旅行会社で働きたいという人が多くあるようです。
そういった人達のために、旅行業界で働くとはどんなことか、旅行のセールスをしているA君、旅行会社の店舗内で旅行の販売をしているB子さん、添乗員の派遣会社で添乗業務をしているC美さんの3人から感じ取ってください。
なお、この3人は、比較的まじめな人達です。

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 旅行業界で働くとは・・・・・

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旅行のセールスマンA君の場合
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 ここで紹介するA君は、海外旅行および国内旅行のいずれも扱っているXYZ観光株式会社に2年間勤務し、入社以来、団体旅行の契約を獲得するための外回りをしている。

 2年前、入社式の翌日から新入社員研修があった。この研修は、朝のラジオ体操から始まり、朝食の後、会社の規定を勉強し、昼食の後は一般的な旅行業務知識として、JR時刻表の見方、旅行の日程表の作成方法、旅行代金の計算方法などを学ぶというもので、1週間続いた。

 この研修を通じて同期に入社した者と知り合うことができ、良かったと思っている。研修の第1日目に30分の遅刻をした者、本当は商社への就職を希望していたが駄目だったのでこの会社に入ったという者、北海道から鹿児島までの全国のJRの駅名を暗記している鉄道マニアのTもいた。

 彼らはA君とは異なる営業所で勤務しているが、全員がA君と同じ団体旅行のセールスをしている。

 このうち、全国のJRの駅名を暗記していたTは、入社6ヶ月後に退職したと聞いた。

 営業所が違うのではっきりとした理由を聞くことができなかったが、Tと同じ営業所に勤務していた同期入社の者から、「Tが想い描いていた仕事と、実際の仕事の内容に大きな違いがあったのが原因である。」と電話で聞いた。

 新入社員研修が終わって、配属の営業所で仕事が始まった。営業所長から、2年先輩のKさんに同行して実際の仕事方法を早く身につけるようにと言われ、その日から3ヶ月間は、Kさんに同行してセールスに回った。

 Kさんは、セールスに向かう車の中や、仕事が終わってお酒を飲みながら、色々な話しをA君にしてくれた。

 Kさんの話しで記憶に残っているのは「行き当たりばたりの飛び込みセールスばかりしていては駄目だ。初め訪問する所でも1つ1つ其の団体の内容を調べていくように。」とか、「最初は断られても、定期的に行けば話もしてくれるようになる。だから、頑張れ。」や、反面「2度3度行って駄目だと思ったらそこはあきらめた方がいい、セールスマンは諦めも肝心だ。」といったようなことである。

 Kさんとの同行セールスのほとんどが、すでに契約をしている団体の旅行出発までの打ち合わせであった。

 たまには、「ここは脈が有りそうだから、行ってみよう。」と言って飛び込みセールスもした。飛び込みセールスでも相手方の旅行担当者は、話しを聞いてくれた。

 Kさんとの同行セールス期間が終わる頃になると、早く自分1人でセールスをしたいという気持ちが強くなった。

 A君は1人でセールスを始めた。最初は、「今は忙しいから後日にしてくれ。」、「うちは○○ツアーに毎年お願いしているから。」とか、「うちの社長は××旅行の専務と友達だから。」などと言われて、ほとんど旅行の話をすることもできなかったが、訪問するタイミングや誰に合えばいいかなど、少しずつセールスのコツが分ってきた。

 最初に契約をした団体は、1泊2日の30名の職場旅行であった。その後、いくつかの団体の契約をした。最初の海外の団体旅行の契約は、20名の香港旅行だった。

 A君自身が契約をした団体には、A君が添乗員として同行して、旅行の担当者と、あるいはそれが企業であれば社長や役員などと密接な関係をつくろうとA君なりに工夫した。そういったこともあってか、他の旅行会社からのセールスもあったようだが、その後も毎年、A君は、それらのほとんどの団体と契約を結ぶことができた。

