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Sommaire des Gnosticismes
『グノーシス主義概説』
par Marie RA. et NoicE
世に一般に、「グノーシス主義」と呼ばれている思想・哲学または信仰のシステム
は、基本的には、つまり、第一義的な用法では、紀元一世紀より、三世紀乃至四世紀頃
まで、ローマ帝国支配下のヘレニク世界・地中海世界において流布した、独特の世界観
と神観・人間観を持つ「教え」です。わたしは、これを「ヘレニク・グノーシス主義
(Hellenistic Gnosticism )」と呼びます。
そう呼ぶ理由は、ヘレニク世界=ローマ帝国地中海世界に流布した此のグノーシス
主義以外にも、「思想の類型」または「理念・世界把握」として、ほぼ同型と考えられ
る種々の思想・宇宙観があり、これらも、広義のグノーシス主義であると考えられるか
らです。このように広義にグノーシス主義を捉えた方が、思想・宇宙観・人生観、或い
は「信仰的教え」としてのグノーシス主義を理解するのに好都合であるからです。この
ような広義な意味でのグノーシス主義を、ここでは「普遍グノーシス主義 (Universal
gnosticism(s) )」とも呼びま
す。
ヘレニク・グノーシス主義は、次のような要素で原理的に定義されるでしょう :
| I) |
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(キリスト教的)・反宇宙的二元論 |
| II) |
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人間存在の三元構造 (肉体 sarks・心魂 psyche・霊 pneuma) |
| III) |
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人間の裡なる救済の可能性=至高霊の光の断片の分与 |
IV) |
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真実の忘却と、「真実開示者=救済者」による認識の回復=叡智 |
これらの「四つの要素」について説明が必要です。
より詳細な議論については、本サイトの『神秘主義とグノーシス主義 II』のページに収載した、
『反宇宙的二元論とヤルダバオト』等に述べてい
ます。ヘレニク・グノーシス主義を特徴付けるこれら四つの要素原理は、簡略に説明
すると、以下のようになります。
I) 地中海領域の世界宗教であった
キリスト教の神ヤハウェは、「善の神」であった。
少なくとも原始キリスト教の教義においてそうであり、後世のキリスト教の教義にお
いてもそうです。しかし、「此の世=コスモス (宇宙 Kosmos,
Κοσμος )」には、
なにゆ
えか、「悪」が充満していると云う現象的事実が存在します。例えば、人は何故死な
なければならないのか、何故、人生の苦悩や困難や、貧困や残虐や差別や悲惨が、此
の世=コスモスには、不条理にも夥しく存在するのか?
これらの問いに対し、グノーシス主義ならぬキリスト教は、人祖アダムとヘーヴァ
が犯した「原罪」が、此の世の《悪の起源》であると主張します。また、キリ
スト教以外の古代の哲学的世界観や諸宗教も、世界を創造した者=神は、本来、善なる
者で、世界=宇宙=コスモスも、本来「善」であると主張します。しかし、実存を生き
る個人一人一人にとっては、宇宙が「善の宇宙」であり、創造者=神が「善の神」であ
ると云われても、実感としての世界=コスモスは、実際、悲惨と苦悩と矛盾に満ち充ち
た、暗黒の「悪の世界」に見えるのです。
(いや、世界は「良き世界」であり、「善なる世界」であると云う方も当然おられる
でしょうし、相対的な善と悪が混合されて存在・現象している、「中庸の世界」乃至「色
空の世界」だと云う方もおられるでしょうが、〈グノーシス主義的な魂 Gnostische Seele〉
は、世界の悲惨と悪、就中、自己の『宇宙的孤児性』 Kosmische Waisenheit(本サイト『神秘主義とグノーシス主義 IV』ページ所収の『宇
宙の孤児たる我らの存在』を参照)を強く感じるのであり、グノーシス主義の思想と
は、そのような魂が把握する世界観・人間観であるのです)。
☆☆ ☆ ☆ ☆☆
ヘレニク・グノーシス主義(なかでも、キリスト教的グノーシス主義)は、主に原
始キリスト教の資料・神話枠を援用して、善なる神
が創造したはずの、この「善なる世界」に「悪」が充満しているのは、《創造
