| 局長が競馬について見聞きしたこと、感じたことについてのコラムです。 |
| 81鞍目 第1回あおやま馬車鉄道局長杯・IN北見競馬場 (2006.11.18〜20) |
日本最北にして最小の競馬場。北見競馬場は、かなり以前から、1度は行ってみたい競馬場だった。06年1月、約10年半ぶりに帯広競馬場でばんえい競馬を見たときには、年内に北見に行きたいと思っていた。それより前だったか、後だったか、ばんえい競馬の再編論議が具体化してきて、仮に存続されたとしても、北見での開催は06年限りと言う流れになってきた。これはもう、行かなければならない。どうせ行くなら、個人協賛レースもやってみたいが、ひとり寂しくやるのも辛いものがある。そんな話を、6月の兵庫ダービーの日にお会いしたSpecialAgeさんとしていたら、自分の行ってみてもいいと言うことになった。場所が場所だけに、結果的にひとりになってしまってもやると決めて、重賞の「ばんえい菊花賞」がある11月19日をターゲットにして準備を進めた。 まずは、飛行機の確保。とてもノーマル運賃では高くて往復できないので、2ヶ月以上前に安い席を押さえなければならない。ばんえい菊花賞の頃は、ちょうどバーゲン期間中で、その辺も考えての開催日決定だ(^_^;関空から女満別への便は、ANA、JALとも1往復ずつだが、極めて都合のいいことに、行きはANAにすると午前中に女満別に着き、帰りはJALで17時過ぎと、郵便局を回るにはちょうどいい設定だ(^_^;無事、18日出発、20日帰宅で飛行機を押えて北見遠征は成立し、サイトでも個人協賛レースの開催決定を告知し始めた。園田での密議のとおり、SpecialAgeさんが参加表明をしてくれて、「ひとり寂しく」はなくなった(^_^;さらに意外なことに、鉄ちゃん仲間のK君と、個人的にK君ほどの付き合いはないが、私とも面識のあるT君が駆けつけてくれることになり、私にとって初の冠レースは、これでちょっとは格好がついたかな(^_^; 遠征初日の18日も、空港から市内に直行すれば、ばんえいのレースを楽しめたが、久しぶりに訪れる道東なのに、鉄ちゃんもしないともったいない(^_^;オホーツク海に面する釧網線北浜駅に降り立ち、展望台で海を見ていると、つい最近から持ち始めた携帯電話が鳴った。札幌から北見に向かうK君から、18時台に北見に着けるようになったとの連絡だ。こんな場所でお互いの状況が分かるなんて、ほんま、ケータイって便利ですな(^_^;ひと足早く「ホテルルートイン北見駅前」にチェックインし、ロビーで待っていると、別のホテルに泊まるSpecialiAgeさんがやって来て、K君とT君も到着。役者が揃ったことろで街に出て、焼肉宴会となった。バリバリの競馬好きに、鉄ちゃん。そして、その間に立つ私(^_^;初対面で、趣味も違うはずなのに話は弾む。K君とT君は、どちらも京都出身で、自身はほとんど馬券を買ったことはないが、お父さんが競馬をやっていたこともあり、京都競馬場へは子どもの頃に行ったことがあるそうだ。ならば初めて競馬場に行った年齢は、4人の中で私が一番遅いだろう。私の競馬場デビューは28歳のときだから(^_^; いよいよ、北見競馬場を訪れる19日。バスターミナルで9時40分発の無料バスを待った。9時には「競馬場入口」のバス停を通る路線バスもあり、それに乗ろうかとも思ったが、それはやめておいて正解だった。無料バスはJRの線路を跨ぐため大きく迂回して駅の東側へ回り込む。ターミナルから数分走って常呂川を渡ると、もう市街地は終わりで、山あいの風景へと変わる。一体、どこに連れて行かれるのかと不安にすらなる(^_^;途中で競馬場を示す標識があり、道道から競馬場への連絡道路に入る。そこから道はくねくねとカーブを切りながら、どんどん高度を上げて行く。坂を登り切った場所が北見競馬場で、「入口」から歩けば10分では済まなかっただろう。路線バスに乗らなくてよかった(^_^;入口で、協賛レースの参加者であることを告げると、スタンドに入ってすぐの整理本部に行ってくれとのことで、入場料は払わずに中に入れてもらった。 この日は、私が主催する「第1回あおやま馬車鉄道局長杯」とSpecialiAgeさんの「マンバケンダイスキ賞」の他にも4レース、合計6レースもの個人協賛レースが組まれていた。事務所に行くと、極めて事務的な感じで、あまり「遠くからわざわざお越しくださいました」と言った雰囲気ではなかった。この2週間前、福山まで行ってジーナさんの冠レースにお邪魔させていただいたのだが、福山は、個人協賛レースをやる競馬場の中でも最大級の待遇だっただけに、余計にそう感じたのかも知れない。