Rooms A
星の散歩道・2000年12月掲載分
12月1日号 「プロミネンス飛んだ!」
プラネタリウム秋番組「THE SUN〜わが名は太陽〜」が
12月3日で投影終了となる。にもかかわらず、この紙
面で紹介する機会がなかった。ほかに優先するべき話題
があったからであるが…。さて「母なる太陽」と呼ばれ
る太陽であるが、われわれは太陽についてどれほどのこ
とを知っているだろうか。そんな太陽の意外な姿をこれ
でもか、これでもかと紹介したのが今回の番組。X線で
見た太陽、電波で見た太陽、かわべ天文公園で見た太陽。
様々な太陽の姿。まだ間に合う。今からでも天文公園に
行ってぜひ見てほしい。
今年は、太陽の活動期ということもあって、この紙面
でも、すでに4度ほど太陽を話題にした。ご記憶だろう
か。実際、大きなフレアや磁気あらし、巨大黒点などが
発生した。しかし、前回(11年前)ほど、太陽活動は
活発ではなかったようで地球上に深刻な影響を及ぼすほ
どではなかった。
そんな中、かわべ天文公園の太陽望遠鏡で、珍しいプ
ロミネンス噴出があいついで観測された。プロミネンス
とは、太陽表面に浮かぶプラズマの雲である。時々、何
かのきっかけで太陽表面から急速に上昇し、吹き飛んで
しまうことがある。これがプロミネンス噴出。写真は11
月4日に観測されたものである。左右の写真を比べると3
0分ほどの間にプロミネンスが上昇しているのがわかる。
このあと、このプロミネンスは飛んでなくなってしまう。
これだから太陽はおもしろい。
12月8日号 「20世紀、記憶に残る彗星たち」
残すところこの20世紀も24日になった。この20
世紀もいろんなことがあって、様々なところで、20世
紀を振り返る企画が行われている。そこで、この場を借
りて、20世紀の天文宇宙に関するできごとを私なりに
振り返ってみよう。今回は、彗星についての話題。
まずは、ハレー彗星。1910年と1986年に2度接近して
いる。 1910年に接近したときには、「彗星のガスが地球
をおおい、地球が滅亡する」というデマが流れた。その
ため、彗星が通過するときに息を止める練習がはやった
(ほんとの話)。でも、何も起こらなかった。1976年の
接近のときは、1等まで明るくなったが、日本からはよ
く見えず、南半球で観測する人も多かったらしい。次回
のハレー彗星接近は2061年となる。
明るい彗星というと1965年のイケヤ・セキ彗星がなん
とマイナス10等。ちょっと想像がつかない。あと1976
年に接近したウェスト彗星がマイナス2等。年配の方には
記憶にあるだろう。最近では、1996年の百武彗星や1996-
7年のヘール・ボップ彗星が記憶に新しい。両者ともマイ
ナス等級まで明るくなり、町中でもよく見えたので、非
常に話題を呼んだ。特にヘールボップ彗星はかわべ天文
公園オープン時だったため、多くの人が来園した。
彗星といえば、1994年に木星に衝突したシューメーカ
ー・レビー第9彗星もインパクトがあった。望遠鏡で木
星を見たときのあの衝突痕は非常に生々しさを感じた。
さあ、あと24日で21世紀!
12月15日号 「20世紀、記憶に残る天文学者」
残すところこの20世紀も17日になった。
20世紀を代表する天文学者というと、皆さんはアイ
ンシュタインやハッブルを思い出すかもしれない。正確
にはアインシュタインは物理学者なんだが、天文学にも
いろんな貢献をしているので、細かいことを言うまい。
かくいうわたしが印象に残る天文学者はこの3人であ
る。1人目は「カール・セーガン」。わたしが中学2年
のとき、「COSMOS」という宇宙番組が始まった。ボイ
ジャーなどの惑星探査機が撮った最新の天体画像をつぎ
つぎに紹介するこの番組のホスト役をしていたのカール
・セーガンだった。すでに天文少年だったわたしはカー
ル・セーガンのひとことひとことに聞きいった。そのカー
ル・セーガン、1996年に亡くなり、非常に残念に感じた。
2人目は車いすの天才と言われた「スティーブン・ホ
ーキング」。ブラックホールの理論的研究で有名で、日
本で宇宙論ブームのきっかけとなった人。この人を初め
てテレビで見たとき、その姿に衝撃が走って、思わず涙
が出た。車いすの姿で、ことばも満足に話せない。それ
でいて、かたことのことばで聴衆をひきつける。こんな
天文学者がいるのかと思った。
最後の一人は日本人研究者の「小田稔」。日本のX線
天文学者のパイオニアである。高校1年のときにNHK
の番組で「すだれコリメータ」という日本独特の観測装
置で、世界的な発見を成し遂げたことが紹介され、「日
本もすごいじゃないか」と思った。先日、小田稔さん本
人にお会いする機会があったが、さすがに緊張して、お
声をかけるのは遠慮してしまった。
さあ、あと17日で21世紀!
