25鞍目  小倉でもらった大きな土産(15.8.17)

  小倉競馬場最大のレースと言えば小倉記念だ。私は8年前に1度見に行っただ以来で、2度目の観戦となる。特に小倉記念を意識はしなかったが、この夏1回は小倉に行こうと言うのと、他のスケジュールとの絡みで小倉記念の日になった。熊ちゃんが出てこないのは残念だが、それはそれとして年に1回くらいしか行けない「ローカル開催遠征」を楽しむことにした。

  行きは三ノ宮を未明に出発する臨時快速「ムーンライト山陽」だ。日付が変わってからの乗車になるので、青春18きっぷ1日分(2,300円相当)と510円の座席指定料金だけで小倉に行けるのだ。列車自体は下関行なのだが、所定より2分早く到着したおかげで乗れないはずの電車に乗れて、9時40分には小倉競馬場に到着した。天気は生憎の小雨模様で、あまり外はうろつけない。熊ちゃんの登場は2Rからなので、1Rは見ずにパドックで待機した。ローカル開催になると、中央場所より横断幕も少ない。そんな中、紺地に「熊沢重文」とだけ書かれたシンプルな横断幕があった。掲示の主はその場にいないみたいだったが、掲示許可のシールの数から、今回が20戦目と思われる歴戦の横断幕だった。やがて馬が出てきて、熊ちゃんも登場。しかし、いると思ったひみこさんの姿がなかった。この日の4鞍の中では、このレースのワンダーリンドが一番勝てそうに思えたので、これを軸にして馬単と3連複を買った。レースは4角までいい感じで2番手に付けていたが、直線で失速。何とか馬群に沈み込むまでは行かず、人気と同じ5着は確保。もう、馬券に絡むのは無理かな?

  次の熊ちゃんの出番は6R。とりあえずPRコーナーに行き、例のごとく『優駿』を読みながら休憩。8月29日に、99年の優駿エッセイ賞受賞作をベースにした小林常弘さんのトークショーがあるので、予習がてらに読み返していた。ついでに同じ年の次席作品も読んでみたら、プロの物書きだったり、元出版社の社員だったり。この年はまったくの素人はワイド圏内にはいなかったようだ。11時を過ぎて腹が減ってきたので、少し早いけどメシでも食うかとフードコーナーの方へ向かう途中、ばったりとひみこさんと出くわした。2Rに間に合うように自宅を出発したが、高速道路の事故で間に合わなかったそうだ。そのままスタンド内のレストランに入り、昼食とビールをご馳走になった。(ひみこさん、ありがとうございました)ビールを飲むとスピードくじが付いてくるらしく、2枚のスクラッチカードをこすると、D賞(発泡酒?2缶)とC賞(サプライズのタンブラー)が当たった。E賞(コースター)まであるので、どちらも「外れ」ではない。昼食が終わると、ひみこさんは知り合いと5Rのウイナーズサークルで落ち合うとかで、一旦私とは別れた。その間、私はイベントホールでゲストの「しましまんず」の漫才を見ていた。

  しましまんずの池山と言うのが競馬好きで、それも熊ちゃんのファンらしい。時々、しましまんずの司会でやる競馬イベントがあったのだが、私は行ったことはなく、ナマしましまんずはこの日が初めてであった。関西にいれば、しましまんずもそこそこは名が知れた存在だが、小倉に来れば「あいつら、誰や」みたいな反応が多い感じだった。まあ、私も池山が熊ちゃんのファンだと知っていなければ、彼らに注目することはなかっただろう(^_^;漫才の途中でひみこさんが戻ってきて、そのままパドックに向かって行った。ちなみに、しましまんずの後は、私の大学の大先輩に当たる桂三枝師匠の出番だった。

