実際にあった話です。昨年の国立天文台の三鷹地区の一般公開でのこと。そのとき、私は、来訪者の一般質問コーナーを担当していました。その質問の中の一つ。
「ここ(国立天文台)で働くにはどうしたらいいですか?」
聞けば、W大の1年で物理を専攻しているという女の子。「天文学を勉強するにはどうしたらいいですか」というのはよくある質問ですが、いきなり「天文台で働くには」なんて聞かれるとは。とにかく、そのときは、「物理と数学をしっかり勉強して、大学院でしっかり研究として、立派な論文を書いたら就職できますよ」と、とりあえず、さしさわりのない答え方をしておきました。(大学一年だし、いきなり厳しい話をしてもねえ)
ところが、隣でやはり質問コーナーを担当していた某大学院生。
「おれたちが聞きたいよな(やや自虐的に)」
研究職につきたい…しかし
というふうに、私たち大学院生の就職状況(ここでいう就職は「研究職」に就くこと)が厳しいものであるのは、ここで改めていう必要はないでしょうし、すでに皆さんも認識していると思います。すでに博士課程まで歩んできた、あるいはこれから博士課程に進もうとしている皆さんには、厳しい就職状況は覚悟の上でしょう。しかし、いくら覚悟していても、現実はやってきます。研究職につきたいと思って、大学院で研究を続けて、学位を取ります。しかし、学位を取れども、すぐに職をありつけるわけではありません。2年から3年、あるいはそれ以上の期間、様々な形(いわゆるポスドク)でオーバードクター(OD)という形で研究を続けます。そのポスドクにしても期限があり、期限が切れる前に就職できなければ、あらたなポスドクに応募することも珍しくありません。しかも、公募されるポストは決して多くありません。また、経済的な問題もついて回ります。給与を受けているポスドクの場合(例えば、日本学術振興会の特別研究員や、COE研究員)はまだいいとして、研究生などの場合アルバイトに頼るのが実状です。特に既婚の人は、経済的問題は重くのしかかります。また、本人に研究を続ける意志があっても、周囲がそれを認めない場合もあります(いわゆる、見切りをつけられる)。
そして、結局、将来的展望、経済的な理由、周囲の圧力によって、研究者への道をあきらめなければいけないとき、果たして、研究者以外の就職先というのは、あるのでしょうか。
研究者以外の就職先
結論からいうとあります。私たちの天文学の研究を通して得た知識と経験を活かして、様々な職を選択することが可能です。大ざっぱに以下のような例があげられます。
@メーカー…もっとも多いのがメーカーに就職する場合でしょう。日立製作所、NEC、三菱電気、IBMなどから、最近では、日本クレイ、ニコンなどに就職した人もいます。メーカー側からリクルーターが天文台や個々の研究室に来る場合もあるようです。
A官公庁…ここでいう官公庁への就職とは、いわゆる行政職です。「学位取得者が行政側に回る例がもっとあっていい」と言う教官もいます。政治力のある人であれば、国会議員や地方公共団体の首長になってもいいでしょう。実際に天文学を専門に勉強した人がとある市の市長になった例があります。
B教員…中学・高校などの教員という例もあります。(要教員免状)
C出版・マスコミ…NHKで現在活躍中の高柳氏などの例があります。科学雑誌の編集やテレビの科学番組の企画は、我々の専門性的な知識は大いに役立ちます。文筆能力や取材能力に秀でていれば、サイエンスライターを目指す可能性もあります。
D科学館・博物館…いわゆる学芸員です。学芸員資格が必要なことが多いです。研究活動を続けることも可能です。
E財団…ここでいう財団とは、研究者に助成を行う助成財団です。
Fその他…極端な例になりますが、学位取得後に医学部に入りなおして、医者を目指した例があります。また、中性子星の理論研究をしたあと、電通(広告代理店)に就職した人もいます。
そして、近年、注目を浴びているのが公共天文台の職員です。
「公共天文台」という語は「公開天文台」とも言い、最近5、6年で定着してきた言葉です。
「公共天文台」とは
「おもに地方公共団体が建設・運営し、一般市民や観光客へのサービス・啓蒙活動を行う天文台施設。主たる業務として、観望会・天文教室・天文台の維持管理を行う。天文台によっては研究活動も行っている。」
ということができます。現在、日本には公開用の望遠鏡を有する公共天文台が140カ所あり、そのうち、口径50cm以上の望遠鏡のある施設が約50カ所、口径1m以上の施設が4カ所あります。5年前には口径50cm以上の望遠鏡の施設が28カ所だったことを考えると、驚くべき数と言えましょう。
それでは、公共天文台にはどのような人材が求められているのでしょうか?
