「段差」
階段を昇るロイの視界に軍用とは違う靴が入る。黒いブーツ。黒いズボン。赤いコート。生意気な口元。琥珀の瞳。金色の髪。
一段ずつ昇るたびに次々と少年が象る。彼より数段下の段で止まると目線が合った。
隣り合わせで歩いていたら、わからない感覚もある。妙に心が弾む感触を、表にださずにロイはあいさつを送る。
階段の段差に腹を立てたエドワードのあいさつが返ってきた。
おわり 2005/8/14
「等価交換」
どうかな、って? おれを巻き込むんじゃねえよ。ばか言え、返事をした時点でおれは関わっちまうだろ。
誰もいやとは言ってない。
いいぜ、巻き込まれてやっても。
なににやけてるんだ? 言っておくけど無料(ただ)じゃないからな。
等価交換。
忘れるなよ?
だ・か・ら、にやけるなって何度言えばわかるんだ?
ものわかりが悪いおっさんだな。もー!
おわり 2005/8/14
「往生際の悪い子供、と大人」」
「信用できないね」
口説き文句の返事は、毎回同じでバリエーション豊かではない。嫌気が滲む表情も、無愛想な口調も、逸らされる視線も変わらない。
いっそ鼻で笑えば断りの返事にもなっただろうに、少年の取りつく島のない態度はどこか頼りげない。
信用できないのは、相手に対してか、自分の気持ちに対してか。
「好き」か「嫌い」か、エドワードの口から具体的な返答を得られるまで、ロイの告白は続く。
おわり 2004/11/27
「花冠をあなたに」
花冠をあなたに。月桂樹の冠にも劣らぬ輝きを放つでしょう。
「ずいぶん可愛らしいものをかぶってるね」
男は、あいさつより先にからかう言葉を投げかけた。
エドワードは頭に手をやり、髪以外の感触に驚いてそれを掴む。
「って、なんだ、こりゃ!」
エドワードは、自身の頭で自己主張していた、淡い色の花冠を見て叫んだ。覚えのない飾りに驚いてると、背後の弟の気配がわずかながら遠ざかった。
「アルフォンス!」
弟のいたずらと察した兄は、振り返って怒鳴る。
「ぼくじゃないよ。公園で遊んでいた女の子が、兄さんの頭に乗せたんだ」
本に熱中して気づかなかった兄さんに問題があるよ。と弟は悪びれない。
「居直るな」
「鋼の、そんなに花冠を強く握ってはしおれるよ」
おもしろがる口調に、エドワードは鼻を鳴らす。
「だったらてめえにくれてやるよ」
エドワードは手を伸ばして爪先立ちをして、ロイの黒髪に冠を飾った。
「おや、ありがとう」
大人は余裕顔で微笑む。花の色と似た淡い微笑みに、エドワードは見惚れる。笑い飛ばしてやろうとしたが、似合っているので笑えない。
「きみの髪なら赤とか青とか、原色の花が似合うだろうね」
大きな手が金の髪を撫でる。男はそのままの格好で、指令部内を闊歩した。
呆然と兄弟はロイを見送る。背中から楽しげな空気をまとっているが伝わってくる。
花冠を、あなたに。
おわり 2004/11/27
「彼について」
「大佐って本当に無能だよな。仕事は溜めるし、中尉に怒られるといじけるし、女にだらしないし」
「兄さん、言い過ぎだよ。いくら仕事してきりがないんだよ。それに中尉に怒られたらぼくだって落ち込むよ? 第一大佐が女のひとにだらしないとこを目撃したの?」
「弟よ、おまえは兄を裏切るのか!」
「事実を言ったまでだよ。
確かに兄さんの単純な性格をつついて遊ぶのは困りものだし、余裕ばかりで周りのひとをやきもきさせて迷惑をかけるけどさ」
「あれは大佐のスタイルだ。あの神経の図太さでいいんだよ」
兄さん、さっきと言ってること違うんじゃない? とは言えないアルフォンスだった。
おわり 2004/10/9
「夢で会ったら」
『会いたかったよ、鋼の。ああ、麗しい唇で私の名を呼んでおくれ』
夢だとわかっていてもエドワードは気持ち悪かった。なにが哀しくて夢のなかまで口説かれなくてはいけないのだと、信じていない神に問いかけたい。
なかなか終わらない夢に、切れたエドワードは大声で叫んだ。
「うるせー! どっか行きやがれ偽物大佐。気持ち悪いんだよ」
自分の声で目が覚めたエドワードは、執務室から遠ざかる足音を聞いた。
「あれ?」
「兄さん、大佐が泣きながら走っていったけど、なにかあった?」
おわり 2004/10/9
「キスの味」
エドワードは右手の人差し指を噛んだ。鉄の味がする。機械鎧の右腕だから当然だ。柔らかくない。暖かくない。感触もない。
なのに、右手にキスをする男がいる。エドワードは上官が鉛色の右手を恭しく手に取る姿を思い出した。
(なにが楽しいんだろ)
鉄の味などつまらないだろうに、ロイは機械鎧の部分にも唇を寄せる。
何故だろう、と自問する。
(ああ、おれ今大佐に会いたいんだな)
疑問は解決されないが、別のこたえを見つけたエドワードは、満足げに、そして淋しげに微笑んだ。
おわり 2004/9/9
「銘」
「鋼の」
ふたつ名で呼ばれるのは好きだったりする。
鋼という硬質な存在。なのに、奴が口にすると不思議なほどに柔らかい。
「鋼の」という声が好きだから、たまに聞こえない振りをする。
でも必ずこたえるから呼んで欲しい。
その声で、おれを呼んで。
おわり 2004.8.27
「君よ」
君よ、夢よりも美しく咲け。
『止めるべきなのはわかっている。禁忌を犯した子供が、再び禁忌に手を染めない保証はない。淀んだ目が違うものを見つめたら・・・次は自身へのリバウンドだけでは済まないだろう。可能性などという甘い夢で彼を立ち直らせて何になる?』
無限に思える葛藤に男はコンマ数秒で片をつけ、「希望」を示す言葉を告げた。
男の言葉に触発された少年の目に光が宿る。知性と野望を映す瞳は、少年の未来を暗示する。
一年後ロイは、大輪の花と再会した。
おわり 2004.8.27
「癒し系」
「疲れてるのか、鋼の?」
「はぁ? 大佐、目が悪くなった?」
「自分の目の下の隈を見てきなさい」
「疲れてないよ。おれが疲れてないと思ったら疲れてないの」
「では、きみはどういった時に疲れを自覚するのかね?」
「いつもは思い出さないどっかの誰かさんに会いたいと思った時かな」
「ならば頻繁に私に会いに来なさい。私に会いたいと思う必要がないほどたくさん会えば、疲れを感じなくて済むだろ?」
「屁理屈」
「真正面から会いたいと言わないひねくれ者には丁度いい理由ではないのかね?」
おわり 2004.8.14
「その悩みすら幸せな気持ち」
思考が、めったに顔を見せに来ない人物に独占される。もう何日も会っていない(相手に言わせると「たった何ヶ月」のレベルらしい)。
久しぶりの再会はいつも浮かれた言葉ばかりかけてしまうが、本当はあいさつよりも抱きしめたい(公衆の面前でアクションを起こした日には相手にボコられる)。
『怒る姿もかわいいんだがなー』
淋しさはどんどん横道にそれていく。
「大佐、百面相はおやめ下さい」
部下が止めに入るまで、ロイ・マスタングは悩みを満喫するのだった。
おわり 2004.8.14