  6Rの新馬戦は8頭立て。熊ちゃんのシャイニングピアス、パドックでまっすぐ歩かない。すぐにコースをショートカットしている。そして小さい。馬体重、何と388キロ。一番重いのが516キロで、牝馬と牡馬の違いがあるにしても、同じ日にデビューする馬同士、こうも差があるものなのか。人気も土曜の新馬戦に続いてブービー人気。こんなのしか回って来ないのか?と嘆きつつも、馬券はついつい買ってしまう。シャイニングピアスを含めて3連複5頭ボックスで勝負。しかし、いざレースになってアクシデントが。福永の乗る1番人気の馬が競走除外に。これには場内も騒然。しかし、馬券を買ったファンにはどうこうできることではなく、7頭立てのレースを見るしかなかった。人気馬が1頭消えても、熊ちゃんのブービー人気は変わらず、順位もブービー。この後繰り返し「外れた」と書くのは面倒なので、ここで馬券の総括をしてしまうと、このレースでの返還金が、この日の唯一の払戻金だった(^_^;ひみこさんの話では、熊ちゃんが大負けした次のレースにパドックから馬に乗って行ったこともあったらしいが、今回はそのようなことはなく、原則通り熊ちゃんはパドックに姿を見せなかった。7Rのエレオノーラは、今度は18頭立てのブービー人気で、やっぱりブービー。3レース続けて人気とまったく同じ順位ばかりなのはなぜ?

ひみこさんは用事があるとかで7R終了後に別れた。私も、むやみに馬券を買うつもりはないので、次に買う予定の10Rまでは休憩タイムとし、PRコーナーの映像モニターの前に座っていたら、いつの間にか30分ほどうたた寝していた。小倉の名物レースの当日とは言え、混雑はさほどではなく、レース直前でもゴール前に進出できた。ウイナーズサークルから重厚な生演奏のファンファーレが鳴り響いた。やはり、七夕賞の「おっさんのアカペラ」よりは、こっちの方がいいぞ。重賞とは言え、熊ちゃんが出ないと力の入りようが全然違う。幸四郎騎乗が不気味やな〜とか思いながら、渋った馬場を嫌って切り捨てたロサードの鮮やかな差し切り勝ち。でも、「あ〜あ、外れてしもたわ」と淡々と思うだけだった。いかに、私の馬券予想に心がこもっていないかの証拠だ(^_^;レースが終わると、急いでパドックに向かった。12Rは熊ちゃん最後の出番だ。パドックが終わると、ビールを1杯飲んだ。くじを引いたら、C賞のタンブラーが当たった。微妙にツイてる。ビールを飲み干し、いざ最終レースの観戦だ。

  レガシーアンサーは、中距離路線から短距離に活路を見出しての出走だった。13番人気だったが単勝オッズは25倍程度で、それなりには買われているようだった。熊ちゃんは、ここでやってくれた。ゴール前の混戦を突いて、勝ち馬にこそ届かなかったが2着まで押し上げたのだ。勝った馬も7番人気で、ここまでは手が届かず残念だったが、最後の最後で見せてくれた穴熊ぶりに内心満足だった。最終レースが終わるとジョッキーを迎えたイベントがあるので、そちらを見て帰ることにした。司会はしましまんずの池山だけで、相方の藤井はどこかに消えていた。出てくるジョッキーは5人。池山が司会と言うことで、そのうちのひとりは熊ちゃんの可能性が高い。最終レースは審議があった上に、写真判定がやたらに長い。16時55分くらいまで確定しなかったから同着があるのかなと思ったら、やはり3着が同着だった。まあ、勝ち馬買ってないから、どうなっても馬券は外れだが(^_^;イベントは45分からだが、最終レースの確定が遅れたので、少し開始が遅くなると言っていた。つまり、最終レースで上位に入着した騎手が来ると言うことで、ますます期待は高まった。そして、司会の池山が最初に呼んだのは・・・熊ちゃんだった!同時に、女性の叫び声が約4名ほど。やっぱり、マイナーなのね(^_^;レース後、着替えもそこそこのような格好で出てきた。以下、幸四郎、福永、幸、和田といかにもイベントに来そうな面々が揃った。この面子の中だと、熊ちゃんちょっと浮いているような(^_^;

  イベントで一番笑いを取っていたのは、和田だった。やたらに池山に絡み、終始ボケ発言を繰り返していた。幸四郎は相変わらずボケまくりで、幸のサンライズシャークを差し切ったことについて振られたら、「(幸さんとの)金への執着の差ですよ!」とか言ってるし。やっぱり、合コン大王はおもろいぞ!熊ちゃんは、酒のことで池山に振られ、「年中、酒が残ったまま乗ってます」とか言っていた。どこまでマジで、どこまで冗談なんだか。ひみこさんからもらった抽選券では、参加ジョッキーのサインがもらえる。5人の寄せ書きだ。これはほしい。下2桁の番号で当たりが決まるが、私は36番を持っていた。まず、30番台になったとき、「おっ!」と大いに期待したが、当選番号は37番だった。鼻差で万馬券を逃がした心境だ。最後は、「ファンの皆様にひとこと」と言うことで、最後の順番の熊ちゃんが「障害レースも見てください」と締めてイベントが終了した。和田は黒いジャンパーを着ていたが、去り際の背中に見えたのは、黄色い熊マーク。600勝ジャンパーやんか!和田君、そのうらやましい物、どこでもらって来たのかな〜(^_^;

