短信 

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 ・ 短信20 2002/08/29

 短信8でも書きましたが、長唄の演奏会にお越しくださる方は、多くの方が、長唄をお稽古してる方ではないかと思います。ですから尚更、演奏をお聴きになる時、習った曲を重視しがちです。ごく当たり前の感情ではありますが、ちょっと目線を変えてご覧になると、知らない曲も楽しくお聴きになれると思います。演奏の間中、その曲の手順をおっていたり、あの難しい所をどう弾くかとか、あそこの唄がどうだとか、こんな聴き方をしていらしゃる方、多くありません?
 そうではなく、演奏家の持っている目線、想いが、どのように自分に伝わってくるか、それをつかまえようとすることです。興味津々、わくわくと、なりますよ、きっと。演奏家は、ステージの上で、必ずメッセージを送っています。何もつかめなければ御自分が悪いのではなく、演奏家の力量と意思が不足しているんです。私は、そう思います。

 ・ 短信19 2002/08/24

 新曲の発表は何か少し恥ずかしいものなんです。裸の自分を見られる様で何ともおもはゆい感じがします。でも始まってしまえば、曲が自分を励ましてくれます。それは新曲の発表に限られたことじゃありません。古典の曲を演奏する時も、そんな気持ちを感じます。古典も自分の曲の様に感じるからです。昔に、その作曲者はおられますが、今は私が五感で感じて演奏致しますので、何か重なり合ってくるのかもしれません。
 演奏家は、古典の作曲者の様に、その曲を納得し、自分の作品の様に演奏します。ですから演奏するに人によって、同じ曲でも色々に変化し、あたかも万華鏡の様に変わります。だからこそ、何回聴いても楽しいのです。曲をお聴きになる時に、あの人はあそこで音が出なかったとか、スクイの手が引っかかったとか、そんなことばかり気にしていると、もっと楽しい大きなものを見失ってしまうと思います。

 ・ 短信18 2002/08/21

 作曲すると自分が出ます。作曲は、自分自身の中で膨らんできた熱い情熱を発露することだからだと思います。
 作曲している最中は、浮かんでくるイメージと、すぐには浮かんでこない想いと、真正面から対峙しています。そこには何ものも入り込めない時空があります。そんな時に、いつか耳にした、いつかイメージした、書き留めておいたメモが、意外に助けてくれたりします。とかく、思い浮かんだレールを走り出すと、もうそこから抜け出せなくなって、どうにも動きが取れなくなることがあります。そんな時にそのメモは、レールから一度はずしてくれるのです。そして又、自由な発想から思いもかけない、こんなのアリだったんだ、と言う世界を拡げてくれます。創作の世界は、晴れ上がった真っ青な空のように、そしてその陽の照りつける大地のように、自由に陰影を表現できます。私の知る限り、そんな世界って他にはない。一つ一つの音に、喜びと悲しみを刻んで、時空から解き放たれた時、その時が、新曲の完成した時です。

 ・ 短信17 2002/08/17

 私が創作を始めたのは今から三十数年前になります。文字通りの借曲(しゃっきょく:他の曲の手を集めて作ること)から始まり、自分で少しでも納得のゆく曲を作曲するまでには、ずいぶん迷いの道がありました。
 大雑把なイメージを作って、小さな所まで、そのイメージの神経をめぐらしてゆく。本当に一つの音で悩み、又、その一つの音でガラリとイメージが変わってしまうからこそ、悩むのです。作曲が勉強になると思うのは、そうした曲に対する見方が出来るようになってくることによって、先輩たちが、何故、こういう音を使ったのか? 何故こうなのか? それを考えることが出来るようになるからです。それらの理解が、その曲の理解に、すごく役立つからです。
 私の師匠、杵屋弥三郎師は、どうしてこんな所を一生懸命弾くのだろう、と思うような、丁寧な三味線をお弾きになりました。普通の方なら、さっと通り過ぎてしまうような部分の音にも、ものすごい心を込めた三味線でした。その頃、私は、解りませんでした。でも、今は、同じようには弾けないけれども、何故だかは理解できるようになって来ました。師匠から頂いたこの目線、それを自分なりに感じるようになった一つは、作曲を始め、続けてきたことだろうと思います。そういう条件があったことに、感謝しております。又、東音創作会が新たに始まったことも、大変大きなことだと思います。