ここ数年、様々な形で、公共天文台の職員の募集が行われています。ここでは、天文月報で公募されたものを例にあげて、どんな人材が実際に求められたのか紹介します。参考のためにどのような施設があるのか、つけ加えておきます。
@「かわべ天文公園」(天文月報1995年8月号掲載)
(100cm反射望遠鏡、プラネタリウム)
・高卒以上の学歴を有し天体の観測的研究・教育・普及の総ての分野に興味と意欲があり、一般大衆に星空案内、アマチュアの指導育成ができるもの、更にコンピュータープログラミング情報通信等の特技を持ち公園運営の総てに対応できるもの
A「美星天文台」(天文月報1996年6月号掲載)
(103cm反射望遠鏡)
・1996年4月1日現在で満28歳以下
・大学卒業程度の天文学の素養を持ち、一般市民相手の星空案内ができ、観測的研究・教育・普及の全ての分野に意欲があること、更に、天文台観測環境整備のための機械工作、電子回路の設計製作、ある程度のコンピュータープログラミングも行う意欲があること。
B県立ぐんま天文台(天文月報1996年8月号掲載)
(150cm反射望遠鏡+α)
・22歳以上(1997年4月1日現在)
・ぐんま天文台は研究と教育普及の両立を目標に、専門的な研究活動を行うとともに、子どもたちや県民に「本物に触れる感動」を提供する開かれた天文台を目指しています。情熱をもって研究活動を行い、積極的に普及活動に取り組む意欲のある職員を希望します。
公共天文台の職員に求められるもの
さて、上の公募例を見ると、「天文学の基礎知識」「天文学の研究」「天文の教育・普及」などの能力を問われていることがわかります。
そして、ところによっては「コンピューター」「ネットワーク」「機械工作」「電子回路の設計」などの技術が求められています。
公共天文台に就職するために
それでは、公共天文台に就職するためにはどうしたらいいでしょうか。
まず、公共天文台の公募情報ですが、意外と自分の気づかないところで職員募集が行われていることがあります。「天文月報」に載ってくれれば気がつきやすいですが、天文学会のメーリングリストや光天連のメーリングリストのみで募集情報が流れた場合もあります。従って、日頃から、天文教育普及の関係者と親しくなって、情報にはつねに敏感になっておきます。特に新天文台建設の話があれば、近く職員応募の話が出ると思って間違いありません。(空振りの場合もあります。K県のS市博物館ができるとき、職員募集を期待しましたが、結局、市の職員でまかなわれました。)
たいてい、一人の定員に40人近くが応募します。最近の例で言えば、ぐんま天文台は5人の定員に70人の応募があったそうです。公共天文台は天文の教育普及が主たる業務ですから、その多人数の応募者の中にあって、自分の教育普及の能力あるいは意欲を一生懸命アピールすることです。でなければ、教育大出身者や教員からの転職組に、研究畑の人間は太刀打ちできません。そのほか、地元出身者は、優先されるわけではありませんが、プラス要素にはなります。教員免状や学芸員資格は必ずしも必要ではありません。しかし、持っているに越したことはありません。地元出身にしろ教員資格にしろ、使えるものはなんでも使って、自分をアピールします(言い方は悪いが、売り込む)。
公共天文台の仕事(かわべ天文公園の場合)
公共天文台では、一体どんな仕事(業務)を行うのでしょうか?かわべ天文公園を例にすると、以下のようなものがこれまでにありました。。
1)天文台・施設の維持
(開設業務)、天文台の維持管理、プラネタリウムの維持管理、園内LANの構築・管理、インターネット環境の構築
2)教育普及活動
観望会の実施、プラネタリウムの投影(番組作成)、天体写真・ビデオの作成、天文教室・講演
宿泊プランの作成、貸出望遠鏡のお世話、ホームページ作成、広報誌及び各種発行物の編集・発行