  さて、馬券では散々な成績の小倉遠征だったが、文字通り「大きな土産」を手に入れた。競馬場に行くと「空くじなしのくじ付きグッズ」を500円で販売していることが多いが、ここではシルクジャスティスのぬいぐるみキーホルダーを売っていた。うたた寝からさめてのぞいてみると、残り12個ほどの状態でA賞が残っていたのだ。かなりの高確率。いざとなれば、残り全部買えばもらえるが、それはあまりにもいやらしい。HPのプレゼントのストックとして2個買ったら、当たっちゃいました。A賞、トウカイテイオーのジャンボぬいぐるみ!有馬記念のトウカイテイオーは、私が初めて当てた単勝馬券で、それなりに思い出がある。買えば5〜6千円はしそうな品物で、それはそれでラッキーなのだが、それから帰るまで、ずっと「巨大テイオーくn」と一緒。小倉記念を見るときも、イベントの最中も。もし、当日小倉競馬場にいらっしゃって、ええ年の男が、ぬいぐるみの鼻先がちらりと見える、白くでっかいビニール袋を提げて歩き回っている姿を見た方、それは私だと思ってほしい(^_^;

  小倉駅に戻っても、普通サイズのコインロッカーに入らず、新幹線に乗るまでの間も持ち歩いていた。よせばいいのに、巨大テイオーくんをひざに抱いたまま、ヒマつぶしにパチンコまでしてしまった(^_^;しかし、彼の運気が乗り移ったのか、きっちり競馬で負けた分だけ取り戻し、小倉旅打ちの成果はトントンに終わった。帰りは新幹線だが、帰省からのUターンラッシュは続いており「ひかり」の席は取れなかった。岡山行の「こだま」の指定席は取れて、時間はかかったが、隣に誰も座らなかったのでゆったりと帰れた。やっとのことで持ち帰った巨大テイオーくんだが、「こんなん、場所取るだけやないの」と嫁に厄介者扱いされている。確かにその通りで、彼は我が家の単なる邪魔者になるのか、それとも何か幸運を呼ぶラッキーアイテムとなるのか。その答えが出るのは、いつのことなのだろうか。

26鞍目  がんばれ!騎手の卵の卵(15.8.29)

  8月29日は、日頃お世話になっている小林常浩さんのトークショーがあるとのことで、平日ではあったが午後に休暇を取って出向くことにした。三ノ宮でちょっとウロウロしてから適当な新快速に乗って、昼寝したり新聞を読んだりして過ごしていた。京都を過ぎ、相変わらず新聞を読みふけって、次にふと気づくと、どこかの駅に止まっていたが、何か風景が変だ。大津は大津でも西大津!湖西線に入っとるやんけ!何も考えないで、近江今津行きに乗っていたのだ(-_-;電車は西大津を発車してしまい、仕方がないので次の比叡山坂本で折り返した。情けない・・・。山科で乗り換えて、栗東を通り過ぎ、一旦野洲まで行って、駅前の「ほほえみの湯」で風呂に入った。

  汗を流して栗東に戻り、開店直後の太陽軒で少し休憩。時間がちょっと中途半端だし、どうせ帰りに寄るだろうからと、マスターにあいさつして、お茶をごちそうになっただけで会場の「さきら」に向かった。1階の喫茶店「アプリ」では先に到着した典さん(太陽軒等で時々お会いする)がいらっしゃったので、一緒にお茶を飲んで開場の時間を待った。小林さんのお父さんもいらっしゃって、会場である2階の小ホールの一角に3人並んで座った。満員大盛況・・・とは行かなかったが、平日で立冬という場所に関わらず、3〜40人は集まっていたと思う。厩舎関係者もチラホラいたようで、直接お話することはできなかったが、『優駿』で連載もされている矢作助手もいらっしゃった。「ワンドリンク付き」と書いてあったが、実はフリードリンク。しかも、ソフトドリンクではなく、アルコール中心。実に太っ腹だ。会場前に、遠慮なくまずはビールを1杯いただいた。

