Office Top Pigeon

OTP開設に寄せて 島田荘司

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「Office Top Pigeon (OTP)」は、死刑囚・秋好英明氏を支援し彼の冤罪をはらすことを目的としたサイトで、 作家・島田荘司氏を中心とした支援活動を主な内容にしています。
・Room-A (秋好事件の部屋):「秋好事件」の内容を紹介し、
秋好氏の主張が真実であるにもかかわらず、これまで裁判によって否定されてきた経緯を述べます。「有志に求めるもの」のコーナーで示した事件の鍵になる有力な情報がありましたら、ぜひお知らせください。
・Room-I (イノセント・プロジェクトの部屋):冤罪の救済のための新たなNPOの設立に関して検討しています。
・Room−M (ミステリの部屋):冤罪問題と関連するミステリを中心に、ミステリファンにも興味を持ってもらえるコンテンツを集めています。SSK関係のリンクは、編集室へどうぞ。
・Room-J (日本人論の部屋):島田荘司氏の日本人論を掲載しています



OTP開設に寄せて

島田荘司です。

 法律の専門家をはじめ、精神科医、インテリア・デザインの専門家、建築家、Webの専門家、またさまざまな論客が、意志を同じくして一堂に集まれたので、《Office Top Pigeon》をスタートすることにしました。グループ《OTP》は、秋好英明氏の冤罪を晴らすことを目的としてスタートしますが、将来には、それ以上の夢を持っています。それはとても大きな夢で、実現までの道のりは、少なくとも私には、残る生涯をかけて歩ける以上のものです。

 反論を承知で、以下はあえて単純に述べましょう。地価の暴落による不良債権は、経済大国に2千兆円の損失をもたらしたといわれます。現在毎年3万人の日本人が、来る日も来る日も自殺を続けています。この人たちの推定生涯所得の総計は、年2兆5千億円といわれます。生きていれば行ったであろう消費の推定額は6千億円、このおびただしい自殺がなければ、国内の総生産は年9千億円アップしたといわれます。政府は今、公共事業や先行減税によって1兆円分の金を用意しようとしていますが、これと同程度のGDPを、経済大国日本は自国民の自殺によって失っています。

 自殺の理由は失業と経済の失速と説明されます。これはグラフ上の失業者の増加ラインと、自殺者の増加ラインがたまたま一致したことによります。かつて速度違反の検挙者の増加ラインと死亡事故死者の増加ラインが一致したため、直線路での速度違反が徹底して取り締まられたことがありますが、年間1万人の事故死者は、10年後の今も微動もしていません。死亡事故の8割は、制限速度40km/h以下の交差点付近で起こっているからです。自殺者も同様で、失業者の多い東京や大阪、また職にあぶれた若者の世代でなく、秋田県が自殺日本1県、年代は老人がピークとなっています。

 日本は今おかしくなっています。明白な事実がなかなか直視されようとしません。古い道徳が、われわれの視界を絶えず曇らせるのです。冷静な分析力や優先順位発想が影をひそめ、手軽に威張れる正義の憤り、道徳立腹、他人糾弾の横暴でもって、時に理不尽なごまかしや、現状維持がもくろまれます。高度経済成長期はまさしくそういう時代でしたが、こういう常識的態度自体が、自殺者の絶望を作りだし、飛び降り者の背中を押してはいないでしょうか。そういう点検発想が、また失敗した他者への優しさが、われわれにはたしてどのくらい残っているのか。われわれは今、他人を責める前にそういうことを考えるべき時です。

 デフレ不況も8年越しの世界記録を更新しつつあり、精神を病む人は増加の一途、世界トップレヴェルの自殺者も含め、これらに対してあらゆる手段がこうじられるのに、事態は微動もしません。こうなってくると、日本人の誰もが満々たる自信を持ち、この国の誰もが美徳と確信する日本型の慣習や、問答無用の常識的道徳対処の中にこそ、事態の原因が潜むことを疑うべきです。

 死刑廃止という言葉を聞いた時に日本人が見せる狂的なまでのアレルギー、怒りの暴走、この道徳信念もまた、そろそろ点検の要はないでしょうか。現在日本の死刑確定囚は2002年末現在で57人、そのうちの少なくとも10人が、自分は人を殺してはいないと叫びながら、国家に殺されるのを待っています。付言すれば、決して全員が一応叫んでおこうという状態にはありません。これら10人は、私が調べる限りでは、主張が正しい可能性があります。そうなら、約5〜6人に1人の間違い、これは「どの分野にもあるやむを得ない誤差」という域を遥かに越えます。われわれはこれから、人を殺していない人を、無残な外観となる世界1〜2に残酷な方法によって、10人も虐殺しようとしているのです。

 懲役刑の誤判は、事実が判明すれば補償金でなんとか償えます。むろんこの人の人生は戻りませんが、多くは晴れ晴れとした笑顔を見せます。しかし殺してはもう取り返しがつきません。懲役刑と殺害の刑の間には、あきらかに天と地ほどの落差があり、次元がまるで異なります。確定囚は何10年もの間、房で目覚めるたびにドアの外の靴音に怯え続けた上で殺されるのです。犯人でない者に、この覚悟などはできません。間違えられた者のこういう悲惨は、経験者でなくては決して解りません。懲役刑の間違いは許されるという考え方はそれなりにあり得ますが、死刑の間違いは断じて許されるものではありません。この2種の冤罪を同一に論じようとするのはあきらかに誤りであり、なんとか死刑を維持せんとする者の詭弁となります。