者ヤハウェ=YHWH》が、実は、「偽の神=悪の造物主」であり、従って、この宇宙
=コスモスが、「悪の宇宙」となっているのは、そこからして当然であり、人間の此の
世における運命が、悲惨で救いがないように思えるのは、偽の神=ヤハウェを「本来的
人間の創造者」と考えている限りは、当然な結果であると答えます。
世界の創造者ヤハウェが、偽の神であるなら、また此の世が偽の神の創造になるも
のであるなら、当然、偽の神とは別の「真の神=真の人間の創造者」がおり、また「真
の宇宙・人間の魂が本来的に帰属する真の故郷」があるはずであると云う思想となりま
す。創造者ヤハウェを「偽の神」と断じ、「真の神=真の救済者=真の世界創造
者」をヤハウェとは別に要請し措定するのが、ヘレニク・グノーシス主義の大多数
の教えであり、また、このように、「偽の神 versus 真の神」、「暗黒の現世=偽の悪
の此の世 versus 真の救済
の世界=光の永遠界」の二元論は、「此の世=宇宙=コスモス」を否定する形の二元論
であるので、これをグノーシス主義の「反宇宙的二元論
(anti-cosmic dualism )」と称します。(第一要素)。
II) また、ヘレニク・グノーシス主義
は、人間は、三つの要素より構成されていると主
張します。一般的なグノーシス主義においても、この主張は存在しますが、それは、腐
敗し地上に滅びる、物質(hylee, materia)=塵としての「肉体 sarks, σαρξ(サ
ルクス)」と、神的な部分を僅かに備えているが、これも滅び消滅する定めにある「心
魂 psyche, ψυχη
(プシュケー)」、そして、「真の神・真なる救済の永遠世界」に起源を持つ、永遠
にして神的なる「霊 pneuma, πνευμα(プネ
ウマ)」の三つです。これがグノーシス主義の「人間の三元構成論」となり
ます。(第二要素)
/*/ グノーシス主義のこの「人間三元構成」論は、一人の人間が、「肉の人」「心魂
の人」、そして「霊の人」の三つの位相から構成されていることを意味します。前二者
は、アルコーンすなわち、偽の神である造物主=ヤルダバオート等が創造した「不完全
なる存在」であり、「霊の人」こそが、プレーローマそして「真の神」の創造になる
完全なる人間の「本来的自己」であることになります。グノーシス主義の志向する救済
の原理は、この「 本来的自己=霊の人」の回復であり、「グノーシス」(叡智)を通じ
て、「霊なる自己」が、魂の本来的故郷へと帰還して行くことにあるとも云えます。
(『新約聖書・コリント前書』15章42−54において、パウロスもまた、「土の人・肉の
人」を語り、これを「天の人・霊の人」と比較して、前者は地に朽ちるが、後者は、朽ち
ることなく、「神の国」を受け継ぐ、と述べています。しかし、キリスト教の教義宣明者
であり、「パウロス神学」の提唱者でもある使徒パウロスは、実は、「原グノーシス主義者」であったとも云えるのです。本サイト
前掲の『 神秘主義とグノーシス主義 IV ・ 宇宙の孤児たる我
らの存在』参照)。/*/
/*/ ……しかし、間違い易いのは、グノーシス主義は、「 肉身 Sarko-Sooma」
と「 心魂 Psykhee」を否定したのであり、肉の段階でのいかなる行為によっても、
「 霊 Pneuma」の位格には無影響であるため、彼ら(グノーシス主義者・信徒た
ち)は、肉の放埒に耽り、反倫理的・反
社会的言動を容認し、実行したと云う考えです。これは、事実とは言い難く、グノーシス主
義のマイスター=達人、つまり中世西欧のグノーシス主義キリスト教派であるカタリ派
で「パルフェ」と呼ばれたような、一種の覚者たちにとって、問題は、遙かに微妙なも
のであり、彼らは、「肉と心魂」対「霊」の問題について、深遠な洞察と神秘的な叡智
を持っていたと云うべきです。 肉体の牢獄に閉じこめられた
「 光明の本来的自己」の
「解放」と云う理念・思想なら、プラトニズムがまさにそうであり、しかし、「プラト
ニズム」は、ただちに、グノーシス主義ではないのです(とはいえプラトニズムは、ペトルマンが述べるように「普遍グノーシス主義」の一つの哲学的類型と考えられます)。ここには、グノーシス主義思
想の「単純化」に抗する叡智的実存の実践と「神秘」があるとだけ述べておきます。肉
体と精神の二元論で、肉体を棄て、また「悪の此の世」を否定したと云う単純な構造図
式に収まらない、グノーシス主義の「 神秘的実存構造」
があると云うべきなのです。/*/
