になる。少なくともマニラ近郊の道路事情はいいようだ。
 アンヘレスのSwagman Hotelの同系列のホテルの前でバスは停まった。そのホテルはちょっと高いホテルではあったが、一応部屋があるか尋ねてみたら満室だった。街の中心に向かって歩き、途中で迷ったのでオートバイ3輪車に乗って次のホテルに行くが、今は年末だからか、満室のことが多く、5軒目にやっと空室のあるホテルがあった。Marlim Mansionsという中級ホテルで朝食込みで950P。マニラのホテルよりはとてもきれいで、朝食もボリュームたっぷりだった。インターネットも可。テレビも見たいわけではないが、NHKの第1、第2衛星放送とWOWWOWが見れた。
 

クラーク米空軍基地跡

アンヘレスの街は元米空軍基地クラーク基地があったところである。元空軍基地は街のすぐ隣にあった。1991年に米軍が撤退した後、そこは経済特別区域になっている。(Clark Special Economic Zone)。特別区域に入るには一応チェックポイントがあって、中に入ってから有料のシャトルバスのようなものに乗って移動した。どこに行っていいかわからないので、バスの乗務員の言うコマーシャルセンターまで連れていってもらうことにした。 この経済特別区域は確か関税フリーで世界から企業が集まってきて成功していると私は聞いている。ただ、元空軍基地があまりにも広大で、建物がいろいろあってもそれぞれの間が広すぎて、思い描いていたような活気があるというようなもではなかった。コマーシャルセンターというのは輸入品を販売している巨大なショッピングセンターであったが、まだ商品が豊富というほどではなかった。私が見る限りそれほど安いとは思えなかった。
 経済特別区域の出入り口の近くから街の中心部までの数百メートルくらいに渡って、元基地街の歓楽街といった風情のお店がずらっと並んでいた。アンヘレスの近くにあるピナツボ山が1991年に大噴火を起こして、この付近では大被害を出している。ちょうど同じ年に米軍は撤退しており、ほとんど基地に依存していたようなこのアンヘレスは大変苦労したであろうと思うけど、今はとても賑やかだし大打撃を受けた街には見えない。今は基地はないのに、歓楽街にはたくさんの欧米人が歩いていて、歓楽街もさびれてはいないように見えた。
 ところで米軍は自分の都合で勝手に撤退したのではなく、一応フィリピン国会の決議によって追い出された形にはなっている。
 アンヘレスはマニラと違って少し物価が安いようだ。サンミゲルビール(このビールは東南アジアのどこでも飲める有名ブランド。私はしばらく前までサンミゲルがフィリピンビールだとは知らなかった。サンミゲルはフィリピンが誇る世界的な大企業だろうと思う。)がマニラのレストランで飲むと40から60Pくらいするのに、アンヘレスではレストランで飲んでも20P60円くらいしかしない。一般にビールはアジアのどの国も現地の物価に比べると割高だけど、フィリピンのビールはかなり安い。しかも味も申し分ない。

12月28日(月)
 今日はピナツボ山の近くに行ってみようとは思っていたが、特に準備はしておらず、レセプションの人に行き方を尋ねてもよくわからない。しかも雨が降っていた。ガイドブックに載っている旅行社に行って内容をきくと、ピナツボ山の近くの数時間のトレッキングがガイド付きで650P。ただしこれは2人以上の場合の料金で、1人だと1000Pとのこと。明日は私以外には参加者はいないというので、800Pで行くことにした。

12月29日(火)
  朝8時前に旅行社の車が迎えに来て出かけた。40分くらい車で山の方に近づいた後、ある小さな村からガイドと一緒に歩き出した。ここの村の人々の顔は普通のフィリピン人とかなり違う。髪が黒人のように縮れ毛で、顔もアフリカ人に似ている。一般のフィリピン人の顔はマレーシアやインドネシアなどとよく似た顔なので、彼らは少数民族だとは思うがこちらがオリジナルな民族なのだろうか?
 今回のこのトレッキングのガイドは、その辺で遊び回っている子供がそのままちょっと大きくなった青年というような雰囲気で、短パンに薄っぺらなサンダルという実に気楽な服装。そして私の英語もほとんど彼に通じなかったし、彼の話す片言の英語もほとんど聞き取れなかった。
 