  18時半の予定だったが、実際に始まったのは40分頃だった。まずは、競馬講釈師の旭堂南太平洋さんの講釈で幕を開けた。演題は「小林常浩物語」。騎手を志しながら、騎手になれなかった、若かりし小林さんのエピソードでも聞かせてくれるのかと思いきや、そうではなかった。話の中心は、栗東トレセンに行っていた南太平洋さんが、作家の乗峯栄一さんを介して小林さんと出会い、以後一緒に行動した中での爆笑エピソードの連続だった。岸和田で暴走族の輪の中に入って一喝したこととか、東京の某ホテルで、ホテルに置いていない洋酒を無理やり?出させ、翌年には、それがスッと出てきたとか・・・。ただ聞いている分には腹を抱えて笑っていればいいのだが、その場に居合わせた南太平洋さんの狼狽ぶりを想像すると、ちょっと笑えない部分もあった(^_^;講釈が終わり、今度は休憩の間に水割りをいただいた。日本酒も並んでいたあたりが小林さんらしい。ちなみに、小林さんが「ジャパン」と言えば、それは日本酒のことだ。

  休憩後、引き続き南太平洋さんが聞き手に回り、小林さんのトークショーが始まる。息子さんの慎一郎騎手が競馬学校に入るまでを描き、99年の優駿エッセイ賞を受賞した「騎手の卵を作る法」を基にした内容で、その名も「騎手の卵を作る法 完璧(ノーカット)版」。その前に「泥酔トーク」と書かれていたのが笑えた。実際、小林さんの前には日本酒、南太平洋さんの前には水割りがあった。客は客で飲んでるし、こんなトークショーは滅多にないと思う(^_^;話は、エッセイ賞受賞作を元に南太平洋さんが話を振り、それに小林さんが答えるような形で進められた。小林さんは、馬事公苑騎手課程24期生として騎手を目指したが、10人の同期生の中でひとりだけ騎手になれなかったとか。私は体重の関係でなれなかったのだと、ずっと思っていたのだが、小林さんの口ぶりでは、どうもそうではなかったらしい。それ以上は、書いてもいいか判断に迷うので、このくらいにしておく(^_^;まあそれはともかく、なりたくてなれなかった騎手への夢を、息子である慎一郎くんに託した訳だ。

  小林さんは、とにかく息子が馬に慣れ親しみ、馬に乗りたくてしょうがないと思うように仕向けたとか。小学校5年生からはトレセンの乗馬学校に入れられるのだが、それまでは、小さな頃からトレセン内の馬に、色々な形で触れさせていたようだ。このあたりは関係者だから可能なことで、そう考えると、競馬サークル外から騎手を目指すのは、やはりハンデになるのだろう。また、手綱のコントロールに必要な指の力とリズム感を養うためにピアノを習わせたら、滋賀県のコンクールで優勝し、近畿大会で準優勝してしまったそうだ。ここで優勝されて音楽の道に行かれては困るので、近畿大会で「負けろ!」と思ったのは、騎手にさせたい小林さんの親心だろう(^_^;それが通じたか、慎一郎くんは騎手になる決意を固め、間食や清涼飲料水の類は一切やめてしまったそうだ。中学3年生の夏には慎一郎くんをアイルランドにホームステイさせ、帰って来るなり競馬学校の受験の意思を告げられた。ここで、小林さんの作戦は、ほぼ成功した訳だが、慎一郎くんは小学校3〜4年の頃には競馬学校に行きたいと思っていたそうで、小林さんは、息子を自分の作戦通りに競馬学校を受験させたかに見えて、実は、息子の思惑通りに動かされていただけだったのかも知れないと言っていた。

