64,ネグロス島        フィリピンの地図

1月6日(水)
 朝、イロイロ市のホテルのレセプションでネグロス島のバコロドBacolodへの行き方を教えてもらってからホテルを出た。このホテルChito's Iloilo Penshonでも市内電話でインターネットをたくさんしたが(フィリピンの地図の画像を捜したりもしていたので、合計40分くらいは使用している)、やはり電話代は無料だった。
 タクシーでバコロド行きの船が出る波止場までタクシーで行った26P。ネグロス島はパナイ島のすぐ東側にあって、バコロドはそのネグロス島の西海岸側にあり、西ネグロス州のの州都でもある。波止場で船のチケットを買うと195Pもした。たった1時間しかかからないので、フィリピンのローカルの交通費と比べると相当高い。例えばマニラからボラカイ島までの1晩の船の料金が350P、カリボからイロイロ市までの4時間のバスが64Pしかしない。料金を聞いたとき、最初95Pだろうと思って100P札をだしたらチケット売場の係官はじっとしているので、おかしいと思ってもう一度聞いたら195Pだった。
 船は10時半に出航した。かなり豪華な高速艇で、室内、座席は飛行機並で揺れもほとんどなく、エンジン音もほとんど聞こえず静かだった。ライフジャケットの着用の仕方をビデオで説明するのも飛行機と同じだし、有料ではあるが、スチュワードが飲食の注文を取りに来たりした。これだけ豪華なら195Pはするかなあと納得はした。
 ちょうど1時間で11時半にはバコロドに到着した。バコロドの港にはシャトルバスが待機していて、私が行きたいバスターミナルにも行くようなので、そのシャトルバスに乗った。ネグロス島の北端にCadizという街があって、そこからバンタヤン島Bantayan Island行きの船が出るというので、私はそのCadizに行くつもりだった。バコロドのセレスライナーバスターミナルに着くと、バスのフロントにCadizと書いたバスが停まっていてすぐにも発車しそうな雰囲気だった。それでもトイレに行ってミネラルウオーターを買ってからバスに乗ったら、すぐにバスは発車した。
 バスはマイクロバスよりも少し大きいくらいの中型車だったが、時速100km以上の猛スピードで飛ばすので少し恐かった。
 ネグロス島は「フィリピンの砂糖の島」と言われているくらいに有名なサトウキビの産地のようで、フィリピンのサトウキビの生産の60%を占めているらしい。私がバスで移動したネグロス島の北西部は特に平原になっているようで、バスに乗っている間ずっと広大なサトウキビ畑が続いていた。地平線の見える限りどこまでもサトウキビ畑になっていて、沖縄などで見る風景とはかなり違うように思った。プランテーションタイプのサトウキビ畑だ。
 2時間弱で午後2時前にCadizの街に到着。トライシクル(サイドカー付きオートバイ)でバンタヤン行きの船が出る波止場まで行ってみたが、船は1日1便だけで朝出航するらしい。今日の内にバンタヤン島に行くことは不可能とわかったので、トライシクルの運転手に頼んで、街に引き返しホテルに連れていってもらった。そのホテルRL Apartelleは何と私がバスを降りたターミナルのすぐ隣だった。後でガイドブックを見てみると、唯一載っていたたった1軒のホテルそのものだった。部屋はベッドとファンだけの部屋(シャワートイレは共同)が75P225円、エアコン、テレビ電話付きの部屋が500P1500円の2種類だった。75Pの部屋は小さいがとてもきれいので、それを選択した。田舎に来ると部屋代も東南アジア標準の適正価格?になっている。今回宿泊した部屋はフィリピンに来て最初に泊まったマニラのマラテペンションの部屋と同じ条件だが、こちらが8分の1も安い。それにしてもフィリピンの宿はエコノミーの部屋ととエアコンなどが付くデラックスの部屋との料金の差が大きすぎるなあ。
 

Cadizの波止場の対岸

Cadizは小さい街なのに、やはりとても活気があって賑やかだ。日本ではほんとうにこんな離島の最果ての街みたいなところが活気があるなんて考えられないなあと思う。
 夕食はホテルのガードマンに教えてもらって、少し大きなオープンタイプのレストランに行って食べた。カラオケがセットしてあって、地元の青年達が歌っていた。フィリピンの人口の年齢構成はまだ20代以下が半分以上だそうだから、多少は若者が都市に流れているにしても、まだたくさんの若者が田舎にいるからこんなに活気があって賑やかなのだろうと思う。

