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 ・ 短信80 2003/03/05

 戦争法案、国民保護法案。この国民保護法案てどんな法案だかご存知ですか?戦時になったら国民の持ってるものを、政府が命令して供出させる。拒否すれば罰を受ける。ここを戦車が通りにくいと政府が判断すれば、そこに有る建物なり施設を所有者の許可無く強制執行して壊しても構わない。病院やその他公的施設も戦争優先で一般の患者その他は押しのけられる。その戦時になる前から町内会等を強めて国民を訓練させる。戦前の国民統制令と同じです。協力しない者は非国民扱いしようとする法律です。国民保護等とどうして言えましょうか。騙されては馬鹿を見ます。
今全世界で湧き上がっているイラク戦争反対の大きなうねりに対して、公明党の冬柴幹事長が発言しました。
「利敵行為のような、サダム・フセインに利益を与えるような、戦争反対とかクソ、それはむしろ解決を先延ばしする」。これでは戦争反対は昔の「非国民」の様に聞こえませんか?
小泉首相「イラクに間違ったメッセージを」
川口外相「イラクを利する」
1000万人以上の世界の声は、イラクが正しいなんて誰一人として言っていません。イギリスの戦争促進派ストロー外相さえ、200万人を超える人々のロンドン集会を見て「このような状況では非常に難しい」と国民の大反対の前では戦争に踏み出す事が困難であると認めるようになっています。

 ・ 短信79 2003/03/03

 小林多喜二は今もなお私達の心に呼びかけています。世界の平和と人間はみな平等だと。
 もし私が多喜二と同じ時代を生きていたと、私が30年早く生まれていたとするならば、私は弱い人間ですが多喜二と共に生きていたかったと思います。
 与謝野晶子は「君死にたもうことなかれ」と戦地に行く弟の為に詠いました。時の政府は彼女を反戦的だと攻撃し圧力をかけ、彼女の息子の出征の時には、喜びの詩を書かせました。
 何人もの人々が、芸術家が弾圧された暗黒の時代。心をも曲げなくてはいけない時代。こんな短信でさえ出す事の出来ない時代。そんな時代を思わせる発言と法律がうようよと出てきています。

 ・ 短信78 2003/03/01

 私の人生観は、何て言ってもあんな無茶苦茶していては、もお駄目ですね。
 言い訳じゃ有りませんが、私も初めての事でした。何ですか? 覚えていないだけですって?
 そんな事ありません。絶対初めてです!
 私の人生観は、頑固でいて繊細でありたいと思っています。作家、小林多喜二のように。
 小林多喜二は今年が生誕100年、没後70年に当たります。29歳の若さでこの世を去っています。数々の名作を世に残して。死因は特別高等警察による虐殺でした。拷問に拷問を重ね自白を強要されても、多喜二は負けませんでした。仲間を守り、侵略戦争反対と国民主権を主張しました。逮捕されたその日に殺されました。睾丸を縄で縛り重しをつけて吊り上げられ叩かれました。返された遺体は睾丸が大きく膨らみ散々叩かれた下半身は、まるで胴体程に紫色に腫れ上がっていました。
 多喜二が殺されたのは、私の生まれるたった15年前の出来事でした。今皆さんが思えば国民主権、戦争反対、男女同権、女性選挙権、8時間労働制、当たり前のことことを言っていただけだと思います。その為にどれ程の命が奪われ、どれ程の人々が苦しめられたか。今を生きる私はたった29歳殺された、多喜二の生きられなかった口惜しさを少しでも無駄では無かったと思える様に、これからも音楽人として、人間として生きて行こうと思っています。