 今日、A君は、断られても断られても3年間定期的に訪問していたM食品と3泊4日の沖縄行きの職場旅行の契約をした。

 2ヶ月前にM食品の総務部長から{M食品の旅行を扱っていた○○ツアーの旅行代金の見積りが高いと思うのだが、A君、君の会社の見積りも出してくれ。}と言われ、旅行の内容や旅行代金について検討に検討を重ねて提出した。それが契約に結びついたのである。

 営業所に帰り、さっそく手配担当者に、M食品の旅行日程にそった手配を依頼した。

 A君は、時々入社後半年で会社を辞めたTのことを思い出す。同期の社員の中で最も旅行が好きで、旅行の知識が豊富だったTが一番早く辞めてしまった。

 彼は、自分が想像していた旅行会社の仕事と、現実の仕事が違っていたということだが、Tは自分自身が楽しむ旅行が常に頭にあり、旅行者に喜んでもらう旅行を提供することが仕事であるという意識が少なかったのではないかと思う。

 一方、A君は、旅行会社に就職をしようと決めたとき、頭に浮かんだイメージは、添乗員として団体を引率している自分の姿や、アタッシュケースをもって企業訪問をしている自分の姿だった。

 A君自身、色々な土地を旅行することができるのは楽しいが、その楽しみだけを求めたのではなかった。その楽しみを提供することを求めてきた。それがTとの違いだと思う。

 A君は、これからも良い旅行を売ることに専念し、それに伴って顧客を増やしていこうと思っている。






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カウンター販売のB子さんの場合
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 XYZ観光株式会社に勤めるB子さんは、A君と同期の入社である。現在、A君と同じ営業所の店頭で旅行の販売をしている。

 店頭で旅行の販売をすることをカウンター販売と言っている。営業所にきた個人客の相手をしているのである。新婚旅行の申し込みを受けつけ、家族旅行の日程表を作成し、航空券や新幹線の指定席特急券の予約申し込みを受けつけ、その場でコンピューターの端末機を操作して、予約や発券などを行っている。

 B子さんは、A君と同じように新入社員研修を受けた後、現在の営業所でカウンター販売をすることになった。

 外回りのセールスをしているA君とは異なり、カウンター販売のB子さんには、新入社員研修の後も、コンピューターの操作に関する研修や、応対マナーの研修などが1ヶ月ごとに4.5日の割合であった。

 同種の仕事をしているのは、他に先輩の女性が3人と男性が1人である。

 最初は「見習い」と書いたプレートを胸につけて仕事をしていたが、来店客にどのような対応をしてよいのか分らず「私には声をかけないで........。」と折るような気持ちでいた。
先輩達は忙しく働いているのに、B子さんは、何かしたいけど何もできない。電話が鳴るとドキッとした。

 学生の頃、「できるだけ何もせず、給料が多い仕事がいいな。」と思ったこともあったが、何もしない(何もできない。)ということがこんなにつらいこととは思ってもみなかった。

 でも、そのような不安も1週間、2週間と経過するうちに薄れてきた。

 B子さんのようなことは入社直後であれば誰でもあることで、先輩達が色々と教えてくれて少しずつ仕事の方法が分ってきた。

 B子さんがこの営業所に勤務を始めた最初の日に、先輩のEさんから、受け付けた家族旅行の日程をワープロで作るようにと言われ、旅行の日程を作ったのが最初の仕事だった。

 B子さんはワープロを打つことはできるが、機種が違うので戸惑いながら、それでも3泊4日の日程を3時間を要して作った。我ながら上出来だと思った。

 出来上がった日程表を見たEさんは、「ここは○○列車を利用するように。」、「この日は××観光地も含めるように。」などと言い、B子さんが作った日程表のほとんどを変えてしまった。

 Eさんは後でB子さんに言った。

 私たちの仕事は旅行を売ることで、日程表が旅行商品なのよ。ただ単に、乗り物を乗り継いで帰ってくるだけの行程だと旅行の楽しさがないでしょ。それから、例えば○○列車にしなければ乗り継ぎの時間が少なくて、場合によっては乗り遅れるということもあるでしょ。可能な限り、お客様の立場に立って旅行の日程を作るようにね。」

