69,レイテ島

1月30日(土)
 今後の予定は船でレイテ島に渡り、レイテ島のタクロバンからマニラ行きの長距離バスに乗ってマニラに戻るだけだ。朝5時発の高速艇に乗れば今日の内にマニラ行きのバスに乗れるので、朝4時に起きるように目覚ましを設定していたが、やはり起きなかった。8時過ぎにセブ市のセンチュリーホテルを出て、タクシーで港に行き、8時45分発のレイテ島のオルモック市行きの高速艇に乗った。この高速艇も以前にイロイロ市からネグロス島に渡ったときに乗ったのと同じ様なもので、かなり豪華な客船だった。オルモックまでの約2時間半の航行時間で料金が270Pとかなり高かった。(6時間くらいかかる普通のスピードの船もあるようである。)
 11時過ぎにオルモックの港に到着。港の入り口にあるバスターミナルから今にも出発しそうなタクロバン行きのエアコンマイクロバスがあり、乗務員に誘われるままにそれに飛び乗った。オルモックはレイテ島の西海岸側にあり、タクロバンは東海岸側にあってバスで約2時間かかった90P。タクロバンはレイテ州の州都でもある。そしてオルモックもタクロバンも太平洋戦争の激戦地だったらしい。私はこのビサヤ諸島の中で、今回ここに来る前から知っていた島の名前は2つだけ。1つはもちろんセブ島、これはもちろんあまりにも日本人に観光で有名になったから。そしてもう一つはこのレイテ島。I shall return!の島だ。
 オルモックからタクロバンまでの沿道の田園風景はとても美しかった。ここが昔激しい地上戦をしたところかと感慨深げになろうとしたが、そうはならなかった。ただ久しぶりのバス移動だったので、ああ旅をしているのだなあという実感はあった。
 フィリピンも日本が占領時代に他のアジアの国々と同様に悪行の数々を働いたはずだけど、他の国々と違ってフィリピンでは日本軍の悪行を告発し、展示しているというような場所(博物館など)をほとんど見かけないように思う。どうしてだろう。単にフィリピン人が博物館や歴史館など作るのがへただけなのかもしれないが。

 午後1時20分頃タクロバンに到着した。バスターミナル近くの食堂で昼食をしてから、食堂の青年に道を聞くと、すぐに近くに新築のホテルがあると教えてくれた。街の中心にホテルが集中しているので、そこに向かおうと思っていたが、青年の薦めに従ってHotel Alejandroにチェックインした。ディスカウントしてくれて1泊760P。タクロバンの中級以下のホテルはかなり安そうだったので、ちょっと高いかなあとは思ったが、ほんとにぴかぴかの新築だったので満足することにした。
 すぐにレセプションの女の子に頼んで、明日朝発のマニラ行きの長距離バスの予約をした。
 それからタクロバンの南側にあるPaloという街にジープニーに乗って出かけた。Paloの海岸にはマッカーサーが上陸したところに記念公園があるのだ。Paloの街まで30分くらいかかった5P。さらにトライショー(人力車)に乗って公園まで行く。トライショーの運転手はまだ中学生ぐらいの男の子だった。30分以上かかったので、15Pというところを20Pあげた。

マッカーサー上陸風景の像

 マッカーサーの上陸記念公園は海岸を単に公園にしているだけで、マッカーサーの1団が上陸していく風景を彫像にしたものがあった。ここはレッド・ビーチとも言うらしい。ここにマッカーサーが上陸したのが1944年10月20日。50周年の行事ということで1994年の日付でその当時の世界の首脳からのメッセージのレリーフがたくさん飾られていた。日本の首相からのは「永遠の平和」と書かれた村山富市首相からのものであった。
 周囲に特に記念館のようなものもなく、ちょっと拍子抜けではあった。
 ホテルに帰り着いたのは午後5時くらいになっていて、まだ体調が充分回復していないのか、かなり疲れていた。
 
1月31日(日)
 午前9時前にタクロバンのバスターミナルに行ってみた。マニラ行きの長距離バスの会社はいくつかあるようで、私が予約したCULバスのオフィスに行ってチケットを購入した645P。尚予約表をちらっと見てみると座席を予約していたのは私だけだった。ガイドブックにはマニラ行きのバスチケットは前日までに予約していた方がいいと書いてあったけど、実際には地元の人は誰も予約なんかしていないようだ。9時半頃になってバスが来たので乗り込んだが、バスはなかなか発車せず、結局乗客で満員になってから1時間以上遅れて10時40分頃出発した。
 タクロバンを出てからすぐにサマール島に渡るSan Juanico橋を通った。この橋はマルコス大統領時代に日本の援助で建設された橋だそうで、東南アジアで最も美しい橋の一つだそうだ。バスの中からちらっと後ろを振り返って橋を見つつレイテ島にお別れした。
 サマール島はビサヤ諸島の中では最も東側にあり、私が反時計回りで旅行してきたビサヤ諸島の中では最後の島になり、サマール島の北端の街Allenからルソン島の南端の街Matnogにフェリーが出ていて、バスはそのままフェリーに乗りマニラに向かう。
 サマール島の西海岸側を北上するのに、意外と時間がかかりAllenに到着したのは夕方の5時頃だった。フェリーが出航したのが午後6時半頃で、8時前にルソン島のMatnogに到着し、さらにバスに乗って動き出した。夜中もずっとバスは走り、時々食事の休憩やトイレ休憩があった。トイレといっても必ずしもトイレがはっきりとあるわけではなく、男性はほとんどその辺で立ちション。女性はこういう長距離バスで移動するときは大変だろうなあと同情してしまう。