 ・ 短信77 2003/02/27

 創作は自分を写す鏡の様なものです。そうで有ればこそ人々に私の何かを差し出すことが出来るのだと、思います。その鏡は、かなり大きな厚い鏡で私の生まれ育ってきた全てを写しだします。ですから自分を正視出来ない様な己ではいけないと思って日々努めています。でも所詮人間ですので、お釈迦様のようにいきては勿論いません。
 先日もあるご夫妻とお食事をしました。楽しく会話が弾み、そのご夫妻もお酒のお強い方でした。4時間位飲んでいました。まあ殆んど出来上がっていましたし、閉店時刻も過ぎていましたので、「まあ〜お送りしますよ」なんて言っちゃってその方のお家まで行きました。「折角だから家の中を見ていって下さいよ」「そうですね。折角だから拝見して行こう」。
 広い玄関で靴を脱いで、またまた広い廊下をちょいと入ったら大きな応接間の机の上に、買って来た様にお酒、それも越後のお酒。一升瓶で八海山が置いてあるではありませんか。「おおこりゃ八海山だ」なんて言いながら勝手に封を切り、何とした事か栓を抜いて、ご主人がグラスを三つ手に持っていらした時には私が片手で一升瓶を持ち上げ口を付けてラッパ飲みしていたではありませんか。自分でも驚きましたが、ガッカリしたのはご主人様。悪いことをしましたと、反省しております。

 ・ 短信76 2003/02/25

 何故この部分を描いたのか。そんな事が見えてきます。大きな全体の中で、凝縮した部分としてのこだわり。作者の目線を感じ取る良い向かい方だと思います。創造者は必ず何かを認め認識しています。その何かを感じ取る為には、受ける側のアンテナが当然必要になります。それも錆びついていてはだめです。そしてアンテナの数は多いに越した事はありません。私が作曲するときも、全体の大きな構想を持って立ち向かいます。その凝縮した姿態が一つの作品として完成されます。ですから全体の一部としての作品とも言えると思います。木を見て、森を見ない、という言葉があります。森の中の一部としての木、それでいて独立した存在として実在する木。カレーライス等お料理でも云えることです。ただ食べて美味しいカレーライスも、しげしげと眺めてみると、美味しい訳が解ってくるかもしれません。そこにはもう実在しない人間の手が入り、また、まだ実在する食材が有り、姿の見えない食材も存在しています。良い作品を造りだす過程は、皆同じ様な過程を辿ると思います。アンテナを磨いて、更なる楽しみ方をしてみませんか

 ・ 短信75 2003/02/22

 世界の緊迫する情勢の為話がだいぶ飛んでいましたので、また本来のお話に戻します。
 音楽を演奏する時も同じです。色々な人格に成ってその人を想い、想像することが出来ます。一つの曲をあらゆる角度から見つめることが出来ます。そうすると立体的に曲を、自分の中で構成することが出来るようになり、平板ではなく、起伏にとんだ所謂メリハリのきいた音楽表現が出来るように成るのです。形ではなく心からの表現として。
 これはとても大切なことだと思っています。それでいて誰にでも出来うることです。演奏する立場ではなく、聴く立場に立ってもいくらでも応用のきくことです。例えば私は絵画を鑑賞する時、その額縁の外側をも想像します。そして作者の想いを想像して楽しみます。そうすると額縁で囲われていた絵が、作品が、もっと自由な一部として見えてきます。

 ・ 短信74 2003/02/20

 2月19日、日本経済新聞の春秋という欄に、こんなことが書かれていました。
 「先週末の世界の反戦デモでいちばん印象的だったのは、参加者達がみなそれぞれ自分の言葉で語っていたことだ。お仕着せも動員も、類型化も感じられない。そんな自立した市民からのメッセージに、『イラクに誤解を与えないように』などと、気の抜けた反応しかできないとはー」
 日本の小泉首相のことです。今まで「仮定の問題については答えられない」と言い張っていた日本政府が、ハッキリ国連で意見を言いました。アメリカ イギリスの新たな決議に賛成すると。別に戦争を勧める訳では無いが、国連が一致団結してイラクに対さなければ国連の威信にかかわる。その為に各国に決議に賛成するように働きかける。
 アメリカは今までも世界中で戦争をしてきましたが、アメリカが国連憲章に違反していると国連から批判されても、只唯々諾々とアメリカを支持してきた日本。只の1回も批判した事のない日本。今回のイラク問題でも、世界の国々は主張しイニシアチブを作って来たではないですか。世界のすう勢を見て等とごまかしながら、国民に何も明らかにせず、逆に国民には嘘をついてだまし討ちの様にアメリカ支持にまわる。マスコミも書いています。なし崩し的アメリカ支持と。以前の短信でも取り上げましたが、このなし崩しこそ一貫した日本の政治なのです。全てにわたって、ごまかしの政治。政治不信がおこれば、其れでよし。国民には本当のことを伝えないで、政治的無関心を作り出す。思う壷です。
 私達は、今こそ本当に真剣になって自分の頭をめぐらせましょう。その手にのるのは桑名の焼き蛤。何よりも平和的解決を。それが2つの世界大戦を経た20世紀の結論です。自分達のまわりの些細な事でも、力で解決しようなんて考えないですよね。ヤクザじゃないのですから。
 私が居るせかいは、どちらかと云えば保守的な世界ですが、人間国宝の一人や二人、戦争ノーの声ぐらい発信してもいいのじゃないのかと思います。フランスのシャンソンの大家グレコさんも厳しくアメリカを批判しています。平和でなければ、音楽なぞしていられなくなるのに。