 ・ 短信16 2002/08/14

 動物園の象のいる場所には、太い、大きな丸太が有るのをご存知でしたか? それと、太い木で出来た柵が有るんです。何の為かと思って解った訳ではないのですが、3時間も見ていると、色々な事が解ります。象の鼻は太くて長いので、象達も疲れるんです。そこに行って鼻を乗っけて、一息ついているんです。なる程と思いました。自然界では、どうしているのか考えてみました。たぶん、たぶんですけど、お互いの背中にでも乗っけているんじゃないかと、思います。穏やかな、優しい動物だなぁ、ってつくづく思いました。こんな動物たちを殺してしまった歴史を、二度と繰り返さないで欲しいと願って『かわいそうなゾウ』を作曲致しました。講談の貞花師は、昔からこの物語を語っていらっしゃいました。長唄と、講談とのバランスを、とても良くして下さいました。本当に有難い想いで、感謝致しております。では

 ・ 短信15 2002/08/10

 昨日、東音創作会が開催されました。皆様のおかげで、多くのお客様にお越し頂き、本当に素敵な演奏会を開催することが出来ました。全体を通して、作者の心意気の伝わる演奏会が出来たと思います。舞踊家に気に入って貰うとか、将来の仕事につなげる為とか、そういった何か芸とは無関係な他発的な想いではなく、それぞれの作者が、心のうちで充満させた想いを、それぞれの曲にぶつけた作品が出品されたと思います。元来あるべき、創作会の素直な作品群が、あれだけのお客様を日刊ホール一杯にお聴き頂けた会として存在しえたことは、大切な、そして絶対に作者が忘れてはいけない、無垢な心、純粋な心を、表現できたからだと思います。これからの創作会を引き続き、宜しくお願い致します。ありがとうございました。

 ・ 短信14 2002/08/08

 前回息抜きしたので、今回は充実(?)。来る9月7日(土)の東音会演奏会で、このホームページに掲載されている『かわいそうなゾウ』が演奏されます。講談界の第一人者、一龍斎貞花師に御出演頂き、完全版として演奏されます。一人でも多くの方にお出で頂きたく思います。この曲を作曲した時の思い出をお話しましょう。まずテーマになるメロディーが、どうしてもイメージされなかったのです。
 そばで息子が聴いていて、「それはアフリカのサバンナを渡っている象みたいだよ。動物園の象とは、ちょっと違うよ」
 なる程。私の貧相な頭では、『時雨西行』と言う曲の、六牙の象しか、出て来なかったのです。「動物園に行ってみたら」の言葉に従って、上野動物園に暑い日に行きました。
 象小屋の前で3時間。ただただボーっと象達を見ていました。ほとんど動かないんですよ、象達は。大きな耳をパタパタさせて小さな尻尾をフワフワさせて、長い巨大な鼻で何かをつまんでは口に持っていく。ただただそれだけ。でも3時間たつ頃、頭の中にフワッと、メロディーが出てきたんです。そうだ、これだ! メモ用紙にメロディーをメモします。出来た! 出来た! それは嬉しかったです。これが動物園の象だ! 息子が、「それはなかなか良いね」と言ってくれました。
 もしお越し頂ける時は、チケット等手配致しますので、御連絡下さい。では

 ・ 短信13 2002/08/03

 皆さんも想像力をたくましくしませんか? 想像力はいくら大きく膨らんでも、消費税ひとつ取られませんから。楽しいですよ。とても。あんなかな? こんなかな? それとも…。こんな感じで私の想像力は膨らんでいきます。
 私は絹の生揚げを、根生姜とにぼし、お砂糖、お醤油で煮たのが大好きです。毎日食べても飽きない。壊れそうで壊れない絹生は、調理してると楽しいものです。今日はどんな味にしようかな? 濃口醤油か薄口醤油か? どんな風に切ろうか? 切ろうかで思い出しました。あんな柔らかい絹生。包丁が良く切れないと、必ず切る時に崩れてしまうんです。よく「切れない包丁を使うと、怪我をする」って人は言いますが、切れる包丁と、切れない包丁を比べると、押しても切れない包丁の方が、怪我はしません。ただし、切れる包丁で切った傷はすぐ治ります(これは、下手な私の場合)。
 まぁ、色々な面を考えると切れる包丁の方が良いですよね。何でも切れるほうが良いですよね。悪友とは切れた方が良いし、頭も切れた方が良い。私はお碗をかぶった様な頭ですから…。今回は、息抜き。では、又。