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グノーシス主義は、「偽の宇宙・偽の神」と「真の宇宙・真の神」を対立させ、
対比させます。その時、「真の世界」としてグノーシス主義が想定するのは、ヘレニク・
グノーシス主義にあっては、『アイオーン超世界』となります。「アイオーン aion, aeon」
は、古典ギリシア語では、「或る期間」とか、「時代」を意味しますが、プラトーンの
用法で、「永遠」の意味も含みます。また、アイオーンは擬人化され、あるいは神格と
しても扱われ、こうして、「アイオーン Aioon(Αιων)」は、「永遠界」のような世界・圏域
の意味、「超霊的永遠的存在=霊的原理」などの神格・霊格的な意味と、幾つかの
意味用法に分かれます。(「アイオーン」については、本サイトの『神秘主義とグノーシス主義
』ページ所載の『アイオーン・セフィラー・聖マリア』に幾分詳しく説明
しています)。
III) グノーシス主義における「偽の神」「真の神」は、いずれも、上の二つの意味での
「アイオーン」となります。アイオーンはいずれにしても、人間を越える、超霊的原理
または超霊的世界・圏域の意味であり、「偽の神」とその高位従属天使たちも、或る意味、低次のアイオーンであり、これらの低次アイオーンは、ヘレニク・
グノーシス主義では、通常、「支配者(アル
コーン αρχων)」と
呼ばれます(「アルコーン」は、古代ギリシアのポリス、とりわけアテーナイの最高行政官職名で、この意味では普通「執政官」と訳されます)。また、アルコーンは通常複数が存在し、彼ら
のなかでも、原初に遡る首位者である「第一のアルコーン」と呼ばれる
霊的原理が考えられ、ヘレニク・グノーシス主義の多くの派では、第一のアルコーン
(別名、「デーミウルゴス=造物主 Deemiourgos, Δημιουργος」、或いは固有名としては、「ヤルダバオート Jaldabaoth」)
が、この「悪の世界」や物質界、また死すべき悲惨な定めの人間の「肉体」と不完全な
「心魂」の創造者であるとされます。
第一のアルコーンつまりデーミウルゴス(ヤルダバオート)は、『旧約聖書』に出
て来る、ユダヤ教の「至高神・創造神=ヤハウェ(YHWH)」と同一視され
ます。キリスト教的なグノーシス主義では、これに対し、「真の神」は、『新約聖書・
福音書』中でイエズスが祈った、「父なる神」が、まさにそれであるとされま
す。「父なる神 Theos Pateer」は、高次のアイオーンであり、《至高のアイオーン=
プロパテール》であると、グノーシス主義の一派では考えました(例えば、プトレマ
イオス派)。至高アイオーン=プロパテール(Propateer =
原父[別表現:プロパトール Propatoor ])を囲んで、真
の宇宙を構成する高次アイオーンが「圏域」を構成しており、この「圏域」を、ヘレニ
ク・グノーシス主義では、構成アイオーンの数によって、『オグドアス(八
組界) Ogdoas (Ογδοας)』
とか、『プレーローマ(充満界) Pleerooma(Πληρωμα)』と呼びます。
人間の肉体や心魂は、低次アイオーンである、デーミウルゴスや、その支配下にある
諸アルコーンが創造し、造形したものですが、ヘレニク・グノーシス主義の教えでは、
丁度、「反宇宙的二元論」構造があったように、「肉体」と「霊」の二元論が成立し、
人間の内なる「霊(プネウマ)」は、デーミウルゴスやアルコーンたち
が造形した
ものではなく、これこそ、「至高のアイオーン界=プレーローマ」と「プロパテール」の創造になるもので、また
プレーローマの至高アイオーンと「同じ本質」を持つと考えます。
こうして、人間の「存在」の裡には、至高のアイオーン世界の「霊の破片」が含
まれていることになり、グノーシス主義では、この「霊の破片」の故に、人間は、「永
遠の故郷」、すなわち、ヘレニク・グノーシス主義の複数の派の考えでは、「プレーロー
マの真の宇宙=魂の故郷」に帰還し、此の闇(skotia)の「悪の宇宙」より救済され、
永遠の善の宇宙へと甦って行くのだとの「教え」が本質となります。これが、グノーシ
ス主義一般に前提される、「救済を可能とする霊の破片」です。(第三要素)。
☆☆ ☆☆
IV) また、以上に概説したような
グノーシス主義の「教え・信仰」が、何故「グノー
シス主義」と呼ばれるのかは、「偽の神=造物主=デーミウルゴス」が、霊の光の破
片をその存在の裡に秘めた「人間」に対し、「真実」を隠蔽して、「真の神」
とその「救済の故郷」を忘却させているため、至高なるプレーローマの聖なるアイオー
