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宗教と真理 II |
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Religio et Verum II 宗教と真理 II ![]()
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此れは、さる本の書名なのですが、わたくしは此の本を実際に全体を読んだこと
はありません。内容を部分的に眺めたことなら、かなりの回数あります。何かの因
縁があるのか、何時も此の本を眺めて、買うか買わないか迷った挙げ句、結局、購
入しないで現在に至っています(此の本は、カトリック専門書店とか、キリスト教
専門書店などに行きますと、複数の翻訳が出ていて入手できます)。 ☆☆ ☆ ☆ ☆☆
話がばらばらですが、彼女の著作である、"Histoire d'une Ame"(イストワール
・デュナーム)は、「或る魂の歴史・物語」と云う二つの意味が日本語としては出
て来ます。此の本には、「自らで著した」と云う副題が付いており、「自伝」と云
うことになるのですが、本内部の本文で記されていることは、おそらく純粋な宗教
的信仰の実践と、それに伴う様々な経験や心情、思い、導かれて来た確信・思想な
どを綴ったものであることは間違いないのですが、わたくしは、何故彼女が、異例
とも云える速さで列福され、次いで、僅か2年後には列聖までされたのかと云うこ
とに、「或る疑問」を抱くのです。 |
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
Miranda et Marie RA. 1997:1114:2310
Miranda et Marie RA. 2001:0113:0837
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クリスマスも間近と云うことで(本文書は、1997年12月21日に起草)、ここは、
キリスト教、特に救世主キリストとさ
れる「ナザレのイエズス」と通称される「人」について、少しばかり考えてみたく思い
ます。と云っても、これまで述べて来たこと・考えて来たことを振り返り、整理す
る試みをスケッチの形で行おうと云うことです。
イエズスと云う人物は実在していて、実は気づかない形で記録に残っているのだ と云う可能性もあります。例えば、バラバと云う人物が福音書には登場しますが、 実は、イエズスは、このバラバであり、ローマ帝国に対する叛逆活動によって処刑 された、と云う可能性があり得ます。イエズスは、「時機(カイロス)は訪れた。 悔い改めよ。神の国は間近である」と、云うような言葉で宣教を開始したとも記さ れていますが、この時機(カイロス kairos, καιρος)と云う言葉は、英語では the right time とか、opportunity(好機)などの意味があるのですが、これは読み方によっては、 「ユダヤ人が決起して、独立する好機が訪れた」と云っているようにも読めます。 「悔い改めよ」と云うのも、「何を」悔い改めるのかはっきりしません。イエズス の様々な言葉を、ユダヤ独立戦争のための色々な警句や指図の言葉だと解釈するこ とも不可能ではないように思えます。 こういう極端な話になって来ますのは、要するに、ナザレのイエズスと呼ばれて いる人物について、その歴史的存在の「証拠」が極めて疑わしいからです。仏陀釈 迦牟尼は、現在では歴史的人物で、確かに存在したと云うことに、疑問はありませ ん。しかし数世紀前、または1世紀前の西欧の仏教学者たちは、釈迦牟尼は、神話 上の人物で、恐らく冬至を過ぎて生命を更新させる「太陽」の象徴だと考えていた と云う事実があります。 ☆☆ ☆ ☆ ☆☆
クリスマスとは、古代ローマの「冬至聖日」で、またゲルマン民族・ケルト民
族等の「冬至祭」がその原型にあります。「冬至」に
おいて誕生する「神=イエズス」とは、つまる処、太陽の象徴です。つまり、クリ
スマスを誕生日としている限り、イエズス・キリストは、太陽の化身または象徴な
る神であると云うことになり、これは1世紀以上前の西欧の釈迦牟尼解釈と同じに
なります。 ☆☆ ☆ ☆ ☆☆
ものごとを単純に考えてみれば、このように存在が奇怪な『聖なる原Q』は、そ
もそも最初から存在しなかったのではないのか、と考える方が、整合性が出て来ま
す。この場合、原始キリスト教の起源乃至成立のシナリオとしては、どのようなも
のが考えられるのかと云えば、此れは単なるわたくしの空想ですが、まず前提とし
て、紀元1世紀にユダヤ人たちが「救世主願望」を持っていたと同様に、ローマ地
中海世界帝国の人々もまた、「救世主願望」を持っていたと云うことが云えます。
実際、ローマ帝国には、これこそ真の救いの教えだと称する複数の宗教が入って来
て繁栄します。例えば、それはイシス崇拝であり、ミトラ教であり、オルペウス秘
儀宗教であり、またゾロアスター教も入っていました。ユダヤ人たちの救世主願望
は、独立運動と密接に連動していたと云うべきでしょう。またそれはユダヤ教内部
