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白根開善学校 本吉 修二 先生
私の学校は1200メートルの山の中にありまして、冬は雪に囲まれて過しています。子ども達は授業の合間にスキーなどをして、この頃はスノボーも流行ってます。また、草津へスキーの勉強に行きます。とにかく生徒達はスキーの資格がとりたい。せめて2級位は取って卒業したいと言っています。大体どんな子どもでも3級位は取れてしまいます。2級1級を取る生徒もいます。卒業後はスキーのインストラクターになって草津のスキー学校で冬の間はずっと山の中にいるのが2名もいます。
白根開善学校はとても小さな学校で現在は、生徒数がさらに少なくなってしまいましたが、約130名います。中学生が30名位で、今は中学生が少なくなってきました。高校生は100名位です。今年は開校から23年目になりますが、生徒数75名の小さな中学校から始まって、現在までの卒業生が約600名位です。はじめの頃は中退してしまい卒業する生徒が少なかったのですが今では段々増えて教育のノウハウが蓄積されています。
23年の軌跡を考えると非常に小さな学校です。今回色々な他校のお話しを拝聴したり、新規に学校を立ち上げたケースを聞きましたが、白根開善学校は最初から学校ですが、子供たちが公教育の学校に行かない時点でいかに行政に歯向かうかということばかり考えながらやってきました。
今から約25年位前に私自身が文部省にいって、当時の中学教育課に行って話しをしましたら何を言うのかとみんな寄って来ましたが、私が子供はみんな違う、能力も才能も興味も違う、そういう子供たちに一番いい方法というのは一人一人について考えようとすることだ。その子ども達が本当に自分自身で夢を抱いて生きたいと思っているわけですから、そのことをしっかり見極めながら子どもがホッとする教育をしてみたいという話をしたら、「大変いい話しだ」「ぜひやってみて下さい」といわれました。ゆっくり時間をかけて勉強したってかまわないわけですし、そのへんは自由にやっていいではないでしょうか。
最近ずっと学校を運営してきて思うのですが当たり前に私立学校といえども学校教育法に定められた学校だと思います。なのに小・中学校は設置基準がないのです。高等学校には明らかに設置基準があってきちんとできています。それに合わすしかないから、かえってやりやすかったです。
学校が子供たちを集めて国やあるいは社会の中に適応できるように教育しようと考えてきたから、だから国の為になったり、社会の為に役立つ人を作るということが教育だとなってるわけですから、それはおかしいんです。自分たちの人生は自分たちで決めるのだから、自分たちでよく考えてその人たちが集って議論して、やがて大人になって自分たちの世の中をつくっていくのです。だから、教育は本来自由であり人間的でなければいけない。そう言っても分からない人がいます。
そう言った点で人間のための普通の学校をつくって、できるだけ自由奔放にやってやろうという風に考えたのです。段々おかしくなってきましたね?何が一番おかしいかというと子供たちは何もおかしくないのです。子供はいつでも努力してきました。ある意味勝手だけれども自分の人生をちゃんと見つめようとするのです。話しかければ良くわかってきます。
では何が一番マズイかというと先生です。先生を教育する学校や大学も危ない。実際の話この5、6年間で先生というのは増々悪くなってきている。あっという間に先生になって、威張っている。これじゃ駄目なのです。それから先生というのはなぜ怒鳴るのか?人間として実に横柄である。こんな先生に教育されているのだからたまったものではない。だからこれから今までの学校はなくなってもいいのです。民間教育をやっている人が集って人間のための自由な教育、いろいろと考えたほうが良いのです。
教育というのは一人一人が自分で人生を考えて、どういうふうによく生きるかを考えてやっていくためのものなのです。それを先生達が援助していく。一緒に考えて、その子どもの歩き方に合わせてやっていく。それが教育だと私は思います。私立であろうと何であろうとそんなことは関係ないのです。
私はこの際はっきりした方がいいと思い、みんなで集って議論して公立学校を、より私立学校と元の学校数を減らすということを考えてよいのです。なぜかというと、公立学校は生徒一人あたりに私立の何倍もの国費が必要なのです。私立・民間は皆が志を掲げている。みなさんのようにいろいろな形で供たちのことを考えている、教育の中身を考えている、その意味の改革をするべきであると思うのです。
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