 ・ 短信73 2003/02/18

 今年の2月15日は世界の反戦史上空前の歴史的な日に成りました。
 イラク攻撃ノーが世界を駆け回りました。ロンドン200万、マドリード200万、バルセロナ150万、ローマ300万、ニューヨーク50万、ベルリン50万、パリ25万、アテネ10万、ウイーン3万、ブリュッセル8万、アムステルダム7万、オスロ6万、ストックホルム2万5千、コペンハーゲン1万、ダブリン10万、ベルン4万、ベイルート1万、ダマスカス数万、メキシコ3万、シドニー20万。その他のところでも集会が催され、全世界で1000万人の集会とパレードが平和的に行われました。さすがに日本のマスコミも取り上げました。さすがに日本の首相、外相も無視出来なくて発言しました。
 小泉首相「イラクが正しいとの誤ったメッセージを送らないように注意しなければいけない」
 川口外相「イラクは実質的な協力は行っていない。」「平和的解決への努力が続いている時点で武力行使が良いとか悪いとかいうことは国益の点で好ましくない」
 ドイツのシュレーダー首相「心から感銘を受けた。これは人々が懸念を抱いていることの証だ」
 フランスのジョスパン外相「国連は戦争の為に有るのではなく平和の為にある」
 日本の政府の好戦的態度が、ドイツやフランスの主張などと比べるとクッキリと出ます。何があっても戦争はいけない、戦争はいかなる時でも違法な、国連憲章に違反する行為であることをアメリカにはっきり言えない、ただただ従属する主体性のないみっともない姿を晒しています。外交においても自立した主張を持てない、アメリカべったりな、こんなにも情けない政府を一体誰が放置しているのか? 私達国民です。選んだのも国民。支持しているのも国民。私達は本当にそれで良いのか? 世界の声と共に、戦争を拒否し、平和憲法を持つ国としての働きを声に出して行こうではありませんか。二度と再び世界の平和を崩させないために。

 ・ 短信72 2003/02/15

 国民の多くが、日本でも世界でもイラク攻撃に反対している今、日本政府が動きだしました。国民に対しては国会で何度聞かれても「仮定の問題については答えられない」の一点張りでしたが、いよいよアメリカが武力行使するための国連決議を提出する日が近づいてきたら、それを後押しする為に、日本が経済援助したり開発援助している国々を中心に、決議への賛成を求めていく活動にのりだしました。
 国民には、きちんとした説明もせず、曖昧な事しか言わず、何故戦争推進派の役割を果たすのか。今、何故イラクに核兵器も含む爆弾の嵐を与えなければいけないのか。今イラクは何処の国にも侵略していないし、何故そんなに急いでイラクを叩かなければいけないのか。余りにも理由が無さ過ぎると思いませんか?
 私達は、とても情報を知らされていません。昨日も東京で二万5千人のイラク戦争反対の集会が行われましたが、私が読んでいる新聞には1行も報道されませんでした。
世界中の心ある人々が戦争反対を叫んでいることが、殆んど知らされません。今日ヨーロッパ全土で歴史上最大の反戦集会が行われています。イギリス全土で100万人、ドイツベルリンで10万人、オーストラリア15万人、イタリア100万人、スペイン100万人。アメリカでは90の市議会が反戦決議を出しています。日本でも94地方議会が反対決議を出しています。マドンナや小野ヨーコ、湾岸戦争の時のアメリカ中央軍司令官、日本でも吉永小百合、池辺晋一郎、その他数多くの知名人、俳優、音楽家、小説家、法律家、ノーベル賞受賞者達。コロンビアのノーベル賞受賞者の一人ガブリエル・ガルシア・マルケスさんはブッシュ大統領に書簡を送りました。「あなたは戦慄をどう感じるのでしょうか。アメリカは自由を代表するものではない。戦争、飢餓、恐怖、破壊をばら撒いている遠くで恐ろしい敵であることを、あなたは知らなければなりません」。ブッシュ大統領は「ゲームは終わった」等と言っています。何万人もの人々が死に、何万人もの人たちが人間破壊を起こす戦争をゲームに例えて憚らない彼の心。
 今私達は本当に考えなければいけないと思います。ご自分に聞いてみて下さい。戦争を許していいのか。雨あられと核兵器まで使って爆弾をイラクに落とさせていいのか。査察を無理やりやめさせ何故そんなに急ぐのか。戦争の怖さをイラクの子供になったつもりでお考え頂きたく思います。

