カナダとイギリスの違い(生活:その13)

生活ネタ、というより文化的な考察に近いようにも思うのですが、とりあえず生活のカテゴリーに入れておきます。(他に入れられるカテゴリーがないので。。。)

昔カナダにいたことがあり、今は青い目のダンナさんと結婚してイギリスにいる友人(日本人)とメールのやりとりをしていて、「あっ」と思ったことがありました。

それは、イギリスでは上流階級と下層階級が未だに分かれている、ということです。日本も昔は特権階級(華族)制度がありましたが、戦後廃止され、「一億総中流」というスローガンもあったわけで、今の日本は出身(の階級)が一生を左右するということはイギリスほどにはないと思います。

で、なぜカナダにいて「階級差」の話にぴんときたかというと、カナダで「安くて質の悪い」「ものすごく高くて質が良い」の両方は見かけるのですが、その中間層が案外見当たりません。反対に、日本(東京辺りの者の豊富なところは特に)にいれば、値段と質のバランスを見て買おうかな、と思うものはしばしば目にしますし、例え安いものを買ったとしても、質はそれほど悪くありません。(イトーヨーカドーでTシャツを買っても、洗濯の時に色が出るとか、ほつれるとか、ないわけで)

多分カナダの物価は日本よりは総じて安いのだろうと思うのですが、逆にいうと質の悪いものもいくらでも見かけるという状態です。

もともとヨーロッパで迫害されてきた人たちが北米大陸にやってきて作った国がアメリカやカナダなので、イギリスのように「社交界」なるものが存在するのかどうか分かりませんが、それでも住むところが収入ごとに比較的ハッキリわかれているとか、物の質の高低差など、イギリスの階級制度の名残があるのかもしれません。(ま、なんといってもカナダは英連邦ですからね、イギリスの影響が強いのは当たり前といえます)

もっとも売っているものの質と値段のバランスって、作り手のこだわりとか、消費者の厳しい目などで磨かれる側面もあるので、日本では作り手(会社等)の探究心が深いとか、消費者の質に対するこだわりが厳しいとか、そういうことも質向上の理由になるのかもしれません。

で、その友人がまた別のメールをくれまして、以下のように書いてありました。(許可を得て掲載します。なお、ここでいう親戚というのがだんなさんの親戚のことです。)
『親戚がアメリカからやって来て気づいたんですが、(これがカナダで当てはまるかどうかはわかりませんが)イギリスより北米の人の方が「英語上手だね」とほめることが多いような気がします。
あと、アメリカではいかに流暢に詰まらず話をするか、つまりどれだけconfident/competentであるかに重点を置かれているような気がし ます。アメリカでは個人主義の国だから自分の発言に主張があるか、自信があるかが問われるんでしょうね。(実際は「言ったもん勝ち」みたいなところが あって発言に根拠のない事も多いけど、これもまた性格ではないだろうかと思います。)きっと「上手である」には、流暢である(詰まらないで話す)、語彙 力がある、聞きやすい(アクセントが少なくスタンダードである)などいろいろあると思います。ちなみに、イギリスでは南アジア系のアクセントはよく聞き慣れていて、アクセントがあってあたりまえという感じです。「上手」にしゃべるという事はあまり重視されないような気がします。実際上手にしゃべろうが しゃべるまいが、一目「非ヨーロピアン」だから差別される事は免れないし。アメリカもイギリスもそれぞれいいとこと悪いところが如実に言語に反映される から、「言語は文化を反映する」といったこともなんとなく分かる気がします。』

これは、自分にとって非常に新鮮なコメントでした。
自分の知っているイギリスの人って会社に2人くらいしかいなくて、特に親しいわけでもないのでイメージがつかめません。逆に、彼女は現在イギリスに在住してますし、昔はカナダに住んでいたこともあるので、この辺の違いを実感できるのでしょう。言語やコミュニケーション方法は文化の一部だと思うので、至極納得!

これを聞いた自分は、彼女に「北米の方が人種民族が混在している度合いが激しいので、人をほめることでうまくやっていこう、という素地があるのかな、と思っています。逆にイギリスを始めヨーロッパで生き残れた人達は追われて北米に来た人々と違って、昔からその地にいて自分の存在に無意識にも自信があるのでそういう気遣いは薄くてもいいのかな、と。
それに階級がある世界でそれなりの地位の人であれば、対等に話す相手は多分移民だったりはしないのでしょう。」と返事をしておきました。

実際、たま〜に同僚などから「英語がうまいよね。」と言われたりします。言われて悪い気がすることはないのですが、本当にうまければ(コミュニケーション能力がほぼ同等と思ってもらえるなら)いちいち褒めることもされませんから、後から考えると少し複雑な気分であることは事実です。

すると、以下のようなお返事が。
『おっしゃる通り、北米では何かとほめる事が多いです。多分、伝統社会のつながり(Social
Bond)の薄い北米では、残っている数少ないGift Exchangeに上乗せして表面的Niceness、Have a nice day.とか会話の節々が重要になってくるんでしょうね。ちなみにイギリス人はその人に面と向かって「英語うまいね」とほめるよりは、陰でほめることが (他の人との会話の中で)多いみたいです。確かにほめられて悪い気はしないけれど行き過ぎると、露骨すぎると思われるかも。イギリスやその他の伝統社会 では、生まれ落ちた階級の中でSocial Statusを確立するのに北米とはかなり違う方法(例えば小さい頃からBoading Schoolで同様な階級の人とSocialisingするなど)がとられるので、そこらへんの違いですね。』

あー、そうかー、イギリスって階級で行く学校も違ってくるんだっけ。びっくり。日本だったらせいぜい学力別で行く学校が変わる程度で、それは公平なことだと思うし、本人に見合った学校に行くのは本人のためにもなると思うけど、成績が良かろうが悪かろうが、血統で行く学校が決まるのは不公平なような。(もしかして、その中でさらに学力別でクラス分けとかしているのかなぁ?)でも考えてみれば、階級が違うってことは、バックグラウンドや常識が違うってことで、それによって分けることも成績で分けることも、本人に馴染みやすい環境を用意するという観点では同じなのかなぁ?切り口が違うだけで。うーむ。。。(-_-)結論出ず。

イギリスで行ける大学というのもやっぱり出身階級によるんでしょうかね?もしそうだとすると高学歴をつけるため、下層階級に生まれた人はどうすればいいんでしょ?なんせ自分の知っている範囲ではそういう状況がありませんから、想像つきません。お金がなくて進学できないというのなら、奨学金という方法もあるのでしょうが、階級というと、どうしようもないように思うのですが。はてさて。

そうそう、最近会社にイギリスの若者(20歳後半)が入ってきたのですが、金曜日がカジュアルデーだっていうのに、スーツにネクタイで会社に来るわけです。「カジュアルデーだけど知らないの?」と言ったら「僕にはこれがカジュアルなんだよー。」とゆるく締めたネクタイを指してにっこりするので、あ、なんかイギリス人っぽいなーと思うのでした。やっぱりカナダに来ているけれど、大英帝国の誇りは持っているってことかな?

自分の数少ないヨーロッパ旅行経験からすると、北米の人はヨーロッパの人よりカジュアルなように思います。Tシャツに短パンでパリの街中とか歩いている集団がいたら、まずアメリカかカナダから来たと思って間違いないでしょう。

(2004月10月10日記)

※上記はみん”の個人的経験に基づく素人的考察です。
間違い等はご指摘頂ければ修正します。


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