ピナツボ山周辺のトレッキング

トレッキングは山に向かってカルスト風の地形を歩き、その内渓谷になり、最後は浅い川をずっとさかのぼって一番上流の温泉がわき出すところまで行くというものだった。ピナツボ山はちらっと遠くに見えただけだったし、今回歩いた付近が1991年の大噴火とどういう関係にあるのかよくわからなかった。ガイドの青年に話してもほとんど意志の疎通ができなかった。青年は優しくてよく気配りはしてくれてはいたが。
 このトレッキングは大部分は川の水(上流に温泉があるので、水は生暖かい)の中を歩くので、サンダルを持ってきていなかった私は裸足で歩いても足裏が痛かったし、靴で歩いても靴の中に小石が入ってきてとても歩きにくかった。
 午後2時頃にはアンヘレスに戻った。
 アンヘレスの街では夜になると通りのあちこちで鶏を回転しながら1匹毎丸焼きにして売る屋台がたくさんあって、とてもおいしそうだったので1匹頼んで食べた。(1匹120P、1匹はとても食べきれないが、半分頼むとかなり割高になるので)

12月30日(水)
 今日はマニラに戻ることにした。レセプションで民間バス(マニラ行きはフィリピンラビットバス)のバス停の場所を尋ねたら、そこまでホテルの車で送ってくれた。ほんとにアンヘレスのこのMarlim Mansionsはとてもいいホテルだったと思う。しかもインターネットで使った市内電話代は無料だった。市内電話が無料かまたは時間が無制限というのがどこの国でも一般的なのだなあと思う。ところで今朝はホテルのレストランに日本人客がいたし、マニラに戻っても少なくともホテルにはかなり日本人がたくさんいた。この前マニラを離れるときまではそうではなかったので、年始年末の旅行客が来たのだなあと思う。
 アンヘレスからは民間バスフィリピンラビットバスに乗ってマニラに戻った。69P。アンヘレスに来るときは外国人向けのツーリストバスで300Pだったので、民間バスは相当安い。しかもエアコンでノンストップなのでツーリストバスと条件は変わらない。
 午後2時頃にはマニラに着いたので、荷物を持ったまま、今日の内にビサヤ諸島に行けるかもしれないと思って北フェリー乗り場に行ってみた。ビサヤ諸島にはいろんなところに船が出ているが、私の今回のフィリピンの旅の目的地の一つのボラカイ島の近くに行く便は1月1日の出発だった。午後5時発で到着は翌朝7時頃らしい。もうほとんど空席はなく、エコノミーのチケットを購入した350P1050円。フェリー乗り場からはかなり苦労して、ジープニーと高架鉄道で以前宿泊したセンターポイントホテルに行き、チェックインした。
 尚、今日フェリー乗り場近くまで乗ったジープニーの運転手は、私が降りるときフェリー乗り場までの行き方を教えてくれた上(ほとんど聞き取れなかったけど)、料金を受け取ろうとしなかった。フィリピン人は親切だなあと思う。旅に出て以来、公共の乗り物に乗って料金をただにしてもらったという経験は他の国では記憶がないなあ。間違いで結果としてただになったということはあったが。

12月31日(木)
 フィリピンはマニラはいいけど、田舎に行くとワールドワイドのキャッシュカードが使えるATMが少ないようなので、直接マカティーにあるシティーバンクに行ってビサヤ諸島旅行のための現金を引き出してきた。その他は何もせず。
 衛星放送で今NHKの紅白歌合戦をしているが、今一面白くないなあ。特別な懐かしい感じもまったくわかない。むしろ旅が終わりに近づきつつあるのが実感されて、その方がむしろ寂しい感じがする。
 アジアはいいですよ。みなさん。特に東南アジアは。