 ・ 短信71 2003/02/14

 私は色んなことを考える時に、それが自分であったなら?と思う様にしています。その様に考えて行くと少しでも自分本位な立場から、距離を置きやすくなります。自分の弱さを少しでもカバーできると思ってそのようにしています。人間は所詮弱い生き物ですが、本来は、善い性質を持っているものだと思っています。イスラム教と聞くと、過激な宗教みたいにお感じになりませんか? 全世界で60億人が信奉する宗教です。とてもお客様を大切にする、穏やかな人々が多いと聞いています。アフガニスタンやイラクでは、貧しい生活を、それも極貧な人々が多いといいます。それでもお客様を大切にする人々はお茶を出したり、挙句の果てには食事を食べていって下さい、と少ない自分達の食事を分けて下さるそうです。土を固めた家に住み、篤い信仰心を持って、ほんのささやかな希望を持って毎日を送る人々。そんな人々が爆撃を受けたら。そしてもし私だったら。悲しみと怒りで徹底的に平和を世界に訴え反撃するだろうと思います。ありとあらゆる平和的手段で。そしてもし、私が爆撃手だったら、例え軍法会議に懸けられようとも爆撃せずに帰還するでしょう。

 ・ 短信70 2003/02/11

 私も昔は戦争映画が好きでした。格好よく見えたし、アクションもゾクゾクしました。でも今思うと、戦争映画はほとんど一般市民は出てきませんでした。軍隊の中の友情だとか陣地の取合いだとかがお話の中心でした。殺される子供達、傷つく市民、暴行される女性達、殆んど何も描かれていません。派手に作られた単なるアクション物です。戦争の現実は、勿論そんなものではありません。
 アメリカは自国に爆弾を落とされたことがありません。いつでも外国に出かけて行って戦争をしています。考えてみたら偉い国ですね。まるで地球を守る警察官のようですね。アメリカの関わってきた戦争は数え切れない程有ります。でも、決してアメリカ本土が攻撃を受けたことは有りません。それは歴史の事実です。世界で一番核兵器を所有している国、それはアメリカです。大量破壊兵器を一番持っているのもアメリカです。世界でアメリカに次いで軍事費の多い国、それは日本です。私達が知らない内に、それほどの軍事大国に成ってしまいました。知らなかったでは済まないことではないでしょうか。かつて歩いた道はもう忘れてはいけないと、肝に銘じておきましょう。もうだまされない様にする為に。

 ・ 短信69 2003/02/09

 「仮定の問題には答えられない」いつも小泉首相をはじめとする大臣達の答弁です。「備えあれば憂い無し」。この二つの答弁は同じ人の答弁とは、とても思えませんでしょ?
私達はもういい加減に目を覚ましましょうよ。その場その場のいい加減な答弁で、ごまかされない様に成りましょうよ。今とても大事な時期にさしかかっていると思います。私の創作にもある『可哀想なゾウ』。あの時動物達を殺したのは誰なのか。確かに戦争が原因です。でも、その戦争遂行を許してしまったのは何故なのか、そして誰なのか。私達一人一人が、考えてみなければいけないことではないでしょうか。現実に戦争政策を推し進めたのは、当事、大日本帝国の主権者天皇を中心とした軍部ではあったけれども、一般の庶民には何の責任も無かったのでしょうか。確かに天皇を批判等すれば、捕まってしまう世の中でした。それでも極一部の人達は、命を賭けて国民主権と戦争反対を訴えて闘っていました。私は思うのです。もっと多くの人々が、天皇と軍部の思いどおりにならずに、戦争反対の声を、怖がらずに出していたら状況はまた違っていたと思うのです。極一部ではなく、もっともっと多くの声になっていたらと思うと残念でたまりません。天皇絶対の世の中で、我々国民は天皇の下で働く臣民であった世の中で、国民こそ主権者であり、またその戦争が侵略戦争であるとはっきりと主張していた唯一の政党日本共産党の党員として、今こそ皆さんに心から訴えたいと思います。今現在を戦争前夜にしてはいけないと。今世紀こそ平和の世紀にしましょうと。