受付で協賛金1万円を渡す。私は、賞品を選ぶのが面倒なので、嵩張らない現金にさせてもらったが、SpecialAgeさんはボジョレーヌーボー4本を下げてきた。これで、やっと、重い荷物から解放された訳だ(^_^;「来賓」のバッジをもらって案内された場所は、事務スペースのゴチャゴチャしたところを通り、階段を3階まで上がった場所で、一応、ソファとかもあったが、先客がたくさんいた。何しろ、6組だから。普段は報道関係者の控え室として使っている場所らしく、見晴らしは万全だった。 6連続個人協賛レースのトップバッターは4RのSpecialAgeさんで、それまではレースを楽しみながら、場内をウロウロすることになる。K君、T君も、初めてのばんえい競馬を楽しんでくれている様子で、本当によかった。でも当然、私も含めて鉄ちゃんグループの興味は、馬券よりも橇運搬用のトロッコだ(^_^;1R終了後、馬は、ゴールの少し先までまっすぐ進むと、橇が外されて行ってしまった。あれれ、帯広とは様子が違うぞ?と思うと、橇が動き出した。景色に溶け込んで小さな機関車の存在に気づかなかったが、北見では積み込み用のプラットホームがゴールの延長線上にあり、右に大きくカーブを切ってコースと並行に走るのだった。しかも、後になって上から作業を眺めると、スタート地点では一旦左にカーブを切り、スイッチバックで推進運転してゲートの手前に橇を着けられるようになっていた。直線だけの帯広よりも「鉄道」としては本格的で、鉄ちゃん組3名は、「ますます乗りたくなって来た!」と異様に萌え萌え状態になっていた(^_^; 協賛レースの参加者には、予想紙「馬」と「競馬ブック」が進呈された。「馬」では馬柱表のレース条件の場所に、「競馬ブック」では、馬柱表とは別に、「能力指数」を書いた表の下に、個人協賛レースの名前が記入されていた。これもいい記念になる。2紙を交替で見ていると、K君が大発見をした。 「あおやま馬車鉄道局長杯に、『アオヤマトップ』の名前が入った馬がいますよ!しかも、母親は『局員』ですやん!」 私のレースはSpecialAgeさんに続く5Rで、馬柱表を見ると、出走馬の1頭、イチオシの母父の名が「アオヤマトップ」で、母の名は「キヨクイン」。「あおやま」と「局員」の血を引いた馬が、「あおやま馬車鉄道局長杯」に出るとは、偶然にしては出来すぎだ。しかも、イチオシは、思いつきで掲示板を使ってやってみた「指定馬着順当てクイズ」の指定馬の1頭だ。名前が面白くて指定馬にしただけのことなのに、K君の発見で、ますます応援したくなってきた。これでイチオシが勝つようなことになれば、出来すぎである(^_^; 馬券では1Rを外し、4・5Rで多めに張るため、2・3Rは見送った。そして、4R「マンバケンダイスキ賞」の出走だ。 3歳以上120万円未満の一戦で、1番人気はカネミセンリョウ。しかし、このレースは、数々の万馬券をヒットさせているSpecialAgeさんのレースだ。ここで万馬券が出てこそ盛り上がると言うもの。やや人気が落ちる8番からの馬連単総流しで勝負だ。でも、そうは問屋が卸さない。勝ったのは、人気どおりにカネミセンショウ。そして、8番シンエイシンザンは2着に入って、万馬券とは程遠い、せいぜい「ヒモ穴」程度の決着だった。でも、別路線で勝ち馬からの馬連200円分も押えていたので、馬券は的中♪馬連で1,530円ついただけに、おいしい馬券だった。協賛レースの主催者は、当該レース終了後15分後までに、整理本部事務所に行くように言われていた。私は次なのだが、SpecialAgeさんと一緒に事務所に行き、コース前の表彰台に案内された。と言っても、机と台とスタンドマイクを置いただけのことなのだが(^_^;表彰が終ると、コースに出て勝ち馬との口取りだ。主役のSpecialAgeさんは、レース名の入ったゼッケン(勝ち馬の番号で、レース名は、紙で差し替えられるようになっている)を持ち、私も一緒に入らせてもらった。サラブレッドの方は経験済みだが、ばん馬はやはり、大きくて迫力がある。 そして、いよいよ、「第1回あおやま馬車鉄道局長杯」だ。条件は、4Rと同じ3歳以上120万円未満。「第1回」とする以上は、次にどこかで、また個人協賛レースをやるぞとの決意も込めている(^_^;軽い気持ちから、強い気持ちで応援することになったイチオシは、強力なライバル・2連勝中のモリウチに次ぐ2番人気だ。馬券は、たとえ取りガミになっても構わない、馬単で3番イチオシの頭の総流しに、単勝も買っておこう。