 B子さんが作った日程を大きく変更されたときは、「いやな先輩」と思ったが、Eさんの話を聞いて納得した。

 XYZ観光の各営業所には、JR、日本航空、全日空、日本エアーシステムのそれぞれのコンピューターが設置されている。

 これらは全て端末機と呼ばれるものである。例えば、JRの場合、全国のJRグループの指定席などを総括して管理しているコンピューターの本体から、JRのみどりの窓口やXYZ観光のような旅行業者の営業所に、無数のたこの足のように回線が延びており、その末端の機械のことをいう。

 この端末機をたたいて(操作して)、コンピューターの本体で管理している指定席や寝台の残席状況を見たり、予約をしたり、切符(乗車券類という)を発券したりするのである。

 ものすごい速さで端末機をたたいている先輩達を見て、すごいと思った。自分も先輩達のように操作ができるようになりたいと思い、来店客がなく、先輩達が端末機を操作していないときを見計らって、端末機の操作が明示されているマニュアルを見ながら練習をした。

 最初はエラー(操作ミス)が続出したが、1週間でおおよその操作方法が分った。半年もすると先輩達と同じように端末機を扱うことができるようになった。

 XYZ観光では、海外の募集型企画旅行をXYZパックという名称で扱っている。別に大手の旅行業者ABC観光の募集旅行であるABCツアーの受付も行っている。

 先輩から、どの旅行について質問を受けても答えられるように、それぞれのパンフレットを読んでおくようにと言われた。

 B子さんはパンフレットを見ながら、1つ1つの観光地の説明はできそうだと思ったが、海外旅行の経験が無く、日本から出国をするということと、外国に入国をするというシステムがいま一つ理解できなかった。

 頭の中で出入国を思い描くことができないのである。

 そういう状態のままで海外旅行の説明をしていたB子さんは、{このお客は、無事に旅行をすることができるのだろうか。」という不安を常に持っていた。

 次第に、国内の募集型企画旅行は積極的にするが、海外旅行となると消極的になっていった。

 そんなとき、B子さんが担当した新婚旅行客が訪ねて来た。彼らは「適切なアドバイスをありがとう。」といってオーストラリアからのお土産をくれた。

 不安な気持ちで説明をした海外旅行客からお礼を言われたことに対して、B子さんは信じられなかった。

 でも、このことがきっかけとなって、海外旅行にも少しの自信らしきものが出てきた。

 それから、数ヶ後、大手旅行業者のABC観光から、ABCツアーにアメリカ東海岸の新コースを設定することになったので、XYZ観光の海外旅行販売担当者は、このツアーに参加して旅行内容を知ってもらいたいという依頼があった。

 営業所長は、これにB子さんを参加させることにした。

 B子さんの初の海外旅行である。今までは旅行客の旅券発給申請書の作成をするのみであり、県庁でどのように申請をするのか分らなかった。しかし、自分の旅券申請をして、それも分った。

 旅行は楽しかった。でも、最もうれしかったのは、日本の出入国とアメリカの出入国を体験したことであった。

 この体験以来、B子さんは積極的に海外旅行の説明もするようになった。

 現在のB子さんは、カウンター販売に必要な知識の多くは理解しているが、国内や海外の観光地について知らないところも多くあり、それらをマスターしようと思っている。




 

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添乗員C美さんの場合
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 一般企業の事務職をしていたC美さんは、毎日同じ仕事をすることに何か物足りなさを感じて、もっと刺激的な仕事をしてみたいという気持ちから、2年間勤めた会社を辞めた。

家族や友人からは、「辞めて何をするのか」と聞かれたが、C美さんに考えがあった訳ではない。

 何かもっと自分に合った仕事があるのではないかという考えが漠然と広がってきて、思い切って会社を辞めたのである。

 そんなとき、求人雑誌で「添乗員募集」の広告を見つけた。修学旅行や会社の慰安旅行などに同行していた添乗員を思い出した。「面白そうなしごとだな。私にもできるかな」と興味をもった。