 ・ 短信12 2002/08/01

 私は音楽とは聴いて楽しむものだと思っています。ですから、曲の解説はなるべく少なくしたいと考えています。古典といわれる曲達には、曲によっては少し立ち入った解説が有る方が良い場合もありますが、新曲に関しては私はあまり必要性を感じません。聴いて、何も感じなければ、何も感じない曲、あるいはつまらない曲だと思います。いい曲は必ずお客様に何かを伝え、何かを残すと思います。
 こんな生活するのに大変な大不況の時代。将来も不安な世の中。でも演奏会に行って日頃の様々なことを一時だけでも忘れることが出来たら、素敵な演奏会だったんだと思います。更に元気まで出れば、最高の演奏会です。そんな会にふさわしい曲を作り続け、演奏し続けていきたいと思っています。天賦の才を持って生まれなかった凡人の私が、新曲を作れますのは、好奇心旺盛で、興味を色々な物に感じ、想像力を拡げてきたからだと思います。私の唄の師匠故西垣勇蔵師は、よくおっしゃっていました。「お前なぁ、色気と云うものは体験じゃない! 想像力や、想像力!」 では、又。 

 ・ 短信11 2002/07/27

 私の新曲は、私が感動したこと、私が訴えたいこと、私が心から思ったこと、私が懐かしいと思い、それを残しておきたいと感じたこと、だいたいこの4つの要素から成り立っているといって間違いないと思います。舞踊の方から依頼されたりするときは、又違いますが。その時は舞踊家の方の全体の希望を伺い、それから歌詞を吟味してよく読みます。すると必ずイメージが沸いてくるものです。そして最後まで自分で納得のいかない手附けはしないことです。そうしないと自分が嫌になりますから…。
 もう近くなってきた8月9日の東音創作会で、私が発表する『一眼(いちがん)』について、少しお話をさせて頂きます。昔から、落語に『一眼国』という外題があります。それからヒントを得て、長沢しろう氏が歌詞を書きおろして下さいました。ただ笑って下さっていい曲です。ユーモア邦楽のジャンルに入る曲だと思います。そんなたわいのないお話です。でも、たわいないお話ではありますが、人間が持つ差別する心の愚かしさを、何か感じて頂ければと思い作曲しました。

 ・ 短信10 2002/07/24

 邦楽の世界は、何故か保守的で、封建的な感じを持ちます。私の知っている狭い世界だけなのかも知れませんが、私はそんなの嫌です。もっと自由な、もっと開けた、もっと大きな度量の世界を、作り上げたいと思っています。
 人って何でも忘れやすい生き物で、私の場合も、自分が何歳の頃、どんなことをしていたのか、それさえも忘れてしまう訳です。自分が育てたプロの演奏家に対しても、私は時々、何時までも子供の様な気がして、「まだまだこれからだ」とか、「その曲はまだ早い」とか思ってしまう時があります。「いけない!いけない! 自分はその時の頃どうしてた?」って自分を戒めます。私がそうであるように、そんな感じの人って案外多いですよね。
 『人の振り見て我が振り直せ』良く出来た諺ですね。『実るほど頭を垂れる稲穂かな』これも良く出来た諺ですね。考えたら諺って、良く出来てるから諺なんですよね…。
 話は少し変わりますが、私は今を生き生きと生きる芸人でありたいと思っています。社会的問題、政治的問題等にも、見識を持った芸人でありたい。考えてみれば、江戸時代、歌舞伎は当時の色々な出来事をすぐ取り上げて舞台に乗せていました。幕府に対する庶民の声を、想いを、演目として演じたりしていました。一体いつから、芸の事しか考えない、解らない、そんな芸人がこんなにいーっぱいになってしまったのでしょうね…。昔ならムネオさんみたいな有名人が世間を騒がせていれば、すぐ舞台になっちゃうみたいな、そんな時代だったし、そういうものだったんですよ…。

 ・ 短信9 2002/07/20

 私は、自分が上手そうに見えるか、何かしでかして恥をかかないか、こういったことは全然舞台の上で考えません。教えて頂いたことがその通りできるか、そんなことも考えません。いや、考えないでいられる様になりました。
 昔から繰り返し演奏されてきた作品(これから先は、私はあまり好きではありませんが、古典の曲と表現致します)達は、それはそれは無駄がなく、とてもよく作曲されています。ですから私はいかにその曲の心を感じ、少しでもその心を、自分の全てを使ってお客様に問い掛けられるか、お伝えできるか、それだけを想って演奏しております。
 テクニック的に上手い下手はあっても、そう思って演奏すれば、それはそれとして、必ずお客様に伝わります。そう想って演奏しなければ、一体何を演奏するのか。音の羅列を次から次と送り出し、ここは確かゆっくりと教わったからゆっくりしよう。演奏会の演奏が、もしそんなものであるならば、名人の演奏をビデオで流せばいいのです。そうではない一人一人の個性ある心と身体が、想いをぶつけてくればこそ、楽しい演奏会になると思います。そうすれば、「この曲ってこんな楽しい曲だったかしら?」とか、「こんな清冽な曲だったかしら?」とか、もっと色々の発見と、新たな感動を、お客様に持って帰って頂けると思います。では。