 ・ 短信68 2003/02/07

 世界ではイラクを取り巻く情勢が緊迫しています。アメリカの軍隊が十数万とイラクの周りに集結しています。皆さんにも考えて頂きたいのですが、これがもし北朝鮮だったら無関心ではいられないと思いませんか?アメリカは外国の政府を打倒する為に軍隊を集結している訳です。イラクは日本から遠いいから余り関心が無いのではないでしょうか。でも日本に有るアメリカ軍の基地からイラクに向けてどんどん戦闘部隊が出発しています。おまけに、日本も空中給油機や、イージス艦までインド洋にむけて自衛隊が出動しています。戦争しない憲法を持つ国が、何故そんなにまでするのか。今アラブ諸国やヨーロッパ諸国では、それに対する批判の声があふれてきています。アメリカのワシントンでも50万人の集会、サンフランシスコでは20万人、韓国、ロシヤ、パキスタン、シリア、エジプト、バーレーン、イギリス、フランス、ドイツ、オーストラリア、イタリヤ、オーストリア、アイルランド、メキシコ、カナダ、等30数カ国で何十万人規模の、アメリカによるイラク攻撃反対のパレードが起きてきました。不思議なことに、日本のニュースにはあまり伝わって来ませんが、現実に戦争が始まる前から、これだけ多くの反対運動が世界中で起こっていることを、皆さんに知って頂きたく思います。ベトナム戦争をアメリカが始めた頃も、今のような大きな反戦集会はまだ起こりませんでした。アメリカは世界で完全に孤立しています。はっきり言って、曖昧な態度でごまかしているのは、いや曖昧な態度で後押ししているのは、恥ずかしいことに日本の小泉首相だけです。

 ・ 短信67 2003/02/04

 アメリカのスペースシャトル「コロンビア」の空中爆発は、私達多くの人々を驚愕させる出来事でした。どんどん拡がる宇宙への夢を乗せたシャトルの事故は、7名もの命を奪う最悪な結果になりました。原因調査を含めてまだこれから色々な問題が、指摘されて来るでしょう。有人飛行。それは私達人類が宇宙空間に行って帰ってこられるということだけでも、壮大な夢と希望に満ち溢れた事です。それだけに私達が受けたショックは大きなものでした。安全性は折り紙つきでしたが、一般旅客機に比べるとその事故率は一万倍の大きさの危険度だったそうです。有人飛行するのなら、もう少しそのあたりに充分な配慮と徹底した安全確保の精神が行き届いていて欲しかったと残念に思います。シャトル関係者のお話を聞くと、ブッシュ大統領の元で予算が削られ、大事大事に手をいれて使いまわししていたとのことです。亡くなられた7名の方々のご冥福を心から祈っております。 合掌。

 ・ 短信66 2003/02/02

 豚汁はお好きですか?これ程簡単なお料理はありませんね。何でも鍋に放り込んでお味噌を入れるだけ。コツはそれでも有ります。生姜と豚肉を水から煮て沸騰させて灰汁をとること。材料を同じ様な大きさに切ること。こんにゃくは、フォークでちぎること。豆腐は木綿豆腐を手でちぎること。油揚げと長ネギは必ず入れること。以上。音楽とお料理。以外に似ているんです。何でも食べられれば構わないと思って作るお料理は、何でも音が出ていればいいやという音楽?に成ります。両者共に心を込めて、そのひと手間を大事にする事だと思います。その様に実践していけば、必ず人の心に何かを差し上げることが出来るものを作り出せると思います。世の中戦争の起こりそうな嫌な時代です。そんな時代だからこそ、正直に手を抜かずに料理を作り音楽も聴き、そして楽しみ、この世の中でそうしていられることの大切さをかみ締め、拡げて行こうではありませんか。身体が壊れる前に、身体が壊れる程働いてはいけないと思います。ただ寝に帰るだけの生活。多くの働く人々が、そんな生活を強いられています。私は人間の尊厳を大事にし、人間に生まれてきて心から良かったと皆が実感する、そんな世の中を作る為に音楽をしていきたいと思っています。料理も然り。