 とりあえず、求人をしていた添乗員の派遣会社に未経験者でもできる仕事かどうかを電話で問い合わせた。

「誰でも最初は未経験ですから、大丈夫です」と言われ、早速履歴書などを送った。

 数日後に面接をして、その会社に添乗員として登録した。同時期に登録をした添乗員が集められて数日の研修が行われた。

 添乗員派遣会社と旅行業社との関係、団体客に対する接客マナーや応対の方法、集合地での受付の方法、最初の挨拶の方法、クーポン券類の発券の方法や、宿泊料金などの精算の方法、旅行業約款などを教わった。

 添乗員としての初仕事は、H呉服店が得意先に対する□□温泉1泊2日の招待旅行で、先輩添乗員のYさんといっしょに同行することになった。

 旅行出発の数日前に、H呉服店の招待旅行を取り扱う旅行業者を訪れ、担当者と打ち合わせをした。

 添乗員派遣会社から添乗員を派遣する場合は、チーフ添乗員を旅行業社の社員にして、そのサブ添乗員として派遣される場合と、派遣添乗員だけでその団体の添乗業務をする場合がある。

 今回は、C美さん達派遣添乗員だけで行う添乗業務である。

 本来なら、先輩のYさん1人が行う添乗業務であったが、このH呉服店の団体は、2台の貸切バスを利用するので、旅行業者とH呉服店の了解を得て、未経験のC美さんを同行させることになったものである。

 旅行業者の担当社員から、旅行の行程に関する各種の注意、団体のメンバーに配慮すべき点など、色々なことを伝えられた。Yさんは、その都度1つ1つのことについて質問をしている。

 C美さんは、「これだけのことが本当に私達だけでできるのかしら」と不安になった。

 最後に旅行業者の担当者から

「H呉服店は、今後も毎年招待旅行をします。昨年までは△△旅行会社が担当していたが、数年前から私もこのH呉服店にセールスをして、ようやく契約をした大切な団体です。
 本当は、私が添乗に行きたいのですが、どうしても他の団体の添乗に行かなければならないので、皆さんにお願いするのです。よろしくお願いしますよ」

 と言われた。

 C美さんは、ますます不安になった。

 Yさんは、「はい。解りました。H呉服店から喜ばれるような旅行にします」と微笑みながら応えた。

 旅行業者での打ち合わせが終わり、Yさんに誘われて喫茶店に入った。

「Yさん。私、なんだか不安になりました。本当に私はこの仕事ができるのでしょうか」

「大丈夫よ。私も最初は不安だらけだったのだから。私はこの仕事を始めて4年目だけど、今でも1つ1つの団体の出発前には不安な気持ちになるんだから」とYさんは言った。

「でも、さきほどは、『大丈夫です。H呉服店に喜ばれる旅行にします』と自信を持って言われたではないですか」

「自信なんてないわよ。でも、あの時、『不安です』なんて言ったら、あの担当者も困ると思うわ.....。大丈夫よ。自信はないといったけど、何とかしてみせる。いい旅行にするという気持ちというか、意気込みはあるんだから」