 ・ 短信8 2002/07/17

 私は思うんですが、長唄の場合、演奏会に聴きに来て下さる方々は、多くが、お稽古をなさってる方のように感じます。私は、それはそれでとても有難い事だと思いますが、もっともっと広がった人達にも、たくさん聴いて頂きたいと思うのです。
 その時に、長唄の長さの問題が、大きな壁になっている気がしています。まずは、何のことを唄っているのか理解し得ない。一つの言葉が、長いフレーズに収まっているので、言葉の母音が長く引っ張られて、ここが又、長唄を時間的に長いものにしてしまっていると考えられます。私が作曲する時は、この時間の問題に多くの神経を使います。サクッと唄えるように考え、その中で感情表現を如何に体現させるか? 又更に、何となく口ずさめるモチーフを印象強く繰り返す。新曲ならば、私の思い勝手に自由に出来ますが、これが昔からある曲ならば、どうするか?
 私は名人でも何でもありません。今は右手の具合が悪くて何も弾けない口先芸人です。手の具合が良くても、大した演奏家ではありません。それだけに、一つ一つの音を大切にして、何故、この音なのか? 作曲者は何故ここに、この音を、どんなイメージで置いたのだろうか? そんな風に思考していきますと、自然に、自分なりに、曲に対する理解が出来てきます。歌詞をよく吟味して、更に深く曲の中に入っていきます。その先は、又。

 ・ 短信7 2002/07/13

 短ければ良い、という訳ではありませんが、大切なことだと、私は思っています。
 軽く口ずさみにくい音楽だと思います。けれど、部分部分には、感じの良い雰囲気や、洒落た節回しなど、あるいは玄人(専門家)的に見ればとても素晴らしい、ただただ感心してしまうノリがあったり、まるで情景が目に浮かぶような唄の節まわしがあったり、それは全体をも感動的な曲にする大きな要素ではありますが、そうだからと言って、軽く口ずさめるような曲にはなっていません。
 演奏を聴いて、会場を出てくるお客様が軽くハミングする様な場面を、私は見たことがありません。「それは、そういう種類の音楽じゃないんだから、しょうがないよ」という意見もよく耳にします。「そうれもそうだよな」なんて思いもするのですが、音楽として考えれば、私は、私が演奏する限り、ハミングは出来なくても、口ずさめなくても、曲の心を、華を、私の心から、お客様の心にせめてお渡ししたい。そのように思って、私は演奏にのぞみます。そして、お客様と私たちの真ん中辺に、同じような花を咲かせられたら、幸せだと思っています。では、又。

 ・ 短信6 2002/07/10

ところで長唄って、一曲が長いですよね。どんなに短くても10分位。東京から京都まで、その昔は50日程かかった時代、今は2時間半で行けてしまいます。飛行機を利用すればもっと早く着いてしまいます。北海道なんか考えてみたら、ものすごい昔との差です。東京都内でも昔はみんな歩いて移動していました。深川のお不動様に行くのも、1日がかりだったそうです。
 話がちょっと飛びますが、深川のお不動様で思い出したことを書きます。今でも上野池之端にある「長谷川」という下駄と草履を売っている店があります。そこの今は亡くなったおじいちゃんが、丁度私が店に寄った際、深川のお不動様にお参りに出かけるところでした。そして私の顔を見て、「下駄屋の親父が靴をはいてるようじゃ、もうおしまいですね…。でも靴は楽なものですね〜」恥ずかしそうにそう言って、「行って来ます」と私に言葉をかけてお出掛けになりました。とても印象的な、ゆったりとした時の移ろいを感じて、私は今でもはっきりと思い出します。
 話を元に戻して、考えるんですが、今の時代の流れはどんどん早くなっています。この文章が世界中で観られる時代です。21世紀の音楽を考える時、私は一曲の時間的な問題も考慮する必要があると思います。その先は、次回又。