  一次試験を無事通過すると、二次試験では親を交えての面接があるそうだ。ここでは、落馬で怪我は当たり前、ヘタすると死にますよ、とかジョッキーになることの危険性を散々聞かされ、青ざめた顔で子どもを連れ帰る親もいると言っていた。しかし、競馬サークルの人間である小林さんがそんなことにビビるはずはなく、見事「騎手の卵」を作り上げたのだ。ただ、親としての役目はここまでで、騎手になれるかどうかは、競馬学校での息子の頑張り次第だ。やがて慎一郎くんが競馬学校を卒業して騎手になる頃、小林さんはリキアイフジを調教中にラチに衝突し大怪我を負った。それが調教助手を辞めるひとつのきっかけになったのだが、そのリキアイフジで騎手・小林慎一郎が初勝利を挙げたと聞いて、何とも言えない因縁を感じた。「息子さんの馬券を買うのか?」との問いには、意外にも「買わない」と言う答えが返ってきた。加えて、「あいつの出るレース自体手ぇ出さないから」と言っていた。今年の成績を見ていたら、慎一郎騎手を買い続けたら、なかなか馬券にならないのは事実だが、それよりもむしろ、「息子を馬券の対象として見たくない」との親心なのではないだろうか?う〜ん、ええ話をいっぱい聞かせてもらった。

  トークショーの後は、お待ちかね、お宝グッズの大放出だ。まずは、和田騎手のサイン入りテイエムオペラオー・ポスター。これを、高校2年生の少年がゲットした。その後、テレホンカード類が続いたが、馬関係では皐月賞のテイエムオペラオーとかのメジャーどころを初め、シルクの条件馬や、熊ちゃんがオークスを勝った88年のエリザベス女王杯を勝ったミヤマポピーのような、古〜い馬のも混じっていた。隣に座っていた典さんには、エムアイブランのテレカが当たった。人関係では、四位騎手の400勝記念、伊藤雄調教師の1200勝記念等があった中、私にはすごくマニアックなテレカが回ってきた。それは、「白濱雄三騎手 初勝利 ラプタス号」だった(^_^;シブすぎる。まあ、障害で頑張る白濱騎手のテレカだから、ある意味私に当たったのも縁があったのだろう。誰か熊沢グッズを当てたりしてたら交換してもらおうかとも思ったが、熊ちゃん関係グッズは残念ながら、なかった。ゼッケンでは、フェリシタルの菊花賞のゼッケンが目を引いた。「6着」と言うのが微妙な結果だが(^_^;これが園田競馬場で実況をやっている竹之上アナに当たったのだ。竹之上アナとは、先月ラジオ収録後に「そじ坊」でご一緒させていただいたことがある。出てくるや、聞かれてもないのに、栗東駅に来るつもりが草津線に乗り換えて手原駅に行ってしまったことと、左右違う靴を履いていたのに気がついたことを暴露して場内を爆笑させた。違う駅に着いたことについては、私は笑う資格はないが(^_^;竹之上アナはこのゼッケンを辞退し、他の人に回った。やはりしゃべりのプロ、場内を沸かせるツボを心得ている。来場者にひととおりグッズが当たり、最後は目玉商品・ヒシミラクルとエイシンチャンプのキャップを再抽選で2人の女性が分け合って、トークショーの一切が終了した。

  終了後、「アプリ」に小林さんの馴染みが集まって軽く一杯やっていた。その中に、先ほどポスターを当てた高校生が混ざっていた。実は、この高校生は南太平洋さんが連れてきたのだが、何と、この9月に競馬学校を受験するそうだ。いわば、「騎手の卵の卵」なのだ。確かに、高校2年生にしては小柄だ。22時前にアプリを引き上げ、「はじめのいっぽ」に移ってから少し話を交わしただけなので、詳しいことは分からないが、大阪の某進学校に在籍中で、合格すれば高校は辞めると言っていた。相当な覚悟をしているのだろう。私も、冗談で息子を騎手にしたいと言うことはあるが、息子が本気でそんなことを言い出したら混乱するだろう。色々聞いてみたい話はあったが、家まで帰るための最終電車の時間が迫ってきたので、「合格できるよう祈っとくで!」と彼に声をかけ、私はひとり慌しく駅に向かって行った。

  競馬学校の門は狭い。毎年500〜700人くらいが受験し、合格するのは10人前後の狭き門だ。彼が合格するのは簡単ではないだろう。しかし、これも何かの縁だ。騎手を志す少年と直接出会う機会なんて初めてのことだ。もし、彼が競馬学校に合格し、騎手になることになれば、私はずっと応援して行きたいと思う。もちろん、「熊ちゃんの次」ではあるが(^_^;このHPがそれまで続いていたら、彼の応援コーナーも作りたいと思う。がんばれ!騎手の卵の卵!私は祈っている。4年後のデビュー騎手の中に「宮原」の名前があることを。

最新の鞍へ
トップページにもどる