65,バンタヤン島

1月7日(木)
 昨日トライシクルのお兄さんはバンタヤン行きの船は9時頃出航すると言っていたが、ホテルの人は8時だというので少しあわてて7時半頃波止場に行ってみた。波止場といっても単なる川の橋の下の岸辺という感じ。大きめの古い船が停まってはいるが、ほとんど乗客が乗っていなくて、とてもすぐには出発しそうな雰囲気ではない。しかも明らかに引き潮で船は川底にのっかっているという感じだから、船員に聞いてみるとやはり今は波が低いから出航は11時か12時頃だと言った。こんな遅い時間に出るのなら、昨日もう少し早い時間にここに到着していたら昨日の内に来れたのにと少し後悔した。何もすることがないので船室の座席で本を読んだりして過ごした。乗客は徐々に増えてきて、みんなはビデオで映画を見ていた。フィリピンのビデオの洋画(英語版)はすべて字幕スーパーがない。街の看板はほとんど英語で、テレビやラジオも新聞も英語が多い。ほとんどの人は英語を解するようではあるが、現地人同士は決して英語を話さないので(まだ見たことがない)、なんだか不思議な感じがする。会話以外で使うのはほとんどすべて英語で、地元の人同士の会話だけ現地語を話すという状態だと 思う。
 ところでこの古い船は以前は日本で使用されていた船のようで、「救命胴衣は腰掛の下に納めてあります。」とか「こんにちは!美しい日本 食品容器環境美化協議会」などと書かれたのステッカーがそのまま貼られていた。
 水面が明らかに高くなってから船はやっと12時半頃出航した。ちょうど4時間かかって4時半頃にバンタヤン島のバンタヤン(島と同じ名前で西側にあって、島の一番の都会)に到着した。バンタヤン島はネグロス島のとセブ島との間の北側に位置している。ボラカイ島よりは大きい。州はセブに属している。船が港に到着するとたくさんのポーターやトライショー(自転車のサイドカー付き)の人が入ってきた。このバンタヤン島についてはガイドブックにも詳しい情報は書かれていないので、トライショーに乗って私の目的地であるSanta Feサンタフェ行きのバス(ジープニー)の出るターミナルまで連れていってもらったら10P、ターミナルは港のすぐ前だった。ジープニーの乗務員達はとても人なつっこい青年達で、お客さんが満員になるまで待っている間いろいろ話しかけてくる。彼らの話を聞いて、ガイドブックにもあるKota Beach Rezortで降ろしてもらうことにした。
 バンタヤン島でもっとも美しい海岸はサンタフェの街(島の南東部 セブ島寄りの方)の近くにあって、宿泊施設は4軒しかない。約30分くらいでKota Beach Rezortに到着した10P。レセプションで受付をしていると、たまたまロビーにいた美男子2人が日本語で話しかけてきて、しばらく会話した。彼らはダンサーとして6ヶ月間日本で働いていて年末に戻ってきたばかりだそうだ。日本での収入は彼らの手に入るまで、いろんなところでカットされてしまうがそれでもフィリピンとは比較できないぐらい良かったらしくて、また行きたいと言っていた。それにしても、ほんとにおかまではないかと思うくらいとても可愛い青年達だったなあ。
 Kota Beach Rezortの部屋は一番安いのがファン、水シャワートイレ付きで550Pだった。
 少し休んでからホテルのレストランに夕食に行って、ビール飲みながら食べていると今度はまた別の日本語使いの男性が現れて、今度は少しは怪しげではあるがビールを飲みながら話をした。ロバートさん30才といって、元々はこの島の出身で今はセブ市に住んでいるが、今回は知り合いの日本人のガイドとしてやって来ているとのこと。
 サンタフェはビーチの背後はすぐにサンタフェの街(村と言った方がいいかも)になっていて、街そのものはいかにも田舎という感じで実に雰囲気がよい。観光客はとても少ないので街そのものも観光客を相手にしてはいない。ホテル付属のレストラン以外にはレストランなどもなく土産物屋などもまったくない。これまで私が行ってきたリゾートとはまったく雰囲気が違うがもちろんこちらの方が圧倒的に良い。
 食後ロバートさんが、この辺を散歩しに行きましょうというので、歓楽施設もまったくないところなので多少は安心して出かけた。サンタフェは離島のさらに離島のしかも少しはずれた所にある街なのに、やはりとても賑やかで日本でいえば田舎の村の祭りくらいには人がうろうろしている。車はほとんどない。ロバートさんのまたいとこがやっているという、この街唯一の大通り(といっても村の中の大きい道といった感じ)沿いにある小さな商店の軒先でビールを飲んだ。サンミゲルビールには320m入りの小瓶しかないと思っていたが、1リットルの大瓶もあった。1リットルだから日本の大瓶よりも一回り大きい。それをお店で買うと30P90円しかしない。小瓶は11Pくらい。ロバートさんとまたいとことの3人で大瓶3本を飲んで、当然?私が90Pを支払った。何か飲み食いしたら私がきっと払うのだろうと、それくらいは覚悟して一緒に来ているので驚きもしなかったが。しかも270円だし。

