情報配線の歴史その4 Bフレッツ化
2003年
あれほどまでに苦労して導入したADSL。いよいよ本命の光に移行することになります。
前回の教訓から「オンラインでの申し込みは、最後まで責任者不在」ということ。きちんとした、営業担当者が欲しい、情報を流してくれるようなコネが、トラブルに柔軟に対応してくれるようなコネが欲しい。とにかくNTTの営業担当者をつかまえたくて仕方がない私であった。一方、WEBの方がはやいといううわさもあるし、どうしたものだろうか。
- そんな、ある日、会社で面倒を見ているネットワークのBフレッツ化が通った。会社なら、営業担当者を呼ぶことができる。対応も個人よりは、こまめであろう。そんな美しい誤解のもと、ネットワーク管理人のメリットを最大限に生かして、「会社と同時に家庭もBフレッツ」という構想が私の中に俄かにまとまってきた。「こういうときに管理人のメリットを生かさなくていつ生かす」という天の声を聞いたような気がした。
- 当初、費用面からも「家庭ではちょっとまだはやい」というのも頭をかすめたが、きっと会社で便利になってしまったら即家庭でも我慢できなくなるだろうという判断から「会社での交渉を進めると同時に家庭の交渉も進める」という案に決定。私は主婦なので、家庭内の稟議は非常に通りやすい。もし私が夫なら、光ファイバー化にともなって家計を節約して欲しいなどという案は奥様に即却下されているであろう。何て主婦とは便利な立場なのだろう!
- 無事営業担当者の名刺はゲット。IT化もすべて人のつながりからなのである。
- かくして、会社及び家庭のネットワーク管理人が主婦なので、NTTは容赦なく工事の遅れのクレームに対応していただくこととなる。もちろん営業の方が悪いわけではなく、工事業者との連携がうまく行かないシステムになっているのが問題なのだけれど。(今は改善されているかな)
- それにしても、ネットワーク管理人をやっているのか、ヤクザをやっているのかわからないような、工事の交渉でした。こういうのって、実は向いているのかもと一瞬思ってしまいました。(冗談です)。結果としては、よい仕事をしていただけました。NTTの関係者の方お疲れ様でした。