
バイロイトの第9と王妃エリザベート
1951年の夏、ドイツ南部の田舎町で第2次世界大戦で中断していた音楽祭が、久々に催されました。こけら落としの演目は、高い音楽的内容と祝祭的な形式を兼ね備える音の大伽藍、ドイツ音楽の最高峰、ベートーベンの交響曲第9番です。
頭が禿げた冴えない老人がヨタヨタとタクトを振り下ろします。音楽祭のため最寄のライプチィヒを中心にドイツ国内から楽団員が集められてできた出来合いのオーケストラから、神の啓示が天空から振り降りてきたような音が紡ぎ出されます。
地上に降り降りてきた音は、ゆっくり流れ出し、大きく膨らみ、音楽の終焉とともに消えていきます。その大きな時の流れのなかで、その時々が悲しみで立ち止まり、後悔で後ろ向きに歩き出し、喜びで疾走し、祈りで天に昇ります。縦に流れる大きな時の中で、横に流れる時が小宇宙を創っていきます。音楽の構成を時間通りに積み重ねただけの凡庸な演奏とはまったく違う、ただ天才のみが作れる音楽です。
人生の苦悩を背負って行きつ戻りつするような2楽章のスケルッツオ、法悦の中で悲しみが透徹した光を放つ3楽章のアダージョ、至高の音が時と空間を満たします。
そして4楽章の合唱。歓喜の歌の旋律が遠くから打ち寄せるように響き始めた時、観客席からすすり泣く声が聞こえてきます。
多くの人が傷つき死んだ第1次大戦。敗戦と戦後保障と世界恐慌が重なったドン底の戦間期。そのドン底から抜け出すためすがりついたヒトラーの悪夢。絨毯爆撃により破壊され尽くした第2次大戦。廃墟でレンガを一つづつ積み重ねた戦後。すべては終わったのです。
圧倒的な歓喜が歌い上げられ、フィナーレで音楽は再び天空に舞い上がり、天才と悲劇と祈りが生み出した奇跡的な演奏は終わります。
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歴史的名演奏と呼ばれるバイロイト音楽祭の第9です。
指揮は、亡くなって半世紀を越えた今でも並ぶものなき大指揮者フルトヴェングラー。演奏は、オフのサマーシーズンにドイツ中から集められた名手ぞろいのバイロイト祝祭管弦楽団。そして独唱はシュバルコップ、コロなど当時ドイツきってのソリストです。
この演奏は、幸運にも録音され、私たちはCDで聞くことができます。
バイロイト音楽祭は、毎年夏、ワーグナーの歌劇だけを演目に、ドイツ南部ババリア地方、現在のバイエルン州の田舎町バイロイトで開催されます。世界で一番チケットが取りにくいと言われるコンサートです。演奏されるホールは、オーケストラピットが覆われたオペラ専用ホールで、この音楽祭以外は使用されない贅沢なものです。
この贅沢なコンサートホールはどのように作られたのでしょう?そして、たかが音楽祭がなぜ戦後6年間も中断していたのでしょう。
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19世紀後半、現在バイエルンと呼ばれるババリア王国にルードウィッヒ2世と呼ばれる王がいました。ルードウィッヒ2世の従姉が、宝塚やミュージカルで有名なオーストリア=ハンガリー帝国の領主、ハプスブルグ家の最後の王妃エリザベートです。エリザベートはその美貌で、大国オーストリアの皇太子に見初められ、ハプスブルグ家の妃になります。ルードウィッヒは、あまりに美しい従姉エリザベートの影響で、他の女性に興味が持てなくなります。屈折したフラストレーションから、圧倒的なパワーを持つ中世の伝説の騎士たちに自分を重ね合わせ、ルードウィッヒはロード・オブ・ザ・リングのような騎士伝説の世界にハマっていきます。彼は騎士伝説を現世で実現すべく、映画セットのようなお城を次々と建設します。ディズニーランドのシンデレラ城のモデルになった有名な白鳥の城、「ノイシュバンシュタイン城」はその一つです。しかし、神話のシナリオとお城の映画セットはあっても、肝心の映像と音楽がありません。そこにワーグナーという天才的な作曲技法を持った男が現れます。狡猾なワーグナーは騎士伝説に音楽をつけ楽劇と呼ばれるオペラを仕立て上げます。ルードウィッヒ2世は、自分のイメージ通りの世界が繰り広げられるワーグナーの楽劇の世界に熱狂し、ワーグナーのパトロンになります。ルードウィッヒとワーグナーは、騎士伝説の世界を完全に再現できる楽劇専門の演奏ホールを建設します。生身の人間が見えるオーケストラピットは、伝説の世界には邪魔なだけです。こうして、オーケストラピットに蓋をした、楽劇しか演奏できないホールが、騎士伝説にふさわしい片田舎の森の中に誕生しました。
王がババリア版ロード・オブ・ザ・リングに熱中している間に、オーストリア=ハンガリー帝国などの周囲の大国からババリア侵略の噂が聞こえ出します。城と音楽のため、狂った王に莫大な金をつぎ込まれている状況ではありません。臣下はルードウィッヒを退位に追い込み、大国に対抗するため宰相ビスマルク率いる北隣のプロイセン王国と手を組みます。といってもビスマルクの知略に、プロイセンの軍門に下った結果になります。
こうして、プロイセンにババリアや周囲の小国が取り込まれるようにして、ドイツ帝国が誕生します。