1月8日(金)
 

Budyong Beach Rezortのコテージ

Kota Beach Rezortのレストランで朝食をしてからホテル前のビーチを見学した。ちょうど日本人の若いカップルが小船をレンタルして出かけるところだった。Kota Beach Rezortのすぐ隣にBudyong Beach Rezortがあって、そこはコテージが全部浜そのものに建てられていてとても雰囲気が良い。料金も今のKota Beach Rezortよりも安くて350P1050円なので、そこに移ることにした。このサンタフェのビーチは距離は長くないがとてもきれい。しかも今日移ってきた部屋は一番海寄りにあって、部屋の前のベランダに座って眺めているだけでもとても気分がいい。このビーチは南側に丸く突出したような形になっているので、日の出も日の入りもきれいに見ることができる。マリンスポーツ類も全くなく、浜に出ている人も常に数人以下くらいで静かでもある。といっても地元の青年や子供達が遊んでいたり、小さな漁船が浜に着いて魚を売っていたりしているので、寂しげな雰囲気でもない。ビーチリゾートいうような所にはたくさん宿泊したが、浜そのものに部屋が建てられているのは初めてだった。旅に出て以来訪れたビーチリゾートでは最高点だと思う。もし近い将来フィリピン旅行でボラカイ島に行こうと計画している人がおられるなら、ぜひ変更してバンタヤン島にしてみたらどうでしょうか?セブから来るなら交通もこちらが便利です。ボラカイなんかに行くべきではありません。ただし、観光客だらけで賑やかなところが好きな人にはバンタヤンは向いていないと思う。ここは1人で長期滞在している欧米 人女性などもいるくらいだし、1人でいてもまったく不自然ではない。
 ホテルを移ってからコテージの前の椅子でくつろいでいたら、ロバートさんがやってきた。多少うるさいなあとは思いながらも、少し話をしてから一緒に泳いでホテルのレストランで昼食をした。本来なら彼の昼食代は彼が一緒にいる日本人の払うべきもののはずだが、私が支払った。2人でビール4本くらいも飲んで全部で750円くらいではあるが。ロバートさんは悪い人出はなさそうだし、楽天的な性格のようではあるが、フィリピンの日本語使いは、かなりの人はこんなような生活をしているのかなあと思ってしまう。海外で近寄ってくる日本語使いには気を許さないのが鉄則なので私ももちろん警戒は怠ってはいない。セブに来たら彼に電話してくれたら、いろいろアレンジしてくれるというのだが、話がうますぎて信用はできない。
 夕方街をぶらついていたら、例の商店の前で早々とロバートさん達が酒を飲んでいて私にも声をかけてきた。ロバートさんがガイドしているという日本人の菅原さん39才もいたので、しばらくぶらついてから戻って菅原さんと話しながらビールを飲んだ。菅原さんはセブに住みだしてから2年くらいになるらしい。日本ではエンジニアだったが退職金で親から受け継いだ土地にアパートを建てて、その収入でフィリピンで暮らしているという人だった。穏やかで人の良さそうな人だった。セブやフィリピンの話、またロバートさんとの関係のことなどいろいろ聞いた。ロバートさんがこのバンタヤン島の出身なので一緒に来て数日滞在しているらしい。ロバートさんはガイドと言っていたけど、菅原さんの話によれば菅原さんのお金で一緒に連れてきてあげたというような雰囲気だった。ロバートさんを時々しかりつけたりしていたが、子分みたいに可愛がっている雰囲気もあった。セブでは3万円くらいで1カ月充分生活ができるらしい。ただし菅原さんは肝臓が悪いので1カ月に1回は診察のために日本に帰っているそうだ。
 いつのまにかロバートさんの地元の知人青年などが数人集まってきて酒を飲んでいた。彼は勝手にビールを注文したりタバコを買って青年達にあげていた。菅原さんの話によれば、ロバートさんは地元に帰ってきたので、きっと大きな顔をしたがっているのだという。私が途中で帰ろうとして私が払う料金のことを聞いたら400Pぐらいだったので、それは高すぎると思って伝票を確かめたら、私が帰るというのですぐに1ダースばかり新たにビールを勝手に注文したらしい。それはいらいないといって225P675円だけ払った。
 もう遅くなっていたので、結局今夜は大量のビールを少々のつまみだけの夕食になってしまってそのまま寝る。