ン=プロパテールとそのオグドアスが、「人類の霊魂救済」のプログラムにおいて、
「真実の開示者」を此の地上に派遣し、人類が忘却している「叡智=存在世界の真実」
を再想起(anamneesis)させることによって、「真実」を「認識すること」
を促進させようとしたからだと云えます。
グノーシス主義における「グノーシス Gnoosis(γνωσις)」とは、
叡智・真智・認識と云う意味ですが、これは、「認識する・気づく・覚醒する・知る」
と云う意味のギリシア語「ギグノースコー gignooskoo(γιγνωσκω)」の
名詞形であり、「真実 Veritas」の認識において、人類の霊の「救済」が実現される
と云うことより、グノーシス主義では、「真実・智慧の認識」を重視し、以上のよう
な、反宇宙的二元論構造の「人類の運命」についての『知識=叡智の認識を通じ
て』、プレーローマの故郷への救済が実現されると説いた為です。……そして、
これが、「隠蔽された、乃至忘却されていた真実」の「開示者=救済者」による「認
識の回復=叡智の再現」の要素です。(第四要素)。
(キリスト教的グノーシス主義では、プレーローマより派遣された「真実の開示者」
は、「救世主イエズス」であると云うことになります。しかし、「ソピアー Sophia」と云う女性または「女性的霊的原理」が、
それであると云う説もあり、「聖マリア」が救済の開
示者であると云う説も存在します。……また、マニ教グノーシス主義では、無論、教祖
マニ自身が、この「真実の開示者・救済者」であり、更に、ゾロアスター(ザラトゥストラ)、仏陀、イエ
ズスがまた、マニに先行する「預言者・叡智の救済者」であるとされます)。
☆☆ ☆ ☆ ☆☆
ヘレニク・グノーシス主義には、多数の分派あるいは、独立した教えの派があり、
原始キリスト教教会は、これらを一括して「グノーシス主義」異端としたのですが、こ
れらの諸グノーシス主義は、キリスト教の神話枠を利用したものも多数あったとは云え、
事実的には、キリスト教の「異端」ではなく、グノーシス主義教とも云える、
独立した「宗教」或いは「世界観」であり、すなわち、キリスト教との関係で云えば、
グノーシス主義「異教」と見なすのが妥当です。
また、此の視点からは、ヘレニズム時代の
グノーシス主義諸派、すなわち、『新約聖書』にも記述されている、シモン・マグスの
グノーシス主義や、オピス派のグノーシス主義、或いは大ヴァレンティノスや、その
系統にあるプトレマイオスのグノーシス主義システム、また、『ナグ・ハマディ写本』
中に見つかった『トマス福音書』を構成したグノーシス主義派や、特異な形態を持った
マルキオーンのキリスト教的グノーシス主義は、明らかに、キリスト教の「異端」ではな
く、「異教」と云うのが相応しいのです。それは、近年にあっては、純粋なグノーシス
主義の形態と考えられている、ヘレニズム時代より後、十数世紀に亘り存続し、ユーラ
シア大陸において大きな思想的影響力を持ったグノーシス主義宗教、マニ教が、キリ
スト教とかなり類似しつつ、実は完全な「異教」であると云う事実とも調和するので
す。
グノーシス主義は、ヘレニズム時代、地中海世界に流布した、或る世界観・人生観・
救済論を備えていたものに限らず、時代と地理を越えて、地球普遍な「世界観・人間観」
であることが、また確認できるのです。それは、ハイデッガーなどの「存在の被投性」を
主張する考えに、共通の要素があると云うことからも云えるのです。
グノーシス主義、就中、『普遍グノーシス主義』の形態は多様であり、
諸時代・諸地域の文化コードと神話構成によって、見かけ上のヴァリエーションが相
当にあることが当然考えられるのですが、それらは、上にヘレニク・グノーシス主義
の「四つの要素」として列挙した原理要素を具備している思想・人間観・宇宙観
であると云うことができるでしょう。悲観主義(ペシミズム)は「救済」の
モメント・契機を持たない為、それはグノーシス主義とは呼べず、また、虚無主義
(ニヒリズム)も、同様に「救済」や「永遠の故郷=存在の意味の源泉」を
認めていないが故に、これもグノーシス主義ではないのです。
グノーシス主義・グノーシス思想は、『叡智・真
智 Gnosis(γνωσις), Sophia(Σοφια)』の存在を認め、
叡智を求め、思索し、実践して行く「実存の営み」であり、それは、究極的には、智慧
と救済の超宇宙的・超理性的『光=ポース Phos(φως)』を要請する、超越的な「希望の世界
観・人間観」であるのです。
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