その他、馬連でちょこちょこ買い足しても、基本はイチオシと心中だ。発走は12時40分。9頭の戦いが始まる。注目のイチオシは、快調に第1障害を越え、第2障害もトップで通過。これは行けるぞ!しかし、後ろからモリウチが迫る。徐々に差を詰めてくる。踏ん張れ!イチオシ!ゴール前の攻防は、予想を上回る白熱ぶりだった。馬体はイチオシが先に決勝線を越えた。しかし、まだゴールではない。勝負を決める「橇の差」はさらに縮まる。 「イチオシ〜!」 最後の叫びが届いたからと言う訳ではなかろうが、手に汗握るマッチレースは、イチオシがわずかにしのぎ切り、優勝した。わずかコンマ6秒の差で2着はモリウチ。平地競走なら間違いなく「ハナ差」だろう。 「うわ〜!出来すぎや!」 K君の発見により、レース前、しきりに「イチオシが勝ったら出来すぎ」みたいなことを言っていたが、まさか、本当に実現するとは・・。本命決着なので、大儲けはできなかったが、馬単は940円、単勝は360円付いた。あと、馬連を200円分(470円)買っていたはずなのだが、なぜか間違って枠連(400円)を買っていて、140円ほど損したことは、この際目をつぶっておこう(^_^;配当よりも、自分の協賛レースで、応援していた馬が勝ち、しかも、それが力の入る僅差のレースを制したものだから、嬉しさはひとしおだった。これでもし、僅差で負けていて馬券を外していたたりしたら、どんな気持ちで勝利騎手に協賛金を贈ればよかったのだろうか(^_^;もう、満願成就の晴れ渡った気持ちで、勝った尾ケ瀬馨騎手に協賛金を贈ることができた。記念撮影では、普通、主催者は馬に近い方を持つのだが、どうもイチオシは気性が荒いらしく、私は外側に立って記念撮影をすることになった。確かに、怖いくらいに綱を引っ張る仕草をしていた。白熱のレースに満足し、「第1回あおやま馬車鉄道局長杯」は無事終了した。 大いに盛り上がった分、何か、これで燃え尽きてしまったような気持ちになったが、レースはまだまだ続く。表彰式が終ると、間もなく6Rで、その後、バックヤードツアーに参加することになった。本当は、4R終了後だったが、それではSpecialAgeさんの表彰式と被ってしまうので、交渉した結果、他の協賛レース参加者ともども、6R終了後に案内してもらうことになったのだ。当然、私には、バックヤードの見学はどっちでもよく、「トロッコに乗せてもらいたい」との下心があった(^_^;最初に案内されたのは、騎手の検量室。説明自体は、帯広で聞いたことと同じで新鮮味はなかったが、職員が佐藤希世子騎手の「弁当箱」(負担重量調整の錘の入った箱)を秤に載せた。ばんえい競馬での騎手重量は決まっているから、弁当箱の重さを差し引くと・・もちろん、ここで女性の体重をバラすようなことはできません(^_^;まあ、成人女性としては普通ぐらいだったかな(^_^;帯広では、スタート地点まで案内してもらったが、北見では、コース半ばまでしか行けなかった。スイッチバックの様子を間近で見たかったので残念だ。さりげなく会話の中で「乗りたい」とアピールしてみたものの、やっぱり、そんな展開にはならず、鉄ちゃん一同、ちょっぴり落胆。 それでも、トロッコの発着シーンは見ているだけでも楽しく、K君は馬そっちのけで撮影に夢中だった。ゴール付近でも、カーブの先にポイントがあって、「本線」からまっすぐ行った先にかわいい車庫があった。機関車の前面には「ばくちゃん」との愛称まで書かれている。名前までついているとは、すごいぞ、北見のトロッコ(^_^;でも、この姿を見られるのが、これで最初で最後だと思うと辛くもあった。ここに参加しているメンバーは、恐らく、そのつもりでいたはずだが、職員の口からは、「廃止」の言葉は出てこなかった。帯広では聞けなかった裏話としては、北見競馬場の建設にまつわることが面白かった。北見は、最初からばんえい専門だと記憶していたが、実際に現地に行くと、平地競走のコース跡らしきものがあった。ずっと以前は平地もやっていたのかな?と思たら、やはり、最初からばんえい専門のつもりで建設されたそうだ。競馬法の絡みで、1周千mだったかのコースを設けないといけないとの規定があり、必要はないけど、それだけの用地を確保したと言っていた。また、かつてはばんえい競馬にもコーナーがあり、2つのコースを交替に使うことで、橇の運搬の必要はなかったが、直線のみのコースに改められたことで、各競馬場に橇を運ぶ手段が必要となり、「鉄道」を作ったそうだ。 