 ・ 短信5 2002/07/06

 その詞集には素晴らしい作品が一杯つまっています。
 まだ小さな少女や少年達の詞もあります。峠三吉さんの「人間を返せ」から始まるこの詞集は本当の人間の心の叫びに満ちあふれ、読む者の心を打ちます。私はこの詞集から一篇の作品を取り出し、音楽として表現してみたいのです。
 読めば伝わり、心に響いてくる作品達を前にして「あたしゃ、お邪魔虫だ…」「でも、どっか、私を受け入れてくれないかな〜、受け入れてくれないかな〜」って見つめています。私は色々な構想を描き、色々なパターンで、あの角度から、この角度からと考察します。そんな時の私の頭の中は、グニュングニュンした感じで、なんでもアリ、みたいな状態です。
 まだ全然そんな状態なのですが、一つの決め事だけは必ず私の作曲にはあります。作品として出来た時、悲しい想いや、苦しみを表現しても、全体聞き終わった時には、未来を見つめるような、さわやかさをフッと残す。これがまた難しいことなのですが。演奏会に来て頂いて、悲しい想いや、暗い気持ちになってお帰り頂くのでは申し訳ないし、又、どんなに悲しく苦しい、暗いことでも、その先の一粒の光を見つめることが大切だと思っているからです。では、又…。

 ・ 短信4 2002/07/06

 私が常に構想を描いていて、まだ作品に出来ないものがあります。広島、長崎の原爆のことを、新曲にしたいと考えているのです。この一言をここに書くのは、大変な勇気がいることでした。何故かって、作曲できなければ、大風呂敷は広げたけれど何も出来ないみたいになっちゃうからです。それでも早いうちに作曲しなければ意味が無い。今だからこそ、今の時代だからこそ。唯一の被爆国日本で「核も持てる」等と主張する人達がぞろぞろと生き返ってきた今だからこそ、私は作らねばならない。
 私の音楽は三味線の音に乗ったニュースであり、過去と現在と未来を繋ぐ音楽でありたいと思っているからです。吉永小百合さんが詞を選び朗読され、バックに村冶佳織さんのギターが流れる『第二楽章 ヒロシマの風』。とっても素敵な作品です。角川書店から文庫本も出版され、CDになっていますので、是非お聴き頂きたいと思います。では、又…。

 ・ 短信3 2002/07/02

 新曲の成長って早いですね。子供からすぐ大人…。その後は聴いて下さった方々の心の中でどんな成長を遂げてゆくか。それは私たちの知り得ぬ自立した曲の歩みだと思います。
 今は古典と言われる名曲たちも、ある時こうして世に出てきて、何回も何回も繰り返し演奏され、現在まで生きてきた曲です。私は古典と言う言葉の持つニュアンスが、あまり好きではありません。何か古いモノと言うような響きを、感じてしまうからです。古典芸能なんて言われると、鳥肌が立ちます。昔とは違う息遣いで、今も生きている、今の音楽です。熱い血の通った、心の有る音楽です。新曲も作る私は、昔出来て、今も演奏され続ける先輩曲に、そんな想いで向かい合っていきたいと思っています。では、又…。

 ・ 短信2 2002/06/29

 決していい加減な気持ちで詩のカットを求めている訳ではありません。同じ物造りの作者として、より良くしたいからです。作詞家の方で理解して下さらなかった方は、今までいらっしゃいません。
 それは有り難いことであると同時に、完成した結果が作詞家の方も含め、皆さんに喜んで頂ける作品に成り得たということでもあり、大変嬉しく、感謝と喜びで胸が一杯になります。勘違いなさらないで下さいね。「ここをもっと詩でふくらまして下さい」等とお願いすることも、たまには有るんですよ。
 一つの曲が完成するまでには、色々なことが有ります。お囃子の方に作調(さくちょう:お囃子の手付をすること)をお願いし、効果を一段と高めて頂いたりもします。こうして出来上がった新曲は、可愛い可愛い子供のように想えます。でも、ホールでお客様と対面する時には、もう立派な大人になっているんです。では、又…。

 ・ 短信1 2002/06/20

 長唄東音会の創作会、東音創作会が8月9日(金)に催されます。昨年は手の不調で参加致しませんでしたが、今年は『一眼(いちがん)』という曲で参加致します。創作は私にとって、とても勉強になる楽しい行為です。作詞をよく何回も読み、イメージをふくらませながら、作詞家と打ち合わせをし、カットする所はカットして頂きます。独立した完成物としての詩には、音など入れる余地がありません。私は作詞家から、「解りましたよ、解りましたよ」などと半ば自棄ぎみな言葉を返されながら、内心ほくそえんでいます。その先は、又次回に。