 C美さんは、「不安な気持ちもあるが、絶対に成功させてやるという自信もあるんだな。」と、Yさんの気力を感じた。

 H呉服店の旅行が始まった。集合地でH呉服店の人と打ち合わせをして、受け付けをしていると貸切バスが到着した。

 受付が終わった招待客をバスに誘導する合間に、バスの乗務員との打ち合わせが始まった。

 その日のバス行程に関する内容をYさんは乗務員に伝えた。乗務員からいくつかの質問があり、それに応えて打ち合わせは終わった。

 貸切バスの1号車にYさん、2号車にC美さんが乗った。

 バスが発車して、バスガイドの挨拶が終わり、「添乗員さんの挨拶です。」と言ってマイクをC美さんに向けた。

 C美さんは、客席に向かって研修で習った通りの挨拶をしようとしたが、声がかすれて、おまけに多くの部分を飛ばして、意味不明の挨拶となってしまった。

 行程の途中の観光箇所や昼食場所、トイレ休憩のために停車したドライブインなど、常にC美さんは、Yさんの指示通りに動いた。

 添乗員の仕事は体力的にハードな仕事だと思った。しかし、Yさんを見るとC美さんよりも、もっと多く動き回っているが、まったく疲れらしきものを顔に出していないことに気づいた。

 Yさんは、よく電話をしていた。その電話の内容を聞くと、昼食場所や宿泊する旅館、明日の昼食場所への確認の電話ということであった。

 その確認の電話は、朝の集合後人数が確定した後の昼食場所への電話、これから昼食場所へ向かうという時にあらためて何時頃に到着するというものであり、旅館にも何度か同じように確認の電話をしていた。

 旅館に到着し、招待客が客室に入り、入浴をしている間に、C美さんとYさんは、旅館のフロントと打ち合わせをし、夕食宴会場で配膳の確認や、H呉服店の幹事さんと、H呉服店の役員や招待客の席を決めるという作業をした。

 そういった作業が終わった頃に、招待客が宴会場に浴衣姿で来た。全員がそろった。

 Yさんは、マイクを持って簡単に明朝の食事の時刻や出発の時刻を説明した。

 それで終わるかと思っていたら、Yさんはそのまま宴会の司会を始めた。社長の挨拶や乾杯などが終わって、ようやくYさんも席について食事を始めた。

 その後、幹事さんとYさんは宴会を盛り上げるために司会をした。C美さんもそれを手伝った。

 H呉服店の招待旅行の解散の場所で、貸切バスから降りてくる招待客の1人1人が、バスの乗務員やC美さん達に「お疲れ様」、「ありがとう」などと声をかけてくれた。

 C美さんは、何か胸にこみ上げてくるものを感じた。

 その後、C美さんは数々の添乗をこなした。

 XYZ観光の大口の団体旅行の添乗をしたとき、XYZ観光の営業所長がチーフ添乗員であった。サブ添乗員のC美さんは営業所長と親しくなった。

「添乗員という名称は、JRで旧国鉄時代から使っている用語で、本来は列車の誘導をする業務を言い、これが団体予行に同行する者に使われるようになった。 別にツアー・リーダーやツアー・コンダクターと言ったりする。
 ツアー・リーダーとは、その団体のメンバーの指導者的立場の者をいい、ツアー・コンダクターは、オーケストラの指揮者(コンダクター)からきたもので、オーケストラのメンバーの調子や観客の状態を考慮して最善の音を出そうとするのと同じように、団体のメンバーの様子を見ながら、ホテルや旅館、バスの乗務員などと協調を図りながら最善の旅行に仕上げようとすることろが同じなんだ」

 と、C美さんは、営業所長から教わった。

 現在、C美さんは添乗の仕事に不満を持っている。

 それは、登録派遣添乗員であるため、添乗日数に応じて収入が決まる。そのため、一般OLよりも収入が多い月もあるが、年間の収入で比べると少ないことである。

 でも、C美さんは、この仕事を続けようと思っている。

 H呉服店の招待旅行の後、色々なタイプの添乗を経験した。やりがいのある仕事だと思った。

 自分の行った仕事について、直接に団体客から反応があるという緊張感もよいと思った。

 海外旅行の添乗も何度か経験した。国内の添乗と違ったやりがいや面白さを感じた。

 緊張感や1つ1つの団体に関して、何とかよい旅行にしようという気持ちが大切なんだと思う。

 C美さんの周囲には、なれや惰性でこの仕事をしている者もいる。

 いつまで続けることができるか解らないが、C美さんは、緊張感を感じつづけている限り、この仕事を続けようと思っている。


 



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