私は別に宗教を持っているわけでもないし、
超自然的なものへ傾倒してるわけでもないけれど、
ときどき「かみさま」の存在を強く感じることがある。
それは、自分の利益に関係なくすごく他人に優しい気持ちになれたり、
夕焼けがあんまり綺麗でそれだけで涙がこぼれそうになったり、
素敵な偶然が重なって願ってもない方向に事が上手く運んだりするときに、
「かみさま」はきっといる、と思うのだ。
初めて小沢くんの『球体の奏でる音楽』を聴いた時にも、
「かみさま」が降りてきた気がした。
優しいピアノ。
作為的なものの全くない真っ直ぐな音。
ひとつひとつはすごく鮮やかな色を持っているのに、
組み合わせるとそれはすごく優しい色合いを醸して。
それぞれの色を濁らすこともなく、
描き出される限りなく透き通った世界。
青く、どこまでも広い海辺で、大きく深呼吸をしたときのような、
すがすがしい気持ちを届けてくれる音楽。
そして、歌詞。
小沢くんの詩には装飾に溢れた言葉はほとんど出てこない。
ありふれた、毎日口にする言葉が組み合わされているだけ。
でも、小沢くんの歌詞に出てくる数々の言葉、
強い、優しい、明るい、太陽、雨、明日、昼、夜、、、
数々の言葉たちは、普段私たちが使っているのとは別の響きを持っている。
その言葉たちに込められた小沢くんの気持ちの強さが、
透明な音にのって届くから。
難しい言いまわしをしなくても、
いや、していないからこそ伝わってくる強さ。
小沢くんが歌っているのは
「とても当たり前で大切なんだけど、少し忘れられてること」
で、みんな、心の奧ではわかってるんだけど、
忙しさにかまけておざなりにしてた大切なことに、
「はっ」と気付かされてしまうのだと思う。
易しい飾らない言葉だからこそ、心に深く染みるのではないだと思う。
昨日、ビールを少し飲んで寝たら、自分の心音がとても大きく感じられた。
三拍子を打つ私の心音は、いつしか、
頭の中で流れる『球体の奏でる音楽』に重なっていって。
地球という全てを育む球体が奏でる音楽が、
生命の象徴である心臓の音に重なる。
大きな地球も、海も、山も、自然の全てが私の心音と重なっている。
私は地球なんだなぁ、とすごく大きな気持ちになって、
落ちるように眠りについた。
人間が、地球の一部であり、自然の一部であること。
そんな「とても当たり前で大切なんだけど、少し忘れられてること」を
実感できて、すごく幸せになれた。
小沢くんの音楽にはかみさまがいると、私は思う。
これからも、いろいろな大切なことを
小沢くんの音楽から拾えるといいな、と思う。