ツアーが終る頃、7Rと8Rの合間に行われた「オーナーズカップ」がゴールを迎えるところだった。オーナーが騎手になって行われるレースで、もちろん馬券は発売されていないが、勝ち馬予想を当てるとバスタオルがもらえると言うイベントになっていた。私は、「1番人気」らしい2番のオーザンビューティを選んだが、勝ったのは9番ファイターだった。それにしても、現役馬を使って模擬レースを行い、しかも、オーナーとは言え、騎手免許のない者がレースに参加できるとは、面白いぞ、ばんえい競馬!かつてはファンがジョッキー体験をできるイベントもあったそうで、こう言うのをうまくPRすれば、もっと客を集められそうに思うのだが。食堂でちょっと遅めの昼食を取り、馬券勝負に戻るも、やはり、「局長杯」で燃え尽きちゃったのか、もう、払戻機の世話になることはなかった(^_^;15時を過ぎると、もはや黄昏模様で、メインのばんえい菊花賞の出走の頃になると、もうナイターのような雰囲気だ。外にいると、芯から体が冷えてくる。昼間には見られなかったが、馬たちの吐く息がいつの間にか白くなっていた。 もう、このレースで一発長打は狙わない。人気のホクショウダイヤに賭けた。でも、無情にも勝利の女神は私に微笑まなかった。1番人気を裏切って、ホクショウダイヤは7着に沈み、優勝したのは、6番人気の伏兵エメラルドだった。2着も同厩舎で5番人気のナカゼンスピードで、馬単は万馬券になった。ここで、こんなに荒れちゃうとは・・。この日のうちに列車で札幌に向かうK君とT君は先に競馬場を出たが、私とSpecialAgeさんは、最終レースまで残っていた。もう、完全に闇に包まれたが、照明灯はレースを見るのに十分な明るさであった。1月の帯広もそうだったが、これなら、夏場にナイター開催もできそうだった。結局、馬券は、関係者2人の協賛レースのみ的中と言う結果に終った。恐らく、北見での開催は、翌日と、次の週の3日間で終ってしまうだろう。しかし、そのような雰囲気は、まったく感じられなかった。また、来年も、ここで競馬をやっているのではないか?無理だとは思っていても、心のどこかには、そんな希望を持ちつつ、北見競馬場を後にした。バスに乗り込むと、先に帰ったはずのK君たちがバスに乗っていた。ばんえい菊花賞終了後、1台のバスが満員になると、そのまま最終レース終了後の便に回されてしまったそうだ。幸い、バスは順調に駅に向かい、札幌行のバスにも、羽田行最終便に接続するバスにも間に合ったようだ。 バスターミナルでK君たちと別れて、この夜は2人でまたもや市内の居酒屋で一杯。競馬談義に花が咲くのだが、やはり、ばんえい競馬の行く末は、お互い心配なことだった。ばんえい競馬がなければ、恐らく、北見市で泊まり、2日も続けて飲食することもなかっただろう。北見市は、網走支庁で最大の都市ではあるが、あくまでも商業の中心であり、主だった観光地からは遠い。この先、観光で道東を訪れることはあっても、オホーツクの観光なら、恐らく網走辺りで泊まるだろう。そんな、話をしたところで、廃止の議論を止められる訳ではないのだが・・。翌日も北見での開催はあったが、私は予定通り郵便局回りに専念した。その途中で、携帯電話にメールが入った。この日も競馬場に向かったSpecialAgeから、6万馬券を当てたとの報だ。最高で10頭立てで、3連複・3連単もないのに、こんな馬券を当てられるとは・・。うらやましさを感じながら、レンタカーのハンドルを握っていた。 今回の遠征の直後、態度を保留していた岩見沢市が、撤退を表明し、単独開催は困難としていた帯広市は、苦境に立たされた。一時は、ばんえい競馬そのものが廃止される危機に陥ったものの、ソフトバンクの子会社の支援を受けて、当面の存続が決定し、胸をなでおろした。しかし、売り上げの減少が止まった訳ではなく、次に存廃の論議が取りざたされるときには、いよいよ歴史の幕を下ろすことになるだろう。私自身は、末永く開催が続けられることを願うが、しょっちゅう馬券を買える訳ではなく、一番肝心な「売り上げ」と言う点では力になれない。色々な人にばんえい競馬の面白さを伝えると言う作業はやって行きたいとは思うが、一番大切なのは、地元のファンによる買い支えだ。それがなければ、今回の延命もそう長くは続かない。地元のファンに心から愛され、それを道外のファンが支える。口で言うだけの理想論と言われてしまえばそれまでだが、これに一歩でも近づこうとする努力を忘れてしまえば、地方競馬に未来はないだろう。 |
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