エリザベートの美貌は王を狂わせ、国さえも破滅に追いやる力を持っていたのです。
因みに、美貌の王妃エリザベートは身長170cm、ウエスト50cmの体型を生涯守り通したそうです。
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ルードウィッヒは騎士伝説とワーグナーにより祖国をも失いますが、100年近い時を経て騎士伝説とワーグナーによりドイツの王となった悪魔が現れます。ヒトラーです。ヒトラーは超人的な騎士伝説をもとにドイツ民族アーリア人の絶対優位を説き、一次世界大戦で敵国に援助したユダヤ人の根絶を謳い、ドイツ復活を約束します。敗戦と莫大な戦後賠償と世界恐慌の3重苦の中でドン底にあった民衆は熱狂します。ヒトラーは騎士伝説によりナチス第3帝国と名を変えたドイツの王になったのです。そして、ヒトラーは騎士伝説を歌い上げたワーグナーの楽劇を国民的な音楽に祭り上げ、プロパガンダに利用します。
ヒトラーは最高の指揮者フルトヴェングラーに、ドイツ民族団結のためワーグナー演奏を命じます。フルトヴェングラーは、ナチスを嫌悪しながらも、祖国のためドイツで音楽活動を続けたと言われています。
ワルキューレの騎行にのせて、ポーランドへのナチスの電撃進行が始まります。占領されたポーランドのユダヤ人たちはアウシュビッツに送られていきます。
ユダヤ人達にとって、ワーグナーは悪魔の音楽になったのです。
ドイツ敗戦で迎えた二次世界大戦後、ナチスのプロパガンダに加担した疑いで、連合国からフルトヴェングラーに戦犯の疑いがかけられ、音楽活動も停止させられます。ドイツ民族の神話のふるさとでもあり、ナチスの聖地でもあったバイロイトも封印されます。フルトヴェングラーの疑いは晴れますが、彼がドイツ民族の聖地バイロイトの地に戻るまで、ドイツ人が祖国の誇り第9をバイロイトで再び聞くまで、そして祖国の物語の楽劇を再びバイロイトで観るまで、ドイツ民族の誇りが戦勝国に許されるまで実に終戦後6年の歳月が必要だったのです。
一方、戦後50年以上経た今でもユダヤ人の国イスラエルでは、ワーグナーが上演されることはありません。戦後世代の指揮者メータがユダヤ人の聖地エルサレムでこのタブーを破ろうとしたとき、観客からは怒号の声が飛んだと言います。メータは「もう長い期間がたったのだから、音楽的に優れたワーグナーを認めるべきだ。」と考えて、あえて挑戦しなのだそうです。
戦争の苦しみを知っている指揮者なら、決してこのタブーに挑戦はしなかったでしょう。
バイロイトの第9の小さなCDには、ドイツ人だけでなくユダヤ人の苦難の歴史が収められてます。
ところで、クラシック音楽ファンのみなさん、最近の演奏家のCDは魅力がないものが多いような気がしませんか?CDの売り上げも年々落ち込み、売れているのは往年の名演奏家の再販だけだそうです。
戦後、豊かな家庭で何不自由なく育ち、幼いころから高い楽器を与えられ英才教育を受け、幸運にも才能があればコンクールで優勝し、レコード会社の宣伝に乗ってスターダムにのし上がる。
キャリアだけを積み上げてきた現代のエリート演奏家には、人を感動させる何かが足りないのかもしれません。メータのエルサレムでの音楽至上主義の行動は、何かそんなものを感じさせます。
音楽家の命である聴力を失い、立ち尽くした悲しみが祈りに昇華されたベートーベンの後期弦楽四重奏曲。忍び寄る老いの孤独と悲しみの中、ひとりぽっちで神と対話して、無限の宇宙に飛翔していくベートーベン晩年のピアノソナタ。ジプシーと共に貧しい幼少期を送り、成功を積み重ねても人生を肯定できず、しかし人生に限りない愛着持ったブラームス。ベートーベンやブラームスで売れているCDは、ナチスの迫害を命からがら逃れたユダヤ人演奏家や、ソ連から自由を求めて苦渋の亡命をしたロシア人演奏家の再販が多いような気がします。
数奇な運命をたどったフジコ・ヘミングウェイが晩年に花開いたのは、現代の必然だったのかもしれません。
オペラ好きの日本の首相は今年の夏、ドイツを歴訪し、のんびりとバイロイト音楽祭を観劇するそうです。戦後50年を経てやっと祖国統一を果たしたドイツ国民に、いわばドイツ国民の聖地と呼べる場所で、「痛みに耐えよく頑張った。感動した!」とでも言うのでしょうか?日本がババリアのような状態にある時に・・・。
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付記
この演奏を忘れていました。最近でもスゴイヤツはいるもんです。
1998年、ザルツブルグ音楽祭でのライブ!
演劇的演出の雄、バーンスタインのマーラーと並ぶゲルギエフのチャイコ、感動的な演奏ではなく、感動するとはどういうことか懇切丁寧に教えてくれるような現代的感動を堪能できる演奏です。
それにしても素晴らしいオーケストラです。マーラーの9番でバーンスタインと初演したベルリン・フィルを聞いて以来の指揮者とオーケストラのコラボレーションの素晴らしさでしょうか。
こんな化け物が席巻するウィーンで、小沢良い子チャンは何するんだろう・・・・。