12月22日号 「20世紀、記憶に残る宇宙開発」
残すところこの20世紀も10日になった。今回は、
記憶に残る宇宙開発のできごとを私なりに振り返りたい。
1957年 スプートニク1号打ち上げ
1961年 ガガーリン、人類発の宇宙飛行士
スプートニク1号の打ち上げで始まった人類の宇宙進出。
一番乗りはソ連。ソ連は人類初の宇宙飛行士も誕生させた。
1969年 アポロ11号、人類月に立つ
20世紀の天文関係のできごとで「一番印象に残ったこ
とは?」と聞くと、まずこれがトップに来る。
1976年 バイキング火星探査
1979年 ボイジャー木星土星探査
惑星探査といえばバイキングとボイジャー。次々なされる
発見に、毎日の朝刊を見るのが楽しみだった。
1981年 スペースシャトル打ち上げ
1986年 チャレンジャー号爆発事故
そして、時代はスペースシャトルへ。私個人としては毛利
さんが宇宙へ行っても(1992年)それほど驚かなかった。その
ときは確実に来ると思っていたので。それよりショックだっ
たのがチャレンジャーの爆発事故。今でも目に焼き付いている。
1990年 ハッブル宇宙望遠鏡打ち上げ
でも、打ち上げたときはピンボケ〜。
1991年 太陽観測衛星ようこう打ち上げ
もう、何度(今でもだけど)この衛星のお世話をし、お世
話になったことか。ようこうは日本の誇る科学衛星だ!
さあ、あと10日で21世紀!
12月29日号 「20世紀、記憶に残る天文学の発見」
残すところこの20世紀も3日になった。20世紀最
後の「星の散歩道」は20世紀、記憶に残る天文学の発
見を紹介して、締めくくりたい。
見えないけど見えてる 先日、日高高校の生徒1年生を
対象に「印象に残る20世紀の天文学の出来事」を尋ね
たところ、ブラックホールをあげる生徒が多かった。ブ
ラックホールとは、言わば、重たい星のなれの果て。そ
のため、重力が非常に大きいので光さえも吸い込んでし
まうと言われる。つまり見えないはずなんだが、その割
には、ブラックホールと呼ばれる天体が数多く発見され
ているのがおもしろい。最近では、野辺山電波天文台や
ハッブル宇宙望遠鏡でブラックホールが観測されている。
遠いほど速い! 「遠い銀河ほど速く遠ざかっている」
これがハッブルの法則である。1929年のハッブルのこの
発見により、宇宙が膨張していることがわかった。
宇宙は火の玉 宇宙が膨張しているということは、はる
か昔、宇宙は1点であったことを表す。そして、あると
き大爆発して宇宙が誕生した、という考え方がビッグバ
ンである。1946年にガモフが提唱した。さらに1965年に
ペンジアスとウィルソンが宇宙の背景放射を発見し、こ
のビッグバン説は現在も広く指示されている。
でこぼこな宇宙 この宇宙は均一に広がっていると考え
られていたが、ゲラーらが銀河の分布を注意深く調べた
ところ、実は銀河がほとんど存在しない空洞があること
が判明した(1978年)。これが宇宙の大規模構造である。
さあ、あと3日で21世紀!21世紀にはいったいど
んな発見が待ち受けているだろうか?
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