での新ユダヤ教義と旧ユダヤ教義、そしてもっと先鋭化された形でのユダヤ教改革
派の教えのあいだでの相克や争い、これに絡む救世主の像や神話構成があったとも
考えられます。 |
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
Miranda et Marie RA. 1997:1221:2045
Miranda et Marie RA. 2001:0114:0530
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『ヨセフとその兄弟たち』と云うのは、確かトーマス・マンの長編小説のタイト
ルだったと記憶します。翻訳もあり、かなり高価であったと思います。ところでこ
の文書は、別にトーマス・マンの小説の話ではなく、教皇アンジェロ・ジュゼッペ
・ロンカッリ、即ち、教皇名「ヨハネス XXIII 世」
について、或る事柄に関し、私見を少し述べるためのものです。 ☆☆ ☆☆ ☆☆
ここで重要なことは、ヨハネス XXIII 世の本名が、「アンジェロ・ジュゼッペ・ロンカッ
リ」であると云うことです。ヨハネス XXIII 世
とは教皇名であり、その本名は、上に述べた通り、ロンカッリ
なのですが、その名前が問題なのです。「アンジェロ・ジュゼッペ」と云うのは、
イタリア人の名前ですが、英語でこの名に対応するのは、「アンジェロ・ジョーゼ
フ」で、「アンジェロ」は、ギリシア語・ラテン語の「天使」を意味する名前だと
して、「ジュゼッペ」が「ジョーゼフ」つまりヘブライ語での読み方では「ヨセプ
・ヨセフ」であると云うことが、基本的にあると云うことです。
「ヨハネス XXIII 世」と云う「教皇名」は
そもそもどこから来たのか、それはカ
トリックの歴史において、どういう意味を持っているのか、その基本認識さえない
と云うべきでしょう。ヨハネス XXIII 世を起点
に、歴代教皇を過去に二十人遡
って見ましょう。するとどういうことが分かるかと云うことです。二十代前の教皇
は、在位1689年−1691年のアレクサンデル VIII 世 となります。ここから
イノケンティウス XII 世・クレメンティウ
ス XI 世・イノケンティウス XIII 世・ベネディクトゥス XIII 世・クレメンティウス XII 世・ベネディクトゥス XIV 世・クレメンティウス XIII 世・クレメンティウス XVI 世・ピウス VI 世・ピウス VII 世・レオ VII 世・ピウス VIII 世・グレゴリウス XVI 世・ピウス IX 世・レオ XIII 世・聖ピウス X 世・ベネディクトゥス XV 世・ピウス XI 世・ピウス XII 世と続き、
その次が、ヨハネス XXIII 世 です。これ
らの二十代過去の「教皇名」は何か意味
があるとは思えないでしょうか。
5年に満たない在位のあいだに、ロンカッリは、ヴァティカンに新しい風を吹き
入れたと云われています。第二ヴァティカン公会議は、ローマ・カトリックに可能
な最大規模の公会議であったでしょう。いま、もう一度あれと同じ規模の公会議を
開こうとしても、もはやヴァティカンとて不可能でしょう。第二ヴァティカン公会
議の成果が歴史的にどういう評価になるかは別に、地球規模での「普遍教会」を目
指す公会議を開催したと云う事実だけで、ロンカッリの「地球人類たる我が同胞・
兄弟姉妹」と云う「理念」への、現実的な一歩の実現であったと云うことになるで
しょう。 |
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
Miranda et Marie RA. 2000:0213:0901
Miranda et Marie RA. 2001:0215:2202
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A
Graceful Last Winter Solstice in the 2nd Millenium to You !! ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
明日は、12月24日で、キリスト教で云う「クリスマス・イヴ」に当たります。
無論、「イヴ」とは「前夜祭」と云う意味で、翌日12月25日が「クリスマス」
であり、これが、イエズス・クリストス誕生の聖記念日とされます。
実際、古代ギリシアにおいて「エレウシース秘儀」と呼ばれていたものは、太
母神デーメーテールとその娘コレー=ペルセポネーを廻る神話的秘儀宗教であっ
たのですが、ここには、実はトリプトレモスと云う植物の新春における再生を象
徴する、英雄王が重要な役割を持っており、デーメーテール・ペルセポネー・ト
リプトレモスの「トライアッド(三組体)」が存在したのです。デーメーテール
・ペルセポネーの秘儀とは、植物の冬季における枯死と、翌年の新春における復
活の起源説明神話の意味を持っているのですが、ここより、死者の「大いなる母
=太母=大地」への埋葬と、母の愛における「復活」と云う宗教要素あるいは神