1月9日(土)
 ホテルのレストランで朝食ををしていると、菅原さんがやってきて今日セブに帰ると言われる。すでに彼はチェックアウトしたが、ロバートさんは朝まで部屋には戻ってこなかったらしい。セブの情報などいろいろ聞いたりしているとロバートさんが現れた。まだかなり酔っているようで菅原さんがしかっている。しかも私たちが話している間にいつのまにかまたビールを頼んだりして飲んでいて菅原さんに怒られていた。酒さえ飲まなければいいやつですけどねえと菅原さんは言っていた。
 

パラダイスビーチで

朝食後コテージの前で休んでいるとトライショーの運転手がやってきて、どこどこに行かないかといろいろ勧誘してくる。昨日前の浜で泳いだとき珊瑚礁が見えなかったので、珊瑚礁のきれいなところはどこかと聞いたりして、結局ここから4kmくらい離れたパラダイスビーチに連れていってもらうことにした。往復で120P。きれいな道は最初のちょっとだけで後は畑の間の小さながたがた道になり、自転車のサイドカーに乗っているのも大変だった。しかも最後の数百メートルは自転車を降りてやぶの中の小道を歩くというけっこうハードなものだった。しかし、苦労した分だけ無人のパラダイスビーチは絶景だった。でも肝心の珊瑚礁はかなり遠くまで泳ぎ回ったにもかかわらずほとんど見ることはできなかった。昨日ボートをレンタルした日本人カップルに彼らが帰ってきた直後聞いたところによると、パラダイスビーチの珊瑚はきれいだったと言っていたので、きっとボートで来てビーチの沖で停泊してシュノーケリングしないと珊瑚を見るのは無理だと思った。珊瑚礁を見ることができなかったので、トライショーの運転手は気にしてはいたが、たいした問題ではない。(日本人カップルと話したとき (主に女性と)、新婚旅行かと聞くと、「いいえ、会社の人です。たまたま休みが同じだったものですから。」と答えていた。)

 

ずっとついてきた熱帯魚 体長3cm

午後はコテージの前の海で再び泳いだ。今度はかなり沖まで行ってみたがやはり珊瑚礁は見えなかった。ダイナマイト漁で破壊されたのかもしれない。それでも魚はけっこうたくさんいて、泳いでいる途中からいつのまにか3cmくらいの黄色の(黒い縞)きれいな熱帯魚が私の胸元で泳いでいて離れようとしない。時々Tシャツの中に入ったりしてくる。おそらく30分以上は泳ぎ回っていたが絶対に離れようとしない。大型の魚などの腹側にえさのおこぼれをもらおうと小さな魚がくっついているが、あれと同じだろうなあと思った。どこに行ってもまた潜ったりしてもずっとついてくるので、何だか愛おしくなってしまった。私は人間にさえこんなにつけ回されたことはない。きっとこの可愛い小魚は女性でしょう。なんとか1度は部屋まで持っていってやろうと思って、海底から拾ったビニール袋ですくってやろうとするがするっと逃げてしまってなかなかうまくいかない。しかし、この小魚は私が捕らえようとしているのに逃げようとしない。だから結局かわいそうだがビニール袋に閉じこめてコテージもって帰り、しばらく鑑賞したり写真を撮ったりしてからすぐに海に放してやった。
 

サンタフェビーチの夕日

今日のこのビーチの日の入りはとても美しかった。

1月10日(日)
 今日は昨日までと違ってとても天気が悪い。風が強くて時々雨が降る。波も高いのでとても泳げる状態ではない。海に入れるなら昨日の小魚の彼女にまた会えるかなあと期待していたのに。
 フィリピンの気候はマニラは暑かったのに、ビサヤ諸島にきてからはとても涼しい。クーラーはもちろん必要なく、ファンもたまに必要な程度。もちろん海水は冷たくないので水泳は最高の条件。もしこれが1年を通してこのような気候なら熱帯といっても素晴らしい気候だなあと思う。年を取ったら寒い日本で過ごさずにフィリピンに行こう?
 今日は天気が悪いので、どこにも行かずに読書をしたりして過ごした。