3)研究活動
4)その他
売店コーナーの商品(いわゆる天文グッズ)の仕入れ
教育普及活動が大きなウエートを占めるのはどこでも同じです。しかし、その分、研究活動に割ける時間は少なくなるのが実状です。また、かわべ天文公園はオープンしたのが、今年の6月ということもあり、いわゆる開設業務にもかなり時間が取られました。
私は初めから公共天文台に就職しようと思ったわけではありません。大学院の博士課程に進学し、学位を取って、OD(何年になるかわからないけど)のあと、研究職に就くというありふれた(??)人生を送ろうと思っていました。ここで、私のプロフィールを簡単に紹介しておきたいと思います。
私のプロフィール
矢治健太郎(やじけんたろう)…修士まで東京大学教養学部宇宙地球科学教室に所属。博士課程からは総合研究大学院大学に進学。研究テーマは、「ようこう」、電波ヘリオグラフを用いた太陽フレアの研究。修士時代は私立高校で非常勤講師や、天文雑誌「星の手帖」の編集のアルバイト。博士時代は3年間、日本学術振興会の特別研究員。天文広報普及室でも電話質問回答のアルバイト。その他、若手の会がらみでは、夏の学校の「天文学と社会」分科会の座長や、若手の会の事務局長をやりました。(なんだかんだいいながら、天文の教育普及に強い関心があったのは否定できませんね)でも、まだ、D論あがらないまま、今年の3月に総研大を単位取得退学。
採用されるまでの経緯
さて、昨年の6月。いわゆる「学振応募の時期」の時期です。そのころ、私は、学位取得後はODを2年やって、それで研究職にありつけなければ、そのときまた考えようと、割と楽観的に将来の見通しを考えていました。そこで、指導教官の先生に「学振応募」の件を相談したところ、
「2年先送りしてもポストが回ってくるという保証がなければ、とても推薦状は書けない」
というようなことを言われました。そして、
「もう、(研究を)やめたら?」
世の中シビアです。3回ぐらい、こういう話のやりとりを繰り返した後、今度は、
「自分の能力・適性を考えて、他の職業を探すように」
と言われました。
そこで初めて、他の就職の可能性を考え始めました。しかし、この時点で6月末、一体今の自分に何ができるか?正直なところ迷いました。そこで「研究者になれなかったら」の所でも書いたように考えられる限りの可能性を考え、出版社に勤める親類や天文台外の知人にも相談したりしました。
7月に入った頃、天文月報に、公共天文台の職員公募の記事が載りました。場所は「和歌山県日高郡川辺町」。大阪出身の私としては、思わず関心を引きました。公募条件を見ると、「天体の観測的研究・教育・普及の総ての分野に興味と意欲があり…」とある。実家に近く、この辺りはよく遊びに行ったので土地勘があります。採用されれば、大阪時代の人脈が活かせるとも思いました。思わず、「自分を呼んでいる」と思いましたが、それでも、応募に思い切るまで一月ほど考えました。指導教官の先生に相談したところ、以前にも、「君の場合、人に星の話をするのが好きなんだから、博物館といった方面の方が向いている」と言ってくれたこともあり、二つ返事で「いいんじゃない」と言ってくれました。そのほか、国立天文台にも打診があったらしく、「君がその気なら、強力に推薦するよ」と言ってくる教官の先生もいました。
そして、8月の筆記試験・9月の口述試験(面接)を経て、なんとか採用されるに至りました。
「なんとか」というのは、採用側の方でかなり迷ったらしいのです。まさか、東大出身の博士課程の大学院生が応募してくるとは思わなかったらしく、びびったというのが本音らしいです。ですから、採用されても、「2年ぐらいしたら、よそに行ってしまうのでは」とか「研究ばかりやって、教育・普及は全くやらないのでは」と心配したそうです。そこで、様々な天文施設(公共天文台、教育大学の天文学教室、望遠鏡メーカー)に素性調査を行ったところ、好意的な返事が返ってきたので、採用に踏み切ったということです(いやーー、日頃からネコはかぶっとくもんですねえ)。