 ・ 短信65 2003/01/31

 難しそうなお話、けっして難しく無かったと思いますが、今日はガラリと変わってお料理のお話を致します。皆さんハヤシライスはお好きですか?もしお嫌いな方でも辛抱してお読み下さい。ハヤシライスに限ったお話では有りませんから。普通の感覚ですと、西洋風なお料理には昆布でダシは使いませんよね。そこがミソです。
 ただの水の変わりに、その昆布ダシを使うのです。昆布から出るグルタミン酸が何とも云えぬ味わいを出してくれます。これは中々いけます。市販のルーを使った場合でも一流レストラン並みの味が出せます。是非お試し下さい。軽く鰹節も加えて八方ダシでも美味しいですが、これは鰹節の量が難しいので、初心者にはお奨めできません。勿論昆布は煮立つまで入れておいてはいけません。サット勿体ながらずに取り出すこと!
 さてクリームシチュー。これも同じです。ちょっとあっさりがお好みで、どちらかといえば和風好みの方、仕上げにお醤油をお好みで入れます。以外に合います。昆布だしは、とても便利です。簡単おみお付け。水にダシ昆布と干し椎茸を放り込んで加熱するだけ。もう少し時間が有るならば葱でも玉ねぎでも、そこいらに有る物をザクザク切って放り込めば、贅沢お汁の出来上がり。

 ・ 短信64 2003/01/29

 私は皆さんもご承知の様に音楽家であり、芸人であります。音楽活動を通じて皆さんと交流する立場の人間です。それが短信書き出したら自分でも驚いています。よくもまあ次から次と言葉の出ること出ること!音楽じゃない事まで。でも皆さん、人間色々なことを考えたり、知ることは物凄く大切な事だと思います。専門一筋も結構ですが、人間ですから、私は貪欲に色々知りたいし、また、知ってくると知らずにいることが、とても怖いことだと想えてきます。そして貧相に想えてきます。
 長尾直太郎さん。ご存知ない方のほうが多いと思います。版木絵摺り師70年。父親の家業を継いだ3代目。「おやじは『おれに教わると、おれより上にはいけない。欠点だけ見て、おれよりうまくなれ』といいやがんの。何も教えない、遊んでても怒らない、その代わりカネもくれない。」仕方なく摺り絵師の道を継いだそうです。けしって好きでなった訳ではないそうです。昔から有る摺り絵の美しさを、自分が辞めてなくしては勿体無いとお考えになって結局摺り絵師になられたそうです。

 ・ 短信63 2003/01/25

 中央教育審議会が教育基本法の改定問題で中間報告を出しました。それに対する意見を国民から聴く為に公募をしていましたので、ファックスで意見を送りました。今回はそれを皆様にお読み頂きたいと思います。
「在来の教育基本法では、何故豊かな個性と人格が育てられないのか? 今現実に存在する学級の荒れ等は教育基本法のどの文言のせいなのか? 現実に旧文部省が、学習指導要綱等で基本法の精神に反する、競争させる教育方針、詰め込み式でしか有り得ない方針を出し続けて来た、その結果ではないのか?私は基本法を読みましたが、それも何回となく読みましたが、その精神から今の現実は絶対結果として出てくる訳が無いと思いました。現在の状況になった本当の原因を探り、そこをこそ改めるべきだと思います。『国を愛する心』を養う等と宣言する前に、本当に愛する価値のある国なのかを、反省すべきです。日本人で良かったと想える国を大人達は、政府は、造って来たのか? 弱い者をいじめてはいけない心を、大人達は、政府は見せて来たのか? こんな弱肉強食の社会を、基本法は目指していたのか? いくら何回読んでも、そんな人間を造ろうとする考えは浮かんでこない。今回の中間報告は、基本法改定有りが大前提に成っていて、本当の原因を押し隠していると思います。従って反対致します。」
 基本法をなんだかんだ言う人々は、教師が悪い!等と直ぐに主張してきます。人間として、それも自らが落ちこぼれであった悲しい体験をしてきた人間として反論させて下さい。個人個人良い先生はいらっしゃいました。一生懸命教えて下さろうとした先生もいらっしゃいました。一つ理解できないことからそれは始まり、次第に大きく膨らんで行き、取り戻しようが無くなった時、それを救う体制が、今の学校には無いのです。自分は駄目な人間なんだと思わせてしまうのが現実の学校です。先生達も苦しんでいらしたのです。当事の文部省から学習指導要綱なるものが指示され、その指示に従わねば勤務評定で縛られる。教育基本法にはもっと崇高な、良い成績なんかより未来に輝く人間になれ。平和を愛し世界に役立つ人間になれ。そう言うことが書いてあります。そうしたら私も駄目な人間なんかじゃ無いと、きっと自分を思えたでしょう。基本法の精神を私達に知らせて貰えていたならば、学級崩壊も、学校の荒れも、きっとイジメも、そしてホームレスの人を殴り殺すような子供達が育つような悪い環境も決して生まれてはこなかったでしょう。