 もうひとつ、死刑と冤罪とは別の問題であり、しっかりやる警察、優秀な司法があれば、死刑を含めた冤罪は防げる性格のものであるから、死廃までを言うのは論趣の混同だ、とする反論も多く見かけます。

 しかしこれもただの理屈であり、現実はとてもそうはいかないことが多いのです。大半の死刑事案には確たる目撃者がありません。あっても4〜50メートル彼方の闇の中、あるいは形相の変わった犯人の顔を、数秒間子供が目撃しただけといったものが多く、犯人である可能性はかなりあるが、確信は持てないというケースがおびただしく発生します。しかし一般からは連日「しっかりやれ」の矢の叱咤。こういう場合、警察が「しっかりやる」とはどういう行為となるでしょう。

 こういう時、「少々無理をしてでも、警察は国民にしっかりと犯人の顔を示す」という行為になりがちです。後を引きうける司法も、無垢の者を殺さないため、民の雑言に信念を持って堪え、せめて懲役刑にしておく、とはなりません。これは国民の報応欲求に反し、司法への失望と、警察の面目を失わせる結果につながります。過去多くの冤罪は、警察と司法のこういう追い詰められた心情から起こっています。

 またよく誤解されることですが、死刑廃止の主張は、殺さずに社会に戻せという主張ではありません。むしろもっと厳しいもので、高々齢者になるまで徹底して働かせ続けろという要求です。したがって殺害者を社会に出すのは非常な高齢者となってからであり、暮らせる期間はその後死ぬまでの短い間のみです。これは終身刑という刑罰が、手首斬り、ガラス呑みなどの自傷行為、また発狂を誘導して監獄経営をむずかしくするから、長寿の者なら社会に出られるとする希望を、便宜的というに近いかたちで、先に置いておきたいためです。

 法が死刑確定囚に要求するものは、「寿命の手前の死」のみです。拘禁も、労働も、謹厳実直な反省的生活も要求してはいません。よってこれを極論すれば、順番が来たら粛々と絞首台に来てくれるならば社会に置いてよいという考え方です。実際にはそれは無理ですから、刑務所でなく、拘置所の中に便宜的に収監し、テレビを観せたり、本も読ませたりして社会に近い日常を体験させながら、強制的な死を待たせます。

 だからオウムの麻原氏などは、死刑確定ともなれば、三食昼寝つきでごろごろさせた上、あっさりと殺してやり、殉教者のカリスマにしたててやって、アレフという新興宗教に、強力にして永遠の生命力を与えてやることになる、という理解も成り立ちます。時が経てば、麻原氏の刑死の理由は当然美化され、正当化されます。

 そういう不合理な選択より、麻原氏を生涯重労働させ、平凡な一個人である自覚を徹底させたうえで反省を深めさせ、日に日に痩せていきながら社会に謝罪する老いた姿を国民に見せる方が、遥かに報応的であり、被害者たちの遺志にかなうのはあきらかです。

 彼が非力な高々齢者になってのちは、死ぬまでの何年間かを社会に暮らさせてやり(出獄の希望を持ちながらその以前に獄死するなら、これは仕方ありません)、教団のスタッフから完全隔離すれば、一般との共生は容易です。保護司の真似事をしたこともあり、大勢の死刑囚と面接し、付き合いを持った私がこれは断言します。共生がむずかしい凶暴な者は、むしろ短期刑のしたたかなヤクザ者の方に多くいます。むろん好んで麻原家の隣りに暮らしたい者はいないでしょうが、社会というものは、常に一定量の危険は内包します。

 威圧と暴力という北朝鮮型の緊張から日本を解放し、自殺者の少ない、道徳立腹のとげとげしさの少ない、みなが周囲の人たちに対して優しく、誠意のスマイルが多い社会にこの国を変えていく。そのためにはまず何からはじめたらいいのか、死廃はこれに関わらないか? そういうことをこのサイトを通じてみなで考え、道徳と正義の体裁をとるがゆえに、毛ほども正されることのないわが糾弾体質の非人情を、ひとつひとつ点検してゆきたいものと考えています。

 自分の意地悪を、意地悪と自覚する人はいません。必ず別の道徳的な言葉が自身に向かって用意されます。しかしこの道徳は、限りなく誤りに近いものでした。おびただしい自殺者たちが、今それを無言で訴えています。こういう指摘は、もうタブーではなくなりました。

 みなで態度を正し合い、この人情厳しい病んだ国を、日々1センチでも理想に向かってずらし続け、暮らしていきたいものです。日本は素晴らしい国です。富国強兵から高度経済成長というやむを得なかった過去の悪、それがもたらした人情の荒廃から、今この国は脱皮しようとしています。手を伸ばせば、そこに方法はあるのです。

               2003年5月8日。



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