話素があったと云うべきです。
また、イエズスが、多数の植物再生神たちの一人であると云う認識は、聖マリ
ア信仰が、キリスト教において往古より存在し、聖マリアは無原罪であり、かつ
地上に死したのではなく、復活後のイエズスがそうであったように、文字通り昇
天して、地上より消えたのだと云う信仰は、遥かな古代よりキリスト教徒たちの
あいだで抱懐されていた信仰だったのです。一千年前からキリスト教徒たちは、
公然と、「聖母被昇天」を信じていたのですし、カトリック教会はこれを黙認し
ていたとも云えます。
聖マリアの「マリア」と云う名の起源について、以前、推測を述べたことがあ
るのですが、この名が、ギリシアにおける『神々の母= Mater Deorum, Meeteer
toon Theoon』則ち、レアー Rheaa から来ていることはまず間違いないのです。 ☆☆ ☆☆ ☆☆
長々と述べて来ましたが、イエズスの誕生聖日つまり「クリスマス」は、地球
普遍的な「復活の聖日=冬至祭聖日」に他ならず、わたしたちは、キリスト教徒
であろうとなかろうと、地球市民である限りにおいて、「冬至祭聖日」は祝福し
てしかるべきものだとも云えるのです。それは、日本の文化で云うならば、「冬
至」記念日がそうですし、実は、「枯死乃至老衰した《太陽》の復活の曙光」を
象徴する、元旦の初日の出の「ご来迎」を祝うと云うことは、本質的に「冬至祭
聖日」の祝いに他ならないのです。 ☆☆ ☆☆ ☆☆
イエズスの誕生の際のできごとについての『福音書』の記述に従えば、「東方
の三博士」が、救世主=賢者=世界の王の誕生を、「空に光る星」の導きにより
知り、また、その誕生の地に辿り着き、ベートレエムの馬小屋の飼い葉桶のなか
で眠る「幼子イエズス」に対し、三種類の贈り物を献げたと云われています。
この訳文に対応する原文ギリシア語テクストは次のようになっています:
また、同じ部分のウルガタ訳ラテン語テクストは次のように記します:
日本語訳では、「占星術の学者たち」となっていますが、これに対応する言葉 は、ギリシア語原典テクストでは、magoi であり、ウルガタでは、Magi です。ま た、「東の方から」に対応するギリシア語は、「apo anatoloon」であり、これは 「日の昇る土地・日の昇る方角から」と云う意味で、「土地」が複数形になって います。 彼らマゴスたちは、星の光に導かれ、エルサレムに訪れ、最初ヘロデ王の元に 来て、王に、「ユダヤ人の王」が生まれたと告げるのです。ヘロデは、その幼子 が見つかれば、自分もまた拝みに行こうと、嘘を述べ、マゴスたちを送り出しま す。『マタイ福音書』は次のように記述します(2:9-11):
これに対応するギリシア語テクストは、部分的に次のようになります:
このギリシア語テクストは、ネスレ・アーラントの『ギリシア・ラテン新約聖
書』からの引用ですから、こちらの方が、「原典」と云うことになります。と云
うのは、日本語訳では、「幼子は、母マリアと共におられた」となっていて、こ
れは原文からすれば、別に誤訳ではありません。
東の地のマゴスたち(東の地とは、まさにペルシア帝国が存在した地域です)
は「星」に導かれてイェルサレムを訪ねたのですが、その「星」は、ベートレエ
ムの或る家の上で止まったとあります。そして家のなかに入ると、彼らは、「幼
子が、その母と共にいる」のを知るのです。東の方向から来た人が追って来た星
と云うのは、当然、「西の空」に輝いていたはずです。西の方向にあるので、東
から西へと、ユダヤの地にまで至ったのです。
東方の三人のマゴスたちは、それぞれに宝物箱に入れて、幼子イエズスへの贈
り物を携えて来ました。彼らは、幼子の前でひれ伏し拝み、それを贈り物(ドー
ラ)として献げます。三人のゾロアスター教司祭・賢者たちは、三種類の貴重な
贈り物を献げます。 ☆☆ ☆☆ ☆☆
とまれ、2000年、この20世紀最後の年のクリスマスあるいは「冬至聖日」に因
んで、以上、長々と記して来たのですが、イエズスの誕生は、「地球普遍的」神
話或いは信仰において、「永遠の生命」の復活の象徴事態であると云うことは確
認せねばならないでしょう。
Now A Merry Christmas to You All !!
Now A Graceful New Century, the 21st, to You All !! Now A Graceful New Millenium, the 3rd, to You All !! | |||||||||||||||||||||||
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ HAGIAI SANCTAE
2000:1224:0027 Anno Domini
NOUS Miranda Noice Welrech et Joann Ch. S. et Marie RA. S.
Miranda et Marie RA. 2000:1224:0027
Miranda et Marie RA. 2001:0216:0127
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