【失われた観音霊場】 -吾野の岩殿観音について-

NO. 1
DATE 2004/02/15

吾野岩殿観音

吾野の坂元にはかつて音に聞こえた観音霊場があった。武蔵野三十一番・巌殿山観音院がそれである。しかし 近代になっ て衰退し、やがて吾野駅前の古刹・法光寺が本尊の行基作十一面観音像とともにその観音霊場を継承して現在に至る(下段右)。
ちなみに資料には所在地番が明記されているものの、もとより山に地番標示があるはずがないが、市販の地図と武蔵野話に描かれる我野本村岩殿山図及び風土記稿により、おおよその見当はつけられる。そして吾野駅近くの林道をわずかに上った場所から山道を行けば、そこが自ずと霊場である事が伺い知れる。
山道に入ってわずかの所にある採石場の境界の擁壁はやけに頑丈にできていて、近年まで訪れる参詣者に気を遣っていた事を物語っている。幸いにして風土記稿には観音霊場の挿絵図(P2)があるので、それを頭に想い描いて歩みを進める。
しばらく歩くと中程に分岐点がある。おそらく、これを下れば滝があるはずだ。開けた場所に出てまず周囲に目をやると、傍らに空海爪カキ不動の存在に気がついた(下段中央)。十丈(33m)ほどと書かれていた滝はすでに枯渇してはいたものの、爪カキ不動を目の当たりにし、180年前の人達とこの感慨を共有していると思うとそれだけで感無量である。
そして分岐に戻り、滝口の小橋を渡ればすぐに観音窟である。思ったとおり採石場に隣接しているが、神秘的な雰囲気は損なってはいない。とくに休日は採石場も操業されておらず、観音窟は静寂そのものである。前述の通り本尊はすでに移遷されてはいるものの、代わりに十一面観音を浮彫りにした金銅像が石龕に納められている。
霊場とは周辺の自然と神仏の神秘とが包括的に現出させるものであって、今は山林に埋もれたこの霊場も、古くは奥武蔵の尾根を眺めながら吾野の町を見下ろし、そして人々を守護していたのであろう。
ちなみに観音窟の上には古峯神社があるので、こちらも参拝しておくと良い(下段左)。
さらに風土記稿によれば、この霊場には鬼岩の他、弁天窟やオカマ穴と呼ばれる洞穴があったと記されている。そして、弁天窟より出る清泉の流れが滝となり、やがては流れ落ちて高麗川に注いでいる、とあるので水路を辿れば弁天窟に辿りつくはずだ。しかし滝口の水路が整備され、尚且つそれが涸れているのを見て、それが無用の詮索であることを悟った気がした。
採石場ではおよそ大量の水を必要とする。水路が枯渇しているのをみても、採石場が水源を弁天窟に求めるのは必然であろうし、さらに吾野弁天が駅近くの高麗川に祀られているのにも合点がいく。
けれども、これをけしてマイナス思考で捉えはならない。観音様の山を崩して尚、弁天様の水で清められた御利益は、今日もどこかの見知らぬ町で、多くの人に至福の時を与え続けているに違いない。
 

古峯神社

爪書き不動

法光寺

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