というわけで、9月下旬には、私の就職先が決まってしまいました。6月にあれだけ不安がっていたのが嘘のようです。
周囲の反応
さて、周囲の反応はどうだったのでしょうか?自分としては意外でしたが、私の就職結果は周囲には歓迎されました(と思う)。他にも、国立天文台のM先生は、以前から大学院生の就職状況に悩ませていたのか「D論はいつでも書けるが、就職はいつでもできない」と言いましたし、東大教養のS先生は「君に合った就職先だ。」と言ってくれました。また、同時に阪大の宇宙進化講座の山田竜也君(2年前の「天文学と社会」分科会の座長)と同時に採用されたことも話題を呼びました。我々を知る当時の大学院生仲間は「とんでもない組み合わせだ」と言い、10月の新潟での天文学会でも、天文教育関係者にすでに採用結果が広まっていました。
なぜ、この職業を選んだか
以上の経過を経て、私は公共天文台に就職することになりました。では、「なぜ、この職業を選んだか?」今、聞かれれば、次のように答えることができます。
まず、何よりも「天文にこだわりたかった」ということがあげられます。せっかく、天文学をいろいろ勉強してきたのだから、天文に関わる仕事をしたかった。それに尽きます。また、天文教育普及に関心があったとは言え、「研究が続けられる」というのも理由の一つです。私の持論として、研究を通して得た知識が教育・普及に迫力を与える、と考えています。もし、「かわべ天文公園」が全く研究活動をしないというのであれば、きっと応募しなかったでしょう。そして、最後に、「自分の経験・知識が最大限活用できる」ということです。これは、天文学研究を通して得たものだけでなく、様々な人脈(地域的なものを含めて)や、様々な編集・企画能力を活かせると考えました。
以上、「公共天文台とは何か」「なぜ私は公共天文台に就職したか」について書いてきました。とは言え、この場にいるほとんどの人は、研究職に就くことを目指していると思います。しかし、すでに述べた理由などから、他の職種を選択せざるをえない場合があります。そんなとき、天文教育普及に関心があるのであれば、公共天文台への就職を考えていただければ幸いです。
Q 公共天文台は、光学望遠鏡が中心になるが、電波やX線の分野を専攻したものでも就職できるか?
A 私の場合、「電波やX線による太陽フレア」が研究テーマだったし、理論出身の採用者(前出の山田君がそう)もいる。採用の際、研究分野はあまり関係ない(例外はある)。職場の環境によっては、自分の研究も継続できる。また、公共天文台への就職をきっかけに、自分の研究テーマの光学的アプローチを積極的に考えるのも手である。
Q どんな研究ができるのか?
A 今、共同研究という形で、他の公共天文台と協力して、銀河団中の超新星探索を行う計画が進んでいる。観測時間が豊富なことが、公共天文台の利点である。
Q 公共天文台の研究環境や予算について
A 公共天文台は、大学や研究所の研究環境に比べれば格段に落ちる。自分たちの手で、環境整備を行ったり、様々な形で予算(例:科学研究費の奨励研究)を獲得する努力が必要である。かわべ天文公園では、ネットワーク環境を整備し、電子メールやTelnetなど外部とアクセス可能にするなど、出来るだけの環境整備努力している。
Q これからも公共天文台は増えていくか?
A 現在のところ、口径1m以上の望遠鏡を備えた天文台の建設計画が3カ所ほどあり、まだ増える傾向にある。大口径望遠鏡の管理・維持は、高度な専門性が要求されるので、我々のような研究畑の人間が就職できる機会はまだまだあるであろう。