2月1日(月)
 午後12時40分にバスはマニラのケソンのバスターミナルに到着した。レイテ島のタクロバンからちょうど26時間かかっていた。
 ビサヤ諸島の旅に1月1日にマニラを出発したので、ビサヤ諸島を1周するのに32日間かかったことになる。予定は実は2週間ほどだったから、ずいぶんかかってしまった。
 セブ市でセブ→マニラ間の飛行機のチケットが1500Pで売られていたから、バスの料金が645Pというのはちょっとバスが割高のように思う。ただ私がバスに乗った理由は、たぶんこれがこの旅の最後の夜行バス(深夜特急?)になるからと思って、少し意地になって乗ったということもある。
 しばらくマニラで休んでから台北行きのチケットを入手し、台湾に渡ろうと思う。

2月3日(水)
 初めて旅行社を訪ねて台北行きのチケットを購入しようとした。片道でもOKだというので、それを頼んだらやはり台湾へのチケットは片道だけでは旅行社のコンピューターが拒否したようだ。台湾への入国の条件にやはり出国のチケットを持っていることが条件になっており、台湾はタイやインドネシアなどのようにその条件がいい加減な国ではなさそうだ。モアルボアルで聞いた情報によると、もし強引に出国チケット無しで台湾に入国しようとすれば台北到着時に強制的にノーマルチケットを買わされることもあるなんて話をしていた。マニラ−台北の片道なら200US$、往復なら330US$らしい。しかし、台北→マニラはオープンにしていても近い将来使う可能性はゼロ。同じ旅行社で往復でなく、台北→日本のチケットをオープンで買えるかというと、そんなことはできないというのでそこは引き揚げた。単に面倒くさいからそんな答え方をしたのだろう。これだけの交渉をするのに1時間以上も時間がかかっていた。

2月4日(木)
 別な旅行社に行き、台北行きのチケットを入手。香港のキャセイパシフィック航空で2月6日の朝7時初マニラ→香港→台北というルート。台北→日本は1年オープンにすることができた。これで380US$、ちょっと高いが、フィリピンで買えばこんな値段になるのかもしれない。

◆フィリピンは日本に帰る途中にほんの少しだけシュノーケリングだけでもやって行こうとだけ、当初は考えていましたが予想以上にかなり長い期間滞在する結果となりました。
 フィリピンに到着直後は、かなり治安が悪いのではないかと身構えていましたので、多少緊張しながら歩いていました。ところが他の国と同じように、この「治安が悪い」という日本で身につけた「偏見」はほんとに問題があると思います。フィリピンの旅を終わってみて「結果」は、治安は他の私が訪れたアジアの国々と何ら変わらないということです。 今は私もマニラでさえあまり緊張することなく歩いているし、マニラ以外の田舎では夜に一人歩きしてもほとんど問題ない治安です。
 どうしてこんなにフィリピンは「治安が悪い」と日本では信じられているのかと考えてしまいます。一つはミンダナオのイスラムのゲリラ(独立運動?)の活動と、もう一つは金持ちの家族の誘拐が頻繁に起こっているからだろうと思います。
 きちんとした情報を私は持っているわけではないけど、ふらふら自由に旅行している日本人(他の外国人も含めて)が、フィリピンで凶悪な事件に出会うということはほとんどないだろうと考えています。物を盗られたとか、睡眠薬強盗されたとかいう話は他の国でも同じように起こっていることだし、それは各個人の用心の仕方にだけかかっていると思います。私は今回のアジアの旅で、日本語や英語で話しかけてくる人々は「ほとんど無視」していたため、危ない目にも遭いませんでしたが、その代わり現地の人と交流するという機会もとても少なかったと思っています。どの辺で見極めるかということだけだろうと思います。
 フィリピンは当初欧米ナイズされていて、何なのだというような印象も持ちましたが、ほんとは決してそうでもなく、他の国と何ら変わらなく、まぎれもない「東南アジア」だと思います。
 美しい自然もまだたくさん残っているし、人々もとても親切で穏やかだと思います。タイなどと比べて外国人旅行者がとても少ないのは、大部分が「偏見」?によるものでちょっと可哀想だと思います。観光で関わる交通網もかなり立派だと思います。ホテル代も高いのはマニラだけだし、インターネットの環境も地方でも何も問題なくその点ではアジアでも優秀な方だと思います。
 だからみんなでフィリピンにもっと行きましょう! 日本の隣国でもあるし。

                                   Good bye Philippines