66,セブ市へ

1月11日(月)
 今日も天気が悪く、雨は降っていないけど、風が昨日より強く波も高い。もしバンタヤンの次に行くところがなければ2週間くらいここにいてもいいなあとは思うけど、今日出ることにした。近くのサンタフェの波止場から対岸のセブ島のHagnayaという所に午前9時半に船が出るので、9時前に行ってみたら船の姿はなく、乗ってきたトライショーの青年は「今日は波が高いから船は出ない、明日出る。サンタフェビーチクラブ(他のホテルの名前)に行こう」などと言うが、待っているお客さんも少しいるので、彼を無視して待っていた。その後続々乗客が来たが、船が来る気配がなかった。サンタフェの波止場の付近は特に波が高いようで、午前11時頃急に船を待っていたたくさんの乗客がトラックやジープニーに乗って動き出した。聞いてみると近くの波の静かな浜の沖合に船が停まるので、そこに行くという。私もあわててジープニーの最後尾にへばりつくようにして立って乗って浜まで行った。そこは私が先日行ったパラダイスビーチの近くのようだった。その浜はサンタフェの波止場と比べるとかなり静かなように見えた。
 船から小型のアウトトリガータイプのボートに乗って乗客が浜にやって来て、今度はそのボートに浜で待っている人が乗るというやり方だ。何隻かのボートが運航していた。
 フィリピンのボートはすべてアウトトリガータイプの船になっており、このタイプのボートは確かに転覆はしにくいだろうが、逆に今回のように大型の船に船体を直接横付けすることができない。
 浜からボートに乗って船に行くまでの間にボートの船員がこのボートの料金を今から徴収するというようなことを言った。そうすると乗客はいっせいに厳しい顔つきでその船員にブーイングをかける。近くにいた女性が欧米人に説明していたのを聞くと、船員は1人20Pと言ったが乗客は高すぎるので10Pにしろと抗議したらしい。しかし船員は15Pまでしか下げないので、乗客は不満を言っているらしい。結局乗客に負けて1人10Pということになった。
 

本船に乗り移る

一見静かに見えていたのに、沖合はかなり波が高くてトリガーボートから大型船に乗り移る時、ボートと船の間に幅15cmくらいの板がかけられ、その板の上を渡っていくのだが、かなり恐かった。ボートの船員達も必死の形相で女性や老人子供が乗り移るのを援助していた。
 船は大量の荷物も運び入れたりするので、結局本格的に走り出したのは午後1時前頃になっていた。船の料金は58P。沖に出て走り始めると船は大きく揺れて、数メートルくらいはアップダウンする感じで時々船室にも水が入ってくるくらいだった。私はこんなに揺れる船に乗ったのは初めてではないかと思う。私は車酔い船酔いに強い方ではないので、少し心配していたが、船の航行時間が1時間ちょっとだったので大丈夫だろうとは思っていた。私の席の前方に、どういう関係の人達なのかはわからないが、4〜6才くらいの子供(ほとんど男の子)が8人くらいと何人かの付き添いの大人のグループがいた。子供達は船が出発するまでは楽しそうにしていて昼食のサンドイッチやお菓子を食べたりしている。私でさえも今は食べたり飲んだりしない方がいいと用心していたのに、船が出発して大きく揺れ始めるとまず子供達からはき始めて、結局子供達は全員嘔吐していた。大人も嘔吐している人が多かった。地元の人は船には慣れているのでは思っていたが、私が予想するほど彼らはあまり移動するということはしていないのかもしれない。
 子供の集団に1人だけ明らかに日本人顔の男の子がいて、なんだか多少何とも言えない気持ちになってしまったな。
 少し気分悪くなり始めた頃(午後2時過ぎ)に対岸のセブ島のHagnayaに到着した。波止場にはすでに3台くらいのセブ市行きの大型バスが待っていて、乗車するとすぐに発車した。約3時間近くかかって午後5時前にセブ市に到着した。料金78P。
 セブ市はマニラと変わらないほどの大都会だ。乗務員に聞いて、ターミナルに着く前に下車したら、そこが私が目星をつけていたホテルの集まっているダウンタウンだった。おかげでタクシーなど乗らずにホテルに行くことができた。中級ホテルのセンチュリーホテルにチェックイン。シングル385Pでエアコンホットシャワー付きでしかも市内電話でインターネットも可。セブはマニラよりホテル代は安いようだ。
 セブ市には日本からも飛行機の直通便があり、日本人にとってはとても有名な観光地だと思うが、ガイドブックを見ても市内には見所はあまりない。空港のあるマクタン島には高級リゾートビーチがあるようだが、これまでの経験からするとたいしたものではないと予想できる。
 それでセブ市では観光はせず、すぐにセブ島の南側の西海岸にあるPanagsama Beachに行こうと考えている。そのビーチの対岸にあるPescador Islandは珊瑚礁がとてもきれいだそうである。