 ・ 短信62 2003/01/23

 今日は新曲ではありませんが、私の好きな曲『忍車』をお聴き頂きたくページに載せました。想像すればするほど、心の奥まで沁み込む様な冴え冴えとした、青く光る月の輝き。想い浮かべてお聴き下さい。嘘偽りの無い深山幽谷の世界を。

 警察保安隊から保安隊に、そして自衛隊に。あたかも国民の様子を伺い伺い騙すように、なし崩し的に変えていき、さあ、何年かして蓋を開けたら世界第2位の軍事予算を持つ国に成っていた。今改憲を主張している人達、はっきり言えば自民党は党の綱領に「憲法を変える」と書いてあります。憲法の精神から外れたことは、憲法を変えるのではなく、その憲法の精神に少しづつでよいから戻っていくべきだと思います。それと似た話ですが山形新幹線が手来たとき、ミニ新幹線って呼ばれていました。新幹線には新幹線法が有って、その規定で堂々と新幹線とは名乗れなかったのです。今はどうですか?何の区別無く、なし崩し的に山形新幹線です。これが悲しいかな日本の現実です。教育基本法の問題もそうです。この基本法の精神を、きちっと実行してくれば、今のような学級の崩壊など絶対考えられなかったんです。何故今のように成ったか。昔の文部省が、学習指導要綱なるものを毎年出して、教育現場の声も聞かず、競争と、詰め込み教育を進めてきた結果です。こんな結果火を見るまでもなく分かりきっていたことです。これも、基本法の精神をなし崩し的に少しずつ歪めてきたからです。そうしておいて、基本法を非現実的なものの様に云い、改憲の主張と同じ様に基本法を、変えてしまいたいのです。なし崩しは日本の歴代政府の、常套手段です。
全ては戦争の出来る国にする為に。

 ・ 短信61 2003/01/21

2002年12月09日の朝日新聞夕刊『窓』より。
「このところ、頭から離れない言葉がある。『知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向から始まる。テーマは改憲問題』(みすず書房「自己内対話」)。政治学者の故丸山真男氏が手帳に残した。書かれたのは56年。前年の11月に保守合同で自民党が生まれ、「現行憲法の自主的改正」を盛り込んだ政綱が採択された。56年には内閣に憲法調査会をつくる法律が成立している。背景には、独立回復後の改憲機運の高まりがあった。それから半世紀。丸山氏が生きていたら、最近の憲法論議のあり方、ジャーナリズムの姿勢についてなにを語るのだろうか。こんなメモもあった。「日本人が新しがりなのは、現在手にしているものにふくまれている可能性を利用する能力にとぼしいからである」
 新しがりと言えば、50年代から60年代にかけて開かれた内閣の憲法調査会で、改憲派の委員の多くが「時代に対応できる新しい憲法をつくるべきだ」と主張していたことを思い出す。憲法の施行から十数年しかたっていないのに、である。
 逆に、裁判などを通じて、憲法の可能性を生かし、世の中の状況を憲法の精神に少しでも近づけようと努力してきた人たちもいた。その一人が先日亡くなった教科書訴訟の家永三郎さんだったと改めて思う。憲法の字面をいじることではなく、権利のために闘って初めて憲法が生きることを教えてくれた。」〈豊秀一〉
私もまったく同感しました。